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第37話 夫人会代表の告白

 デリア・ラングフォード侯爵夫人は、約束の時刻より少し早く王宮北翼へ現れた。


 前日の茶会で見せた華やかさは、今日はなかった。


 深い緑のドレスではなく、墨色に近い落ち着いた外出着。髪飾りも控えめで、首元には真珠が一粒だけ。扇も持っていない。


 社交界の女王としてではなく、証言する者として来た。


 少なくとも、装いはそう告げていた。


 ただ、デリア夫人の背筋は相変わらず美しく伸びていた。


 怯えを見せない。


 崩れない。


 それが誇りなのか、習慣なのか、あるいは最後の防御なのか、エレノアにはすぐには分からなかった。


 北翼の証言室。


 そこには、エレノア、カイン、マルタ、オスカー、王家法務官補佐が揃っていた。


 リリアナは同席していない。


 今回の証言は、夫人会代表に関わるものだ。リリアナが聞くにはまだ重い可能性があるし、デリア夫人が彼女の存在を利用する恐れもあった。


 リリアナには別室で、青い祈りの糸に関する茶会記憶の整理を続けてもらっている。


 デリア夫人は部屋へ入ると、深く礼を取った。


「王弟殿下。エレノア様。本日は、突然の願いをお聞き入れくださり、感謝いたします」


「座れ」


 カインが言った。


 デリア夫人は、静かに椅子へ腰を下ろした。


 動作に乱れはない。


 だが、白い手袋の指先だけが、ほんのわずかに硬くなっていた。


「発言は正式に記録されます」


 エレノアは告げた。


「夫人ご自身が、記録係の同席を望まれましたね」


「はい」


「理由を伺っても?」


 デリア夫人は、少しだけ目を伏せた。


「昨日の茶会で、リリアナ様が仰った言葉が耳に残りました」


「リリアナが?」


「善意が本物なら、記録されても消えないはずだ、と」


 また、リリアナの言葉だった。


 ベアトリスに続き、デリア夫人まで。


 あの不器用な言葉は、思った以上に社交界の奥へ届いている。


 デリア夫人は続けた。


「私は長く、夫人会を守ることが王妃陛下の慈善を守ることだと思っておりました。ですが、今は……それが本当に守ることだったのか、分からなくなっております」


「夫人会を守るために、何をなさったのですか」


 エレノアは、問いを曖昧にしなかった。


 デリア夫人は、その率直さに一瞬だけ目を細めた。


 そして、静かに答えた。


「見なかったことにしました」


 証言室の空気が重くなる。


 それは、この事件で何度も出てきた言葉だった。


 見なかった。


 確認しなかった。


 聞かなかった。


 話さなかった。


 デリア夫人ほどの立場の者がそれを口にすると、重みが違った。


「何を、ですか」


「オルガ・ベルナール夫人の動きです」


 オスカーの筆が走る。


 デリア夫人は、膝の上で手を重ねた。


「オルガ様は、もともと夫人会の中心人物ではありませんでした。分家夫人で、夫も病弱。表向きの地位は高くない。けれど、彼女は人を集めるのが上手でした」


「人を集める」


「はい。目立つ夫人たちではなく、夫人の侍女、元王宮勤めの女性、針子、洗濯係、慈善団体の事務係。そういった方々へ、よく声をかけていました」


 エレノアは黙って続きを待った。


「私は、それを良いことだと思っていました。夫人会は、どうしても貴婦人だけの集まりになりがちです。オルガ様は、下で働く者たちにも温かい言葉をかける。慈善の輪を広げているのだと」


「いつから疑問を?」


 デリア夫人は、すぐには答えなかった。


「青い祈りの糸の時です」


 その名が出た瞬間、カインの視線が鋭くなる。


 デリア夫人は、覚悟していたように続けた。


「あの活動は、私が代表として承認しました。発案はオルガ様。実務はリゼット・グラン。名目は、冬服を持たない子供たちへの支援です」


「指輪も、その活動の一部ですね」


「はい。指輪、髪留め、ブローチ、糸飾り。安価な品を茶会で売り、その売上を衣料費に回す。企画そのものは、問題ないように見えました」


「記録上は、指輪十二個仕入れ、九個販売、三個在庫不明です」


 デリア夫人の顔が少し曇った。


「その三個について、私は報告を受けておりました」


 エレノアの手が止まる。


「いつ?」


「活動終了後、リゼットから。『紛失した』と」


「それを記録しましたか」


「いいえ」


 短い答えだった。


「なぜですか」


「少額だったからです」


 デリア夫人は、悔いるように目を伏せた。


「青い硝子石の指輪三つ。金額としては小さい。夫人会の会計上、大きな問題にはならない。リゼットも泣きそうな顔で謝りました。私は、これ以上騒ぎにしても誰も得をしないと思いました」


