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第22話 サルヴィ商会、夜明け前に摘発

 夜明け前の王都南区は、まだ眠っているように見えた。


 石畳は夜露で濡れ、倉庫街の屋根には薄い霧が低く垂れている。遠くで荷馬車の車輪が一度だけ軋んだが、それもすぐに沈黙へ吸い込まれた。


 サルヴィ商会の旧倉庫は、南水路沿いに建っていた。


 表向きは三か月前に閉鎖された倉庫。


 看板は外され、扉には古びた鎖が掛けられている。窓板も打ちつけられ、荷の出入りなどないように見えた。


 だが、近づけば分かる。


 鎖は古く見せかけているだけで、最近まで使われていた。


 扉の下には新しい泥の跡がある。


 裏口へ続く細道には、馬車の車輪が何度も通った跡が残っていた。


 近衛隊長レナードは、倉庫の陰からそれを確認し、片手を上げた。


 合図と同時に、近衛たちが音もなく散った。


 表口に四名。


 裏口に六名。


 水路側に弓兵二名。


 逃走路となり得る細道には、王弟カイン直属の騎士が立つ。


 派手な突入ではない。


 王宮の権威を見せつけるためのものでもない。


 証拠を燃やされる前に押さえるための、静かな摘発だった。


「封鎖確認」


 レナードが低く言う。


「表、配置完了」


「裏、配置完了」


「水路側、異常なし」


 霧の向こうで、倉庫の中にかすかな灯りが揺れていた。


 閉鎖中の倉庫に、夜明け前の灯り。


 それだけで十分だった。


 レナードは短く命じた。


「開けろ」


 騎士の一人が、扉の鎖へ工具をかける。


 古い錠前は、見た目よりも新しかった。中から補強されている。時間をかければ開くが、それでは中の者に気づかれる。


 レナードはためらわなかった。


「破れ」


 次の瞬間、重い鉄槌が扉を叩いた。


 一度。


 二度。


 三度目で、木の板が割れた。


 倉庫の中から悲鳴が上がる。


「王弟殿下の命令である! 全員、その場を動くな!」


 扉が蹴り開けられ、近衛たちが一斉に踏み込んだ。


 中は、閉鎖中の倉庫などではなかった。


 積み上げられた木箱。

 薬草の束。

 帳簿を詰めた革袋。

 燭台。

 灰皿。

 そして、奥の作業台で燃えかけている紙束。


 男たちが三人いた。


 一人は商会の番頭らしき中年男。


 一人は倉庫番。


 もう一人は、黒い旅装の若い男だった。


 彼は近衛の姿を見るなり、奥の扉へ走った。


「止めろ!」


 騎士が追う。


 若い男は腰から短剣を抜いたが、刃を振るう前に腕を捻り上げられ、床へ組み伏せられた。


 悲鳴が上がる。


 レナードは燃えかけの紙束へ駆け寄り、近くの水桶を蹴った。


 水が灰皿へ流れ、火が消える。


 焦げた匂いが倉庫に広がった。


「燃やすな。残った紙を全部拾え」


「はっ」


 番頭は両手を上げたまま、歯を鳴らしていた。


「わ、我々は何も。ここはただの古い倉庫で」


 レナードは、床に転がった薬草袋を見た。


 袋には「乾燥薄荷草」と記されている。


 だが、裂け目から覗く粉末は黒かった。


 黒眠草。


 王妃の薬包から見つかったものと、同じ匂いがした。


「ただの倉庫にしては、ずいぶん早起きだな」


 レナードが言うと、番頭は黙り込んだ。


 倉庫の奥で、別の騎士が声を上げる。


「隊長、隠し床があります!」


 床板の一部が持ち上げられていた。


 地下へ続く階段。


 そこから、湿った冷気と、紙と薬草が混ざった匂いが上がってくる。


 レナードは松明を受け取り、階段を下りた。


 地下室には、さらに多くの箱が並んでいた。


 王宮納入用の封印がついた薬草箱。

 財務局の確認印を模した偽印。

 王妃基金支出の写し。

 孤児院、薬草園、戦没騎士遺児支援金に関する書類。

