まあ、いいじゃなイカ
岩田聡と歩く道
まぁ、いいじゃなイカ
医者は頭を抱える。
「また岩田さんか……」
手術を終えた岩田はまだ青い顔で、医者に詰め寄る。
「僕の胆管腫瘍だけど、このT大のケースはどうだろう? この治療法は試せないだろうか?」
医者は言う。
「奥さん、奥さんからもどうか言ってやってください」
岩田の妻は困ったような顔をして
「しょうがないのよ、あの人は。何事も問題解決に動かないと気が済まないの」
*
そこに嘗ての戦友、石原らが見舞いにやって来た。
石原が必要以上におどけて
「岩田さん、大丈夫なの?」
岩田は照れながら
「やあ、石原さん、お恥ずかしいところを観られてしまいました。わざわざご足労どうも」
石原は白い箱を差し出し
「良かった。ケーキが無駄にならないで。これ池袋のPARCOのなんだっけ、くにゃくにゃしたフランス語だから忘れてしまいました」
中には真っ赤ないちごを乗せた瑞々しいショートケーキがあった。石原は岩田とケーキをつつく。岩田が普段食べるペースに合わせて。ところが岩田の食べるペースは十分の一にまで減っていた。岩田はぽつりとこぼす。「石原さんより食べるのが遅くなっちゃいましたね」
石原はもの悲しい気分に襲われた。
しかし岩田は言う。
「ついこの間まで管を通して栄養を取ってたんですからね。大いなる一歩でしょう。行きますよ!」
病魔克服への強い決意が滲んでいた。
*
その勢いのまま術後の経過も良く、岩田は社長業に復帰する。
「まずコードネームNXの開発を急げ! それから」
岩田の檄が飛ぶ。
大河内は信じられない発表を耳にした。任天堂がDeNAと提携、スマホゲームに参入とのこと。
「あれだけ頑なに拒否していたのに、何かあったのか、やはり病気で心変わりしたのか、岩田さん」
大河内は岩田の様子をつぶさに観察した。
しかし、そこには何時もの岩田聡がいた。堂々と理路整然に理知的に話す姿。
記者の質問が飛び交う中、それでも大河内は皆の前で質問することが出来なかった。痩せた岩田の目は何時ものように意志の強い光を宿している。宿しているだけに居たたまれなくなってしまったのだ。
質問がひと通り終わり、記者発表を終え帰る岩田に、大河内は知らず足を向けていた。岩田はにこやかに
「なにか質問ですか? 大河内さん?」
大河内は何も言えなかった。質問をひねり出そうとして、突如馬鹿らしい質問が浮かんだ。何故浮かんだのかは大河内にもわからない。それでも大河内は少し誇らしげにそれを岩田にぶつけた。
「心はゲーマーですよね。岩田さんがいちばん好きなソフトって何ですか?」
岩田は予想に反してうなる。
「いやぁ、難しい質問ですねぇ。自分がモノを作っていましたのでねぇ、自分が作ったモノには特別な愛着があります。「カービィ」や「MOTHER2」「スマッシュブラザーズ」には愛着がある……。だから、ひとつだけ上げるっていうのは結構、難しいですよね」
それから昔を思い出すかのように
「自分が作ったモノは、ある意味、自分の子どもをみる目でみてしまうので、距離が違うというか。ほんと毎日、徹夜で夜明かしして朝焼けの富士山がみえるまで作っていまして、そのモノがどうして生まれて、何を考えていて、どの思いはお客さんに届いて、どの思いはお客さんには届かなかった……。開発にはどんなドラマがあってと、そういうすべての思い出とセットになっているので、普通にプレーヤーとして味わうゲームとは、また違う感覚になってしまいます」
岩田はしんみりとする。大河内は少し泣けてきてしまう。岩田は立ち去る際にこう付け加えた。
「好きなゲームねぇ。突然だったのでなかなか思いつかず、すみませんでした。次回、お会いするときまでに考えておきますね」
*
「岩田さん、大学の頃からずっと憧れてました。Pokemon Goの使用許可をくださりありがとうございます」
岩田はやせ細った身体で、眩しそうに青年を見つめる。
エイプリルフールでポケモンチャレンジという企画を立てたら、それが大ヒット。これは商売になると、本格的な開発の許可を任天堂にも持ち掛けてきたのだ。嘘から出た誠というのが良い。遊び心があると岩田は笑う。
「聞けば東工大出身なんだってね、僕もそこ出身だったよ」
野村は待ってましたと大口を開け
「それだけじゃないんですよ」
続けて
「あのスパコン富岳を作った松岡聡その人のゼミに通ってました。岩田さんの武勇伝はいっぱい聞かされました」
岩田は鼻にあの別れの牛丼の匂いが蘇ってきたような錯覚を覚えた。HAL研で共にピンボールを作った松岡。彼は岩田の予言通り研究者として成功し、世界的スパコン富岳を作り、そして教授となり生徒を育てていた。
その一人が目の前にいる。「運命」なんて生易しい「偶然」に、少しニヤリとしながら「それでは協議しましょうか。もうスマホに無関心な任天堂とは言わせませんよ」
それがDenaとの提携、スマホゲーム参入発表の1年前以上も前のことだった。
*
岩田は任天堂のIP(知的財産)の有効活用にも積極的だった。任天堂キャラのフィギュア人形をゲームデータと連動させ、amiiboと名付けた。また、ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)と提携し、テーマパークを作ることも発表した。任天堂キャラが街に少しずつあふれ始めていた。
*
宮本は早朝社長室に呼ばれた。
