第13話 騎士団を立て直す
井戸の問題が一段落したあと、俺は騎士団の訓練場へ向かった。
理由は簡単だ。
帳簿がおかしい。
鎧を買った記録がある。
剣を直した記録もある。
弓や盾の補修費も出ている。
だが、実際の装備は古い。
剣は欠けている。
鎧はへこんでいる。
盾の革ひもは傷んでいる。
つまり、ここにも誰かがいる。
金を抜いている誰かが。
もう嫌だ。
この領地、穴だらけすぎる。
「若様。本日は騎士団の視察でございますか」
騎士団長のガルドが頭を下げた。
大柄で、顔に古い傷がある男だ。
先日の黒牙狼討伐でも、よく動いてくれた。
「ああ。装備と訓練を見たい」
「かしこまりました」
ガルドはすぐに騎士たちを並ばせた。
人数は多くない。
しかも、全員が疲れて見える。
動きは悪くない。
だが、どこか重い。
「最近、訓練は足りているか?」
「最低限は行っております」
「最低限?」
嫌な言葉だ。
前世でも、最低限という言葉は危なかった。
だいたい、本当に最低限しかできていない。
ガルドは苦い顔をした。
「装備が傷んでおりますので、激しい訓練をすると壊れます。修理の申請は出しておりますが……」
「通らないのか?」
「はい」
やっぱり。
俺はバルトに目を向けた。
「装備費の記録はあるな」
「ございます。ですが、実際の修理に使われた形跡は薄いかと」
「調べる」
「かしこまりました」
ガルドの顔が少し変わった。
「若様が、そこまで見てくださるのですか」
「騎士団が弱いと、村を守れない。村を守れないと、領地が荒れる」
そして俺が断罪される。
そこまでは言わない。
「当然のことだ」
ガルドは深く頭を下げた。
「ありがたきお言葉です」
重い。
また信頼が重い。
だが、騎士団は本当に大事だ。
黒牙狼の時も、彼らがいなければ村は守れなかった。
これから王都へ行くなら、留守中の守りも必要になる。
俺一人で全部は無理だ。
だから、騎士団を立て直す。
まず、訓練を見た。
騎士たちは一対一で剣を打ち合う。
悪くない。
だが、動きがばらばらだった。
個人の腕に頼りすぎている。
黒牙狼の時もそうだった。
指示を出せば動ける。
でも、最初から役割が決まっていない。
「ガルド。対魔物の訓練は?」
「月に数度です」
「少ないな」
「人手と装備の都合で……」
「増やす」
俺は訓練場を見渡した。
「一対一より、隊で動く訓練を増やせ。盾、槍、弓の役割を決める。村を守るなら、個人の強さより連携だ」
ガルドが目を見開く。
「連携、ですか」
「ああ。魔物は正々堂々戦ってくれない。速いやつもいるし、村人を狙うやつもいる。足を止めて、囲んで、確実に倒す」
前世の知識というより、黒牙狼戦で思ったことだ。
俺が未来を見て指示できたから勝てた。
でも、毎回俺がいるとは限らない。
なら、俺がいなくても動ける形を作らないといけない。
「若様は、騎士団を一つの盾として使うおつもりなのですね」
セシリアが言った。
いつの間にか訓練場の端にいた。
「一つの盾?」
「はい。個人の武勇ではなく、領民を守るための盾です」
なるほど。
かっこいい言い方だ。
俺が言うよりずっといい。
「そういうことだ」
俺がうなずくと、騎士たちの表情が変わった。
「俺たちは、領民を守る盾……」
「若様は、そこまで考えて……」
違う。
今セシリアがうまく言ってくれただけだ。
だが、士気が上がったならいい。
その時、若い騎士が一歩前に出た。
「若様」
「なんだ?」
「失礼ながら、若様ご自身のお力も見せていただけませぬか」
訓練場の空気が固まった。
ガルドが慌てる。
「馬鹿者! 若様に何を――」
「いい」
俺は止めた。
正直、やりたくない。
剣の腕に自信があるわけではない。
だが、ここで逃げると、騎士たちに軽く見られるかもしれない。
それは困る。
これから訓練を変えるなら、最低限の信頼は必要だ。
「軽くでいいなら相手をする」
若い騎士は驚き、それから頭を下げた。
「ありがとうございます!」
木剣を受け取る。
重い。
俺は息を吐いた。
大丈夫だ。
勝てなくてもいい。
怪我をしなければいい。
最悪、引き分けでも十分。
そう思った瞬間、視界が少し歪んだ。
《最悪予測》。
若い騎士が右から斬り込み、俺が受け損ねて転ぶ未来が見えた。
助かる。
いや、心臓には悪いが助かる。
「始め!」
ガルドの声が響く。
若い騎士が踏み込んだ。
右から来る。
見えた通りだ。
俺は半歩下がり、木剣を斜めに合わせた。
騎士の剣が流れる。
相手の体勢が崩れた。
「えっ?」
若い騎士が声を漏らす。
俺はその手首を軽く打った。
木剣が地面に落ちる。
訓練場が静まり返った。
勝った。
俺が一番驚いている。
未来が見えなければ、たぶん負けていた。
だが、騎士たちはそうは見ない。
「一撃で……」
「若様、あの踏み込みを読んでおられたのか」
「さすが黒牙狼を封じたお方だ……」
違う。
スキルで見えただけだ。
だが、否定できない。
若い騎士は青ざめてひざまずいた。
「ま、参りました!」
「いや、立て。今の踏み込みは悪くなかった。ただ、最初の一撃に頼りすぎだ」
適当に言った。
だが、若い騎士は真剣な顔でうなずく。
「ご指導、ありがとうございます!」
重い。
言葉が重く受け取られている。
ガルドまで感動した顔をしていた。
「若様。ぜひ今後も、騎士団にご助言を」
「できる範囲でな」
俺は木剣を返した。
手のひらに汗をかいている。
怖かった。
かなり怖かった。
でも、騎士たちの目は変わっていた。
疑いではなく、期待の目だ。
その期待に応えられるかは分からない。
だが、逃げるわけにはいかない。
「まずは装備を直す。次に隊ごとの訓練だ。村を守れる騎士団にする」
「はっ!」
騎士たちの声が揃った。
セシリアが隣で微笑む。
「レオン様は、人の力を引き出すのがお上手ですね」
「そんな大げさなものじゃない」
「いいえ。皆さん、先ほどよりずっと良い顔をしています」
俺は訓練場を見る。
確かに、騎士たちの目には力が戻っていた。
税を直し、畑を直し、井戸を直し、今度は騎士団。
やることが多すぎる。
だが、一つずつ良くなっている。
そう思えるだけ、前よりはましだった。
その時、バルトが一枚の書類を持って戻ってきた。
「若様。装備費の件ですが、怪しい商会の名が出てまいりました」
「どこだ?」
「王都と取引のある、ゴルド商会です」
俺は思わず顔をしかめた。
あの食料を三倍で売ろうとした商人か。
またあいつか。
破滅フラグは、本当にしつこい。
「分かった。次は商人ギルドだ」
騎士団を守るには、装備がいる。
装備を整えるには、不正を止める必要がある。
俺は小さく息を吐いた。
「ゴルド商会の取引を、全部洗う」




