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風が収まるよりも、敵が動き出すよりも、混乱から我に返ることすらよりも先に、リリィには、理解したことがあった。
スティアの息があがっている。
銀髪を残り風に揺らしながら、まっすぐにエルクらの方角を見つめながら、リリィの腕を掴みながら――彼は、すでに疲れていた。不規則な口呼吸では喉も渇くだろうに、そうせずにはいられないとでもいうように、苦しげに肩を揺らしている。
こちらが声をかけるより早く、彼の左手の握力が強まった。小声で、ささやくのが聞こえた。
「逃げるよ」
「え?」
「俺、喧嘩できないから」
彼が語気を強めたのとほぼ同時に、カランと固い音が聞こえた。エルクが警棒を拾い上げたらしい。
ガラスの破片がかなり舞ったはずだが、とっさに顔をかばったのだろう。手には傷が残っていたが、もともとジャケットを着込んでいたこともあって、ほとんどダメージがなさそうだ。
友好的であり続けたエルクの眼が、きゅっと細められる。同時に、スティアはリリィの腕を強く引いて走り出した。敵に思い切り背を向けて、後方へ。
「きゃっ……!」
バランスを崩したことを嘆くだけの暇もなかった。エルクが命令を下す声が聞こえたのと同時に、二人の警備員が追いかけてくる。
スティアの手はすぐに離れたので、リリィは自力で走り出した。不意打ちで足止めを食らわせたので、挟み撃ちに合うまでに渡りきることには、問題がなさそうだ。しかし、さすがに男の警備員二名から、いつまでも逃げ続けられると信じられるほど、楽観的にはなれない。
走りながら、自分の前をゆく少年を見る。
さきほどは気づかなかったが、スティアは背中に荷物を抱えていた。家のどこかで見たような気がする古いリュックサックだ。彼の華奢な背中を覆いつくすほど大きく、中身もなんだかずっしりとして重そうだ。
それを差し引いた結果か、もともとの体力のなさかは判断しかねたが、スティアの走る速度は、状況と照らし合わせると間が抜けていると思えるほど、遅い。渡り廊下の終点につく頃には、後から走り出したリリィは追いつき掛けていた。そのタイミングで。
彼は素早く身をひるがえし、振り返る。
「後ろに!」
短く注意して、あとはリリィを通り越した廊下の向こう側だけ見た。廊下の直線を走って迫りくる警備員ふたり、そしてエルク。
リリィが廊下を渡りきって、追い越す形で通路に避難すると、スティアは右手を前に突き出した。長袖のジャケットの袖口の下に、昨日と変わらぬ手袋。
その中指の付け根のあたりで、手袋ごしに、緑色の光のようなものが見えた気がした。そして。
指が示した先に豪風が巻き起こる。渡り廊下の床が軋むような音を立て、空気の塊が何もかもを薙ぎ払った。
人間だって例外ではなかった。警備員もエルクも、走行を継続できずにドミノのようにもつれ合いながら吹っ飛ばされた。人の身体がぼろくずのように飛んでいく様を、リリィは初めて見た。
渡り廊下の壁が高かったおかげで、突風の被害は他の場所にまでは広がっていない。崩れた追っ手を一瞥すると、スティアは振り向きざまに小声でささやいた。
「とりあえず、話そう。どっか――」
そこまで言って、むせるように軽くせき込んだ。苦しげに息継ぎをして、それでもなんとか顔を上げた。
「非常階段から降りれば、適当な教室に隠れられる」
スティアは走り出した。リリィも彼を追って、目の前に迫っていた非常階段を下る。
五階に降りてからもまた人影はなく、廊下以外の明かりがすべて消えていた。この階からは、渡り廊下がない代わりに、小さな踊り場とでも言うべき、ベンチが置かれたロビーがある。吹き抜けになっていた空洞の隅に、床が敷かれているのだ。四階、三階、二階にも同じようなスペースがあり、その全ての床の位置がスライドするようにずれていて、階段で繋がれている。つまりはここから一気に、一階に降りることができる。