「なんで社長室に?」
何時もの岩田らしくない対応だった。静まり返る朝一番の社長室。「独創」の額。岩田の悲壮を帯びた表情。こんなにシリアスな顔は宮本は見たことが無かった。
岩田は厳かに言った。
「わたしのガンが再発したんだ」
宮本は何と言った良いかわからなかった。もう助からない、とその眼は言っていた。だからこそ次の言葉は重かった。
「なんとか引き継げるまで新ハード、コードネームNXの仕様を進めたい。宮本君、力を貸してくれ」
宮本は力なく笑った。
「わかったよ、岩田さん。でも、なんで、そこまで出来るんだよ、岩田さん」
岩田は答える。
「僕は何か困ったことがある、困った人がいると、解決まで助けないとすっきりしない性分だから」
宮本はうつむきながら
「最後まで見届けてな。途中退場は無しやで」
*
その頃奇しくも、WiiUに遅すぎるヒット作、キラーソフトが出る。スプラトゥーン。WiiUの売り上げを跳ね上げたそれはカルト的人気を博した。ゲーム内容は、インクリングというイカ人間がカラフルな水鉄砲を撃ち合い陣地を塗りあって、陣地が大きいチームが勝つというものだった。従来の銃を使ったFPSというジャンルはどこか殺伐としていて陰気だったものを任天堂がアレンジするとこうなるのかという、ポップな外観をしていた。シティストリート的なファッションやインクの多彩な色の派手さ。それに釣られて男だけではなく、女性や子供も遊び始めていた。FPSを日本の国民的なゲームにした画期的なソフトと言えるだろう。だが、多くの人は疑問を持っていた。
「なんでキャラがイカなの?」
*
岩田は病魔を押して、「社長が訊く」のインタビューを敢行した。
岩田は問う。
「たぶん、ここを読んでおられる方も「なんでイカにしたんですか?」という話から聞きたいでしょうね」
開発スタッフは笑いながら「ええ」と言う。
岩田が言葉を継ぐ。
「このプロジェクトは、それなりに長い間、いろんな試行錯誤があって、最終的にイカにたどり着いているんですけど、まずはその話から訊きましょうか」
岩田と開発メンバーの歓談が続く。最初は四角い立方体のそれぞれ白と黒のとうふがインクを塗りあっていた。黒いとうふはゴマどうふですけど。なんてギャグに笑いがこぼれる。
それからキャラクターを人型にしたい。マリオにするという案もあった。しかし人型は、マップのインクの色の床と一緒に潜伏するには立体的すぎて、目立ちすぎて、却下となった。
次いでウサギという形に落ち着きかけた。しかし、実際に遊んでみても「まぁまぁ面白い」で終わっていた。「なんでウサギなの?」「なんでウサギがインクを塗るの?」と聞かれても合理的な答えが出せない。
開発メンバーは悩みに悩んだ。答えが出ない迷宮の中のように。
あるアイデアが浮かぶ。ひとつのキャラクターにするのではなく、“インク生命体”と“ヒューマン体”を切り替えられるようにしよう“
インク生命体”というのはその名のとおり、ぺったんこのインク状になって、同じ色のインクの上に乗ると……豆腐のときと同じく保護色で見えない。
そして“ヒューマン体”のほうはインクを発射するといったアクションができたり、ヒトのような形をしていて、ファッションをカスタマイズできるようにすれば思い入れのあるキャラクターになる。
そこでインク生命体はイカの形、薄っぺらく周りのインクと同化でき、墨を吐くというイメージも付け足せる、そしてヒューマン体はイカ人間。名付けてインクリングにしようと決定した。
*
そこまで聞いて岩田にある温かいものが吹いた。それはインタビューを纏めているライターにも同様に。
一つのアイデアが複数の問題を解決する。宮本の教え。
見た目から入るのではなく、機能からデザインを設計する。
それももう一つの宮本の教え。
そしてそれを広めた宮本ウォッチャーの岩田の伝道の成果。
ライターは目を潤ませる。
「岩田さん……」
岩田も笑う。ただ静かに。
だけど、ここで自分たちの去り行く人たちの戦果を強調するのは違う。岩田はただ、今も走り続けるスプラトゥーンのスタッフの奮闘記の続きを促す。
「キャラクターをウサギからイカに変更すると決めて、開発はスムーズに進むようになったんですか?」
こんな答えが返って来る。
「それが、そうでもありませんでした」
あらあら、奮闘記は続くのか、と記者はにこやかに笑いの渦に加わる。
インタビューは続く。
楽しく苦しく創られていく過程が赤裸々に語られる。
それを優しく包み込む岩田の応答。
ライターは実り多きインタビューになったという満足感があった。
最後にスタッフがある不満をこぼした。
「最後にひとことだけ…」
岩田が締めのポーズで聞く。
「はい」
スタッフは少し悔しそうに
「今日は「イカ」という言葉が何度も出てきましたけどじつは「インクリング」が正式名称なんです」
「あまり浸透していないですよね」
「みんな、「イカ」としか呼んでくれないですし、僕らも「イカ」としか呼んでないんですけど…」
岩田はにこやかに笑う。
「まあ、いいじゃなイカ」
まあ、「いいじゃなイカ」。例え思い通りに行かなくてもユーザーが、ゲーマーが楽しんでくれるなら。まあ、いいじゃなイカ。
例えどんな終わり方をしても、誰かがコンティニューを押してくれれば、まぁ、いいじゃなイカ。
*
それから間もなくのこと。
2015年7月11日、岩田聡はこの世を旅去った。
まだ55歳の若さだった。




