感謝のプレゼント
2004年、競馬ではゼンノロブロイが秋古馬三冠を果たし、社会ではイラクのテロ問題が人々を騒がした頃。
坂本は任天堂の社長室のドアを潜る。
独創という額の下に岩田聡がにこやかに座っている。
「こんなのが出来ました」
レコードプレイヤーというミニゲームだった。
ゲームボーイアドバンス(GBA)には傾きセンサーというのが入っている。機体を傾けるとそれに反応して画面上のものも動くというものだが、殆ど使われていない機能だった。それを活かそうとするアイディアだったのだが。
「岩田さん、まず椅子からお立ちになって、椅子にGBAをセットしてください。それから回してください」
「はい? 回すのですね?」
岩田は驚きを浮かべながら楽しそうに、社長室の椅子を回す。するとGBAの画面上のレコードプレイヤーも回り音楽を奏で始めた。
「へぇ」
岩田が回転を遅くするとプレイヤーの回転も音楽も遅くなり、速くすると逆のことが起こった。岩田は延々と五分くらい椅子を回していた。次いで一言。
「くだらねぇ」
最高の誉め言葉だった。
岩田は思う。このようなカジュアルでサクッとしたミニゲームこそ、新しく求められるゲームの形なのではないか。女子高生でも遊べそうな。
「そう言えば、MOTHER2ってゲームで糸井さんがつけたキャッチコピーは大人も子供もおねーさんも、だったな」
自分ならそれにどのような言葉をつけるか。
ちょっと悩んで。
「ゲーム人口の拡大かな」
相変わらず堅苦しくて野暮ったいな、なんて独り言ちた。
*
一方、宮本もひょうきんに笑っていた。
「最近、ぼく、犬飼い始めたんだけど可愛いなー。ね、そんなゲーム作ってくれへん?」
そんな言葉から生まれたninten dogsというゲームソフトは、携帯機でペットを飼う、ある意味お馴染みのジャンルに見えて、ニンテンドーDSのタッチパネルとの相性がバツグンに良いソフトだった。画面に迫る犬の顔や身体をタッチすると、犬も楽しそうに反応する。コミュニケーションというものを一段階深めたソフトだった。
宮本は笑う。
「犬、可愛いなー。この可愛さが伝われば良いなー」
ninten dogsをはじめとしたニンテンドーDSのプロモーションはE3をはじめとした多くの場所で好評を博したものの、前評判ではやはりソニー陣営のプレイステーションポータブル(PSP)の方が勢いは優勢だった。
映画並みのグラフィックを携帯機で実現したことを褒め讃えられるPSP。
一方で岩田は思う。
(違うんだ、ゲームは映画とは違う、そっちの方向には未来がない)
だが、岩田は本当に新しい未来を描けるのか。不安に思っている社員がいるのもまた事実だった。それも岩田は知っている。
岩田は新しく出来るだろうゲームらしくないゲームを総して「タッチジェネレーション」と呼ぶ計画を練っていた。ジェネレーション、「新しい世代」「色々な世代」。それを任天堂が担っていくことを期待して。
その象徴として一つ大きなソフトが欲しい。岩田はある計算ドリルを前に、一つのソフトの構想を考えていた。
そしてPSP、DSそれぞれの発売日を迎えることとなる。
PSP発売日。
若者の街シブヤ。ファッションの最先端。その渋谷駅前に面したSHIBUYA TSUTAYAで発売カウントダウンイベントが行なわれた。それを待ち望む群衆の渦。
「おい、これ俺たちの番が来るまでに売り切れるんじゃないか?」
「確かにな、これほどとは」
「とうとう任天堂の携帯機の牙城も崩れるか。歴史的な記念日に俺たちはいるのかもな」
なんとソニーグループの社長の久多良木健が自ら店頭に立ち、来店したお客に発売されたばかりのPSPを手渡していた。
「ありがとう、ありがとうございます。PSPをソニーを、これからもよろしくお願いします」
それとは対照的にDSの発売日、任天堂の岩田社長は店頭にも社長室にも居なかった。
PSPは発売当初から品切れ続出、爆発的スタートダッシュを見せる。それに対してDSは店頭に在庫が残っているなど、ややスタートに苦戦していた。序盤戦を征したのはPSPとユーザーもゲーム記者たちも結論付けていた。
*
ではDS発売日、岩田はどこへ行っていたのだろうか?
