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起こせ! レボリューション!

 岩田聡と歩く道

      起こせ! レボリューション!


 岩田は海外の公演GDCに登壇した。

 そこで名刺を懐から出して開口一番「on my business card, I am corporate president.」(名刺の上では、わたしは社長です)それから自らの側頭部を人差し指で差し「in my mind , I'm a game developer」(しかし頭の中では、わたしはゲーム開発者です)そして胸に手を当て「but in my heart, I am a gamer」(そして心の底では、わたしはゲーマーなのです)と挨拶した。


 任天堂DSをヒットさせ時の人となった岩田に、ヒュウと言った口笛と大きな拍手が送られた。


   *


 2006年、競馬ではディープインパクトが日本競馬を席巻し、社会では荒川静香がトリノオリンピックで金メダルを取った時代。

 携帯機ではDSが安泰なものの、据え置き機では未だプレイステーションが圧倒的に有利な状態だった。次に課せられた岩田のチャレンジは、テレビとつながる据え置きハードをヒットさせることだった。


 何時ものイタリアンレストラン「CHIASSO」で岩田と宮本は会談していた。


 岩田は言う。

「これまでのテレビってどんどん個人に普及していったよね」


 宮本はサラダをつつきながら

「そうやな。ウチの娘なんて小学生から自分の部屋にテレビなんか持ってたけど、僕の時なんてそんなん考えられんかったわ」


 岩田はスープを飲みながら

「それに連れてテレビゲームも個人に向けたものになっていったんだと思うんだ。私小説的というか」


 宮本は口をもごもごさせ

「うんうん」


 岩田は前を見据える。

「でも」


 宮本もまた真剣な表情になり

「でも?」


 岩田は言う。

「最近になって薄型のハイビジョンが流行って来たよね。これからリビングにおっきなテレビが出てきて家族が集まる機会が増えると思うんだ」


 宮本はうなる。

「分析するねぇ」


 岩田は続ける。

「更に薄型だから、家族がなにか運動したりするスペースが出来ると」


 宮本は少しおどけて

「うん、それこそビリーズブートキャンプやねぇ。カモン!カモン!」


 岩田はそれでも真面目に

「うん、そこを狙って今ハードを作ってんだ」


 宮本はスパゲティのトマトにフォークを突き刺し

「うん……コードネームレボリューションやね」


 岩田は応じる。

「そう、大型のリビングテレビの前で家族が揃って遊べるような」


 宮本は笑う。

「けっこうめちゃくちゃ無茶をしたハードだと思ってたら、なんや、もしかすっとファミコン、ファミリーコンピューター、家族のコンピューターへの先祖返りかも知れんね」


 岩田は手を組んで

「そのためには」


 宮本は「うん」と言う。


 岩田はにこやかにだが、眼光鋭く

「何をすればいいと思う?」


 宮本もまた真剣に

「お母さんを困らせない、怒らせないハードやね。電源を抜かれたらおしまいやもん」


   *


 ファミコン、スーパーファミコン、プレイステーション、プレイステーション2と、今までのハード開発は高性能化、グラフィックの強化に集中されていた。たとえばファイナルファンタジーやグランツーリスモの美しいグラフィックがユーザーを惹きつけ、プレイステーションの牙城を築き上げていた。対抗する任天堂も、いつの間にかグラフィック至上主義というソニー陣営の土俵でもがいていたのかもしれない。それを変える。岩田は別の方法でユーザーを集める方法を模索していた。なにせ岩田は高校の時にグラフィックなど赤い数字しかない電卓コンピューターからゲーム作りをはじめた、ゲームの原始的な楽しさを誰よりも知る人だったのだから。


   *


 コードネームレボリューション開発現場は騒然としていた。


「岩田さん、むちゃですよ」


 岩田の前にはDVDケースが3枚積まれていた。岩田は真面目な顔で言う。

「いえ、レボリューションのサイズはこのDVDケース2、3枚にしてください」


 スタッフの困惑は極まる。

「だって性能が上がるたびに、ハードの大きさが上がるのは当然のことじゃないですか。より良いスペックはより大きなハードに。意味が見出せません」


 岩田は思わず熱を込めて

「違うんだよ。ハイコスト、ハイパフォーマンスは誰でも出来る。僕たちが目指すのはローコスト、ハイパフォーマンスだ。ハイスピードでも燃費の悪いF1カーじゃなくて、燃費も良くて小回りも効く操作性の良いファミリーカーみたいなハードだ」


 他のスタッフが反論する。

「でも、そうすると任天堂自慢のハードの頑丈さが損なわれるのでは?」


 岩田は押し通す。

「そこもクリアするんだよ」


 スタッフは反論しつつ、その熱に当てられていた。

「無茶な……でもやれるだけやってみますよ!」


 試行錯誤もあって、レボリューションは驚くほどコンパクトなハードになった。家庭でインテリアの一部として溶け込む、四角い箱のゲームキューブとは対照的な、主張しないハードの外観が生まれたのだった。


