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第55話 王太子府、再教育初日

 王太子府の扉は、以前と同じ場所にあった。


 同じ廊下。


 同じ紋章。


 同じ金具。


 同じ磨き上げられた床。


 けれど、ユリウスにとっては、まるで知らない部屋の入口のように見えた。


 かつて彼は、この扉をほとんど意識せずに開けていた。


 朝になれば王太子府へ入り、書類が机に積まれ、側近たちが予定を告げ、必要なものには印を押す。難しいところはダリウスが整え、耳障りのよい説明を添え、ユリウスはそれを「信頼」と呼んで受け取っていた。


 信頼。


 便利な言葉だった。


 任せることと、見ないことの境目を曖昧にしてくれる。


 ダリウスが去った王太子府は、妙に広かった。


 家具が減ったわけではない。


 人がいなくなったわけでもない。


 それでも、空気の一部が抜けたように感じる。


 ダリウスが立っていた場所。


 彼が書類を持って待っていた机の横。


 王太子の言葉を先回りして整えた声。


 その全部が消えたことで、部屋の中に空欄ができていた。


 ユリウスは扉の前で、一度足を止めた。


 後ろに控えていたローレンが、静かに言った。


「殿下」


「分かっている」


 ユリウスは短く答えた。


 逃げるつもりはない。


 だが、足が重いのは事実だった。


 王太子府再教育初日。


 その名は、やけに仰々しい。


 しかし、内容は華やかなものではなかった。


 最初の課題は、過去三か月分の王太子府受領書類を読み直し、確認欄、空欄、代理処理、未照合記録を洗い出すこと。


 つまり、机に向かう。


 読む。


 分からないところを分からないと書く。


 それだけだ。


 けれど、ユリウスにとっては、それがいちばん苦い薬だった。


 扉を開けると、執務室にはすでに人がいた。


 ローレン。


 王家教育官。


 王太子府の新任監査補佐。


 そして、机の左側に、エレノア・ヴァレンシュタイン。


 王妃基金臨時長として、今日の初回再教育の立会人である。


 彼女はいつものように背筋を伸ばし、無駄のない資料の並べ方をしていた。机の上には、書類束が三つ。赤、青、白の紐で分けられている。


 赤は要再確認。


 青は学習用。


 白は処理済みだが抜き取り確認対象。


 その色分けを見ただけで、ユリウスは少し胃が重くなった。


「おはようございます、王太子殿下」


 エレノアが立ち上がり、礼をする。


 以前なら、その礼には婚約者としての距離がわずかに混ざっていた。


 今は違う。


 王太子府再教育の立会人としての礼だった。


「おはよう、エレノア」


 ユリウスは、昨夜から続く名前の呼び方を使った。


 エレノアは一瞬だけ目を上げたが、すぐにいつもの顔に戻った。


「本日は、初回ですので作業量は抑えています」


 机の上の書類束を見る。


 抑えている。


 これで。


 ローレンが横で小さく咳払いした。


 笑いを堪えたのかもしれない。


 ユリウスは椅子に座った。


「作業内容を確認したい」


「はい」


 エレノアは一枚の紙を差し出した。


 そこには、今日の流れが書かれている。


 一、王太子府再教育の目的確認。

 二、過去書類の分類方法説明。

 三、未確認欄の洗い出し。

 四、代理処理文書の責任範囲確認。

 五、空欄理由欄の記入練習。

 六、初回振り返り。


 最後に小さく、休憩、とある。


 しかも二度。


「休憩が入っている」


 ユリウスが言うと、エレノアは淡々と答えた。


「リリアナの強い要望です」


「君ではなく?」


「私は一度でよいと言いました」


「リリアナの方が正しい気がする」


「最近、皆がそう言います」


 エレノアは少しだけ不服そうだった。


 その表情が、場の空気をほんの少し和らげた。


 ローレンが前へ出る。


「殿下。本日の再教育は罰としての作業ではありません」


「判決では再教育とされた。罰ではないのか」


「処分の一部ではあります。ですが、目的は殿下を追い詰めることではなく、王太子府の実務を再構築することです」


 ローレンの声は穏やかだった。


 だが、甘くはない。


「殿下が書類をすべて自分で処理する必要はございません。それは不可能です。重要なのは、どこを自分で見るべきか、どこを専門家に任せるべきか、任せた後に何を確認すべきかを学ぶことです」


