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第14話 商人ギルドを味方につける

 ゴルド商会。


 その名前を聞いた瞬間、俺は嫌な顔をしたと思う。


 食料不足の時、三倍の値段で売ろうとした商人。


 そして今度は、騎士団の装備費にも名前が出てきた。


 しつこい。


 あまりにもしつこい。


「若様。こちらが取引記録でございます」


 バルトが書類を机に並べる。


 鎧の修理。

 剣の補修。

 盾の革ひも。

 弓の弦。


 記録の上では、全部ゴルド商会が納めている。


 だが、実物は古いままだ。


 つまり、納めていない。


 あるいは、安物を高く売った。


 どちらにしても不正だ。


「騎士団の装備が悪ければ、村を守れない。村を守れなければ、領地が荒れる」


 そして俺が断罪される。


 もう何度目か分からないが、結局そこに戻る。


「ゴルドを呼べ」


「かしこまりました」


「それと、商人ギルド長も呼ぶ。地元の商人たちもだ」


 バルトが少し驚く。


「全員でございますか?」


「ああ。密室で処理すると、あとで言い逃れされる。皆の前で確認する」


 前世でも学んだ。


 怪しい取引は、関係者を一か所に集めると話が早い。


 嘘をつく人間は、他の証言とずれやすい。


「若様は、そこまで読んで……」


「読んでない。面倒を後回しにしたくないだけだ」


 これは本音だった。


 午後。


 屋敷の広間に、商人たちが集まった。


 商人ギルド長のマルク。

 食料配布に協力してくれた若い商人たち。

 そして、ゴルド。


 ゴルドは最初から不満そうだった。


「若様。私も忙しい身でしてな。急に呼び出されても困ります」


「なら早く終わらせる」


 俺は書類を出した。


「騎士団の装備について聞きたい。去年、ゴルド商会は鎧十着と剣二十本を修理したことになっている」


「ええ、その通りでございます」


「だが、騎士団の倉庫にある装備は直っていない」


 広間が静かになる。


 ゴルドは肩をすくめた。


「それは、騎士様方の扱いが荒いからでは?」


 騎士団長ガルドの眉が動いた。


 俺は手で制する。


「では、納品記録を見せろ」


「記録は商会にございます。今は持ってきておりません」


「そう言うと思った」


 俺はバルトに目を向ける。


 バルトが別の書類を出した。


「こちらは、ゴルド商会の倉庫番から預かった写しだ」


 ゴルドの顔が変わった。


「なぜ、それを……」


「正当な調査だ。領主家の金が関わっている」


 俺は書類を読み上げる。


「実際に納めたのは、鎧三着。剣五本。しかも中古品。請求は新品修理の十着分と二十本分」


 商人たちがざわつく。


 ゴルドは汗を浮かべた。


「そ、それは手違いで……」


「手違いで、食料の値段も三倍にしたのか?」


「それは市場価格で――」


「他の商人は通常価格の一割増しで出した」


 若い商人たちがうなずく。


 ゴルドの声が小さくなる。


「商売には、利益が必要でして……」


「利益は認める。だが、領民を飢えさせ、騎士団を弱らせる商売は認めない」


 俺ははっきり言った。


「ゴルド商会との領内取引を停止する。装備費の不正分は返還。応じなければ、王都にも正式に報告する」


「若様! それはあまりにも――」


「甘いくらいだ」


 俺はゴルドを見る。


「お前が抜いた金で、騎士の盾は壊れたままだった。そのせいで村人が死んでいたかもしれない」


 ゴルドは黙った。


 広間の空気が変わる。


 地元の商人たちも、厳しい目でゴルドを見ていた。


 商売は大事だ。


 だが、領地を壊す商売は敵だ。


 そこは譲れない。


「連れていけ」


 騎士たちがゴルドを連れていく。


 ゴルドは最後まで何か言っていたが、誰も助けなかった。


 ゴルドがいなくなったあと、俺は商人たちへ向き直った。


「今後、領地の取引を見直す」


 商人たちが背筋を伸ばす。


「まず、騎士団の装備は地元の鍛冶屋と商人を優先する。値段は適正に払う。納品と実物は必ず確認する」


 ギルド長のマルクが頭を下げた。


「ありがたいお話です」


「食料も同じだ。買い占めは禁止。非常時は領主家が先に買い取って、村へ配る」


「承知しました」


「その代わり、協力した商人には安定した取引を約束する。無理な値切りはしない」


 商人たちの顔が変わった。


 前世でもそうだった。


 安定した取引。

 即日払い。

 無理な値切りなし。


 これだけで、まともな相手はかなり協力してくれる。


 マルクが深く頭を下げた。


「若様は、商人をただ取り締まるのではなく、正しく働く場をくださるのですな」


「正しく働いてくれるなら、こちらも助かる」


 これは本音だ。


 全部を領主家だけで回すのは無理だ。


 商人が必要だ。


 だが、ゴルドのような相手に好き勝手されると、領地が壊れる。


「これからは、領地を良くする商人と取引する」


 俺がそう言うと、若い商人が頭を下げた。


「若様。私どもも力を尽くします」


「頼む」


 広間の空気が、さっきとは違っていた。


 敵を処分しただけではない。


 味方が増えた。


 そんな感じがした。


 夕方。


 騎士団の倉庫に、新しい装備の手配が始まった。


 ガルドは目を輝かせていた。


「若様。これで騎士たちも、まともに訓練できます」


「壊さない程度にな」


「はっ!」


 騎士たちの声も明るい。


 商人ギルドは装備の手配を進め、鍛冶屋は修理を始めた。


 領地の中で、少しずつ物が回り始めている。


 セシリアが隣に立った。


「また一つ、問題を解決されましたね」


「問題が多すぎるだけだ」


「それでも、逃げずに向き合っておられます」


 俺は苦笑した。


「逃げたら死ぬからな」


「また、そのようなことを」


 セシリアは少しだけ笑う。


「ですが、レオン様らしいです」


 俺らしい。


 そう言われても、まだよく分からない。


 前世の俺は、ただの会社員だった。


 今の俺は、悪役貴族だ。


 でも、少なくとも。


 税を直し、畑を直し、井戸を直し、騎士団と商人を動かしている。


 悪役らしくはない。


 それだけは確かだ。


 その時、バルトが小さな包みを持ってきた。


「若様。セシリア様より、こちらをお預かりしております」


「私から?」


 セシリアが少し慌てた。


 包みの中には、小さな弁当箱があった。


 バルトが微笑む。


「セシリア様が、若様は昼食も取らずに働かれていると心配なされまして」


 俺はセシリアを見る。


 彼女は少し頬を赤くしていた。


「その……簡単なものですが」


 胸が変にむずがゆくなる。


「ありがとう。助かる」


 そう言うと、セシリアはほっとしたように笑った。


「はい」


 商人の不正を潰した直後に、婚約者から弁当を渡される。


 なんだこの状況。


 悪役貴族の人生にしては、少し平和すぎる。


 だが、悪くない。


 俺はそう思ってしまった。

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