険しき道
岩田聡と歩く道
険しき道
2012年、競馬ではジェンティルドンナとオルフェーヴルの大激突があり、社会では北朝鮮の弾道ミサイルが社会を騒然とさせはじめた年。
スタートダッシュに失敗した3DS。
それを挽回するために、岩田の決断により任天堂3DSの値下げは決行された。
「そんな僕が無傷でいてはいけない」
岩田はこの責任を取る形で、自身の給与の50%のカットをした。
だが、岩田はこの賭けに勝算があった。3DSに着々とソフトが集まりつつあった。それが値下げと相乗効果が起きれば、きっと。岩田は昨年に続き今年もニンテンドーカンファレンスというプレスカンファレンスを実施することを計画した。これで全てが変わるはずだ。岩田の3DS復活への戦略、それは値下げだけではなく二段構えのものだった。
大河内はプレスカンファレンスの最前列で岩田を見守っていた。
(携帯電話ゲームへの参入を頑なに否定してきた岩田さん。相応の成果が無かったら沈みますよ。幾ら値下げしたってソフトが無かったら単なる箱なんですから)
3DSカンファレンスが始まった。岩田自身によってリリース予定のソフト群が紹介される。
それは衝撃的なものだった。
大河内は唖然とする。
「ルイージマンション2、どうぶつの森……任天堂の一流どころだけではない。
大河内が目を見張ったのは、かつての宿敵セガの『ソニック』、そしてPSPの絶対的エースだった『モンスターハンター』のロゴが画面に映し出された瞬間だった。
「まさか、サードパーティの牙城まで崩したのか……!」
大河内は岩田を見つめながら、ただ呟く。
「対処療法じゃない……最初からこの波状攻撃を仕掛けるために、あえて批判を耐え忍んでいたのか!」
最後に岩田はカンファレンスをこう閉じた。
「ニンテンドーDSはゲーム人口を拡大し、 過去にない普及台数を実現できましたが、全てのゲームファンの皆様にご満足いただくってことは完全にはできなかったと思います。ニンテンドー3DSが目指すのは、 広さと深さを両立し、更なるゲーム人口拡大を実現してあらゆるゲームファンの皆さんにご満足いただけるようなプラットフォームにすることです」
そしてその熱が伝わるのは、会場の記者間だけではなかった。同カンファレンスはインターネット中継もされていたのだ。全国のゲーマーたちは、豪華すぎるラインナップに嫌でも期待感が煽られる。ゲームコミュニティの掲示板などはパニックの様にコメントが飛び交っている。
「モンハン来たぞ!」
「3DS勝ったな」
「任天堂本気すぎる」
それを見た岩田はぞくっとした。会場の観客の拍手、記者たちの賛嘆の声、それも確かに素晴らしいものだった。
だが何万人ものネット住民が作るこの活気はなんだ。祭りのような勢いはなんだ。
岩田にある企画が浮かんだ。
*
岩田はカメラに向かって喋る。
「ニンテンドーダイレクトは任天堂の新しいゲームの情報をインターネット中継をご覧の皆さんに直接お届けする新しい試みです」
次いで次々と新作ゲームを紹介する。あの温和で柔らかい物腰で楽しそうに語る姿は、カメラの向こうの何百万もの日本人のゲーマーをほっと温め、やがてゲーム熱を熱くさせる効果があったようだ。ダイレクトがある日はゲームの売り上げが伸びるというデータが残されている。
そして岩田の何気ないジェスチャー、直接という言葉を使う時に力んで出来た両手でスペシウム光線を発射するようなハの字に両手を掲げる「直接」ポーズが図らずも話題となり、それこそネットミームとなり、岩田もそれに便乗してオーバーアクションになっていく。
それと比例するように国内の3DSの売り上げは、急上昇した。当初のスタートダッシュの失敗をカバーするように、ゲーム売り場で飛ぶように売れたのだった。
*
だが、ことはそう単純なものではなかった。3DSが逆ザヤ、大幅値下げにより製造コストよりも安い値段で売らざるを得なかったことが大きく響き、またDS、Wiiの失速も顕著となり、任天堂の収益は悪化の一途を辿る。業績は創業以来はじめての赤字へと転落してしまった。
翌年も赤字はむしろ拡大してしまい、株主総会で株主からとうとうこの質問が出される事態となった。
「昨年度、今年度と営業赤字になっているが、コスト構造が同じならその頃と同水準の利益を上げられたはずである。コスト高になっていたのであれば、リストラを行ったほうがよかったのではないか」
リストラの要請だ。
岩田はそれに毅然とこう答えた。
「ただ、短期の業績を求めてリストラをいたしますと、会社で働く人たちのモラール(士気)は下がり、その人たちが不安に怯えながら作ったソフトが本当に世の中の人の心を動かせるのかということがございます」
社員が不安に怯えながら作ったゲームで、ユーザーを楽しませることなど出来るのか。大丈夫、僕たちが君たちを守る。
岩田は組んだ両手に力を込めた。