リリィが次の行動を思い描くよりはるかに早く、まったく迷わなかったスティアがロビーの方向に右手を突き出した。そのまま風を放つと、ベンチや掲示板が、派手な音をたてながら吹き飛ばされ、形を崩す。その行動を非難するだけの時間もなかった。流れるような動作で、スティアは、前に突き出していた右手を顔の方に畳んだ。
手の甲を、額にかざす。
場違いな比喩ではあるが、検温のような仕草だった。
彼はすぐに手を離して、確認をするように右手の甲を見つめた。――中指の付け根のあたりが、赤く光っている。
さきほど、緑色の光が見えた箇所と同じ。
確認したばかりの右手を上方に突き出した。その瞬間、ロビーを照らす電灯の光が、突然にショートして、消えた。
「……!」
スティアの右手が電灯の方角をまっすぐに指さしているのは、偶然とは思えなかった。
フロアの照明が不安定になり、明暗が混乱するのに乗じてスティアはリリィを手招いた。吹き抜けから見上げることができる、五階の渡り廊下の位置を意識しつつ、死角になる箇所を走る。そして、適当な教室の扉を開け、内部に滑り込んだ。
明かりの消えた夜の教室だが、窓の外はグラウンドを照らす巨大照明に面していた。おかげで、視覚に不自由しない程度には明るい。
とはいえ、空気の静けさは夜そのものだ。リリィは弾んだ息を、意識して整えた。かなりの距離を走ったが、奇跡的に怪我はなかった。全速力でなければ、まだ走り続けられるだけの体力はある。
だが、案内人の方はそうもいかないらしい。
教室に入ってすぐに、糸でも切れたようにスティアは膝をついた。
リリィは彼の苦しげな呼吸の音を聞いて、少し慌てた。
「だ、大丈夫……?」
状況は掴めなかったが駆け寄った。体を起こすのを手伝おうと背中に触れて、その手を止めてしまう。分かっていたはずだが、想像以上に細い。まるで骨格標本のようだった。
気を取り直して、右側に回って肩を支えようとした。だが、腕に触ってすぐに、違和感を覚えた。想定外の感触が、指先に伝わってきたのだ。
冷たい。
体温が低いから、という言葉で説明がつくようなレベルではない。激しい運動に火照った身体の中で、右腕だけがひんやりとしていて、固い。
疑問を口にするより早く、スティアがゆっくりとその右手を動かして、床に突いた。自立して半身を起こすために、身体を支える支点にする。
「ちょっと……疲れた」
苦しげに顔をしかめ、腹のあたりを押さえていたが、すぐに強がるように苦笑した。
「五階分も階段登ったの、久しぶりだし……なんかもう、脇腹が痛い……」
リリィは思わず言葉を失った。その原因は運動不足以外のなんでもない。
警備員やガード候補生、武芸の達人らしきエルクといった人間たちが駆け回った直後には、場違いな言葉だった。彼がろくに体力も戻っていない病人であるのなら、むしろ当然の反応なのだろうが……
(いや)
体力の戻っていない病人。
昨日紹介されたばかりの肩書きを、そのまま信じることはもう出来なかった。今ここで会話をしている現状や、先ほどから暴れている正体不明の風、体温のない右腕など、疑念の一つ一つが、リリィの心にささくれを作ってゆく。
――そもそも、何故ここにいるのだ。誘拐されたことを聞きつけたにしても早すぎる。レアリス・カンパニーの内部でさえ統率が取れていない状況で、外側に向けて声明を届けたとも考えにくい。
自然、眼差しが険しくなっていった。
スティアもリリィの疑念は承知していたのだろう。少しずつ息を整えながら、背負っていたリュックサックを下ろした。ずっしりと、固く重い何かが床に横たわる。荒い吐息の隙間から、言葉が滑り出した。
