爆弾
岩田聡と歩く道
爆弾
任天堂の切り札とされる宮本茂。コピーライターとして一世を風靡した糸井重里。そして若き敏腕経営者と呼ばれる岩田聡。
三者が糸井の事務所に集まって、「ああでもない、こうでもない」という取り留めのない雑談をしている。
三人の前のテーブルにはボウル一杯の麦チョコ。岩田の好物だ。麦チョコとは膨張した麦にチョコレートをコーディングした素朴な味がするチョコ。お値段も安く、社長に相応しくないように見えて、岩田はそれを吸い込むように鷲掴みでガツガツ食べる。
岩田は宮本に問う。
「64は良いハードになりそうですね。マリオ64とゼルダ64、共にとても大がかりな3D表現に取組んでいるようで」
宮本はしかし顔を曇らせて
「いやな、岩田クン、どうも64は開発に癖があるようで。サードパーティも寄ってこないし、発売のリリースまでの期間も思ったより長くなりそうなんよ」
岩田もまた
「確かに開発のしにくさは感じますね。でも、使いこなせれば良いゲームが出てきますよ」
糸井は言う。
「MOTHER3も64で出そっか。ダメ?」
岩田は言う。
「考えときますって。何回言えばいいんですか。じゃなくて。今回言いたいのはですね」
岩田はそれから姿勢を正して眼鏡を顔に合わせて
「問題は制作現場の危機です。スーパーファミコンの開発現場は、必ずしも良いものではない。むしろ開発者にとっては酷いところが殆どです。納得のいく前に妥協してリリースされる商品たち。やりたくない仕事をせざるをえない現場。創作性なぞ、どこ吹く風。それが任天堂以外の殆どの会社の現状ですよ」
宮本もまた真剣な目をして
「まるでウチが恵まれているかのように。と言いたいところだが、ほんと、うちらは恵まれてるな。好きなソフトを出して、お客様も付いて来てくれて」
糸井は笑いながら
「ところでMOTHER3は……ごめんさい」
岩田は続ける。
「僕はチャンスがあっても良いと思うんだ。倒産危機の時に、僕たちに任天堂さんがチャンスを与えてくれて、ここまで再建できたように。カービィシリーズが根を張ったように。どうか、他の制作者も」
宮本は「うーん」と唸り
「それじゃあ、今度、山内社長に直接、聞いてみる? ちょうど社長も岩田くんに会いたがってるし」
*
山内はじぃっと岩田を見ている。見定められているのか、恫喝されているのか、岩田にはまだ慣れない。宮本も少し緊張している。「独創」と書かれた額縁の下、社長室に3人はいた。
岩田は緊張の面持ちで
「こういうわけで、今、ゲームを作っている多くのソフトハウスが、いかに悲惨な状況で仕事をしていて、先の展望も難しくて、開発者にとっては非常に辛い状況になっているか……」
それから岩田は提案を持ち出す。
「だから、今、新しいものづくりへのチャレンジを呼びかけてみるのはどうでしょうか?」
山内社長は、膝を打って
「それはいい」
と笑った。
岩田は拍子抜けに
「それは良い……ですか」
宮本は笑う。
「社長は、良いものは良いというタイプやからな。お気に入りの岩田クンがこんな素敵なアイデア持ってきたら飛びつくのも当然さやな」
*
岩田らを主軸にした企画は「ジャックの豆の木」と呼ばれた。お日様と水分を十分に与えられ、すくすくと育つ豆の木は大樹となり、やがて天空のきらきらの宝をジャックは手に入れるという物語。
具体的には、まず、ファミ通などの雑誌に公募を募り、人員を集めオーディションをする。それを潜り抜けた精鋭50名ほどでニンテンドー64のソフトを制作する。他社のような厳しい締め切りや抑圧もなく、自由に制作できるゲーム関係者なら誰もが一度は夢見る理想的な職場で、理想的なゲームを作る。そんな企画だった。
*
書類審査の紙束が積もっている。
岩田は思わず、
「うわー、いっぱい応募来ましたね、眼を通すだけでも大変」
糸井が笑いながらコツを伝授しようとする。
「それが、要領さえつかめば一枚目で切れますよ。例えば最初の3行だけでも、ほらこれなんか分かりやすくマーカーで目立たせて」
岩田は首をぶんぶんと振り
「いや、最後の最後の1ページで革新的なアイデアを放つかもしれない。付き合ってみますよ」
ひりついた数時間が経った。
へとへとの岩田を糸井は労っている。
「大変だったでしょ」
「糸井さんの言う通りでした。でもこれも経験しといて良かったです」
書類審査を終えた後は、面接試験が行われた。
糸井はおねだりポーズをして
「こちらは岩田さんの得意分野ですね! 頼りにしてます」