「少額だから、記録しなかった」


「はい」


 エレノアは、その言葉を静かに受け止めた。


 少額。

 小物。

 些細な紛失。


 だが、その小さな穴から、裏連絡の合図が流れ出した。


「その後、指輪が合図として使われていると気づきましたか」


 デリア夫人は、唇を引き結んだ。


「はっきり気づいたのは、もっと後です」


「いつですか」


「王宮の南回廊で、青い指輪をつけた侍女を二度見かけました。一人はクラリッサ夫人の侍女。もう一人は、私の家の侍女です」


 カインが低く問う。


「あなたの侍女は、まだ指輪を提出していない」


「承知しております」


「どこにある」


 デリア夫人は、持ってきた小さな箱を机の上に置いた。


「こちらです」


 オスカーが手袋をつけ、箱を開ける。


 中には青い硝子石の指輪が一つ入っていた。


 石は欠けていない。


 ただ、内側にごく小さな刻みがあった。


 糸のような印。


 エレノアは目を細めた。


「この刻みは?」


 デリア夫人は答えた。


「私も、昨日初めて気づきました。侍女に確認したところ、リゼットから『この印がある指輪は、南回廊ではなく西塔の布箱へ』と言われていたそうです」


「西塔の布箱?」


 マルタが声を低くした。


「西塔は、王妃陛下の古い衣装や儀式用布を保管している場所です。現在は使用頻度が低く、出入りも少ない」


 エレノアはカインを見た。


 カインの表情が険しくなる。


「なぜ今まで言わなかった」


 デリア夫人は、まっすぐカインを見た。


「侍女が、私に言わなかったからです」


「昨日初めて聞いたと?」


「はい」


「信じろと?」


「信じていただけるとは思っておりません。だから記録係をお願いしました。私の言葉も、疑って確認してください」


 その返答は、夫人会代表らしく整っていた。


 だが、逃げではないようにも聞こえた。


 エレノアは指輪を見ながら尋ねた。


「デリア様。あなたご自身は、西塔の布箱について知っていましたか」


「存在は知っておりました。けれど、青い指輪と結びつけて考えたことはありませんでした」


「オルガ夫人が西塔へ出入りする可能性は?」


「直接は難しいでしょう。ただ、夫人会は儀式用布の修繕依頼を受けることがあります。その名目なら、修繕用の布や箱を出し入れできます」


 マルタが小さく息を呑んだ。


「王妃陛下の儀式用布も、夫人会へ修繕に出たことがあります」


「いつ?」


 エレノアが問うと、マルタは記憶を辿るように目を伏せた。


「王妃陛下が倒れられる半年ほど前です。白百合刺繍の祈祷布が傷んで、夫人会経由で修繕に」


 エレノアは、背筋が冷えるのを感じた。


 王妃の儀式用布。

 西塔の布箱。

 青い指輪の刻み。

 夫人会の修繕依頼。


 布の流れは、まだ深い。


「西塔を確認する必要があります」


 エレノアが言うと、カインはすでに立ち上がりかけていた。


「レナードを呼べ。西塔保管庫を封鎖」


 オスカーが即座に動く。


 デリア夫人は、その様子を見ながら静かに言った。


「やはり、そこへ繋がるのですね」


 エレノアは彼女を見る。


「やはり?」


 デリア夫人は、少しだけ苦い笑みを浮かべた。


「私も、昨夜そう思いました。ですが、確信がありませんでした」


「何を見たのですか」


 デリア夫人は、もう一つ封筒を取り出した。


「これを」


 中には、古い修繕依頼書の写しが入っていた。


 王妃儀式用祈祷布、白百合刺繍部補修。

 依頼先、王都貴族夫人慈善連絡会。

 実務担当、聖クララ縫製所。

 確認者、デリア・ラングフォード。

 補助連絡、オルガ・ベルナール。


 その下に、小さな追記があった。


 ――青糸を一巻、別途受領。


 青糸。


 青い祈りの糸。


 同じ名か、同じ物か。


「この青糸は?」


 エレノアが尋ねる。


「表向きは刺繍補修用です。ただ、白百合の祈祷布に青糸は不要です。白と銀の刺繍ですから」


「では、なぜ受領を?」


「リゼットが、補強用の仮糸だと説明しました。作業後に抜くものだと。私は……確認しませんでした」


 また、確認しなかった。


 デリア夫人の声は小さくなった。


「青い糸は、作業後に抜かれるはずだった。だから記録上、残るものではないと思いました」


「それを信じた」


「はい」


「なぜ?」


 エレノアの問いは、責めるものではなかった。


 けれど、デリア夫人は痛そうに目を伏せた。


「私は、夫人会を回すことに慣れすぎていました。細かな実務は現場に任せ、問題が起きれば表向きを整える。多少の帳尻合わせは、どの慈善活動にもあることだと」


 彼女は深く息を吐いた。


「そう思っていたのです」


「帳尻合わせ」


「はい。寄付者の名を目立つ場所に置く。実際の支出日と報告日を揃える。紛失した小物を別の在庫で埋める。茶会に来ない夫人の名を、後援者名簿に残しておく。大きな不正ではない。運営上の柔らかさだと、自分に言い聞かせていました」


 エレノアは、その言葉を聞いていた。


 運営上の柔らかさ。


 便利な言葉だった。


 だが、その柔らかさの隙間に、オルガは指を入れた。


「オルガ夫人は、それを知っていましたか」


「ええ」


 デリア夫人は、今度は迷わず答えた。


「彼女は、私よりよほど細かな穴を見ていました。そして、その穴を責めるのではなく、利用したのです」


「あなたは、利用されていると気づいた?」


「薄々は」


「それでも止めなかった」


「夫人会が壊れるのが怖かったのです」


 その声に、初めて明確な疲れが滲んだ。


「私は、夫人会を守る代表でした。王妃陛下が長く支えてくださった慈善の輪です。そこから不正が出れば、善意で働いてきた多くの夫人や針子たちまで疑われる。そう思うと、少しの違和感を大事にできませんでした」


