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第96話 南区孤児院、窓布の七日後確認

南区孤児院へ向かう馬車の中で、エミリア伯爵夫人はずっと膝の上の紫布札を見ていた。


 小さな紫の布。

 刺繍なし。

 家名なし。

 端の始末だけは丁寧にしてあるが、飾り気はない。


 白い小札には、こう書かれている。


 ――南区孤児院窓布。七日後確認。担当、エミリア伯爵夫人。使い勝手確認。


 リリアナは向かいの席で、その布札を見つめる夫人を見ていた。


「緊張していますか?」


 エミリア夫人は、少し恥ずかしそうに笑った。


「はい。正直に言えば、とても」


「夫人会で発表する時より?」


「それより緊張しています。発表なら、多少うまく言えば済みます。でも今日は、実際に使われているかを見るでしょう?」


「はい」


「もし、使われていなかったらと思うと……」


 そこで言葉が止まった。


 リリアナには、その気持ちが少し分かった。


 届けた時は、達成感がある。


 窓布を用意した。

 番号札をつけた。

 孤児院へ届けた。

 子どもたちが喜んだ。

 夫人会は良いことをした。


 そこで終われば、物語は綺麗だ。


 けれど、紫札はそこで終わらせない。


 七日後に戻る。


 縮んでいないか。

 外れていないか。

 洗えているか。

 本当に寒さを防いでいるか。

 現場に余計な手間を増やしていないか。


 見る。


 その結果、都合の悪いことが分かるかもしれない。


 だから怖い。


「でも、使われていなかったら、それを見に行くための紫札です」


 リリアナが言うと、エミリア夫人は深く息を吐いた。


「ええ。分かっています。褒められるためではなく、戻って見るため」


「はい」


 馬車は王宮を出て、南区へ向かっていた。


 南区孤児院までは、昼の道で馬車なら半刻ほど。


 大通りを抜け、商店の多い区域を通り、少し細い道へ入る。


 窓から見える王都は、中心部より建物が低く、洗濯物がよく揺れていた。


 今日の確認班は多すぎないように絞られている。


 担当のエミリア伯爵夫人。

 王妃基金側からリリアナとヘンリク事務官補佐。

 夫人会記録役としてクララ子爵未亡人。

 護衛二名。

 そして、窓布の縫製を担当した修繕係の女性が一人。


 エレノアは来ていない。


「あなたが見て、戻って報告して」と言われた。


 それは嬉しくもあり、怖くもあった。


 リリアナは、自分の手帳に短く書いていた。


 ――今日は、届けた喜びではなく、使われた後を見る。


 南区孤児院は、灰色の石壁と木の門を持つ古い建物だった。


 以前、窓布を届けた時と同じく、門の前では院長のモリスが待っていた。


 痩せた中年の男で、いつも少し申し訳なさそうな顔をしている。


 その隣には、孤児院の年長の子どもたちが数人立っていた。


 みな、来客に緊張している。


 けれど、その中の一人だけが、リリアナを見るなり小さく手を振りかけ、慌てて引っ込めた。


 リリアナは、少しだけ微笑み返した。


 その子は前回、番号札を「窓の名札」と呼んだ少年だった。


「本日は、七日後確認に参りました」


 エミリア夫人が言った。


 声は少し硬い。


 だが、逃げてはいなかった。


 モリス院長は深く礼をする。


「わざわざありがとうございます。窓布は、たいへん役に立っております」


 それは、ありがたい言葉だった。


 だが、リリアナはすぐに安心しなかった。


 役に立っております。


 その言葉だけで終わらせないために来たのだ。


 エミリア夫人も同じことを思ったらしい。


「ありがとうございます。今日は、良かった点だけでなく、困った点も伺いたいのです」


「困った点、ですか」


 院長の顔に一瞬、戸惑いが浮かんだ。


「はい。使い勝手を見るための確認です。問題があること自体を責めるものではありません」


 エミリア夫人は、紫布札を見せた。


