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八話 血

湊の自室。そこは、学校での「優等生」という仮面を維持するための、清潔で無機質な監獄だった。

しかし、その一角にある本棚の奥には、彼が書き溜めた狂気の断片が詰まったハードディスクが隠されている。


「……ここが、君の聖域?」


桜が、湿り気を帯びた瞳で部屋を見渡す。

湊は無言でドアの鍵を閉め、さらにチェーンをかけた。この薄い板一枚隔てた向こう側には、彼の両親がいる。その「日常」のすぐ隣で、二人の「異常」は沸点を超えようとしていた。


「桜、こっちへ。……君に見せたいものがあるんだ」


湊はデスクの椅子に座り、桜を自分の足の間に招き入れた。モニターには、パスワードで保護されたフォルダが開かれている。そこには、数千枚に及ぶ桜の「隠し撮り」と、彼女をモデルにした凌辱と救済の物語が、整然と、狂気的に並んでいた。


「これ……全部、私?」


「そうだよ。授業中の君のうなじ、体育の後の汗、笑い声、全部僕が収集して、物語の中で解体した。……でも、まだ足りない」


湊は机の引き出しから、本来そこにあるはずのないものを取り出した。

医療用のメスと、赤いキャンドル


「君が言ったんだよね。もっと私を『エサ』にして、残酷に書き換えてって」


湊は桜を床に跪かせると、彼女の手首を自らのネクタイで拘束した。

背後で家族が生活する物音が微かに聞こえる。その「すぐそこで誰かが生きている」というスリルが、二人の感覚を異常なまでに研ぎ澄ませていく。


「湊くん……、いいよ。そのナイフで、私の物語を完結させて」


湊は熱を帯びた赤い蝋を、桜の白い肩に一滴、ゆっくりと落とした。


「っ……、あ……!」


熱さと痛みが火花を散らし、桜の身体が大きく跳ねる。湊はその悶える姿を、心底愛おしそうに、冷徹な観察者の目で見つめた。そして、メスの冷たい刃先を、彼女の喉元にそっと添える。


「声を殺して、桜。お母さんに聞こえたら、この傑作は台無しだ」


「ん……、ふ……っ」


桜は恐怖に震えながらも、その瞳には狂喜の色が溢れていた。

湊の指が、彼女の口内に滑り込む。呼吸を奪い、感覚を麻痺させ、彼女という存在を「物体」へと貶めていく。


「ねえ、湊くん。私、今……君の物語の一部になってる? 君の言葉よりも深く、君に刻まれてる?」


「ああ。君はもう、僕が書かなければ呼吸もできない、ただの『文字パーツ』だよ」


湊はメスの背で、彼女の肌に、文字をなぞるように滑らせる。

切っ先がわずかに皮膚を裂き、一筋の赤い線が、彼女の白いブラウスを汚していく。


壁を隔てた向こう側で、母親が「湊、夕飯はどうするの?」と声をかけた。

その声に、二人は顔を見合わせ、声を殺して笑った。

その笑い顔は、あまりにも純粋で、あまりにも救いようのない、地獄の底の住人のようだった。

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