「まず、無事でよかった」
「…………」
「正直、君が内部で騒ぎを起こしてくれて、助かったよ。裏口の警備が、だいぶ薄くなってた」
その言葉をすぐに切り上げると、スティアはまっすぐにこちらを見つめてくる。
「いろいろ、聞きたいことがあるよね。こっちも、どっから話せばいいのかちょっと混乱してる。とりあえずは……」
「……あなたは」
リリィは不審を隠さずに、スティアの瞳を見つめ返した。
「あなたは、なんなの……?」
我ながら、あまりにも漠然とした聞き方だ。
だが、他に言葉が見当たらない。
スティアは、ほんの少しの間だけ言葉を探したが、すぐに口を開いた。
「昨日、俺の身の上話を語ったのを覚えてる? 家族で旅してたらビーストに襲われたとか、それからずっと入院してたとか、治安が悪い区画の仮設住宅に住んでたとか」
「うん」
「ごめん。あれ全部、嘘」
あっさりと言い放つ彼の表情には、罪悪感がどこにも見えない。リリィは血の気が引くのを自覚した。
――かわいそうなリリィ。
――何も知らないのに、与えられるものを信じていて、そしてそれを疑うことすらも知らない。そんな所が、可愛いんだけどな。
「君を巻き込むつもりはなかったし、必要なテストが終わったらすぐに家を出ていくつもりだったから、その場しのぎだった。話すと長くなるけど……」
スティアが続けた説明のすべてが、耳から入ってすぐに抜けてゆく。テッドの言葉が頭の中でぐるぐると回る。不快だった。寒気がした。――耐えられなかった。それは今のリリィにとって、逆鱗だった。
リリィは、スティアの身体を横から支えていた手を、一気に離す。拒絶するように、振り払うように、距離をとる。
スティアが驚いているのは、気配で分かる。だが、彼の顔を見たくなくて、リリィは床を睨んでいた。
「ふざけないで……」
――レイバ・グリーニッシュとスティア・アリビートに関わるな。
そうだ。
思えば発端は彼だった。よき学友だったジャンやリックの態度が変わったのも、ずっとメールを続けていた父が手のひらを返して正体を現したのも。
全ては、嘘の経歴をひっさげて、自宅に転がり込んできた彼の登場が始まりだった。日常が壊れたきっかけは、この男だ。リリィの周りを囲ってしまった欺瞞の一端を、この男が持っていた。
「あなたも、どうせあのお守りを狙って私に近づいてきたんでしょう……だから嘘ばかりついて、私の周りは、全部。あなたも、あいつらも……!」
叫びながら、声が震える。憎悪だろうか。悲しさだろうか。それとも虚しさだろうか。――分からない。胸を焼き焦がすこの不快な熱。真実がないのだ。なにも、分かるものか。
「本当のことを教えてくれないなら、近寄らないで。都合のいいことばっかり言って、機嫌をとろうとしないで……! もうなにを信じればいいのか、分からないよ!」
叫んだ。叫びながら、自分が何を言っているのか、分からなくなっていった。感情の塊が、喉につかえるようで、怖い。だけど、どうしても止まらない。
そして、沈黙。
言葉が途切れた。続きも、返事もない。
ゆっくりと、様子を盗み見るように、視線をあげる。
スティアは何も言わずに、こちらを見ていた。
その眼差しが冷たかったことに驚いたのは、なぜだか――自分でもよく分からなかった。
ジャンやリックのように目をそらすでもない。テッドのように嗜虐心を覗かせるでもない。セイやエルクのように哀れみすらしない。
ただ、冷淡な瞳で、まっすぐにリリィを見ていた。
「……あんたさ」
ずっと優しかった口調が鋭くなったように聞こえたのは、気のせいではないだろう。
「俺に、何を言ってほしいの」
質問をされて、リリィは言葉を失った。