岩田も胸を張り
「普段、自社の面談で慣れてますからね。良い情報いっぱい引き出しますよ」
糸井ははははと笑い
「やっぱ手馴れてますね、岩田さん」
それから糸井はバックの白髪男を指し
「あれ? あのおじいちゃん」
宮本がこらこらとしながら
「こら! この人は横井軍平さん」
糸井は本気で驚いて
「えっ? あのゲームウォッチからゲームボーイまで作った?」
宮本は笑う。
「それにラブテスターに、マジックハンドもや」
岩田は手を差し伸べる。
「横井さん、お久しぶりです」
横井はそれを強く握る。
「いやー、あの時の若造がもう社長か。どうだい? 人を使う仕事について」
岩田は平身低頭で。
「なかなか大変です」
横井はコミカルな表情になる。
「なかなかかー、僕はやりたくないな。こういう仕事。発明王って自分で言えば下品だけど、発明家として生きてきたいな。さて、その卵はいるかな? ここに」
面接は超豪華メンバーで行われた。岩田、宮本、糸井に加えて横井軍平が参入、更にドラクエを開発した中村も加わる。
豪華メンバー。面談を受ける側もする側も、その時点でこのプロジェクトは「成功する」という確信を持つほどの。
*
そうして理想的な環境と理想的なメンバーで、夢のようなゲームを作るプロジェクトがHAL研を母体として東京で始動した。
しかしウキウキ顔でその部屋に入って来た最初のメンバーである山本には、衝撃的な光景が映っていた。
「なっ! なにもない!」
机が2つ、マッキントッシュが2つ、ワークステーションが1つ。
それだけだ。
山本はしどろもどろに岩田に抗議する。
「こっ、これじゃ、仕事どころか、お茶も飲めませんよ」
岩田は笑う。
「ここに創るんだよ。君たちの理想とする職場環境を。山梨から50万円持ってきたから、これで部屋を整えてよ」
とりあえず、秋葉原で冷蔵庫と棚を買ってきた山本だった。
「不安だ」
山本は2、3人の初期メンバーとしばらく共にいた。しかし、その、しばらく、が長すぎた。
山本は溜まらず聞く。
「他のメンバーどうしたんです、岩田さん」
岩田は鷹揚に応える。
「ああ、採用した時点で他に仕事が残っている人は、それにキリを付けた後に合流する風にしたよ。じょじょにフォーメーションを整えてくださいね」
しかし、岩田らのこの配慮が裏目に出た。チームの合流時期が違うことにより、モチベーションの在り方や、チームリーダーの選抜の切っ掛けが掴めないなど、問題が生まれたのだった。
「ここに来るんじゃなかった」
「困ったな」
「なんか意義の無い時間過ごしてる感じ」
チームは実に宙ぶらりんとなっていった。
*
煮詰められた室内で、どうにか沸いたアイデアがあった。
岩田は言う。
「キミ、この写真を撮るというアイデア、素晴らしいよ!これを軸にゲームを作ろう!」
長年の勘が告げていた。これで勝負すべきだと。
しかしジャックメンバーたちは乗り気ではなかった。
「えー、ほんとですか? 岩田さん?」
*
それから宮本がやって来た日だった。
「宮本さん、この写真を撮るってアイデア面白いですか?」
「宮本さん、これどう思います?」
「宮本さん! 宮本さん!」
岩田と宮本の思い描いた自主的にゲームを作るプロ集団の養成、という青写真は既に消えそうなくらい薄らいでいた。
*
「このゲームにつけるアクション、どうやって障害物を倒すか。どれが良いか? 各々ディスカッションして多数決で決めよう」
「まずは僕の案だけど」
長いプレゼンテーションの後、
「次は僕の案。とそれより先に夕食でも食べた方が良いな」
遅々として進まないゲーム制作に岩田も気付いた。
「このチームにはリーダーがいない。俺の言うとおりに真っすぐに走ろうと呼びかけるような」
宮本が毒を吐く。
「集団合議性になっちゃったね。誰でも受ける作品っていうのは、要するに棘の無いゲームってことだからね。詰まらないゲームしか出来んのよ」
岩田は大都会の夕日のビルディングを眺めながら
「思えば今回のプロジェクト、あの時の俺たちだったらなんて考えてたけど、僕も宮本さんもかなりワンマンリーダーとして場を仕切って作ってたんだ……」
*
山本は少し遅刻して開発室に入る。誰もいない。
部屋には散らかった麻雀道具と、出前のどんぶりが重なっていた。
「みんな、やる気ないのかよ!」
ここに来る前に山本は、以前の職場に失望していた。
こちらを顧みずに「あれをやれ」「これをやれ」と指示ばかりする上層部に嫌気がさしていた。
