岩田聡の見る夢は
岩田聡と歩く道
岩田聡の見る夢は
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2000年、競馬ではテイエムオペラオーが古馬グランドスラムを達成し、シドニーオリンピックでは高橋尚子がマラソンで金を獲った時代。
それは岩田が任天堂に来て間もない頃。
岩田は建てられたばかりのピカピカの任天堂のビルの社屋。更にピカピカに輝いていた社長室で、任天堂社長山内溥と会談していた。
岩田は山内に問う。
「あの、取締役経営企画室長なんて役職もらいましたけど、何をすれば良いんです?」
山内はあっけらかんと
「役職に意味なんてあるかい? もともと外様な岩田クンだ。大事な雑用、あれこれ、何でもござれ。謂わば『何でも屋』だな」
岩田は思わず
「何でも屋、そんな……」
「そうだ、まず便所掃除からでも始めるか」
「ちょっ。ちょっと待ってください」
秘書がたまらずクックッと笑う。
「ごめんなさい、山内社長、岩田さん、こんなに楽しそうな社長見るの久し振りで。いえ、岩田取締役経営企画室長さん」
岩田は
「ははは」
と笑う。
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街の通りに、玩具屋に、デパートに、小学校に――至る所にピカチュウはいた。
ハンバーガーのポケモンのおまけには、小学生が群がり、テレビでは真面目にサタニズム的と批判された。その熱狂はここがアメリカということを忘れてしまうくらい熱かった。
後年ポケマニアと名付けられる大ブーム。
しかし、同時にその反作用も尋常ではなかった。
ポケモンプロデューサー石原恒和は、あるピカチュウを前に茫然としていた。
目と目が異様に離れた不細工なピカチュウは、スイッチを押すと「ピカァ」という鳴き声と共にその眼を黄色く光らせた。
紛い物。海賊品。
当初は、石原らも何とかしようと抗議やリサーチを続けたが、ブームが加速するとともに比例して増えていくそれらに如何ともし難かった。
ノンブランドの海賊品は、メーカーの利益を目減りさせるだけでなく、楽しみにしていたユーザーに質の低い製品を売りつけることになり、ブランドの低下を招く。
ゲームの黎明期に詳しい石原の胸に、「アタリショック」というワードが浮かんだ。
嘗てファミコンの前の時代、コンシューマー機としてアメリカで一世を風靡したアタリのゲームマシンは、粗製乱造されるコピー品や質の低いゲームによって、ユーザーに呆れられ、やがて彼らは離れていき、市場が崩壊した。そこに取って代わったのが皮肉にも任天堂のファミコンだったのだが、ポケモンもまたアタリの様に消えていくかもしれない。「悪貨は良貨を駆逐する」ポケモンは正にこのフェーズに入っていた。
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相談を受けた岩田はじっと手を見る。
「そうですか。石原さん。お辛いですね」
石原はグッと堪えて
「一番つらいのが何も出来ないことです。ポケモンは僕たちのキャパシティを超えて発展してしまった。もう僕ではなにも出来ません」
岩田はじっと前を見る。それから
「石原さん……まだどうにかなる。いや、どうにかさせます。権利関係をまとめた会社を作りましょう」
石原ははっとして明るい表情になる。一瞬。だけど夢から目覚めたように
「岩田さん……無理ですよ」
岩田は言う。
「大丈夫。任せてください。奇しくもこれが僕の任天堂での初仕事になりそうですね」
石原は言う。
「岩田さん、どれだけの企業がこのポケモンに出資してるかわかってるんですか? それぞれの利害を線引きしつつ、それで出る批判を胸に受けつつ、やるなんて僕には出来ません。岩田さんにだって。MOTHER2とは違うんですよ」
だが、言っている内に岩田のMOTHER2での八面六臂の活躍が思い出されていく。彼なら出来るかもしれない。彼は石原にとってスーパーマンだから。
石原は言う。
「どうして、そこまでしてくれるんですか」
岩田は応える。
「どうしてって。共にゲーム開発で戦った戦友の頼みじゃないですか」
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ある企業との交渉は至難を極めた。岩田の言い分を聞くと、ポケモンでの利益が減ってしまうのだ。簡単には首を折らない。
「ダメですよ。ポケモンはあなただけのものではありません。売れるかどうかも分からない時から、ここまで育ててきたわたし達の努力もあるのです。利潤はその裏返しです」
岩田は説得を続ける。
「確かに短期的に見れば、損をするかもしれません。だけどあの会社にもう少し利益分配すれば、全体的にポケモンブランドの価値は上がります。なにせあそこは小学校に強い企業ですから。その小学生が次に御社の会社の製品を買うと思えば。WINWINです」
「それはそうかもしれないが。うさんくさいな。わたしには信じられません」
岩田はそれでも折れずに
「ではデータを信じてください。ポケモンのファン層を調べたリサーチデータ集です。御社の得意とする分野と照らし合わせると……」
「なるほどね。データはわかったが、一つ良く分からないことがある。なんであなたはこれ程までに新会社設立にこだわるのですか? 任天堂が得をするといっても、直接傘下に入れた方がよろしいのではないかと」