 エレノアは黙った。


 この告白は、ベアトリスのものに似ていた。


 家を守るために黙った妻。


 夫人会を守るために見なかった代表。


 守ろうとしたものの名が大きいほど、人はそこに隠れる。


「夫人会を守るための沈黙が、夫人会を不正の隠れ蓑にしたのですね」


 エレノアが言うと、デリア夫人は目を閉じた。


「はい」


 その一言は、ひどく重かった。


「私は、代表として責任を負います」


「その責任とは、具体的に?」


 カインが問う。


 デリア夫人は、まっすぐ彼を見た。


「夫人会の全帳簿を王妃基金改革官へ提出します。青い祈りの糸だけでなく、過去五年分の慈善販売、寄付会、修繕依頼、保管庫利用記録も。必要なら、代表職も退きます」


 部屋が静かになる。


 エレノアは、デリア夫人を見た。


 ここまで言うとは思っていなかった。


 代表職を退く。


 夫人会の女王にとって、それはただの役職辞任ではない。


 社交界での影響力の大きな部分を手放すということだ。


「逃げるための辞任では困ります」


 エレノアは言った。


 デリア夫人は、少しだけ苦笑した。


「厳しいですわね」


「必要です」


「ええ。分かっております。辞めるとしても、引継ぎと調査協力を終えてから。夫人会を混乱させて逃げるつもりはありません」


「それなら、記録します」


「お願いいたします」


 デリア夫人は、深く頭を下げた。


 その時、扉が叩かれた。


 レナードが入ってくる。


「王弟殿下。西塔保管庫を封鎖しました。白百合祈祷布の保管箱に不審な二重底があります」


 エレノアの心臓が一瞬だけ強く打った。


 カインが問う。


「中身は」


「まだ未開封です。王妃陛下の儀式用布に関わるため、立会いを」


「すぐ行く」


 デリア夫人が立ち上がりかけた。


「私も」


 カインの視線が彼女を止める。


「あなたはここで待て」


「しかし」


「証言者であり、調査対象でもある。現場には入れない」


 デリア夫人は一瞬、何か言いたげにした。


 だが、すぐに座り直した。


「承知いたしました」


 エレノアは立ち上がる前に、デリア夫人へ向き直った。


「夫人」


「はい」


「あなたが今日話したことは、夫人会を壊すかもしれません」


「ええ」


「ですが、話さなければもっと深く壊れていました」


 デリア夫人は、少しだけ目を伏せた。


「そう思いたいですわ」


「思うのではなく、記録で確認します」


 デリア夫人は、疲れたように笑った。


「本当に、容赦がない」


「よく言われます」


「ええ。ですが今日は、その容赦のなさが少しありがたい」


 その言葉を背に、エレノアは証言室を出た。


 西塔保管庫は、王宮の中でも古い区画にあった。


 現在使われることは少ないが、王妃や王族女性の儀式用布、古い礼装、刺繍幕などが保管されている。


 扉を開けると、乾いた布と防虫香の匂いがした。


 棚には大きな箱が並び、一つ一つに札がついている。


 その奥。


 白百合祈祷布の箱が、台の上に置かれていた。


 マルタが箱の前で深く礼をする。


 エレノアも同じように頭を下げた。


 これは、ただの物証ではない。


 王妃が祈りの場で使った布。


 それを開くには、心が痛んだ。


 だが、開かなければならない。


「開封します」


 オスカーが記録する。


 箱の中には、美しい白い布が畳まれていた。


 百合の刺繍。


 銀糸の縁取り。


 その一部に、確かに補修跡がある。


 白と銀の中に、青い糸は見えない。


 だが、布を持ち上げると、箱の底がわずかに浮いていた。


 二重底。


 レナードが慎重に外す。


 中から出てきたのは、小さな紙包みだった。


 古い封蝋の欠片。

 銀貨数枚。

 細い青糸。

 そして、折り畳まれた紙。


 エレノアは手袋をはめ、紙を開いた。


 そこに書かれていたのは、短い名簿だった。


 青い祈りの糸 連絡者一覧。


 リゼット・グラン。

 ミラ・ハーディ。

 ベアタ。

 ジム。

 セラ。

 カミラ。

 ほか、数名。


 そして、最後に一つの頭文字があった。


 D.L.


