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岩田聡の遺したもの/後書き

 岩田聡の遺したもの。


「世界中の岩田に会ったことがない人が岩田のことを「天才プログラマー、天才社長」と讃えていることは、彼に対する正しい評価であり、同期としてもうれしいこと」

「岩田は人の意見を微塵も聞かないところがあった。そんなところは、やつの頑固で嫌な側面だったと言っておこう。いい話だけじゃ嘘くさいので(笑)」


 高校生の時に、一緒に岩田と電卓ゲームで遊んだ由良は、このような言葉を残している。

 なぜそれを知ることができるかというと、岩田の同期達が「岩田聡の記録を残す会」を結成。

 「ゲーム界のトップに立った天才プログラマー 岩田聡の原点: 高校同期生26人の証言」という本を著したからだ。

 岩田が長く、高校の友人からも愛されていたことの証拠であり、また貴重な証言集となっている。


   *


「多忙な生活が大学院修士課程まで続き、博士課程に進むか就職するか悩んでいた時に、

僕の背中を押してくれたのが岩田さんでした。

「お前は学問のほうが向いている。絶対に博士の道に進むべきだ」と言われて」


 岩田のHAL研の同期、共に「ピンボール」を開発した松岡聡は、その後、東京工業大学学術国際情報センター教授となり、スーパーコンピューター「TSUBAME」を開発。

 2014年、スーパコンピュータ分野の最高峰賞であるIEEE Sidney Fernbach賞を日本人としては初めて受賞。

 総責任を担う「富岳」はスーパーコンピューターの世界ランキングで首位になる。


   *


 岩田がプログラムを担当したバルーンファイトは、ファミコンを代表する傑作ゲームとして、2024年に出たソフト「Nintendo World Championships ファミコン世界大会」に、一部アレンジされ収録された。

 世界中のニンテンドーファンが、オンラインでしのぎを削りプレイしただろう。


   *


 岩田が社長を務め、再建を果たしたハル研究所はその後も、

「星のカービィ スターアライズ」「星のカービィ ディスカバリー」とヒットを飛ばす。

 またカービィをテーマにしたコラボカフェ「カービィカフェ」は予約即SOLDOUTの盛り上がりを見せる。

 お菓子をぱくぱく食べる姿から「カービィみたい」と言われた岩田は、天国から寄り道したのだろうか。


   *


「僕の好きな鰻屋に岩田さんを連れて行ったんです。赤坂の料亭っぽい鰻屋なんだけど、そこで鰻を食べて、話が通じる人なんだとわかって。そのあとでまだ完成していない「MOTHER2」を全部見てもらったんですよ」


 「ほぼ日」では「MOTHER2 30周年企画」が一昨年進行。

 「MOTHER2のひみつ」という本でまた岩田のエピソードも語られる。

 ローソンで発売された「MOTHER2 一番くじは高い人気を誇った。

 MOTHER2はそのように長く愛される作品となり、岩田聡の名エピソードと共に語り継がれるだろう。


   *


「そもそも僕は、株式会社ポケモンの設立の話になったとき「無理ですよ、そんなこと」と思ったくらいなんです。というのも、ポケモンのライセンシーや権利元がとても増えてしまいましたからね。だから、それを束ねて新会社をつくるのはとうてい無理だと思ったんです。ところが岩田さんには、国内にとどまらず、世界中で調整役までやっていただいて…。|その節は大変お世話になりました(笑)」


 岩田が海外ローカライズを担当し、また権利関係を整理したポケモンは、921億ドルと、2019年までのIP別の累積収入額で世界首位となっている。

 ポケモンカードゲーム、通称ポケカはブームとなり、最近ではスマホの「ポケポケ」が記憶に新しい。

 中国にもポケカは浸透し、巨大な大会まで開かれているようだ。

 正にグローバルなコンテンツの基礎部分を作ったとし、後年岩田の実績として最も評価されるものになるかもしれない。


   *


「『スマブラSPECIAL』(2018年発売)が出たじゃないですか。じつは、あれが、岩田さんから与えられた最後のミッションだったんですね。それが日本でも世界でもこれだけ売れて、日本で出た2018年度のタイトルの中で

いちばんの売上だったりしたんですよね。いろいろなところでよろこんでもらって、最大の成果を出せて、それはとてもよかったなと思っていて」


 岩田聡がプロトタイプ「ゲーム竜王」を作った「スマッシュブラザーズ」は、岩田の残したラストミッション「スマブラSPECIAL」に至るまで大ヒットシリーズとして広く親しまれている。

 スマブラにはカービィやMOTHER2の主人公ネスも登場し、岩田のエッセンスを感じることが出来る作品だ。

 ちなみに「スマッシュブラザーズ」というネーミングには岩田も1枚噛んでいる。

 「ブラザーズ」という言葉が単に争うだけではない仲間同士のちょっとしたケンカであるようなニュアンスがあってよいと話されていたそう。


   *


 ニンテンドーDSのタッチパネルは、後のiphoneなどの先駆けだ。また加速度センサーは、Wiiの普及で安価となり、これもまた現在のスマホに使われている。岩田がDSに導入を強く勧めてつけたスリープ機能は、以後の家電、スマホやパソコンなどに標準搭載される。