それからハッとする。不味いことを言ってしまったか。ポケモンの利権を取られてしまう。任天堂に。
岩田は優しい目で
「私はポケモンには愛着があるんです。ポケモンを作った一部のスタッフは、僕と一緒にMOTHERってゲームを作った仲なんです。僕と糸井さんが描いた夢、その延長上に彼らの夢が続き、あなた達も夢を見て、それでそれが遠く海外、世界中の夢になるなんて素敵じゃないですか。その為には、合意や妥協が必要なんです。歩み寄って、分け合って、それでポケモンを守れる権利関係をしっかり築く。それが出来ればポケモンは20年、30年と続く。もしかするとディズニーを超えて100年は続く。僕はそんな夢も見てます。その夢が叶えば御社にも十分な見返りが返ってくると思うのですが」
「そっか……」
沈黙が続く。取引相手は会談が終わるサインの様にタバコに手を出し、ライターの火を点け。
「打たれたよ、岩田さん。岩田さんの方向でよろしく頼むよ。けっきょくのところ、私は数字しか見れない堅物だから、あなたの描く青写真がどれだけ綺麗で、交通整理されているかはわからない。それでもあなたの熱は伝わった。これからも一緒に仕事させてください」
こうして株式会社ポケモンセンターは誕生した。
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Today is the worldwide debut of Nintendo GameCube , I would now like to call Mr Iwata.
(本日はニンテンドーゲームキューブの世界的なデビューに当たります、その解説に岩田さんを呼んでみましょう)
E3(Electronic Entertainment Expo)という世界的なゲームの見本市。ロサンゼルスで行われる世界最大のゲームのトレードショーで、巨大な会場内は各企業のブースや垂れ幕で覆いつくされている。
その会場の任天堂のショーに、岩田は颯爽と登壇した。
Thank you Peter and welcome everyone. All of us at Nintendo who have been working on the GameCube project over the past several years are excited to be able to share the magic you today.
(ピーターさん、ありがとう。そして皆さん、ようこそ。過去数年間、ゲームキューブプロジェクトに取り組んできた任天堂のスタッフ一同、今日皆さんにその魔法をお届けできることを大変嬉しく思っています)
岩田はカタカナ英語的な発音で、にも拘らず堂々とした口調で、英語でスピーチする。
岩田は高校時代は英語が苦手だった。それがHAL研社長時にアメリカ出張を繰り返すことでそれを自然と身につけ、今では自身でスピーチの内容を考え、それを大観衆の前で披露する英語力を身につけている。
ステージの周りにはそれぞれゲーム通のアメリカ人の記者が100人以上どっと取り囲んでいる。
熱いスポットライト。カメラの光。
きっと少年時代の岩田には想像すら出来なかった光景だろう。
Today some games graphics already are as realistic as television, there is not much more designers can do to impress players only with pictures. Here is another problem, in our industry game looks too much same
.(今では、ゲームのグラフィックはすでにテレビのようにリアルなものもあり、デザイナーがグラフィックだけでプレイヤーを感動させるためにできることはあまり多くありません。ここにもう一つの問題があります。私たちの業界では、ゲームがどれも似たり寄ったりなのです)
岩田がそう言うと、会場に軽い笑いが起きた。
ジョークにしたくなるほど、皆、高スペック、美麗グラフィックでありながら何処か金太郎の似たようなゲームに飽き飽きしている。
皆、同じ問題意識を持っている。
「イケル」と岩田は踏んだ。スピーチを続ける。
At Nintendo, we feel an obligation to fight these trends. And how do we do that with what we called the ”Nintendo Difference”.
(任天堂では、こうした風潮に立ち向かう義務があります。そして、私たちが「Nintendo Difference」『一味違う任天堂』と呼ぶものによって、それをどのように実現しているか)
会場内に咳払いが目立つ。
思ったよりもこちらのことに注目していない。
岩田は必死に話を盛り立てようとする。
Mr Yamauchi always tell me we should achieve something that bring fresh surprise and joy, I like that.