 ユリウスは頷いた。


「任せることと、見ないことは違う」


「はい」


 その言葉は、最近何度も聞いている。


 だが、今日からは実際の紙の上でそれを学ぶ。


 エレノアが赤紐の書類束をほどいた。


「まず、こちらをご覧ください。三か月前、サルヴィ商会推薦状と同じ時期に王太子府へ提出された商会推薦書です」


 紙は五枚。


 商会名、推薦者、用途、金額、納入品、確認欄。


 見た目は整っている。


 以前のユリウスなら、ざっと目を通し、説明を受け、問題なしと判断したかもしれない。


「どこを見ればいい?」


 ユリウスが尋ねると、エレノアは首を横に振った。


「まず、ご自身で気づいた点を挙げてください」


 いきなり答えをくれない。


 当然だ。


 ユリウスは紙を見た。


 商会名。


 推薦者。


 王太子府受領印。


 納入品は冬用毛布。


 支援先は北区救貧所。


 金額は銀貨百二十枚。


 確認欄。


 現物確認者。


 そこが空白だった。


「現物確認者が空欄だ」


「はい」


「支援先受領欄は?」


 ユリウスは次の頁を見る。


 受領印はある。


 だが、受領者名が読みにくい。


「受領者の名前が曖昧だ。印はあるが、誰の印か確認できない」


「はい」


「推薦者は……」


 そこには、王太子府書記官補佐の名があった。


 ダリウスではない。


「推薦者と現物確認者が別であるべきなのに、現物確認欄がない。つまり、推薦した者の言葉だけで進んだ可能性がある」


 エレノアは頷いた。


「よい確認です」


 よい確認。


 たったそれだけの言葉だったのに、ユリウスの胸に小さな安堵が広がった。


 褒められるためにやっているわけではない。


 それでも、正しく見られたという感覚は必要だった。


 ローレンが別紙を出す。


「この件は、幸い不正ではありませんでした。現物も届いています。ただし、受領者名が曖昧なため、後日確認に時間がかかりました」


「なぜ空欄になった?」


 ユリウスが問うと、監査補佐が答えた。


「当時、北区救貧所では担当者が病欠し、代理の者が受け取っています。王太子府側は、代理受領でも印があればよいと判断しました」


「空欄理由は、担当者病欠、代理受領。後日確認予定、と書くべきだった」


「その通りです」


 ユリウスは、空欄理由欄の試作紙に記入した。


 対象、北区救貧所冬用毛布納入。

 分からないこと、現物確認者、代理受領者名。

 空欄の理由、担当者病欠により代理受領。記入者が確認を後回しにした可能性。

 次に確認する人、王太子府監査補佐。

 期限、三日以内。


 書いてから、彼はペンを置いた。


「これだけで、ずいぶん違うな」


「何がですか」


 エレノアが問う。


「空欄が、ただの穴ではなくなる。次に誰が何をすべきかが見える」


「それが目的です」


 ユリウスは、もう一度書いた内容を見た。


 以前なら、これを面倒だと思っただろう。


 今も面倒ではある。


 だが、意味がある面倒さだった。


 二件目は、もっと苦かった。


 王太子府主催の慰問茶会支出記録。


 招待客名簿、菓子代、花代、馬車代、礼状送付費。


 見た目は華やかな記録だ。


 だが、エレノアは何も言わず、ユリウスに渡した。


 ユリウスは読み始め、すぐに眉を寄せた。


「支援先への実支援額が少ない」


「続けて」


「茶会費用が銀貨九十枚。実際の寄付額が銀貨六十五枚。これは……茶会を開くための費用の方が寄付額を上回っている」


「はい」


「以前の私は、出席者の家格や茶会の評価を見て満足したかもしれない」


「記録には、王太子殿下が『盛況であった』と評したとあります」


 ローレンが静かに言った。


 ユリウスは顔をしかめた。


「盛況……」


