第11話 荒れた畑を救え
王都へ向かう前に、どうしても片づけたい問題があった。
畑だ。
税を下げた。
食料も配った。
魔物も倒した。
だが、畑がこのままなら、来年また飢える。
来年また飢えれば、領民は苦しむ。
領民が苦しめば、俺への不満になる。
不満が積もれば、断罪イベントで使われる。
つまり、畑を救わないと俺が死ぬ。
朝から俺は、バルトとセシリアを連れて村へ向かった。
村の畑は、思った以上にひどかった。
土は乾いている。
水路は途中で詰まっている。
畑の端には、使われていない土地も多い。
俺は思わず額を押さえた。
「これは、かなりまずいな」
村長が申し訳なさそうに頭を下げる。
「若様。人手も道具も足りず……」
「責めているわけじゃない。状況を知りたいだけだ」
怒らない。
偉そうにしない。
悪役貴族らしくしない。
俺は心の中で何度も唱える。
村長は少し安心したように、畑を指さした。
「水が届く畑は、まだましです。ですが奥の畑は、ほとんど使えませぬ」
「原因は水路か」
「はい。上流の石が崩れ、泥が詰まっております」
俺は水路を見る。
水は細くしか流れていない。
これでは作物は育たない。
専門的な農業知識などない。
だが、水が足りない畑が駄目になることくらいは分かる。
「まず水路を直す」
俺が言うと、村人たちが顔を上げた。
「若様が、ですか?」
「俺一人では無理だ。屋敷から人を出す。村からも動ける者を出してくれ。ただし、病人と子どもには無理をさせるな」
「そ、そこまで……」
「水が戻れば、来年の収穫が増える。今やるべきだ」
村人たちがざわつく。
その中で、セシリアが静かに言った。
「レオン様は、来年の皆さんの暮らしまで考えておられるのですね」
違う。
来年の破滅フラグを恐れているだけだ。
だが、村人たちは感動した顔になった。
「若様……!」
「来年のことまで……!」
やめろ。
そんな目で見ないでくれ。
俺はただ、未来の自分を守りたいだけだ。
その場で、作業の割り振りを決めた。
村人は泥をかき出す。
屋敷の作業員は崩れた石を積み直す。
騎士団は森側の見回りをする。
女たちには、作業員用の食事を用意してもらう。ただし報酬は出す。
無償で働かせると、また不満になる。
前世でもそうだった。
人に仕事を頼むなら、ちゃんと対価を払う。
それだけで、かなり揉め事は減る。
「若様。村の者にも報酬を?」
村長が驚いた顔をした。
「ああ。働いた分は払う」
「ですが、領地の水路でございます。私どもが働くのは当然で……」
「当然でも、腹は減る。作業中に畑仕事ができない分もある。なら払う」
村長は目を潤ませた。
「若様……」
だから泣くな。
本当に泣くな。
俺は視線をそらした。
その時、視界が少し歪んだ。
来た。
《最悪予測》だ。
見えたのは、雨の日の水路。
崩れた土。
流される石。
畑にあふれる泥水。
そして、倒れた村人。
【十日後、修理中の水路が崩れ、作業員が負傷します】
俺は息をのんだ。
今度は作業事故か。
どこまで俺を休ませないんだ、このスキルは。
「若様?」
セシリアが俺を見る。
俺は水路の上流を指さした。
「あそこは危ない。先に補強する」
「危ない、でございますか?」
村長が首をかしげる。
「雨が降ったら崩れる。石を積む前に、横の土を固めろ。作業員を下に入れるな」
正直、未来を見なければ気づかなかった。
でも、言い切るしかない。
村長はすぐに頭を下げた。
「かしこまりました」
セシリアが小さく息をのむ。
「レオン様は、そこまで見ておられるのですね」
「念のためだ」
「その念のためが、人を救うのだと思います」
また褒められた。
慣れない。
だが、悪い気はしなかった。
作業はすぐに始まった。
村人たちは泥をかき出し、屋敷の者は石を運ぶ。
騎士団は森側を見張る。
俺も書類だけ見ているわけにはいかず、水路のそばで指示を出した。
「そこは二人で持て。一人で無理をするな」
「はい、若様!」
「休憩を入れろ。倒れたら意味がない」
「かしこまりました!」
村人たちの返事が明るい。
以前なら、領主の息子が来ただけで怯えていたはずだ。
今は違う。
俺の指示を、ちゃんと聞いてくれている。
少しずつ、変わっている。
そう思った時、上流で土が崩れた。
どさり、と重い音がする。
だが、そこには誰もいなかった。
俺が先に作業員を下がらせていたからだ。
村人たちが青ざめる。
「若様の言った通りだ……」
「もし下で作業していたら……」
村長が震える声で言った。
「若様、ありがとうございます。おかげで誰も怪我をせずに済みました」
俺は内心で冷や汗をかいていた。
危なかった。
本当に危なかった。
未来を見ていなければ、怪我人が出ていた。
「無事ならいい。作業を続ける前に、上の土をもっと固めろ」
「はい!」
村人たちは力強く返事をした。
その目には、さっきよりもはっきりした信頼があった。
重い。
信頼が重い。
でも、今は逃げられない。
逃げたら、この領地はまた原作の悪い未来へ戻る。
水路の泥が取り除かれると、少しずつ水の流れが強くなった。
乾いた畑へ、水が流れ込んでいく。
村人たちが歓声を上げた。
「水だ!」
「畑に水が戻ったぞ!」
「これで来年は……!」
子どもたちまで笑っている。
俺はその光景を見て、少しだけ息を吐いた。
まだ何も終わっていない。
畑がすぐ豊かになるわけでもない。
王都の問題も残っている。
断罪イベントも消えていない。
それでも。
水が戻った。
それだけで、村人たちの顔が明るくなった。
セシリアが隣に立つ。
「レオン様」
「なんだ?」
「あなたはやはり、領民を救う方です」
「大げさだ」
「いいえ。大げさではありません」
彼女は畑へ流れる水を見つめた。
「水が戻れば、来年の希望が戻ります」
希望。
そんな大きな言葉を使われると困る。
俺はただ、破滅を避けたいだけだ。
でも、この光景は悪くなかった。
乾いた畑に水が流れ、村人たちが笑っている。
それを守りたいと思ってしまった。
その時点で、俺はもうただ逃げたいだけの悪役貴族ではなくなっていたのかもしれない。
少なくとも、少しだけ。
俺は水路の先を見た。
「次は、使っていない畑も見直す。種も足りないなら用意する」
村長が深く頭を下げた。
「若様、何から何まで……」
「礼は収穫が増えてからでいい」
「はい!」
王都へ行く前に、できることは全部やる。
破滅を避けるために。
そして、この領地を飢えさせないために。
俺はそう決めた。