(山内社長はいつも、フレッシュな新鮮さ、サプライズの驚き、ジョイの喜びをもたらす何かを成し遂げるべきだと言います。私はその言葉が好きです)
岩田は山内の言葉を引き出した。
予定では熱狂で迎えられると思ったその言葉は、しかし何処となく乾いた笑いにしか繋がらなかった。
山内社長はもう今では通じない、昔のものと思われている?
岩田の背広の中に鈍い汗が滲んだ。
We are working to the best entertainment company anywhere.
(私たちは世界のどこよりもベストなエンターテイメント企業として動いています)
岩田はスピーチをこの言葉で締めた。
それにはプレイステーションのソニーに加え今年から参入するxboxのマイクロソフトへの、古参からのプライドがあった。
だが、それへの拍手は思ったよりもずっと少なかった。
何処か残念そうな顔が、観客にも岩田にもあった。
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壇上から帰った岩田を山内が労う。
「良くやったな」
岩田は言う。
「いや、宮本さんがスピーチに時間を割く労力を減らすために、ゲーム開発に専心させたいからと言ってやったんですけど。お役に立てなくて申し訳ない」
山内は笑う。
「いや、理路整然としたスピーチだった」
その笑いを何処か遠くに置いて
「それでああなのは、現在の任天堂がこれっぽちなのか、或いはゲーム業界が斜陽なのか、どっちかなのだろうな」
山内らしくない弱腰の姿勢だった。疲れているのかなと思いつつ、岩田にはかける言葉が見つからなかった。
「いや、岩田クンは良くやってくれた」
却って励まされてしまっている。
岩田は背中を伝う汗に冷え冷えとしながら思った。ここからが正念場だぞと。
パソコン雑誌アスキーにこのような記事が載った。
E3での好評に準じたインタビューという体で。タイトルは華々しいものだった。
「次世代ゲーム機の覇者は、ゲームキューブです」
しかし、当の岩田はどこか冷めていた。
専門用語の羅列と堅苦しい勝利宣言の記事、これが自身の求めるメディア戦略なのだろうか。いや、メディア戦略という言葉自体が可笑しい。僕たちはもっとユーザーの目で見て、もっと共に繋がらねばならないんじゃないだろうか。僕たちは変わらねばいけないんじゃないだろうか。答えの出ない自問自答が続く。
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ゲームキューブは発売されたものの、非情なほど売り上げは振るわなかった。
ニンテンドー64よりも、任天堂は更にゲームのシェアを落とし、ライバルのプレイステーション2に大きく水を開けられることとなった。
任天堂史上でも最大級の誤算。
オモチャ的なキューブ状のデザインが、家電としてゲーム機を求める層と違っているとか、サードパーティが軒並み不参加でソフト層が薄いとか、巷では文句が飛び交った。だが、岩田はその中、なにかその奥のどうしようもないゲームの病巣を見つめていた。
そのさなか、逆転の切り札とされていたのが、スマッシュブラザーズ最新作、スマブラDXだった。だが、その開発も困難を極めていた。
桜井は苦境に立っていた。
もう、HAL研の力ではスマブラ規模の作品は作れない。
自身の現状での限界も感じる。
そんな状態だった。
桜井はじゃぱん亭ののり弁を食べながら思う。
「もう少しなんだ、ここをデバッグしきれれば。だけど、それが遠い」
そしてまた思う。
「こういう時、あの人がいればな」
正にその時、救いの電話が鳴った。
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「どうもこんにちわ」
岩田は桜井の用意したお茶菓子をバクバクと食べ、元気そうに笑う。
「HAL研のみんなも久し振り。僕は元気でやってます。みんなも元気で。って今は正に残業続き、徹夜続きでしんどいか」
HAL研スマブラ開発室。
そこにはコードレビューというバグチェックで奮闘する岩田の姿があった。
「桜井さぁ、岩田さん、もう任天堂にいるんでしょ。こんなんやってていいの?」
「それどころか岩田さん、プログラム業なんて最近やってないでしょ? それでもここまでやっちゃうなんて」
それを横耳で聞いた岩田は言う。
「これが最後のプログラミングかもしれないね。またHALでコンピューターいじれて楽しいな」
岩田は笑う。