 その言葉が、今はひどく空虚に見えた。


 盛況だった。


 だが、支援は薄かった。


 誰のための茶会だったのか。


「この茶会は、不正ですか」


 ユリウスが問うと、エレノアは首を横に振った。


「不正とまでは言えません。記録も残っており、寄付も実際に行われています。ただし、目的と費用のバランスに問題があります」


「善意の効率が悪い」


「そう言えます」


 善意の効率。


 また苦い言葉だった。


 ユリウスは空欄を探した。


 支援後確認欄がない。


 寄付金を受け取った後、何に使われたかの報告がない。


「支援後確認が空欄だ。茶会をしたことは記録されているが、寄付で何が変わったかがない」


「はい」


「王太子府は、支援した気分で終わった」


 自分で言って、自分で痛かった。


 エレノアは静かに言った。


「その気づきも記録してください」


「そこまで?」


「はい。今後の判断に必要です」


 ユリウスは、空欄理由欄に書いた。


 ――支援後確認がない。理由:茶会の成功を支援の成功と誤認したため。次に確認する人:王太子府監査補佐。期限:過去記録のため可能な範囲で七日以内。


 書き終えた後、ユリウスは深く息を吐いた。


「茶会が悪いわけではないのだろう?」


「もちろんです」


 エレノアは答えた。


「茶会は寄付を集め、人をつなぎ、支援への関心を広げます。ただし、茶会そのものが目的になれば、支援先が置き去りになります」


「母上なら、どう言っただろうな」


 ユリウスがぽつりと言った。


 エレノアは少し考えた。


「『お菓子の数より、毛布の数を見なさい』と仰ったかもしれません」


 ユリウスは、驚いた後、少し笑った。


「言いそうだ」


 その笑いは、寂しさを含んでいた。


 だが、以前のように母を美しい思い出の中へ逃がす笑いではなかった。


 王妃なら、厳しく言う。


 それを受け入れる笑いだった。


 最初の休憩時間になると、リリアナが顔を出した。


 正式な再教育には参加していないが、彼女も午前の自分の課題を終えたらしい。


「休憩の時間です」


「君は本当に時間に正確になったね」


 ユリウスが言うと、リリアナは少し誇らしげにした。


「マルタに教わりました。休憩も予定に書けば守りやすいです」


「耳が痛い」


「ユリウス殿下もですか?」


「かなり」


 リリアナは部屋に入り、机の上の空欄理由欄を見た。


「どうですか?」


 ユリウスは紙を渡した。


「最初の二件だけで、もう自分の過去の書類が嫌になっている」


 リリアナは真剣に読んだ。


 そして、慰問茶会の欄で少し首を傾げる。


「『茶会の成功を支援の成功と誤認』……これ、分かりやすいです」


「そうか」


「はい。私も前なら、綺麗な茶会なら成功だと思っていました」


「私もだ」


「でも、毛布の数を見ないと駄目なのですね」


 リリアナは、エレノアを見た。


「王妃様の言葉ですか?」


「私の想像よ」


「でも、言いそう」


「ええ」


 短い沈黙が落ちた。


 王妃の不在は、こういう瞬間に現れる。


 誰かが、王妃なら何と言ったかを想像する。


 それは悲しい。


 だが、少しだけ支えにもなる。


 リリアナは持ってきた小袋を開いた。


「焼き菓子です。記録済みです」


 エレノアが眉を上げる。


「何の記録?」


「王宮厨房から再教育休憩用として四つ。受領者、ユリウス殿下、エレノアお姉様、ローレン様、私」


「あなたも入っているのね」


「運搬者も食べます」


 堂々としている。


 ローレンが珍しく笑った。


「それはよい規定です」


 休憩中、リリアナは自分の基礎実務教育の初回について話した。


 署名練習。


 受領記録。


 支出と寄付の違い。


 領収書と礼状の違い。