 デリア・ラングフォード。


 ではない。


 夫人会代表の名なら、D.L.になる。


 しかし、それにしては不自然だった。


 なぜ他の者は名まで書かれ、代表だけ頭文字なのか。


 カインが紙を見て目を細める。


「D.L.」


「デリア夫人を示すように見えます」


 エレノアは言った。


「しかし、わざとそう見せている可能性があります」


「根拠は」


「オルガ夫人なら、デリア夫人を切るための保険を用意したでしょう。代表を疑わせれば、夫人会全体が揺れる。自分が捕まった時に備えて」


 マルタが静かに言った。


「D.L.に該当する者は、他にもいるかもしれません」


 オスカーがすぐに記録する。


 レナードが、紙包みの奥を確認した。


「まだあります」


 小さな布片。


 青い糸で、文字のような印が縫われていた。


 Dではない。


 百合の横に、小さな三日月。


 エレノアは、それを見た瞬間、思い出した。


「デリア夫人の家紋ではありません」


「では誰の?」


 カインが問う。


 マルタが険しい顔で答えた。


「月百合。王妃陛下の私的紋章を崩したものです」


 エレノアの背筋に寒気が走った。


 王妃の紋章を模した偽封蝋。


 王妃の名を騙った偽書簡。


 そして今度は、王妃の私的紋章を崩した青い刺繍。


 誰かが、王妃の印を何度も真似ている。


「これは、合図でしょうか」


 オスカーが問う。


 エレノアは布片を見つめた。


「おそらく。青い指輪の中でも、王妃関連の荷を扱う時の印」


 カインが低く言った。


「王妃の布箱を連絡場所にした理由も、それか」


 王妃の持ち物なら、下手に触れられない。


 敬意が、隠し場所になる。


 その発想に、エレノアの胸に静かな怒りが灯った。


「王妃様の祈祷布を、連絡箱にしたのですね」


 声は低かった。


「王妃様の名で、王妃様を弱らせる手配を動かした」


 カインは何も言わなかった。


 だが、その横顔は冷たかった。


 西塔保管庫から回収された名簿は、すぐに北翼へ運ばれた。


 デリア夫人は、名簿を見た瞬間、顔色を失った。


「これは……」


「D.L.という頭文字があります」


 エレノアが言った。


「夫人を示すようにも見えます」


 デリア夫人は、椅子の背に手を置いた。


「私ではありません」


「確認します」


「当然です」


 彼女は深く息を吸った。


「ですが、心当たりが一つあります」


「誰ですか」


「ドロテア・ランズ伯爵未亡人」


 新しい名前だった。


「彼女は?」


「夫人会ではあまり目立たない方です。ですが、オルガ様と古くから親しく、青い祈りの糸の会計補助をしていました。名前はドロテア・ランズ。頭文字はD.L.」


 オスカーがすぐに名簿を確認する。


「あります。青い祈りの糸の会計補助、ドロテア・ランズ。夫は故人。現在は王都西区の小邸に居住」


 デリア夫人は、悔しげに唇を噛んだ。


「彼女を、私は見落としていました。地味で、控えめで、会計に強い。オルガ様の横でいつも帳簿を整えていたのに」