だけど、彼らから解放された僕らは、むしろ何をやればいいかわからない。
「くそっ!」
山本の怒りは虚しく響いた。
*
宮本はテストプレイをして吠える。
「なんじゃ、この障害物は? 写真を撮るのがメインのゲームなのに。それをこんな邪魔されてお客さんは気持ちいいんか?」
あるメンバーがおずおずと言う。
「だって、写真を撮るだけじゃ不安で。戦略性とか。リスクとリターンとか」
岩田がフォローする。
「創るのに不安になるのはわかるよ。だけど、もっと自信をもって。あと一押しすれば良いのが出来るから」
思いきった声がかかる。
「出来ませんよ! 何が面白いのか僕には良く分からない! なんか僕、こんなんに連れ込まれて、騙されたみたい!」
岩田はぎゅっと唇を噛んだ。
*
宮本と岩田は駅前の中華料理屋で塩ラーメンとタンメンをそれぞれ食べていた。野菜たっぷりなのは嬉しいが、少し味が濃い。
岩田は苦々しく
「失敗しちゃいました。どうも僕は、昔の自分がもしも好き勝手に作れる環境に居れたらなんて夢見てたけど。それは、万人の持つ夢じゃなかったようで。彼らと僕は違ってたようで。申し訳ないことをしてしまった」
宮本は麺をすすりながら
「このままでは失敗やろな。せや、どうせ爆発するならドカーンとな」
岩田はラーメン屋にかかるJPOPに耳を傾けながら
「僕が間違っていたんだと思います。これこそが理想だと思ってたけど。ほんとは」
次いでぎゅっと両手を合掌させ
「このプロジェクトの理念の旗を降ろすときが来たんだな。やっぱり、チームに核があって、この人の言うことを聞きなさい、っていうふうにすべきだった」
後ろの客がどっと騒ぎ出した。しかし宮本はお構いなく。
「僕はチームの中心に居るつもりはないよ」
岩田はただつぶやく
「宮本さん……」
宮本は続ける。
「僕はこの企画はほんものの爆弾になって欲しいと思ってる。爆発して業界を震わせるような。いっそのこと暴発してプロジェクトごと畳む用意をしてもええんかもしれないね」
岩田は藁にもすがる想いで
「なにかアイデアがあれば。この企画上手く行きそうなんですよ」
宮本は笑う。
「君によれば、アイデアは複数の問題を解決するってやつね」
その笑いに岩田は救いを見出して
「そうそう。宮本さんの直感を僕が言語化するとそうなるんです」
宮本は試すように
「確かに問題だらけやな。まずはカメラで撮る意義を感じない。単純に見栄えが良くない」
岩田が続ける。
「キャラクターに親しみが持てない」
宮本が冷徹に続ける。
「どの年齢層をターゲットにしているか不明確」
岩田が続ける。
「コレクション要素も欲しいが、特に収集したいものが見つからない」
「ここまでにしときましょ」
と宮本が言い
「さてさて……それらの問題を解決するアイデアやな」
「どうです?」
岩田の問いに宮本が答える。
「思いつかん」
岩田は息を吐く。
「ふぅ」
宮本がわざとおどけた調子で
「爆弾どかーんやな」
岩田はそれでも。
「僕は畳ませませんよ。このプロジェクト、きっと完遂させます」
ラーメンはいつの間にか平らげられていた。宮本と岩田は割り勘をする。
宮本は言う。
「任天堂の面白いとこやな。接待費出しちゃいかんとはな。割り勘も板について来たな。じゃな」
岩田も応える。
「じゃ、また後で」
岩田は思う。
何時も残されるラーメンがある。その時、量が問題だ、器が問題だ、接客が問題だ、などとしらみつぶしにしても答えは出てこない。問題は味にあったりする。反対に味さえ変えれば問題はすっかり消えるんだ。そういう根本的問いを解決する答えこそがアイデア。
僕に出来るだろうか。
宮本さんが本気になれば出来るんだろうか。宮本さん。
糸井さんも、同タイプの才能の持ち主だった。思えばMOTHER2の開発。あれは楽しかったな。フィールドでどうしても道をふさぐ必要がある。ならばタコの置物で塞ごう。それでタコけしマシンというアイテムを使えばそれを取り除けるようにしよう。これを使うと世界のどこかのたこ焼き屋のたこもまた消えていたりするんだ。
楽しかったMOTHER2の開発。あのような輝きはもう過去のものなのか。
その時ある顔がよぎった。
MOTHER2で共に制作を担当した同士、戦友、「君がいるだけで」が持ち歌の石原さん。
石原さん、確か彼はMOTHER2の開発の後、エイプって会社を解散して、田尻さんと一緒にゲームを作った。あのソフトを。僕も海外ローカライズに携わったっけ。そのソフトは……そうだ! それだ!
