第17話 森の魔物を討伐する
王都へ行く前に、森の魔物を片づける。
そう決めた翌朝、俺は騎士団を連れて北の森へ向かった。
同行するのは騎士団長ガルド。
盾持ちが四人。
槍が六人。
弓が四人。
以前より動きがそろっている。
訓練の成果が出ているらしい。
「若様。森の入口に到着しました」
ガルドが低い声で言う。
俺はうなずいた。
「無理に奥へ進むな。村に近い場所から確認する」
「承知しました」
黒牙狼の時に分かった。
魔物を村に入れたら終わりだ。
森の奥で派手に戦うより、村に近い場所を先に押さえる方がいい。
俺は地図を見る。
森の奥には、古い獣道がある。
そこを通れば、魔物が村の裏へ出られる。
放っておけば危ない。
「まず獣道をふさぐ。盾持ちは前、槍は後ろ。弓は左右に分かれろ」
「はっ!」
騎士たちがすぐ動く。
セシリアは少し離れた場所で、村人たちと一緒に待機していた。
危ないから屋敷にいてほしかったが、彼女はまた言った。
私はレオン様を守ると決めました、と。
その言葉に負けた。
ただし、前線には出さない。
そこは絶対だ。
森に入ってすぐ、嫌な気配がした。
鳥の声が少ない。
足元には、黒い毛が落ちている。
黒牙狼だ。
まだ残っていた。
その時、視界が少し歪む。
《最悪予測》。
見えたのは、右側の茂みから飛び出す黒牙狼。
盾持ちの一人が遅れ、槍兵が倒される未来。
俺はすぐに叫んだ。
「右だ! 盾を寄せろ!」
騎士たちが反応する。
直後、右の茂みから黒牙狼が飛び出した。
だが、そこにはもう盾があった。
黒牙狼が盾にぶつかる。
「槍!」
槍が突き出される。
魔物の足が止まった。
弓兵の矢が、後ろ足に刺さる。
ガルドが踏み込み、剣を振り下ろした。
一匹目が倒れる。
速い。
前よりずっと速い。
俺が全部指示しなくても、騎士たちが次に動いている。
「訓練の成果が出ているな」
俺が言うと、ガルドの目が光った。
「若様のご指導のおかげです」
違う。
俺は少し助言しただけだ。
だが、今はそれでいい。
騎士団が強くなれば、領地が守れる。
領地が守れれば、俺も破滅しにくくなる。
さらに森を進むと、黒牙狼が三匹現れた。
だが、今回は慌てなかった。
「一匹ずつ止めろ。追うな。村側へ抜けさせるな」
「はっ!」
盾持ちが道をふさぐ。
槍兵が足を止める。
弓兵が逃げ道を狙う。
以前なら、騎士たちは個人の腕で戦っていた。
今は違う。
隊で動いている。
黒牙狼は速い。
だが、行く先をふさがれると弱い。
二匹目。
三匹目。
順に倒れていく。
最後の一匹が逃げようとした。
ガルドが追いかけようとする。
「追うな!」
俺は叫んだ。
ガルドが足を止める。
次の瞬間、逃げた黒牙狼の先で地面が崩れた。
そこには古い穴があった。
もし追っていれば、ガルドが落ちていたかもしれない。
ガルドの顔が青くなる。
「若様……今の穴まで」
「偶然だ」
未来が一瞬見えただけだ。
だが、説明はできない。
騎士たちはまた感動した顔になった。
「若様は、森の罠まで見抜かれた……」
「さすがでございます」
やめろ。
本当にやめろ。
俺は冷や汗をかいているだけだ。
魔物を倒したあと、俺たちは穴の周辺を調べた。
ただの落とし穴ではなかった。
古い石で囲まれている。
自然にできた穴ではない。
「これは……遺跡の一部でしょうか」
ガルドがつぶやく。
俺は穴の奥を見る。
暗くて深い。
中から、少し冷たい風が吹いてくる。
嫌な感じだ。
「無理に入るな。周囲を調べるだけにする」
「承知しました」
騎士たちが草を払い、周りを確認する。
すると、森の奥に古い石碑が見つかった。
半分ほど土に埋もれている。
表面には、文字が刻まれていた。
かなり古い。
俺には読めない。
だが、その下に刻まれた紋章は分かった。
剣と盾。
周りを囲む麦の穂。
グランヴェル家の紋章。
古い井戸の底で見たものと、似ている。
「またか……」
思わず声が漏れた。
セシリアが近づいてくる。
「レオン様?」
「この紋章、井戸の底にもあった」
セシリアは石碑を見て、表情を引き締めた。
「やはり、今の紋章より古い形です」
「昔のグランヴェル家が作ったものか?」
「その可能性はあります。ですが……」
「ですが?」
「この石碑の置き方は、ただの記念碑には見えません」
俺も同じことを思っていた。
井戸の底の紋章。
森の奥の石碑。
古い穴。
どれも、人に見せるためのものではない。
まるで、何かを見張るために置かれている。
いや、今は考えすぎるな。
王都へ行く前に余計な問題を増やしたくない。
「石碑は動かすな。周囲を見張る。魔物が出た場所でもあるからな」
「はい」
ガルドがうなずく。
「騎士を交代で置きます」
「頼む」
俺は石碑をもう一度見た。
古いグランヴェル家の紋章。
なぜ、こんな森の奥にあるのか。
なぜ、魔物がこの周辺に集まっていたのか。
分からない。
だが、偶然ではない気がした。
森から戻ると、村人たちが待っていた。
魔物討伐の報告を聞くと、皆が一斉に頭を下げる。
「若様、ありがとうございます!」
「これで安心して畑に出られます!」
「騎士様方も、本当にありがとうございます!」
騎士たちも、少し誇らしげだった。
ガルドが俺に頭を下げる。
「若様。騎士団は、必ずこの領地を守る盾となります」
その声には、以前より強い自信があった。
俺はうなずく。
「頼りにしている」
その一言で、騎士たちの顔が明るくなる。
セシリアが隣で微笑んだ。
「レオン様は、本当に人を変えていきますね」
「俺は何もしていない。皆が頑張っただけだ」
「その“皆”が頑張れる場所を作ったのは、あなたです」
また褒められた。
慣れない。
だが、今日は少しだけ受け取ることにした。
騎士団は強くなった。
村は守られた。
魔物も減った。
王都へ行く前に、一つ不安を減らせた。
それだけで十分だ。
そう思った時、森の奥から冷たい風が吹いた。
ほんの一瞬。
俺は振り返る。
木々の向こうには、古い石碑がある。
あの紋章が、頭から離れない。
グランヴェル家は、ただの悪役貴族ではないのかもしれない。
そんな考えが、一瞬だけ浮かんだ。
だが、すぐに振り払う。
今はまだ、考える時ではない。
まずは王都だ。
王子アルベルトとの接触イベント。
原作の破滅へつながる大きなフラグ。
俺は拳を握った。
領地は、少しずつ強くなっている。
なら、俺も逃げるわけにはいかない。
王都でも、必ず生き残ってみせる。