 そして、分からない欄の書き方。


「私、今日『分からない』を七回書きました」


「多いな」


 ユリウスが言うと、リリアナは胸を張った。


「でも、全部理由を書きました」


「それはすごい」


「褒められました。マルタに」


「私は今日、二回くらいしか褒められていない」


「競うところではありません」


 エレノアが言うと、二人が同時に少し笑った。


 以前なら、ユリウスとリリアナの笑いは甘やかで、エレノアを遠ざけるものに見えたかもしれない。


 今は違う。


 同じ初歩を学ぶ者同士の笑いだった。


 それなら、悪くない。


 休憩後、再教育はさらに深くなった。


 代理処理文書の責任範囲。


 これがユリウスにとって最も痛い課題だった。


 ローレンが紙を差し出す。


「殿下。この書類は、ダリウス・モーンが代理処理し、最終印のみ殿下が押したものです」


 王太子府内人事推薦。


 王宮下級書記の配置替え。


 そこには、問題のある人事が含まれていた。


 ダリウスに近い者が、いくつか重要な書類経路に配置されていた。


「私は、ここまで見ていなかった」


 ユリウスは言った。


「はい」


 ローレンは、容赦なく頷いた。


「ダリウスは『通常の配置調整』と説明しました。私は、それを信じた」


「信じた、というより、確認を省いたのです」


 エレノアの言葉が入る。


 ユリウスは目を伏せた。


「そうだ。確認を省いた」


 彼は空欄理由欄へ書こうとして、手を止めた。


「これは空欄ではないな。私の印がある」


「はい」


「空欄より悪い。見ていないのに印がある」


 部屋が静まった。


 それは、この再教育の核心だった。


 空欄なら、まだ未確認と分かる。


 だが、見ていないのに印がある書類は、確認済みの顔をしてしまう。


 ユリウスはペンを握り直した。


「これは、空欄理由欄では足りない。誤承認記録が必要だ」


 エレノアは、顔を上げた。


「誤承認記録」


「私が見ていないのに印を押した書類を、そう分類する。空欄ではないから見落としやすい。だが、責任はある」


 ローレンが深く頷いた。


「必要です」


 エレノアも同意した。


「王太子府再審査様式に追加しましょう。『印あり未確認疑い』」


「その言い方は痛いな」


 ユリウスが苦笑する。


「痛い方が忘れません」


「君らしい」


 彼は、その紙に新しい欄を作った。


 ――印あり未確認疑い。理由:代理処理者への過度な委任。内容理解不十分。対応:代理処理者経路の再審査、類似書類の洗い出し。期限:十日以内。


 書いた後、ユリウスはしばらく自分の印を見ていた。


 王太子の印。


 美しく、重く、正式なもの。


 それが、見ていないものにも押されていた。


「印は、空欄より嘘をつくことがあるのだな」


 低く言った。


 エレノアは静かに答えた。


「はい」


 その言葉も記録された。


 再教育初日は、予定より少し長引いた。


 ただし、リリアナが途中で二度目の休憩を強制し、カインから「延長するなら夕食前に終えること」と指示が入ったため、際限なく続くことはなかった。


 最後の振り返りで、ユリウスは自分で三つの課題を書いた。


 一、空欄を見る。

 二、印がある書類ほど、自分が本当に理解したか確認する。

 三、任せた相手ではなく、任せた自分の責任も記録する。


 その三つ目を見て、エレノアは少しだけ目を伏せた。


 大きな変化だった。


 以前のユリウスなら、悪い側近に騙されたと言えたかもしれない。


 だが今は、任せた自分の責任、と書いている。


 ローレンも、それを見て少しだけ表情を緩めた。


「初日としては、十分です」


「ローレンに十分と言われると、重いな」


「軽い十分ではございませんので」