「夫人会の帳簿を、実際に触れる立場ですね」


 エレノアが言うと、デリア夫人は頷いた。


「はい」


 ついに、青い祈りの糸の会計担当へ線が伸びた。


 オルガの思想。

 リゼットの実行。

 デリアの沈黙。

 そして、ドロテアの会計。


 美しい慈善活動の裏側には、役割分担があった。


 デリア夫人は、静かに言った。


「エレノア様。私の責任は消えません。ですが、どうか……夫人会をまるごと不正の巣と見ないでください」


「見ません」


 エレノアは答えた。


「ただし、まるごと調べます」


 デリア夫人は、一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。


「それが一番怖いですわ」


「必要ですので」


「ええ。今は、その言葉を否定できません」


 その日の夜、夫人会の全帳簿提出が正式に決まった。


 青い祈りの糸の関連者名簿も、王弟府管理下で照合されることになった。


 デリア夫人は、代表職に留まったまま調査協力を行う。


 ただし、夫人会の支出承認権は一時停止。


 王妃基金改革官と王弟府の監督下に置かれる。


 それは社交界にとって大きな衝撃だった。


 だが、デリア夫人自身が受け入れた以上、表立って反発する者はすぐには出なかった。


 エレノアは、記録簿にこう書いた。


 ――夫人会代表デリア・ラングフォード、自身の管理不備と沈黙を認める。青い祈りの糸関連帳簿の全面提出を約束。西塔保管庫より連絡者名簿発見。D.L.はドロテア・ランズの可能性。


 筆を置くと、部屋の外から控えめな足音がした。


 リリアナだった。


「お姉様。デリア夫人は……悪い人だったの?」


 エレノアは少し考えた。


「悪いことを見逃した人ね」


「それは、悪い人とは違うの?」


「違う時もある。でも、責任はある」


 リリアナは、ゆっくり頷いた。


「難しい」


「ええ」


「でも、そこをちゃんと分けないと、みんな怖くて話せなくなるのね」


 エレノアは妹を見た。


 リリアナは、以前よりずっと真剣な顔をしていた。


「そうね」


「私、少し分かってきたかも」


「それなら、明日から夫人会の帳簿整理も手伝う?」


 リリアナは固まった。


「え」


「分かってきたのでしょう?」


「お姉様、そういうところ本当に逃がしてくれない」


「記録の勉強になるわ」


「……やります」


 少しだけ間を置いて、リリアナは頷いた。


 その顔には、嫌そうな気配と、少しだけ誇らしげな気配が混ざっていた。


 エレノアは、ほんの少しだけ微笑んだ。


 青い祈りの糸は、まだ完全には解けていない。


 けれど、結び目は見えてきた。


 次に追うべきは、D.L.


 ドロテア・ランズ。


 夫人会の影で帳簿を整えていた未亡人。


 静かな会計係が、どこまで青い糸を握っていたのか。


 その答えは、夫人会の帳簿の中に眠っている。

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