 そして、赤い紐で括られた小箱。


 レナードは、その小箱を開けた。


 中に入っていたのは、封蝋の欠片と数通の書簡だった。


 差出人名はない。


 だが、本文にある名前は読めた。


 ベルトラム財務官。

 グレゴール公爵。

 ダリウス・モーン。

 リリアナ様。

 王太子殿下。


 レナードは息を吐いた。


「……これは、王宮が荒れるな」


 隣の騎士が黙って頷いた。


 その時、地下室の奥から小さな物音がした。


 全員が剣に手をかける。


「誰だ」


 返事はない。


 レナードが松明を向けると、木箱の陰で一人の少年が震えていた。


 まだ十五、六歳ほど。


 商会の見習いだろう。


 顔は煤で汚れ、腕に浅い切り傷がある。


「出てこい。抵抗しなければ傷つけない」


 少年は震えながら首を振った。


「僕は、何も……僕は、ただ帳簿を運べって」


「誰に」


「番頭さんに。それと……黒い服の貴族様に」


「ダリウス・モーンか」


 少年は目を見開いた。


 名前を知っている反応だった。


「その男はどこだ」


「昨夜、来ました。でも、怪我をしていて……手に血が」


 血のついた手袋。


 レナードは顔をしかめる。


「今は?」


「水路へ。船で出るって。でも、別の人が来て……言い争って」


「別の人?」


「顔は見えませんでした。けど、声が……女の人みたいで」


 レナードは黙った。


 女。


 サルヴィ商会、ダリウス、王妃基金。


 ここで女の名前は、まだ出ていなかった。


「その女は何を言っていた」


 少年は青ざめたまま答えた。


「『公爵はもう使えない』って。『王太子も凍った。次は分家を立てる』って」


 レナードは、部下に視線を向けた。


 部下も同じ顔をしていた。


 分家。


 ヴァレンシュタイン公爵家の相続争いが、ここへつながった。


「ほかには」


「『姉を慈善院に送れなかったのが失敗だった』って……それから、『妹はまだ使える』って」


 その言葉を聞いた瞬間、レナードは奥歯を噛んだ。


 姉。


 妹。


 エレノアとリリアナのことだ。


 この事件は、まだ終わっていない。


 むしろ、王宮が思っていたよりずっと深いところで、次の駒が動かされようとしていた。


 夜明けの光が王宮の尖塔を薄く染め始めた頃、サルヴィ商会旧倉庫摘発の第一報が北翼に届いた。


 エレノアは、すでに起きていた。


 王弟府の保護下に移された新しい居室で、短い仮眠を取っただけだったが、机には整理された記録紙が並んでいる。


 扉が叩かれ、オスカーが報告書を持って入ってきた。


「旧倉庫が押さえられました」


 エレノアは立ち上がった。


「証拠は?」


「多数です。黒眠草、偽印、王妃基金関連書類、財務局と公爵家に関する書簡。燃やされかけていたものもありますが、一部は読めます」


「ダリウス卿は?」


「まだ見つかっておりません。ただ、昨夜倉庫に立ち寄ったことは見習いの証言で確認されました。手に怪我をしていたと」


「血のついた手袋は、本人の可能性が高いですね」


「はい。ただし、その後、水路へ向かったと」


「船は?」


「現在追跡中です」


 エレノアは報告書を受け取った。


 文字を追う。


 サルヴィ商会。

 黒眠草。

 偽印。

 焼却書類。

 見習い証言。

 女の声。

 公爵はもう使えない。

 王太子も凍った。

 次は分家を立てる。

 姉を慈善院に送れなかったのが失敗。

 妹はまだ使える。


 そこまで読んで、エレノアの指が止まった。


 妹はまだ使える。


 リリアナ。


 彼女はまだ、利用価値のある駒として見られている。


 王太子妃候補内定は保留された。


 だが、リリアナはユリウスに選ばれた少女であり、ヴァレンシュタイン公爵家の娘であり、エレノアと違ってまだ世間の同情を集められる。