   *


 岩田が東北大学の川島教授のところまで出向いて作った「脳を鍛える大人のDSトレーニング」。

 流行語にも選ばれた「脳トレ」は、脳トレブーム後も広くさまざまなアプリ、ドリルとなって親しまれている。


   *


 岩田がダウンロード販売やyoutubeのdirectなどで販路拡大を推し進めた「どうぶつの森」は最新作「あつまれどうぶつの森」がコロナの巣ごもり需要もあって、世界累計4479万本のセールスを達成。

 メガヒット作となる。


   *


「岩田さんの印象は、初めて会ったときからまったく変わりません。たぶん、岩田さんを知ってる人はみんなそう言うんじゃないかなぁ」


 社長が訊くを担当、現在は「ほぼ日」にいる永田泰大は、「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」を著す。

 これは岩田の人柄を多くの人に伝えるものとして、稀有な良書だ。

 アメリカで翻訳され、ベストセラーになったそう。


   *


 マリオ、ゼルダなどの任天堂IPの積極的活用への道を示したのも岩田だ。

 電車広告にはマリオ、ピクミンが踊り、しまむらにはピクミンがユニクロにはゼルダが、それぞれデザインされたファッションが売られ、BOSSの缶コーヒーにもゼルダが、31アイスではスプラやポケモンが、ミスタードーナツでもポケモンがコラボ。

 カービィはアパレルブランドにも進出し、吉野家で「カービィ盛」なるものまで出た。

 思えばポケモン周りの版権ビジネスを整備したのも岩田だし、カービィは岩田が元社長のハル研のもの。

 グッズ展開が先進的に早いのは、岩田の影響が大きいか。

 今では当たり前となった、任天堂のキャラが彩る街の日常というのは、実は岩田の影なる功績なのだろう。


   *


 そのIPの積極的活用の第一弾となったフィギュア「amiibo」は、今やゲーム屋の棚の常連となった。


   *


 任天堂のIP戦略にはこれに留まらない。

 岩田が死の前の株主総会で発表した「USJとの提携」は「スーパーニンテンドーワールド」という形で実を結び、国内外の多くの観客を楽しませている。

 また、マリオを使ったハリウッド映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は大ヒット。

 ゼルダのハリウッドでの実写映画化も発表された。

 その広報には、いつも宮本茂の姿があった。

宮本がどれほどそれらに関わっているかは知ることはできないが、彼はゲーム開発の第一線から退いても、相変わらず多忙な日々を送っているのは確かなようだ。


   *


 「社長が訊く」は、そんな宮本などの任天堂的な思想、作り方、また悪戦苦闘の過程を、任天堂内部の人から全くの外部のファンまで知ることができる貴重な資料だ。

 社長がインタビューをするという形式も異例だが、特筆すべきは難解に陥りそうな専門的な話を、かみ砕いてわかりやすく伝える岩田の論理力、話術により、読み物としての強度が非常に強いことだろう。


   *


 Nintendo directは、直接情報を提供する形として、

「ファミ通」などの雑誌頼りだったゲームファンの日常を大きく変え、2024.6.18のダイレクトでは国内のピーク視聴者数が126万を超える一大イベントとなっている。

 それはSonyやMSなどライバル企業の広報にも大きな影響を与えるだけではなく、TOYOTAのトヨタイムズなどの先駆けとなったとも言われている。


   *


 岩田が死の直前まで交渉を続けていたスマホゲーム「Pokemon Go」は世界中で社会現象となるまでのメガヒット。

 今でも世界大会が開かれると海外からお客が押しよせ、実は今現在、中高年の外出や散歩を補助するツールとして密かな脚光を浴びている。


   *


「僕(宮本)と竹田(玄洋)さんと岩田さんが話し合って決断を下してきましたが、開発のリーダーは岩田さんでした。彼は長い間Nintendo Switchについて考え、時間を費やしてきましたよ。

 Nintendo Switchの、どこにでも持ち歩くことができ、ネットワークを形成し、人々と楽しめるというアイディアは岩田さんがとても重要視していたことです」


 そして岩田は忘れ形見のように、任天堂に大きな財産を遺す。

 「Nintendo Switch」だ。

 セールスはWiiの記録を大幅に更新し、ハード:1億4,604万台  ソフト:13億610万本。

 2024年7月11日 - 「ファミリーコンピュータ」(1983年発売、2686日間)を抜き、据え置き型では任天堂の中で最長寿(2687日間)のゲーム機になった。


 後書き


 Culture(文化)の語源は耕すという意味らしい。その言葉通り、岩田の歩んだ道にはそれに沿って土地が耕され、そこに幾つもの花が植えられ、果実を実らせた。ゲームを文化と呼べるものにした功労者の一人であり、ユニークで逞しく、そして憎めないチャーミングな男だった。岩田聡はそういう奴だった。ここまで一緒に歩めて楽しかったよ。あなたはどうでしたか?

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