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第16話 王都貴族の嫌がらせ

 王都方面からの物資が止まった。


 金具。

 薬草。

 紙。

 油。


 どれも領地改革に必要なものだ。


 水路修理にも使う。

 騎士団の装備にも使う。

 薬草が止まれば、村の病人にも関わる。


 かなり嫌なところを突いてきた。


 俺は執務室で、止まった物資の一覧を見ていた。


「嫌がらせとしては、そこそこ優秀だな」


 思わず本音が出た。


 セシリアが隣で苦笑する。


「褒めるところではありません」


「分かっている。ただ、やり方がいやらしい」


 食料を止めれば目立つ。


 だが、金具や紙なら目立ちにくい。


 少しずつ領地の動きを鈍らせる。


 水路の修理が遅れる。

 騎士団の整備が遅れる。

 報告書も作りにくくなる。


 そして王都でこう言うのだろう。


 グランヴェル領の改革は失敗している、と。


 最悪だ。


 だが、予想できないほどではない。


「バルト。地元商人の返答は?」


「はい。マルク殿が、北街道を使わぬ取引先を紹介できるとのことです」


「北街道?」


「王都を通る主要路でございます。今回止められた物資は、ほとんどその道を通っておりました」


 なるほど。


 なら、そこを押さえられたわけだ。


「別の道は?」


「南の川沿いに、小さな商人たちが使う道がございます。遠回りですが、王都貴族の影響は薄いようです」


「使う」


 俺は即答した。


 バルトが少し驚く。


「よろしいのですか? 少し費用が増えますが」


「物資が止まるよりましだ。必要な分から順に回せ。特に薬草と金具を優先する」


「かしこまりました」


「それと、止めた商人の名前も全部記録しろ」


 バルトがうなずく。


「王都への報告に使いますか」


「ああ。こちらは正当に買おうとしている。それを誰が、どんな理由で止めたか。残しておく」


 前世で学んだ。


 嫌がらせは、証拠に変えると強い。


 相手がこそこそ動いたなら、そのこそこそを記録する。


 あとで逃げられないようにする。


 セシリアが感心したように言った。


「レオン様は、相手の悪意まで利用なさるのですね」


「利用できるものは利用する。こっちは命がかかっている」


「また命のお話ですか」


 セシリアは少し笑った。


 だが、俺は本気だ。


 この嫌がらせを放置すれば、領地が止まる。


 領地が止まれば、俺の評価も落ちる。


 そして断罪に近づく。


 絶対に避ける。


 商人ギルド長のマルクは、すぐに動いてくれた。


 数日もしないうちに、南の川沿いの商人たちが屋敷へ来た。


 彼らは小さな商会ばかりだった。


 王都の大商会ほど立派ではない。

 服も質素だ。

 だが、目は真剣だった。


「若様。本当に私どもと取引をしていただけるのですか?」


 一人の商人が恐る恐る聞く。


「ああ。必要な物を、適正な値段で納めてくれるならな」


「もちろんでございます!」


「ただし、納品は必ず確認する。ごまかしは許さない」


「はい!」


 商人たちは力強くうなずいた。


 マルクが横で頭を下げる。


「彼らは大きな商会ではありませんが、誠実に商いをしております」


「それで十分だ」


 むしろ、今のグランヴェル領にはそういう商人の方がいい。


 王都貴族の顔色ばかり見る大商会より、領地と一緒に伸びてくれる相手が必要だ。


「最初の取引は小さく始める。問題なければ増やす。支払いは遅らせない」


 商人たちの顔が明るくなった。


「即日払いでございますか?」


「納品確認後、すぐ払う」


 その瞬間、商人たちが一斉に頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 やはり効く。


 即日払いは強い。


 前世でも、この世界でも、商売の基本はあまり変わらないらしい。


 セシリアが小さく微笑む。


「レオン様の周りには、良い商人が集まってきますね」


「悪い商人を追い出したからな」


「それだけではありません。正しく働く者を、正しく扱っておられるからです」