「この札は、そのためのものです」


 モリス院長は、少し緊張したまま頷いた。


「承知しました」


 しかし、その「承知しました」は少し硬かった。


 困った点を言うと、支援が減らされるのではないか。


 不満を言っていると思われるのではないか。


 そう感じているのが伝わった。


 リリアナは、一歩前に出た。


「院長先生。困った点を聞くのは、次に直すためです。使いにくいと言ったから、窓布を取り上げることはありません」


 院長は驚いたようにリリアナを見た。


「取り上げるなど、そのようなことは」


「そう思っていなくても、現場の方は心配するかもしれないので」


 リリアナは、産婆院の夜明けや雨音のことを思い出していた。


 支援を受ける側は、いつも少し怖い。


 これを言ったら止められるのではないか。

 わがままだと思われるのではないか。

 次から来てもらえないのではないか。


 だから、先に言葉を置く必要がある。


 モリス院長は、少しだけ肩の力を抜いた。


「分かりました。では、正直にお話しいたします」


 確認は、一階の食堂から始まった。


 大きな窓が三つある。


 そこには、番号札付きの窓布が掛けられていた。


 一番窓、二番窓、三番窓。


 布はきちんと掛かっている。


 見た目には問題ない。


 エミリア夫人は少し安心しかけたが、リリアナは番号札の位置を見た。


「二番窓の布、少し端が浮いていませんか?」


 修繕係の女性がすぐに近づく。


「……本当ですね。紐が片方だけ緩んでいます」


 モリス院長が慌てて言った。


「申し訳ありません。子どもたちが触ったのかもしれません」


 リリアナは首を横に振った。


「謝るところではありません。触る場所にあるなら、触られる前提で考える必要があります」


 クララ夫人が記録する。


 ――食堂二番窓。紐片側緩み。子どもが触れる高さ。触ることを前提に固定方法再検討。


 エミリア夫人が、布の下端を見て言った。


「紐を少し高い位置にすればよいでしょうか」


 そこへ、例の少年が口を挟んだ。


「高いと、僕ら閉められないよ」


 院長が慌てて少年を止めようとした。


「トマス」


「よいです」


 リリアナがすぐに言った。


「今の、とても大事です」


 少年トマスは、少し驚いた顔をした。


 リリアナはしゃがみ、目線を近づける。


「夜、子どもたちが閉めることもあるの?」


「うん。院長先生が忙しい時は、僕らがやる。小さい子はできないけど、僕らはできる」


「紐が高いと困る?」


「困る。椅子に乗ると怒られるし」


 リリアナは頷いた。


 高くすれば触られない。


 でも、使えなくなる。


 安全と使いやすさの真ん中を探さなければならない。


 灯油壺の置き場所と同じだ。


 クララ夫人が記録する。


 ――紐を高くしすぎると年長児が開閉不可。椅子使用の危険あり。固定は低位置維持、ただし結び方を変更。


 修繕係の女性が言った。


「結び目を二重にして、ほどけにくくします。ただ、完全に固めると洗濯時に外せません」


「洗濯できることも必要ですね」


 エミリア夫人が言う。


「ええ。外せない窓布は、すぐ汚れます」


 リリアナは書いた。


 ――外れないようにしすぎると、洗えない。


 次は、寝室だった。


 子どもたちが眠る大部屋には、小さな窓が六つ並んでいる。


 窓布は、すべて掛かっていた。


 しかし、四番窓の布だけ、少し色が違って見えた。


 修繕係の女性が近づき、すぐに気づく。


「これは、五番窓の布です」


「番号札は?」


「取れています」


 院長の顔が青くなった。


「申し訳ありません。洗濯後に間違えたのだと思います」


 今度も、エミリア夫人はすぐに責めなかった。


 紫札を握りしめながら、少し慎重に尋ねる。


「番号札は、どこで取れたのでしょう」


 年長の少女が、おずおずと手を上げた。


「洗濯の時です。札の糸がほつれて……私、後で縫おうと思ったんですけど」