岩田は宮本に携帯電話をかけた。
「わかったよ、宮本さん」
宮本は不思議そうに応える。
「えっ? なにが?」
*
自動的にレールの上を滑るライドに乗ると、まずはハトのようでスズメのようなポッポが目の前を飛び立っていく。メンバーが画面で照準を定めボタンを押すと小気味よいシャッター音と共に写真撮影の成功が伝えられる。次いで黄色のピカチュウが楽しそうに目の前を踊り、二足歩行型猫ニャースが草陰から追いかけっこをし始め。
「うん、良い感じ」
「ポケモンかー、けっきょくはポケモンかー、僕たちのアイディアよりも」
「いや、写真を撮るというシステムの根っこは僕たちのもんだ、僕たちがポケモンを利用してるんだ」
「それよりも夢見ちゃった僕のケアを頼むよー。主人公キャラ、僕のデザインで採用って言ってたじゃん」
「はははははは、洒落になっとらんね」
一時期はそれこそ洒落にならない程の批判が飛び交った。元のデザインを担当していたメンバーは今にも首を吊りそうなほどにしょげていたし、「何だよ! 子供向けかよ!」という影にならない影口も聞こえた。
それでも、岩田はその路線を貫かせようと彼らを引っ張った。
そのうち初期メンバーだった山本が彼らを率いるリーダー役を買ってくれた。
少しずつ集団がチームとして纏まっていった。
ポケモンは少年たちに撮る動機を与えて、図鑑を完成させるコレクション欲を与えて、多彩なステージを生活圏にすることによって演出することを可能にした。
もちろん、ポケモンと岩田のコネクション。
田尻と共にポケモンを作った石原との間の絶対的な信頼関係、共に戦友と言えるようなものがなければ、実現しないような企画だった。
岩田の渾身のアイデアだった。
*
「なぁ? このゲーム、ローソンで写真プリントとか出来ないか?」
ゲーム画面で撮ったポケモンの写真が、リアルなものとして受け取れる。
そんな遊びが一言、口にされた。
リアルだからこそ、「こんなん撮ったんだー」って自慢できるし、ポケモンのように「この写真とこの写真、交換しよ」ということも出来るかもしれない。もしかしたらアルバムに入れて一生の思い出として保存されるかもしれない。
何気なく呟いたあるメンバーの言葉は、なんとも甘美に響いた。しかし同時に、発売日がもう決まっていて、時間的猶予が少ないことも彼らには身に染みてわかっていた。
「いやいやいやいやいや」
「なんつーかさー」
「無理ゲーじゃね?」
岩田は緩やかな顔で
「出来ますよ」
メンバーにさざ波が出来る。
「えっ? 嘘?」
「出来るって?」
「前代未聞じゃないか?」
岩田は誇らしげに言う。
「技術のHAL研ですから」
*
岩田と宮本は桜通りの京都を散歩していた。当時は「そうだ、京都行こう」なんてCMで桜とお寺がテレビに流れている時代だった。
宮本は活き活きと笑う。
「ポケモンスナップか、随分と手堅くまとめてきたなぁ」
ポケモンスナップ、レールに沿った乗り物にライドして沢山のポケモンの写真を撮り、図鑑を完成させていくゲーム。
岩田は自慢気に
「お気に召しませんでしたか」
宮本は笑いをこぼしながら
「少なくとも岩田さんのアイディアに沿って、こんなん作らせるために創った企画じゃなかったやろ」
岩田は桜を見上げながら
「宮本さん曰く、【爆弾になれ!】ですか。でも僕はそれでも彼らになんとかゴールまで走らせたかったんです。売れるゲームを出して、自信をつけて欲しかった」
宮本は言う。
「確かにこのゲームは爆弾とはちょと違うやろな。衝撃的じゃない。荒削りで丁寧で野暮ったく。そして人を笑顔にさせる。同じ火薬を使ったけど、ええ打ち上げ花火を作ったと思うよ。なかなかに綺麗やった」
そして続けて。
「岩田さんは、何かを壊すという僕の方向じゃなくて。必死に活かそうとした。火薬を制御しようとした。なかなか大変だっただろうけど、子供たちを笑顔にさせる光はあると思うよ」
宮本は桜を見上げては
「この祇園の夏祭りも見所やで。君も一緒に見てみん? そういう話、来ておるんやろ」
「そうですねぇ、うーん」
岩田はただ、京の桜を見上げていた。




