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竜王町で会いましょう

   岩田聡と歩く道


         竜王町で会いましょう


 1999年、競馬ではエルコンドルパサーが海外遠征を成功させ、SONYが小型ロボットペットAIBOを発売した時代。

 HAL研から出たカービィシリーズは、ゲームボーイ、ファミコン、スーパーファミコンと立て続けにヒットを飛ばし、その地位を不動のものにした。それは同時に岩田、桜井のHAL研の名声を高めることにも通じた。


「山梨に夢の理想郷を!」

 その理想は現実のものになっていた。


 だが、桜井の野望はそこに留まらなかった。「カービィシリーズ以外のヒット作を!」バンダナを巻いた桜井は、虎視眈々と機会を窺っていた。


 桜井は機敏に動き回る岩田の、ちょっとしたスキマを見つけて懐の案を持ちかけた。


 桜井は熱を込めて言う。

「今度は対戦アクションゲームを作りたいんです!」


 岩田はまだ煎れたてのお茶をすすりながら「それって格闘ゲーム? 格ゲーのことかい?」


 桜井はぶんぶんと首を振る。

「似ていますが違います。むしろ従来の格闘ゲームのアンチテーゼみたいな作品」


 当時はゲーセンでのストリートファイター、バーチャファイターなどの格闘ゲームが隆盛の時代。

 地方都市でも数階建てのビルディングで2階と3階のプレイヤーがバトルするような、そんなタバコ臭いゲーセンが山のように乱立していた。

 そしてその山が大きな音を立てて崩れようとしている悲鳴すらも聞こえる時代だった。

 その悲鳴に桜井は格闘ゲームの隆盛の裏にある危機感を感じていた。


 桜井は言う。

「格ゲーってマニアックなものになっちゃったでしょ? ↓→パンチとか、PPPPPPKKとか複雑なコマンドを覚えたり、初心者は入りにくくなってしまった」


 岩田は笑う。ユーザーのことを第一に考える。桜井の信念が変わっていないのが実に頼もしい。

「うん、桜井クンらしいアプローチだね。でもそれでゲームが美味しくなるわけじゃないよ。対戦コマンドもゲームをより良くするための味付けなんだから」


 桜井は食い下がる。

「別の味付けだってアリじゃないですか? 僕ははじめて格ゲーをした時のような純な喜

びをもう一度ブラウン管に取り戻したい!」


 その熱弁に、岩田は何処か誇らしげに応える。

「いいね、じゃあさっそく明日から作ろうか」


 桜井は驚いてしまう。

「え? まだ企画段階前で。でもでも直ぐには?」


 岩田はどんと胸を叩く。

「さっさとつくって動かしたほうがいいオレがプログラム書くから、企画、書きな」


 その格闘ゲームのプロトタイプは、HAL研のある竜王町にちなんで「格闘ゲーム竜王」と呼ばれた。

 企画と仕様、デザイン、モデリング、モーション、それらをすべて桜井がやって、プログラムは岩田ひとり、それにサウンドをつける人が一人。ある意味、究極の手作り作品となっていた。謂わばファミコン時代のゲームみたいな体制だった。


 と言っても岩田は社長だ。岩田平日は社長業に勤しみ、土日の休日を竜王町のプログラムに当てた。激務である。休日など無いに等しいものだ。

 なのに、お互いにキャッチボールをしながらゲームは練り込まれていく。桜井の言うとおりにすればするほどゲームとして面白くなっていく。それに岩田は嬉々としていた。まだのっぺらぼうのキャラクターがパンチやキックをしている段階だが、動きがしゃきしゃきして、手ごたえが心地よかった。それが純粋に楽しかった。


 他の社員は羨まし気に桜井にクレームを言ったりした。

「桜井クン、困るなぁ。あっちのプログラムをやってるときの岩田さんすっごく生き生きしてて」


 「ゲーム竜王」の画期的なところは、蓄積ダメージの導入だった。攻撃を受けて上昇していくダメージ率に比例して、キャラが攻撃された際の吹っ飛ぶ距離が変わる。常に毎回違った立ち回りが要求される。ゲームに常にアドリブ性や自由が行きかうような、コマンドやコンポ的なゲームとは違う後味。また吹っ飛ばされて画面外や落下死すると負けというシステムも独自の緊張感を作り出していた。


 そしてバトルロワイヤル形式。ニンテンドー64というハードのコントローラー4個付けの特徴を上手くつかんで、4人対戦を可能にすることで、わちゃわちゃとした賑わいを生むことに成功していた。