 少女はそこで俯いた。


「針を借りられる時間がなくて」


 クララ夫人のペンが止まった。


 リリアナも胸が詰まる。


 番号札が取れた。


 それだけなら、現場の不注意に見えるかもしれない。


 でも、実際には、縫い直す針と時間がなかった。


 修繕の仕組みがなかったのだ。


「針を借りるのは難しいの?」


 リリアナが聞くと、少女は小さく頷いた。


「小さい子が触ると危ないから、針箱は院長先生の部屋にあって……院長先生が忙しい時は、言いにくいです」


 院長は、苦い顔をした。


「安全のために管理していました」


「それは必要です」


 リリアナは言った。


「でも、修繕したい時に修繕できないと、番号札が戻りません」


 クララ夫人が静かに言う。


「針箱の管理と、修繕時間を分ける必要がありますね」


 修繕係の女性が提案した。


「週に一度、年長児と職員が一緒に小修繕をする時間を設けてはどうでしょう。針はその時間だけ出す。終わったら数を確認して戻す」


 院長は、少し考えてから頷いた。


「それなら、できます」


 記録。


 ――番号札糸ほつれ、洗濯時に脱落。年長児が縫い直す意思あり。ただし針箱管理のため修繕機会なし。週一回、小修繕時間を試行。針数確認必須。


 エミリア夫人は、少し肩を落とした。


「番号札をつければ解決すると思っていました」


「つけた後、取れることまで考えていませんでしたね」


 リリアナが言うと、エミリア夫人は頷いた。


「はい。でも、今日分かりました」


 紫札の役目だ。


 届けた時には分からなかったことが、七日後に見える。


 次に見えたのは、もっと意外な問題だった。


 小部屋の一つ。


 年少の子どもたちが昼寝をする部屋で、窓布が一枚、畳まれて棚に置かれていた。


 窓には掛かっていない。


 リリアナは、最初、洗濯中かと思った。


 しかし、布は乾いている。


 番号札もついている。


「これは、なぜ外してあるのですか?」


 院長は困った顔をした。


「それは……」


 答えたのは、部屋の隅にいた小さな女の子だった。


「よそ行きだから」


 リリアナは瞬きした。


「よそ行き?」


「綺麗だから、ふだんは使っちゃ駄目って」


 院長が慌てて言った。


「違います。駄目と言ったわけでは」


 しかし、女の子は真剣だった。


「お客さんが来る時に使うって、メラ姉が言った」


 年長の少女メラが顔を赤くした。


「だって、汚したら悪いと思って」


 その場にいた全員が、一瞬黙った。


 窓布は、使うために届けた。


 寒さを防ぐために。


 けれど、綺麗だから使われなかった。


 支援物資が「よそ行き」になっていた。


 リリアナは、胸がちくりとした。


 似たようなことを、昔の自分はしていなかっただろうか。


 綺麗なものを、見せるために取っておく。


 使うことより、汚さないことを優先する。


 エミリア夫人が、小さく言った。


「これは、私たちの伝え方が足りませんでした」


 院長が首を振る。


「いえ、こちらが」


「いいえ」


 エミリア夫人は紫札を見て、声を落ち着かせた。


「窓布は、綺麗に保管するためではなく、使って寒さを減らすために届けたものです。それを最初に、子どもたちにも分かるように伝えていませんでした」


 リリアナはしゃがみ、女の子に言った。


「この布は、汚してもいい布です」


 女の子は目を丸くした。


「汚していいの?」


「はい。もちろん、わざと泥をつけるのは困ります。でも、使って汚れるのは大丈夫です。洗って、直して、また使うための布です」


「お客さんの時じゃなくて?」


「寒い時です」


 女の子は、少し考えた。


「じゃあ、今日つける?」


「つけましょう」


 修繕係の女性が布を広げ、窓に掛けた。


 部屋の空気が、少しやわらかくなった気がした。


 記録。


 ――年少室一枚、未使用保管。理由、綺麗なため来客用と誤解。子ども向け説明不足。用途説明を追加。「使って汚れるのはよい。洗って直してまた使う布」。