「知っている」


 ユリウスは苦笑した。


 そこへリリアナが扉の外から顔を出す。


「終わりましたか?」


「終わった」


「では、夕食です」


 ユリウスは書類を片づけながら言った。


「君は王太子府再教育の鐘のようだ」


「食事の鐘です」


「なるほど」


 エレノアは、机の上の書類束を見た。


 まだ山ほど残っている。


 だが、今日はここまで。


 これ以上進めれば、確認の質が落ちる。


 それを理由欄に書かなくて済むように、やめる。


「本日は終了です」


 エレノアが宣言すると、ユリウスは深く息を吐いた。


「疲れた」


「よい疲れだと思います」


「そうだろうか」


「逃げなかった疲れです」


 ユリウスは、その言葉を受け止めるように少し黙った。


「なら、悪くない」


 王太子府を出る時、ユリウスは扉の前で一度振り返った。


 同じ扉。


 同じ紋章。


 同じ金具。


 だが、朝とは少しだけ違って見えた。


 部屋そのものが変わったわけではない。


 ユリウスが、少しだけ見方を変えただけだ。


「明日も、ここからか」


 彼が言うと、ローレンが頷いた。


「はい。明日は人事記録の続きです」


「苦いな」


「薬草茶よりは飲みやすいかと」


「本当か?」


 ユリウスは疑わしそうに言った。


 エレノアは答えた。


「飲まないと分かりません」


「君まで薬草園の者のようなことを言う」


「ガスパル様の影響かもしれません」


 リリアナが横で笑った。


「悪い薬草は臭いですからね」


 ユリウスも小さく笑った。


 その笑いは、まだ軽くはない。


 けれど、朝よりは少し楽に見えた。


 夜、エレノアは王太子府再教育初日の記録をまとめた。


 ――王太子ユリウス、再教育初日。商会推薦書、慰問茶会支出、代理処理人事書類を確認。現物確認者空欄、支援後確認欄欠落、代理処理への過度な委任、印あり未確認疑いを抽出。本人、任せた自分の責任を記録する必要性を認める。


 最後に、付記として書く。


 ――再教育は罰であると同時に、実務を再び自分の手に戻す作業である。


 筆を置く。


 王太子府は、まだ傷だらけだ。


 空欄も多い。


 誤承認も出るだろう。


 ダリウス一人を除けば済む話ではない。


 けれど、今日、ユリウスは初めて自分の印を疑った。


 それは王太子として、大きな一歩だった。


 扉の外から、リリアナの声がした。


「エレノアお姉様、今日はもう終わりです」


「まだ記録を」


「付記まで書いたなら終わりです」


 なぜ分かるのだろう。


 エレノアが扉を開けると、リリアナが立っていた。


「勘です」


「読まれているわね」


「お姉様の行動記録が増えましたから」


「私も監査対象なの?」


「休憩に関しては」


 リリアナは真面目に言った。


 エレノアは、少しだけ笑ってしまった。


「分かったわ。今日は終わりにします」


「はい」


 廊下を歩きながら、リリアナが言った。


「ユリウス殿下、大丈夫そう?」


「大丈夫ではないと思う」


「そうだよね」


「でも、逃げてはいない」


「それなら、私も負けないようにしないと」


「競争ではないわ」


「うん。でも、同じくらい逃げないようにしたい」


 その言い方なら、悪くない。


 エレノアは頷いた。


「そうね」


 王太子府再教育初日は終わった。


 劇的な謝罪も、華やかな決意表明もない。


 ただ、書類を読み、空欄を見つけ、印を疑い、理由を書いた。


 それだけ。


 だが、国を動かす者にとって、それだけがどれほど大事か。


 ユリウスは、ようやく知り始めていた。

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