実は岩田は単身東北へと向かっていた。東北大学未来科学技術共同研究センターという舌を噛みそうなところへ。
そこで一人の教授と、稀有な出会いをする。
教授と岩田はそれぞれ名刺を交換した。
「川島隆太です、よろしくお願いします」
「岩田聡です、本日はお時間をお借り出来てありがたいです。お願いします」
川島は思わず口に出してしまう。
「お若いですね」
岩田は謙遜気味に
「川島教授も若くして教授になられておいでで。確か僕と川島さん、同期でしたよ」
川島は少し照れてから
「いや、そうじゃなくて。実年齢よりも随分と活動的でパワフルで」
「いや、僕なんて地味なおじさんですよ」
川島はこほんと咳をして
「ほんとですか? まぁ、そこは置いといて本題に入りましょう。30分しか時間がないのだから。この試作品が本当に脳に良いかどうかの検証ですね。やってみましょう」
そう言ってニンテンドーDSを受け取る。
試作品を受け取り黙々と遊んでいる大学院生。思ったよりも脳年齢判定が年上で、がっかりしているようだ。
岩田は言う。
「どうです?」
川島は答える。
「んっ? 良いんじゃないですか?」
岩田の表情はパッと咲き
「そうですか!」
川島はちょっと楽し気に
「あんなにあの子が真剣になってるのはじめてです。人を夢中にさせる、正にゲームの魅力ですよね」
岩田は、はははとなり
「いや、そうじゃなくてこのソフトが実際に脳に良い効果があるかどうか……」
川島は笑う。
「そんなに焦らないで」
改めて面談室に岩田と川島は差し向かいになる。お茶とブルボンのチョコクッキーがお茶菓子に置かれていた。しかし、岩田はなかなかそれを取る気分になれない。一刻も早く結果を知りたい。その為に社長自ら出向いたのだ。
「どうでしょうか?」
川島はどんと胸を張って
「このソフトは大丈夫です。ちゃんと脳に効いているから、商品化できますよ」
正に一流の脳科学者からのお墨付きだった。
岩田は深く礼をして
「ありがとうございます」
川島はそれから
「ところで岩田社長、なんですか? わたしをポリゴンにしてキャラクターにしたいとかいうのは」
そんな雑談もあって、三十分の予定が三時間もの滞在になってしまった。しかしそれも楽しく、充実したものなのだから損ではない。岩田は改めて礼を言う。
「川島さん、ありがとうございます」
川島も応える。
「いや、こちらこそ楽しかった」
岩田は言う。
「ぼくたち世代が同じなのもあって波長が合うんですかね」
川島は岩田を見つめながら
「いや、楽しかったです。岩田さんはもちろん、この試作ゲームも。でも売れるかなぁ」
岩田は和やかな中にも真剣な顔をして
「しょうじき、僕も分かりません。このソフトにあるのは公文のような計算ドリルとパズルを中心とした今までのゲームにはないものですから。でも【わからない】っていうのが良いと思うんです。ぜんぜん売れないかもしれないし、もしかしたら」
川島はその言葉を繰り返す。
「爆発的ヒットも? いやいや」
だが、岩田は満更でもない。
「そしたら川島教授、世界中の有名人になっちゃうかもしれませんよ」
*
こうして岩田肝いりのソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」通称「脳トレ」が発売された。
しかし発売初週の売上げは約4万5000本とパッとしないものだった。任天堂社員たちに失望の色がこもる。
「やっぱ売れないんだな。新路線は」
「今から従来の路線に戻す、立て直すのにどれだけ時間がいるんだろうか」
「やっぱり新社長には荷が重いな。僕たちがしっかりしないと」
だが、「脳トレ」は毎週ランキングに居座りコンスタントに売れ続けた。まるで大人版ポケモンのようなロングセラーになっていた。今までの任天堂とは何かが違う。「タッチジェネレーション」と呼ばれる新しい任天堂ソフト群は、少しずつその違和感を期待値に変換しながら売れていった。
PSPとの闘いも、何時の間にかDSが大幅にリードをしていた。PSPが思ったよりも伸び悩んだのもあったが、何よりもDSが爆発的にヒットし始めたのだった。
そして「脳トレ」が一番売れた日。それは従来のゲームにはなかった奇跡の一日と言っても良いものだった。
電車の中、DSを遊ぶサラリーマンの男。思えば、電車内でゲーム機で遊ぶなんて今まで無かった。そんなことに気付かずにごく平然と遊んでいる彼がプレイしているのは脳トレ。
「よしっ!」
脳年齢が若い方向に更新されたことに心の中でガッツポーズで喜ぶ彼だった。
「俺もまだまだボケ課長なんて呼ばれてたまるか!」
と思いつつ、また、ふと、故郷の母が浮かんでしまった。
「施設に入ってるんだよな。大丈夫かな。ボケてないかな。退屈してないかな。寂しくしてないかな。うん、そうだ」
「脳トレ」が一番売れた日。それは敬老の日だった。そして父母に送られた沢山のDS本体と「脳トレ」の一つに、岩田弘志、岩田聡の父へのものがあった。
だが岩田の父は、憮然と
「もう、持っとるわい」
なんて笑っていたそうだ。




