駅
岩田聡と歩く道
駅
岩田はWiiUに自信を持っていた。WiiUは大きなタブレットコントローラーを使って操作するハード。そのタブレットコントローラーこそ肝だった。故にその製作過程は難航を極めた。
グリップは手で削って粘土で調整して提出する。それが「良くない」と言われ突き返され、改良を繰り返す毎日。更にコントローラーの重さについても、1g、2gで調整する。デザインを変えようとしても5g増えると言ったらダメと突き返される。
そうした裏話を社長が訊くに残されている。それを読んでいる多くのユーザーの中に大学生の吉井がいた。
WiiUの出荷が近づいていた頃。
岩田は開封の儀というWiiUの開封動画を投稿した。堂々とした口調で「通販番組みたいですね」などと言った勝者ゆえのユーモアが混じったそれを聞いた吉井は、さっそく発売日に買うことを決意したのだった。
吉井はゲームショップに行って違和感に気付く。やけにスムーズに購入できる。いや、スムーズなのは良いんだけどななんて思いながら。
そうして買ったばかりのWiiUの大きな箱を自転車の荷台に括りつけ、アパートに帰っていった。そしてワクワクと箱を開封する。
ハードを手に取り、ゲームパッド、パッド状のコントローラーを手に取る時、嫌な感覚がよぎった。
「デカくね?」
1g、2gの単位で削ったWiiUゲームパッドは明らかにまだ大きかった。
吉井は買ってきたばかりのマリオをゲームパッドでプレイする。デカいパッドのせいでかなりプレイしにくい。30分も遊ぶと指や腕が疲れる。携帯ハードよりも、大きすぎる据え置き機のコントローラーに大学生に不安がよぎる。
「これ? 俺だからまだやれるけど、子供とか無理ゲーじゃね?」
「ってゆーか、ゲームショップ、やけにスムーズだと思ったけど、行列が出来ないくらい売れてないんじゃね?」
どんどん辛辣になっていく吉井の顔。WiiUにはDSやWiiにあった軽やかにゲームユーザー以外に訴求するカジュアルさが明らかに欠けていた。鈍重なゲームパッドとそこに込められた任天堂の思想の重さが、却ってユーザーの関心を閉ざしていた。吉井の不安が不満に変わるまで、さほど時間は要しなかった。
「ダメだな、こりゃ」
俺、このまま任天堂ファンで居られるかな。吉井は思った。
大学生の予感通り、WiiUの売り上げはパッとしなかった。また肝心のキラーソフト不足から浮上のきっかけすら見当たらなかった。
*
そんな中WiiUのゲームパッドならではの遊びという至上命題を受けた宮本はピクミン3を開発する。ピクミン3、謂わばWiiUの今後を左右するソフトと思われるそれを巡って岩田と宮本と糸井は、ほぼ日の記事内で会談を行った。
糸井が問う。
「ひと月くらい前に宮本さんと会って話したとき、なんというか、こう、「いま節目にいるんじゃないかな」っていう気がしたんですよ」
宮本は飄々として
「あ、そうですか」
糸井はまた宮本を真剣に見つめ
「うん。どういうのかな、スイッチを入れ直してる感じというか」
宮本も真面目な顔になり。
「あのときは‥‥ちょうど『ピクミン3』ができあがったころで」
糸井は改めて直感を話す。
「このあいだ宮本さんに会ったときに、宮本さんも、なんか、違う線路に向かうのか、なにかの用意できてるような、そういう「節目感」を感じたんです。だから、『ピクミン3』ができあがったというのは宮本さんのなかでひとつ、節目になるような大きいことだったんじゃないですか」
宮本もまた直感で応える。
「あ、それはけっこう、そうですね。『ピクミン3』をつくったことでね、これまでつくってきた歴史のようなものがひと通り終わったのかな、とも感じてて。という状態なので、ちょうど「駅」に着いた気分」
それから三人の楽しい対談は続く。それぞれが何かを残そうとしながら。
たとえばゲーム談義で、鎌倉時代でも室町時代でも、ピラミッドの時代の人でも、更にはネアンデルタール人でも楽しめるゲームが良いねなんて言う。
まるでゲーム人口の拡大の理想形のように聴こえる夢談義だ。果ては火星人にもアンドロメダ原宇宙生物でも楽しめるゲームだろうか。
宮本が真剣な顔をして言う。
「これはちょっと前の話ですけど、若いプロデューサーたちに
「こういうゲームがつくりたい」っていうのを自由に計画してもらったことがあったんです。こういうゲームにしたいから、メインプログラマーはこの人とこの人が欲しい、アーティストはこの人にやってもらいたい、ってメンバーのリストをつくってきて、それを見ると、すごい布陣なんですよ。
で、そのときに冗談で言ったのは、
「すごいメンバーやなぁ、こんだけの布陣がそろってたら、おまえ要らないよなぁ」って。
でもね、冗談で言いながらも、自分もそうだなって思うんですよ。こんだけの布陣でつくったら俺、要らんよなって思うわけですよ。
そうすると、そのなかに自分がいるというのはどういうことかとすごく考えるんです。どういうつくり方をして、どういうものができたときに、ここに自分が必要だ、っていうふうになるのか」
天才、他に代わりがいないと誰もが思う天才と呼ばれた宮本の心の底に隠された苦悩だった。
同じく当代一のコピーライターと呼ばれた糸井が応える。
「それはすごくよく思う」
ところが、岩田は不思議そうに尋ねる。
「宮本さんでもそんなふうに「自分は要るんだろうか」って考えるものなんですか」
糸井は驚いてしまった。岩田さん、何で。
「え、岩田さんは考えない?」
岩田は応える。
「わたしは‥‥自分が現場でつくってたときは、自分で手を動かしてたほうだったので。その、出口のところにいて手を動かしてますから宮本さんや糸井さんとは役割が違うんですよ」
糸井が納得の声を上げる。
「最後の作業をする立場だもんね」
宮本が補足する。
「そう、プログラムが動かないとマスターアップしないというところにいたわけですから」
岩田は首を縦に振る。
「そうです、そうです。」だから、なんとか直してどうにかするみたいな」
糸井は嬉しそうに
「あー、そうか。じゃあ、岩田さんは絶対なんだね」
宮本も楽しそうに
「そう、絶対必要」
糸井が笑う。
「バケツリレーの最後にバケツ持って走ってる人だもんね」
岩田も笑う。
「そうそう、そうです」
*
ピクミン3は残念ながらWiiUの不振もあって、好セールスを伴わなかった。これを受けてか宮本は徐々に制作現場にどっぷりと介入することが無くなっていく。宮本はそのピクミン3という駅から今までの制作路線とは違う新しいことを模索していったのだろうか。
そしてこの会談が宮本、岩田、糸井三人の最期のインタビュー会談となってしまったのだった。
岩田はめげず働いていた。新しく投入するハード、コードネームNXの開発もあるし、それにやらなければいけないことが沢山ある。近頃みぞおちが痛い。岩田は思わずさする。すると今度は背中まで突き抜ける痛みが迫って来た。
岩田は思わず両の掌を地面に着く。
「どうしたんですか?」
秘書の声を「なんでもないよ」といなそうとするが、滲む脂汗がそれを許さない。
早速精密検査をしたところ、胆管腫瘍だった。ガンとしても非常に困難な病気で、5年生存率は10-30%くらいとされている。
それでも岩田の眼の光は消えない。
岩田聡、最後の闘いがはじまろうとしていた。