 泣き、震え、何も知らなかった妹。


 それを「使える」と考える者がいる。


「リリアナの護衛を増やしてください」


 エレノアは即座に言った。


 オスカーは頷く。


「王弟殿下も同じ判断です。すでにマルタ女官長へ伝達済みです」


「面会制限は?」


「公爵家関係者、王太子府関係者、外部女官を名乗る者、すべて記録制に」


「良かった」


 エレノアは、小さく息を吐いた。


 リリアナを許したわけではない。


 けれど、また利用されるのを見過ごすことはできない。


 オスカーが別の紙を差し出した。


「それと、倉庫地下から見つかった書簡の写しです。まだ完全ではありませんが、いくつか重要な記述が」


 エレノアは受け取った。


 一枚目。


 財務官ベルトラム宛てらしき覚え書き。


 ――薬草園整備費、王妃療養費との重複処理可。

 ――黒眠草増量分は、鎮静補助として計上。

 ――王妃側記録に疑義が出た場合、病状悪化による記憶混乱とする。


 王妃様を、記憶混乱扱いにするつもりだった。


 エレノアの胸に、冷たい怒りが立ち上がる。


 二枚目。


 ダリウス宛てと思われる書簡。


 ――リリアナ嬢への接触は継続。

 ――姉への劣等感を刺激し、王太子府内での発言機会を増やすこと。

 ――署名練習は「王太子妃教育」の一環として誘導可。


 エレノアは、目を閉じた。


 リリアナは操られていた。


 だが、それは彼女の責任が消えるということではない。


 劣等感を刺激され、欲を利用された。


 利用される隙があった。


 そこを見なければならない。


 三枚目。


 これは、焼け焦げがひどかった。


 それでも、いくつかの文字が読める。


 ――分家ベルナール卿と接触。

 ――グレゴール失脚時、家督候補として利用。

 ――王太子凍結後、王弟派への牽制材料。

 ――エレノア保護下入り、想定外。


 エレノアは、そこで眉を寄せた。


「ベルナール卿……」


 オスカーが答える。


「ヴァレンシュタイン公爵家分家の当主です。公爵位継承候補の一人ですね」


「父が失脚した後、分家を立てるつもりだった」


「そのようです」


「でも、それなら父は最初から切り捨てられる前提だった可能性があります」


 エレノアは、紙を机に置いた。


「父は自分が黒幕側にいると思っていた。けれど、実際には、必要がなくなれば切られる駒だったのかもしれません」


「王太子殿下やリリアナ様と同じく、ですか」


「ええ」


 皮肉なことだった。


 人を駒として扱っていた父自身が、別の誰かに駒として扱われていた。


 しかし、それでも罪は消えない。


 駒だったから無罪、とはならない。


 自分の意思で署名し、金を動かし、王妃の首飾りを家に入れ、娘を利用したのだから。


「殿下は?」


 エレノアが尋ねると、オスカーは答えた。


「すぐにこちらへ。旧倉庫の押収品を監査室に移す許可を取りに行かれています」


「分かりました」


 その時、廊下から足音がした。


 カインが入ってくる。


 外套の裾に霧の湿り気がついていた。


 どうやら、彼自身も途中まで現場近くへ出ていたらしい。


「報告は読んだか」


「はい」


「どう見る」


 カインは座らずに尋ねた。


 エレノアは書簡を並べた。


「サルヴィ商会は、単なる不正業者ではありません。王宮財務、王太子府、公爵家、分家相続問題をつなぐ中継点です。黒眠草の納入も、王妃基金の流用も、リリアナへの誘導も、ここを通っています」


「黒幕は商会主か」


「いいえ」


 エレノアは首を横に振った。


「商会主は金で動く者でしょう。指示書の文面は商人のものではありません。政治を見ています。王太子継承権凍結、王弟派への牽制、分家を立てる計画。これは王宮内、あるいは高位貴族の視点です」