   *


 順調に磨き上げられていく「格闘ゲーム竜王」。

 だが、桜井の前に「それだけでは何かが足りない」という危機感がよぎった。


 桜井は独り言つ。

「これは売れるのか? いまいち親しみが沸かないんだよな」


「なんだろう? わからない……」桜井は研究室を兼ねているテレビルームで、ゲームを遊びこむ。


「なんだろう? 何かが僕の竜王町には足りない……」


   *


「やっほー!」


 そんな葛藤の日々のある日、桜井の自宅にHAL研の同僚たちが遊びにやって来た。桜井はビールとツマミを用意して、そしてリビングの大型テレビと無数のソフトが保存されている「ゲームセンター桜井」に同僚を招き入れた。

 宵も深まった頃、同僚らと共にストリートファイター2ターボを遊ぶ桜井たちの姿があった。


「俺、リュウな」

「じゃ、俺ケン」

 微妙に性能の異なる空手着の二人のキャラクターが波動拳や昇竜拳を繰り返している。リュウは白い空手着で清潔な印象。ケンは金髪で道着も赤く、ちょっとお茶らけた印象。流石にガチのゲーマーのHAL研。皆、プレイが上手だ。


 桜井はにやりとして

「じゃあ、俺エドモンド本田」

 選んだのは相撲力士だった。歌舞伎模様の顔、回し一丁の姿。如何にも色物であるし、その癖の強さから余り誰も使わない死にキャラだった。

 だが、桜井はそれを使いこなす。


 張り手の連打で体力ゲージを削り、接近したキャラに対しては容赦なく上手投げを食らわせる。


「つえー! エドモンド本田!」

「いや! 桜井が上手すぎるんだよ! でもガチで強いな。ジャパニーズ相撲レスラー」


 相撲力士でさえ、ゲームにスパイスを与える素材になる。記号となる。ならば!


 その時、桜井にひらめきがよぎった。

「わかった!」


 同僚が聞く。

「何をだよ!」


 桜井は額に手を当てながら

「ゲーム竜王に足りないもの! それは分かりやすくて開かれたキャラクターだ。ロールプレイングゲーム、RPGなら物語に沿って一人ずつキャラを紹介していけばいい、だが複数のキャラクターから最初に操作するキャラを選ぶ格闘ゲームではそれが出来ない」


 桜井の分析は止まらない。

「だからゲーセンでまずは認知度を上げたり、極端なキャラ付けが必要なんだ」


 同僚はははんとし、次いで諦め顔で

「桜井、お前の言うことは良く分かった。プレイヤーが投影しやすい、親しみやすく分かりやすいキャラクターが必要なんだな。でも、ウチにそういう資本キャラっているかー?」


 他の同僚も考えている。

「確かに、ウチはカービィしかない。でもカービィってキャラクターとしてそんなに豊富なものはないし。それこそマイナーなもので終わっちゃうんじゃないか」


 桜井は言う。

「いえ……」


 同僚二人は何か不信がり

「なんだ、答えが出ているような顔をして」


 桜井は思い切って

「ウチは任天堂のセカンドパーティですよね。つまり、カービィだけじゃなくて」


 同僚は唖然として

「マリオやルイージも?」


 もう一人の同僚も言う。

「いや、それは無理だろ―」


   *


 しかし、岩田の答えは違った。

「面白そうだね、桜井クン」


 そして次の週には

「MOTHERのネスと、ポケモンのピカチュウならなんとかなりそうだよ。僕もコネがあるからね」


 桜井は「やった!」という顔をする。それを征して


「これからです」


 岩田はあの人に会おうと京都に行く決意を決めた。


   *


 ニンテンドーオールスター。面白い。これが単に任天堂の名物のキャラクターを使ってゲームを作る、という発想からでたものではなく。独自のゲーム企画を作ってそこに任天堂のキャラを乗せる、という発想だからこそ面白い。

 まるで宮本がマリオというキャラクターを、このデザインを先に決めたから決定したのではなくて、点で描かれるドット打ちのマリオの性質上、みなから少ないドットでも良くわかる口ひげやオーバーオールを機能的にデザインすることに似ている。機能的なデザイン。宮本と桜井の発想の近さ。きっと宮本なら同意してくれる。


 岩田と宮本は、ラーメン屋にいた。同じ味噌ラーメンを食べている。岩田は半チャーハンもセットで。


 眼鏡が曇る。だがその奥の瞳を凛とさせ語る。

「面白いアイデアだと思うのですけど」


 宮本は「うーん」と唸る。


 岩田は少し背伸びをして

「宮本さんのアイデア力を僕なりに分析してね。良いアイデアとは複数の物事を解決する。と僕は定義しました。この任天堂キャラを使うというアイデアは、格闘ゲーム竜王に親しみやすいキャラを乗せる、だけじゃなくてバラエティ溢れる見た目の任天堂オリジナルキャラで視認性を上げる、だけじゃなくて色んなゲームのキャラにスポットを当てることでまだ遊んでいない原作へとファンの興味を移す、だけじゃなくて64のコントローラーが4つ付けれる仕様、まだ活用されていない仕様を活かす、とか」