「桜井クン、こうしてるとスマブラの原型……なんだっけ? そうだ格闘ゲーム竜王っていうプロトタイプ作ってたこと思い出さないか?」
桜井は応える。
「あっ、ちょっと」
岩田は流れるように
「ちょっとかぁ、ちょっとかなぁ」
岩田は桜井の目を見て
「大丈夫。スマブラは完成するよ。君はそう思っているんだろう。僕は君のゲームの完成までを見通す眼って言うのをとても信じてるというか、感心してるんだ」
そうやって岩田の緊急登板の甲斐もあり発売されたスマブラDXはゲームキューブでNO1の売り上げを誇るキラーソフトになった。
しかし、いかんせん多勢に無勢。
ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト、メタルギアソリッドと言った人気作を誇るプレイステーション2にはその勢いに勝てず、任天堂の落日、もしかしたら終焉まで嘆く声も多かった。
そしてそれは実質上、任天堂社長の山内の退陣を促すものだった。
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山内は岩田に問う。
「最近、ゲームが面白くなくなってきた。それについて滾々とあんたに語ったが、覚えているか?」
岩田は少し黙してから応える。
「もともと僕らが作っているのは生活必需品ではなく、究極に言えば『なくてもいいモノ』。ヒトにとって遊びは必要だけど、それがテレビゲームである必要はまるでない。
よく『携帯電話にお金をとられた』という論調があるが、ある種、娯楽の本質を見逃している。つまり『他のことをやるよりもテレビゲームが面白い』と思われていないだけ。
どんなにお金がなくても、すごく面白ければ借金してでも買うはず」
山内は口角を緩めて言う。
「よく覚えてるな」
岩田は続ける。
「ここからは僕の持論も含みますが、いまのゲームって、ものすごく複雑で大きくて、やるために構えなくてはならないものが多くなってしまって……僕もなにかゲームをはじめようと、テレビの前でコントローラーを握っても「やるぞ!」という物凄いエネルギーがないと遊べなくなっているというか」
山内はふぅと息をつく。
「俺は自分ではゲームを遊ばん。岩田クンは俺よりもゲームに近い位置にいるんだな」
それから続けて
「実際に入ってみて任天堂という会社をどう思った?」
岩田は率直に応える。
「不思議な会社で、ものすごく古くさいところと、さばけて現代的なところ、ものすごく固くて、ものすごく柔らかいところが同居してる。いまもすごいパフォーマンスがあると思うんですけど、もっともっとできる潜在能力があると感じてます」
山内は少し苦く
「まるで俺のような古くさい部分は切除しろとでもいうような発言やね」
岩田は慌てて
「いや、そういうわけじゃ」
山内はふぅと息を吐いて
「わかっとる。俺の方法もそろそろ通じない時代になっていることを、最後にもう一つ聞く」
「岩田聡、あんたにとってテレビゲームとは何だ」
岩田は応える。
「テレビを、人を驚かし、喜ばせるものに変えるものがテレビゲームだと思います」
少しの沈黙。続いて
「それに、自分の生き甲斐でもあり、悪夢の源……」
山内はにやりとして
「悪夢か……」
岩田は手を組んで
「呪いかもしれませんね。僕はゲームを通じて人を喜ばさないと生きていけない」
山内は笑った。
「うむ、社長採用試験合格だな」
岩田は居をつかれてどもってしまう
「さっ、採用試験?」
「ああ」
岩田は続きを促す。
「で、社長は僕をどこに採用に」
山内は口角を緩めたまま
「いいや、社長が採用するんじゃなくて、あんたを社長に採用する試験だよ」
岩田は驚く。
「僕を社長にですか? 外様のHAL研からやって来た僕を?」
多くの人が予想した次期社長候補はアメリカにいる山内の娘婿だった。任天堂は親族経営だったはずだからだ。
岩田は信じられないように
「良いのですか?」
山内は目をつぶって
「これが俺のする最後のギャンブルだ」
岩田は思わずつばを飲み込む。
山内は相変わらず堂々とした声だ。
「慧眼と呼ばれたな。大丈夫。あんたなら出来る。嘗てのHAL研のように新風を巻き起こしてやれ」
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翌月、経済誌に任天堂の新しい社長に岩田聡が選ばれたという記事が踊った。
記事の中には弱冠43歳という若さ。岐路に立つゲーム業界を背負うニューリーダー。など書かれていたが。
多くの人が思ったのは「岩田聡、誰それ?」というものだった。
まだ岩田聡の歩む道を誰も予想することも出来なかった。




