第四話 性
翌朝。始業前の図書室の隅で、二人は昨日からの熱を冷ませぬまま、再び「怪物」の続きを編み始めていた。
湊がノートパソコンの画面を少しだけ桜の方へ向ける。そこには、昨晩の「愛」の定義をそのまま肉欲へと転換したような、暴力的なほど官能的な描写が並んでいた。
> **【第5章:共犯者の肌】**
> **主人公は、聖の傷口に指先を沈める。それは愛撫というにはあまりに執拗で、検死というにはあまりに情熱的だった。**
> **「痛い?」と彼が訊く。聖は答えず、ただ彼の喉元を指先でなぞった。**
> **「もっと、深くして。私の体の中にある、あの人たちの嘲笑を全部、あなたの爪で掻き出してほしいの」**
> **二人の結合は、互いの欠落を埋める作業ではなく、一つの傷を二人で広げ合うような、血の匂いのする儀式だった。**
「……これ、朝から読むには刺激が強すぎない?」
桜は画面を見つめたまま、声音を低く弾ませた。彼女の頬は、早朝の図書室の冷気とは裏腹に、微かに上気している。
「嘘を吐いても仕方ないだろ。僕たちが昨日語り合ったのは、こういうことだ」
湊は、キーボードの上に置かれた桜の指に、自分の指を重ねた。周囲からは、単に勉強を教えている二人にしか見えないだろう。だが、机の下で、湊の膝が桜の脚を強く、支配的に押し付けている。
「相手を犯すっていうのは、肉体を繋げることじゃない。相手の人生の汚点に、自分の名前を上書きすることだ。……ねえ、桜。僕が書いたこのシーン、君ならどう動く? 聖は、彼に何を『許す』と思う?」
桜は、湊の指に自分の指を絡め、じわりと力を込めた。爪が彼の甲に食い込み、小さな白い痕がつく。
「聖なら……自分の肺の中の空気まで、全部吸い出してほしいって願うかな。あいつらの吐いた汚い空気でいっぱいのこの体を、湊くん……じゃなくて、『主人公』の吐息でいっぱいにしたいって」
彼女の瞳が、湿った熱を帯びて湊を射抜く。
「服を脱がされるより、その傷を舐められる方が、ずっと淫らで……壊れちゃうような気がする。昨日の湊くんの目、あんなの、普通の女の子が見たら腰を抜かして逃げ出すよ」
「……逃げなかったのは、君だけだ」
湊が薄く笑い、彼女の耳元に顔を寄せた。
「次は、もっと深いところまで書くよ。聖の叫び声が、文字の隙間から漏れ出すくらいに。……放課後、また僕の部屋に来る?」
「……。その代わり、今日は昨日より、もっとひどいことを書かせてあげる」
桜の舌先が、唇を小さく湿らせる。
朝の光が差し込む静かな図書室で、二人の間には、クラスメイトたちが一生知ることのない、毒々しくも甘美な「性」の予感が満ちていた。