 宮本は岩田を遮り

「もうええよ、岩田さん。麺が伸びてしまうやないか。確かに良いアイデアかも知れない。だけどマリオ、ゼルダ、ドンキーの原作者としての僕の意見はこうや」


 岩田は息を飲む。宮本は続ける。

「2つ返事でOKするというわけにはいかないよ。『これはマリオじゃない』ってぼくらが思ったらそれはそれでだめだし、逆にすっごくいいものが出来たとして、それはそれで今後のマリオはそれを全部引き継がなきゃいけなくなって、そんなことが出来るかどうかわからないし」

 岩田だけではない。宮本の顔も曇る。

「だから、結構うまくシンクロしないといけないんで、むずかしいと思うんだよ、他の方法はないの?」


   *


 宮本からはNOを突き付けられた。だが、この任天堂オールスターというアイデア、悪いものではない。岩田は敢えてその日のラーメン屋の宮本との会合を伏せることにした。伏せて任天堂キャラが動くプロトタイプのゲームを作ることにした。指名したキャラは、マリオ(スーパーマリオブラザーズ)とドンキ(ドンキーコング)ーとサムス(メトロイド)とフォックス(スターフォックス)の四名のキャラだった。その四人がゲーム上で大乱闘している。


 桜井は言う。

「これはイケますよ。頭の中で描いていたのと実際に遊ぶのは大違いだ。これはイイ!」


 岩田は思う。

 いや、これから許可を受けるところなんだけど。モチベーション的に伏せないとなあ。ちょっとネゴシエーターっぽいな。最近の映画を思い出す岩田だった。


 テストプレイしている宮本。

「なるほどね」

「暴力はイカンと思ってたけど、これはちょっと違うね」

「バットでカキーンと打つというか」

「岩田さん、ごめんな、僕の方が頭硬かったみたいや」

「いえ、桜井クンのアイデアを褒めてやってください」

「よし、OK」


 そうやって少し悔しそうに笑う宮本の顔が、岩田には微笑ましかった。出会いの頃あれだけ困惑させた宮本のその表情が、今では「面白い昆虫を発見した少年」のように見え、しかもその奥は底が知れない深みがあった。


 岩田は思う。

「この男をうならせてやろう。何時かギャフンと言わせてやる」


   *


 桜井が言う。

「ネーミング、なにが良いですかね?」


 岩田は答える。

「桜井クンならどう?」


 桜井が真面目に

「任天堂オールスター スーパーファイターズ」


 岩田は言う。

「流石、ティンクル★ポポを一回跳ねられて、カービィにしてもらったことがある」


 桜井はにははと笑い

「もう! 僕にネーミングセンスないですよ。だったら岩田さんだったら何ですか?」


 岩田は言う。

「任天堂オールスターは採用することにして、スマッシュブラザーズはどうかな?」


「良いですね! 4文字に略せるのが良い。スマブラ!」


 岩田はうんと言い。


「やっぱり殺伐とし過ぎないで、ブラザーズ、兄弟げんかのようなそんなはちゃめちゃとした楽しさがあったら良いなって」


   *


 数か月後、東京の糸井事務所、通称ねずあなに桜井は居た。

「うう」


 糸井は思わず声をかける。

「どうしたの?」


「みんなスマブラに対してこう言うんです」


「ピカチュウがマリオを殴るなんてけしからん」

「任天堂らしくない」

「底の浅い格ゲー」」


 糸井は言う。

「気にしなくていいよ。最初にやる人は何だって向かい風を受けるんだから」


 桜井はいう。

「末はファミ通レビューで31点/40点。なんでですか。本当に遊んだの? このゲーム?」


 糸井は言う。

「これは手厳しい」


 桜井は吠える。「偏見だー。やり込めばわかってくれるのに」


 何時の間にかふらりと来ていた岩田が言う。

「だからそれを正すためにも出版社行脚してるんじゃないか」


 糸井は言う。

「ウチのほぼ日にもね」


 桜井はううと言いながら。

「僕もホームページ作った方が良いのかな。題してスマブラ拳とか」


 糸井が言う。

「インターネットと相性良いと思うよ。桜井クンの作るゲームは」


 岩田はふと立ち止まる。

(そうか。情報はもうネットで通じる時代になりつつあるんだな。肝に銘じておこう)



 スマブラは徐々に口コミから火が付き、ニンテンドー64待望のキラーソフトとなる。


 とある家族の日曜日の昼下がり。


「マリオ! ジャンプだ!」

「このネス、嫌な動きするなー、お兄ちゃんの?」

「僕はフォックスだよ! よし! いけ!」

「マリオ! 任天堂の看板だろ! しっかりしろ!!」

「残念、時代はピカチュウのものなんでしたー」

「お母さん! 年甲斐もなく!」

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