「女の声」


「はい」


「誰を疑う」


 エレノアは少し黙った。


 この段階で名前を出すのは危険だ。


 だが、候補はある。


「王宮内で、王太子府、公爵家、分家、財務局、商会のすべてに接触できる女性は多くありません」


「セレスティア夫人か」


 母の名を出され、エレノアはすぐには答えられなかった。


 だが、首を横に振る。


「お母様は、見ないことを選ぶ方です。動かす側ではないと思います」


「では」


「分家ベルナール卿の妻、オルガ夫人」


 カインの目が細くなる。


「根拠は」


「以前、王妃基金後援会の茶会で、何度かお会いしました。控えめな方に見えますが、財務官夫人とも親しく、サルヴィ商会が寄付していた慈善衣料会にも関わっています。それに、分家を立てる計画なら、最も利益を得る人物の一人です」


「ベルナール本人ではなく、妻を見る理由は」


「ベルナール卿は病弱で、社交の多くを夫人が代行しています。分家の交渉、慈善会への寄付、王宮女官との接触も、おそらく夫人の方が動きやすい」


「女の声とも合う」


「はい。ただし、まだ推測です」


「十分だ。監視を置く」


 カインは即座に命じようとして、ふとエレノアを見た。


「他には」


「リリアナへ近づいた女官の正体を洗う必要があります。王宮女官ではなく、慈善衣料会の者が女官服を借りた可能性があります」


「マルタに確認させる」


「それから、サルヴィ商会旧倉庫の押収品に、慈善衣料費の書類があれば、偽署名の承認書とつながります」


「押収品が届き次第、確認しろ」


「はい」


 会話は短く、早かった。


 けれど、エレノアにはそれが自然だった。


 感情を挟まないからではない。


 今、感情を挟めば証拠が逃げる。


 それが分かっている者同士の会話だった。


 午前のうちに、サルヴィ商会主アルバン・サルヴィが王宮へ連行された。


 商会主は太った中年の男で、普段なら上質な絹の服で身を包んでいるらしい。


 だが、連行された時の彼は寝巻きに外套を羽織っただけで、顔には脂汗が浮いていた。


 監査室ではなく、尋問室でカインが聴取を行う。


 エレノアも同席した。


 アルバンは最初、何も知らないと言い張った。


「私は、ただ正規の取引をしていただけです。王宮の承認も、財務局の印もございました。薬草の質についても、王宮医師の指示通りで」


 カインは、押収品の一つを机に置いた。


 偽の財務局確認印。


 アルバンの顔が引きつる。


「これは」


「旧倉庫地下から見つかった」


「従業員が勝手に」


「その従業員の名は」


「それは……」


 沈黙。


 次に、エレノアが書簡を置いた。


 リリアナへの誘導に関する指示書。


 アルバンは目を逸らす。


「これは商会の業務とは」


「慈善衣料費の名目で銀貨三百枚を引き出そうとした書類がある」


 エレノアは静かに言った。


「その支出先は、あなたの商会系列の衣料組合です」


「慈善活動です」


「では、衣料の納入先を」


「現在確認中で」


「納入していないのですね」


 アルバンは黙った。


 カインが低く言う。


「お前は黒幕ではない。だが、黒幕へ近づく道だ」


 アルバンの喉が動いた。


「正直に話せば、商会主としての罪が軽くなる可能性はある。黙れば、王妃の死に関わる薬を納入した主犯格として扱う」


「わ、私は王妃陛下を殺すつもりなど!」


「なら、誰の指示で黒眠草を増やした」


 アルバンは唇を震わせた。


 沈黙が長く続いた。


 カインは急かさない。


 エレノアも黙っている。


 沈黙に耐えられなくなったのは、アルバンの方だった。


「……モーン卿です」


「ダリウスか」


「はい。ですが、モーン卿だけではありません。モーン卿は窓口でした。支払いの調整は財務官閣下。公爵家への品物の移動はグレゴール閣下。そして……」