 そう言われると、また落ち着かない。


 俺はただ、必要な取引をしているだけだ。


 だが、商人たちの目は本気だった。


 彼らは、俺を信じようとしている。


 また信頼が増えた。


 重い。


 でも、悪くない。


 一方、王都の商人たちは焦り始めた。


 物資を止めれば、グランヴェル領は困る。


 そう思っていたのだろう。


 だが実際には、南の商人たちが取引を始めた。


 さらに、止めた商人の名前はすべて記録された。


 誰が何を止めたか。

 誰から圧力を受けたか。

 どの貴族の使者が来たか。


 少しずつ、証言が集まる。


 マルクが報告書を持ってきた。


「若様。止められた物資の多くに、ローレン伯爵家の名が出ております」


「ローレン伯爵?」


 聞き覚えがある。


 王子アルベルトの取り巻きの一人だ。


 原作でも、レオンを悪役として笑っていた貴族だった。


「やっぱり王子派か」


「直接の命令かは不明です。ですが、王都商人に圧力をかけたのは間違いないかと」


 セシリアの表情が少し冷たくなる。


「ローレン伯爵家なら、王都でもあまり評判はよくありません。弱い相手には強く出る家です」


「分かりやすいな」


 分かりやすい敵は助かる。


 倒しやすいからだ。


「証拠をまとめる。王都へ行く時に持っていく」


「かしこまりました」


 バルトが深く頭を下げた。


「それと、物資を止められて困った村や騎士団の記録も残せ」


「被害記録でございますか?」


「ああ。ただし、実際の被害は最小にする。記録だけ残す」


 嫌がらせを受けた。


 だが、領地は止まらなかった。


 この形にする。


 相手の失敗を、はっきり見せるためだ。


「若様は、王都貴族の動きまで見越して……」


「見越してない。やられてから必死に対応しているだけだ」


「ご謙遜を」


 だから謙遜ではない。


 だが、もう訂正するのも面倒だった。


 数日後、止まっていた物資は別ルートで届いた。


 薬草は村へ。

 金具は水路修理へ。

 油は騎士団と倉庫へ。

 紙は王都への報告書作成へ。


 領地の仕事は止まらなかった。


 むしろ、南の商人たちとの新しい取引が始まり、商人ギルドは前より活気づいた。


 マルクは感動した顔で言った。


「若様。王都に頼らぬ道ができました。これは領地にとって大きなことです」


「まだ小さな道だ。過信するな」


「はい。ですが、小さな道も育てれば大きくなります」


 なるほど。


 たしかにそうだ。


 水路と同じかもしれない。


 細い流れでも、きちんと整えれば畑を潤す。


 商流も同じなのだろう。


 セシリアが隣で言った。


「王都の圧力を受けて、逆に領地の力を強めてしまうなんて」


「相手が勝手に弱点を教えてくれたからな」


「レオン様らしいです」


 そう言って、彼女は笑った。


 俺は空を見上げる。


 物資は守った。

 証拠も集めた。

 王都貴族の名前もつかんだ。


 今回の破滅フラグも、なんとか折れたはずだ。


 そう思った時、バルトが一通の手紙を持ってきた。


「若様。王都より、追加の書状が届いております」


「またか」


 嫌な予感がした。


 封を開く。


 そこには、王都行きの日取りが書かれていた。


 さらに、最後に一文。


『王子殿下は、貴殿の行いを直接確認されることを望んでおられる』


 俺は手紙を見つめた。


 王子アルベルト。


 いよいよ、直接会うことになる。


「……次は王都か」


 せっかく領地を少し立て直したのに、今度は原作の中心地へ向かわなければならない。


 だが、逃げるわけにはいかない。


 俺は手紙を折りたたむ。


「行く前に、森の魔物を片づける。王都に行っている間に村を襲われたら困る」


 セシリアがうなずいた。


「また先に備えるのですね」


「ああ」


 俺は遠くの森を見る。


 領地を守る。


 そう決めた以上、王都へ行く前にできることは全部やる。


 次は、森だ。

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