 クララ夫人が書きながら、少し目を伏せた。


「支援物資にも、使ってよいという説明が必要なのですね」


「はい」


 リリアナは頷いた。


「大切にすることと、使わないことは違います」


 その言葉に、エミリア夫人が小さく反応した。


「それ、記録に入れましょう」


 入った。


 ――大切にすることと、使わないことは違う。


 最後に確認したのは、洗濯場だった。


 窓布を洗う場所は、孤児院の裏手にある。


 建物の外を少し回る必要があった。


 庭と呼ぶには狭い土の場所を抜けると、水桶と洗い台が並んでいる。


 春とはいえ、水は冷たい。


 洗濯を担当している年長児と職員が、窓布の洗い方を見せてくれた。


 ここでも問題が見つかった。


 番号札の文字が、洗ううちに薄くなりかけていたのだ。


「墨が落ちていますね」


 修繕係の女性が言う。


 クララ夫人が持参した覚書を開いた。


「水に強い染料に変える必要があります。もしくは、布札ではなく小さな木札にするか」


「木札は窓に当たって音がします」


 年長児のトマスがすぐに言った。


「夜、カタカタうるさい」


 大人たちは一瞬黙り、そして全員が頷いた。


 これは、現場でなければ分からない。


 木札は丈夫。


 でも音がする。


 夜の寝室では困る。


「では、水に強い糸で刺す?」


 エミリア夫人が言うと、修繕係の女性が首をひねった。


「刺繍にすると手間が増えます。全部は難しいです」


 リリアナは、少し考えた。


「番号を大きくするのは?」


「大きく?」


「少し薄れても読めるように。今の文字が小さいから、薄れるとすぐ分からなくなるのでは」


 修繕係の女性が札を見た。


「……たしかに。大きめに書き、上から簡単に縫い留めれば、完全な刺繍ほど手間はかかりません」


 クララ夫人が記録する。


 ――番号文字が洗濯で薄れ始め。木札は夜間音の問題あり。刺繍は手間過多。大きめ文字+簡易縫い留めを試行。


 洗濯場の確認が終わる頃には、予定より少し時間が過ぎていた。


 だが、夕方にはまだ余裕がある。


 王宮へ戻るには問題ない。


 院長が何度も頭を下げるので、エミリア夫人は少し困った顔で言った。


「院長先生、今日は謝罪ではなく確認の日です」


「はい。ですが、思ったより問題が多く」


「問題が見えたのは、紫札が役に立ったということです」


 その言葉を、エミリア夫人は少し照れながら言った。


 たぶん、朝より自分の言葉になっていた。


 リリアナはそれを聞いて、嬉しくなった。


 南区孤児院を出る前に、子どもたちが玄関まで見送りに来た。


 トマスがリリアナへ小声で言った。


「また来る?」


 リリアナは、すぐには答えなかった。


 勝手な約束はできない。


 でも、紫札には見直し日がある。


「必要があれば、また見に来ます」


「必要って?」


「窓布が困った時とか」


「じゃあ、困ったら言っていい?」


「はい。困ったら言ってください。言うための記録も作ります」


 トマスは、少しだけ笑った。


「また紙?」


「また紙です」


 リリアナが真面目に答えると、トマスは今度こそ笑った。


 馬車に戻ると、エミリア夫人は深く息を吐いた。


「疲れました」


「私もです」


 リリアナも正直に言った。


「でも、来てよかったです」


「はい。見なければ、全部うまくいっていると思っていました」


 エミリア夫人は紫布札を見た。


「紐が緩むことも、番号札が取れることも、綺麗だから使われないことも、木札がうるさいことも、想像していませんでした」


「私もです」


「届けた時の喜びだけでは、足りませんね」


「はい」


 王宮へ戻る道は、行きと同じ半刻ほど。


 しかし、帰りの馬車の中は少し違った。


 沈んでいるわけではない。


 むしろ、疲れているのに、何かが前へ進んだ感じがあった。


 問題が見つかったからだ。