   *


 更に現場をこんな混乱に落とすこともあった岩田だった。


 岩田はこう切り出す。

「親がゲームを【1日1時間】と決めたら、ゲームを始めて1時間後に、ほんとうに電源が切れてしまうという仕様はどうだろう?」


 悲鳴に近い反論が飛び交う。

「岩田さん正気ですか?」

「岩田さん冗談ですよね」

「いくらなんでも、電源が切れて遊ばせないなんて」


 岩田はどしりと

「僕は本気です」


 とうとうこんな意見も爆発した。

「ゲーム会社の社長としてあるまじき発言です!」

「ゲーム会社がゲームを遊ばせなくするなんてナンセンスですよ」


 それでも岩田は譲らない。

「つまり、家族が幸せであるゲーム機を目指したいんだ。親の言うことを聞かないでゲーム中毒になるお子さんを作るのは、どうだろう?」


 岩田の極論をはじめとした議論は揉めに揉めた。もちろん岩田の提言は却下された。だが、議論自体は無駄ではなかった。レボリューションにこのような仕様が組み込まれるようになったのだった。


 最終的にゲームをプレイした「プレイ履歴」を残す。このプレイ履歴はプレイヤーには削除できない。これによって家族同士の話し合いを促し、ゲームのプレイ時間をコントロールさせる。


 極論をぶつけることで議論を活発化させ、良い案を生む。岩田の作戦勝ちだった。


   *


 そして何よりもコードネームレボリューション、正式ハード名Wiiが画期的だったのはコントローラーだった。

 Wiiリモコンと呼ばれるテレビリモコンのようなデバイスは、握ってラケットを振るように動作するとテレビ画面のキャラクターもテニスラケットを振り相手にスマッシュを浴びせる。リモコンをタクトのように振ると、画面の指揮者もタクトを振り、音楽が奏でられる。ボウリングを投げる動作をすると、画面の中でボウリングボールが投げられ、ピンが跳ねる。


   *


 だが、その画期性ゆえに理解されないで売れないというリスクもあった。

 そこで岩田は考えた。

 「社長が訊く」という企画を。


 糸井のほぼ日のライター、永田は後にこう振り返る。

「「Wii」という新しいハードをリリースするにあたって、岩田さん自身がインタビューアーとなって任天堂の開発者たちを取材するというかなり規模の大きなコンテンツをつくることになり、その起ち上げの構成と編集を任されたのだ。岩田さんはなによりも、大事なハードを世界に向けてリリースする間際で、「このハードになにを込めたかということ」を、じぶんたちのメディアから直接(「直接!」)、ユーザーに伝えたいと思っていた」


 後に連綿と続く「社長が訊く」シリーズ。「社長に訊く」ということはたくさんある企画だが、社長が開発者にわざわざ聞いてインタビューするというそれは、正に前代未聞。インタビューの中で岩田の肉声を聞いたユーザーは心を躍らせた。


 とある、まとめサイトにユーザーの肯定的な書き込みが纏められた。

「へぇ、Wiiって、ゲームってそこまで考えられて作られてるんだ」

「なんだいなんだい、随分専門的な話なのにわかりやすいな」

「岩田社長? あの人が難しくなりそうなところをかみ砕いて翻訳してるんだよ。頭の良い人は小難しい理論を繰り返すって世間は言うけど、本当に頭はいい人はこういうことが出来るんだな」

「ここまで内部のことを語っちゃって良いの? ほとんど企業秘密レベルじゃないの?」

「任天堂って硬いイメージあったけど、なんか意外だな。これで風通しが良くなると良いな」


   *


 社長が訊くの後押しもあって、Wiiは爆発的にヒットした。アメリカではオバマ大統領がホワイトハウスに持ち込み、イギリスではエリザベス女王がWiiスポーツにはまったりした。

 今までにないセレブ層にもアピールしたWiiだが、このようなことも起こっている。


 マイケルは老人ホームで暮らしている。毎週決まったウインナーと食パンを食べ、活気のないリビングルームでフットボール中継を観ながら愚痴をこぼす。

「昔は良かった」

「俺の時代のあの選手は、今ならこんなクソッタレには」

「なんか最近つまんないんだよね。テレビも新聞も」


 だが、その日は違った。

 屋内運動場に大型の液晶テレビを7台横一列に並べられている。

 そこに老人たちが集まり、わいわいとやっている。

「何をやってるんだい」

 マイケルは聞く。

 老人の一人が答える。

「ボーリング大会だよ」

「へぇ、混ぜてくれよ」

 Wii sportsのボウリング。

 マイケルは本格的に助走をして、Wiiリモコンをアンダースローのように振る。

 ボールは転がって。

 それからワッと声が上がる。

 活気。熱気。

 今までマイケルもそこにいる全員が忘れていた熱い想いが込み上げてきた。


 岩田は大きな手ごたえを感じた。今までにない女性や老人までが、任天堂DSやWiiを手に取っている。ゲーム離れとの闘い、ゲーム人口の拡大、を果たすことが出来た。だが、その絶好の中でも岩田は手綱を緩めない。ゲームとは、娯楽とは飽きられるものでもあるのだ。岩田は絶頂の先に、荒波が来ることを密かに予感していた。

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