 アルバンは口を閉ざした。


 カインの視線が鋭くなる。


「そして?」


「……ベルナール夫人です」


 エレノアは、指先をわずかに握った。


 予想はしていた。


 だが、名前が出た瞬間、胸の奥が冷える。


「オルガ・ベルナール夫人か」


 カインが確認する。


 アルバンは青ざめた顔で頷いた。


「あの方は、王妃基金後援会と慈善衣料会をつないでいました。王宮女官の名簿にも詳しく、どの女官がいつ非番かまで……私は詳しくは」


「リリアナ嬢へ接触した偽女官も、オルガ夫人の手配か」


「おそらく。私は衣料会の女を一人、紹介しただけです」


「ダリウスはどこへ逃げた」


「知りません。本当に知りません。ただ、昨夜、倉庫へ来た時は怪我をしていて……夫人と揉めていました」


「オルガ夫人と?」


「顔は見ていません。ですが、声は……あの方でした」


 エレノアは尋ねた。


「何を揉めていたのですか」


 アルバンは、エレノアを恐れるように見た。


 彼女の背後に、亡き王妃の遺言状が見えているのかもしれない。


「モーン卿は、国外へ逃がす約束だったと言っていました。でも夫人は、もう使えないと。血のことも……」


「血?」


「モーン卿の手の血です。御者を刺したのかと私は思いましたが、違うようでした。夫人が『その血で十分、死んだことにできる』と……」


 カインが机を指で叩いた。


 一度だけ。


 低い音がした。


「ダリウスを死んだことにするつもりか」


「おそらく。詳しくは、本当に」


「死体が見つかれば、追及は止まると考えたか」


 アルバンは震えている。


 エレノアは、ゆっくり息を吐いた。


 ダリウスは逃げたのではない。


 逃げるよう仕向けられ、死んだことにされようとしている。


 あるいは、すでにどこかで捕らえられている。


 彼が話せば困る者がいる。


 オルガ・ベルナール夫人。


 分家を立てる女。


 王妃基金と慈善衣料会を利用し、リリアナをまだ使える駒として見ている女。


「殿下」


 エレノアはカインを見た。


「オルガ夫人を拘束する前に、分家屋敷と慈善衣料会を同時に押さえる必要があります。片方だけでは、もう片方が証拠を消します」


「同感だ」


「ダリウス卿が生きているなら、夫人の方が居場所を知っている可能性が高い」


「近衛を動かす」


「リリアナの面会記録も確認します。慈善衣料会の女性が接触していないかを」


「やれ」


 カインは立ち上がった。


 アルバンは力なく椅子にもたれた。


 商会主は、黒幕ではなかった。


 だが、王妃の死を早めた可能性のある薬を納入し、基金を食い物にし、証拠を隠そうとした。


 その罪は消えない。


 尋問室を出ると、廊下には朝の光が差していた。


 夜明け前に始まった摘発は、王宮の奥へ新しい名前を運んできた。


 オルガ・ベルナール。


 分家。


 慈善衣料会。


 偽女官。


 ダリウスの偽装死。


 エレノアは、廊下の窓から外を見た。


 王都の上に、淡い朝日が昇っている。


 その光は美しかった。


 けれど、光が差せば影も濃くなる。


 サルヴィ商会は摘発された。


 だが、それは終わりではない。


 倉庫の地下から掘り出されたのは、薬草と帳簿だけではなかった。


 公爵家の相続争い。


 王太子の継承問題。


 妹を再び駒にしようとする手。


 そして、王妃の死を病の名で隠そうとした、さらに奥の声。


 エレノアは、手にした報告書を閉じた。


「次は、分家ですね」


 カインが隣で頷く。


「ああ。夜明け前の摘発は、まだ始まりにすぎない」


 王宮の鐘が朝を告げた。


 その音は、いつもより冷たく響いた。

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