 見つかってしまった、ではない。


 見つけに行った。


 その違いは大きい。


 北翼へ戻ると、すぐに報告会が開かれた。


 エレノアは、最後まで黙って聞いた。


 リリアナ、エミリア夫人、クララ夫人、ヘンリク補佐が順に報告する。


 食堂二番窓の紐緩み。

 寝室四番窓の番号札脱落。

 針箱管理により修繕機会不足。

 年少室の窓布が来客用と誤解され未使用。

 洗濯で番号文字が薄れ始め。

 木札案は夜間音で不適。

 大きめ文字+簡易縫い留めを試行。


 エレノアは聞き終えると、静かに言った。


「紫札は機能しましたね」


 エミリア夫人の肩から力が抜けた。


「よかった……のでしょうか。問題だらけでしたが」


「問題が見えたから、機能したのです」


 エレノアは言った。


「問題が一つも出ない七日後確認の方が、むしろ疑わしい」


 リリアナは頷いた。


 完璧な報告は、気持ちがいい。


 けれど、現場に行けば必ず何かある。


 何もないなら、見ていない可能性がある。


 紫札は、完璧を確認するためではない。


 問題を見つけ、次に直すためのもの。


 報告書には、次の対応が書かれた。


 一、窓布紐の結び方を変更。子どもが開閉できる高さは維持。

 二、週一回の小修繕時間を設ける。針数確認を必須にする。

 三、子ども向け用途説明を作成。「使って汚れるのはよい。洗って直してまた使う布」。

 四、番号札の文字を大きくし、簡易縫い留めを試行。木札は夜間音のため不採用。

 五、二週間後に再確認。紫札は継続。


 リリアナは、最後の「継続」を見た。


「終了ではないですね」


「ええ」


 エレノアが答える。


「七日後確認で課題が出たから、修正して二週間後に見る」


「紫札、外せませんね」


「まだね」


 エミリア夫人が、少しだけ笑った。


「外せないことが、こんなに悔しくないとは思いませんでした」


「どういう意味ですか?」


 リリアナが尋ねる。


「失敗したから外せないのではなく、次に見る理由ができたから外さない。そう思えるので」


 それは、とてもよい言葉だった。


 リリアナはすぐに手帳へ書いた。


 ――失敗したから外せないのではなく、次に見る理由ができたから外さない。


 夜、リリアナは自分の報告をまとめた。


 ――南区孤児院へ窓布の七日後確認に行った。王宮から馬車で半刻ほど。

 ――窓布は役に立っていた。でも、問題もたくさんあった。

 ――食堂二番窓の紐が緩んでいた。高くすると子どもが閉められないので、低いまま結び方を変える。

 ――番号札が洗濯時に取れた。年長児は直したかったが、針箱を借りる時間がなかった。週一回の小修繕時間を作る。

 ――綺麗な窓布が「よそ行き」と誤解され、使われていなかった。大切にすることと、使わないことは違う。使って汚れるのはよいと説明する。

 ――番号札の文字が薄れた。木札は夜に音がするので不採用。大きめ文字と簡易縫い留めを試す。

 ――問題が見えたから、紫札は機能した。

 ――失敗したから外せないのではなく、次に見る理由ができたから外さない。


 最後に、少し考えてから書いた。


 ――支援物資は、届けた時がいちばん綺麗。でも、本当に大事なのは、汚れて、洗って、直して、また使われるところを見ること。


 エレノアはその報告を読み、ゆっくり頷いた。


「今日の一文も、とてもよいわ」


「綺麗じゃなくなるところを見るの、少し怖かったです」


「ええ」


「でも、綺麗なまま棚に置かれるより、汚れて使われる方がいい」


「その通りよ」


 南区孤児院の窓には、その夜も窓布が掛かっていた。


 年少室の布も、棚ではなく窓にあった。


 少しだけ皺がある。


 子どもの手が触れた跡もある。


 完璧ではない。


 けれど、夜風は前より少し弱くなっていた。


 紫札は、まだ外されない。


 二週間後に、また見るために。

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