「嘘をついてごめんなさい。これからは本当のことしか話さないから、信じてください。……そう言えば納得するの?」
続けながら、スティアは初めから答えなど期待していないとでも言うように――ゆっくりとため息をついて、そっとこちらから目をそらした。
「悪い奴にさらわれた可哀想な自分のために、これからどうすればいいかを一から十まで教えてくれる救世主が現れてくれるとでも思ってたなら、期待に答えられないし、答えるつもりもない」
予想外の切り返しであったことは確かだったが、見当違いだと否定するには、心の脆いところを貫いた。
リリィは何も考えられないままで、スティアの顔を呆然と見つめた。
「真実は外から降ってくるものじゃない。力になるつもりでここに来たけど、期待されてたのがそれなら、俺はまったく役に立てない。赤の他人が善意だけで尽くしてくれるって信じることは自由でも、強要される側はたまったもんじゃないって話さ。俺が情報を渡しても、それを精査することはあんたにしかできない。……自分を守るってのは、たぶんそういうことなんだよ」
それは、昨日の夕飯の後にリリィがスティアに語った夢の一節だ。ちゃんと、自分を守れるように。
一人でだって、生きていけるように。
「レアリス・カンパニーが急速に成長して、外の世界と戦うための道具を局地的に開発して、政府の裏側に食い込んで全てを制御してるこんな時代に、嘘がどこにもないなんて、本気で信じてたわけじゃないよね? こんなもんだよ。どこもかしこも嘘。誰かが恣意的に情報を偏らせてる。それがこの街の安全の代価なんだ」
スティアはリリィを非難しているわけではないようだった。ただ単に、過剰な期待をしていない。リリィにも。この世界にも。あらゆるすべてに対して。あの生い立ちはすべて嘘だと言ったけれど、彼の口調の達観した調子は変わらなかった。
「落とし穴なんて死ぬほどあるよ。落ちたことを嘆くなら、考えなきゃ。救世主は来ない。マニュアルはない。だから自分で選ぶんだ。自分以外の人間には選べない」
冷たいとすら思えるその言葉は、リリィにひとつの記憶を思い出させた。まるで正反対の、のんきで明るい笑顔。父だった。……テッドではなく。実際に会った、最後に聞いた父の言葉だ。
――この街、どう思う。〈シェルター〉に閉じこもって、通信以外の情報をつかまないで、空だけ見ている安全地帯。どう思う?
「もし間違えたら次の選択肢を試すだけさ。起きてしまったことを悔やみ続けてもしょうがない。これからどうするかが肝要なんだ。違う?」
スティアの声と父の声は、似ても似つかない。おぼろげな記憶と比較しても、それは明らかだった。
だが不思議なほど重なる。父はビーストさえ、〈グランドクロス〉でさえ、〈シェルター〉でさえ、障害としなかった。障害を越えるにはどうするべきかを考えていたからだ。いつだって前を向いていた。
リリィだって、前を向こうとしたのだ。そしてすべてを間違えた。頼みにした情報のすべてが嘘だったからだ。それは他人の悪意のせいだ。
だが、だからって終わりにするのか。
前だと思っていた方角が前でないならば、どうすればいいのか。
「カンパニーの連中が、あんたに何を言ったのかは知らないけどさ。俺は、自分の言うことがすべて正しいなんて思えないし、無条件で信じてくれなんて言えないよ」
スティアの声は変わらず冷淡だ。その声が持つナイフのような切れ味が、漠然としていた不安を切り分けた。分からないことが何であったか、ほんの少しだけ見えてきた。――身を切る痛みを伴って。
「ただ、あんたが協力してくれると頼もしいから、こっちも情報を渡したい。あとはあんたの裁量で、考えてくれればいい。何を信じるか、信じないか」
スティアは、まっすぐにリリィの目を見ていた。
「俺はあんたが、それができない人間だとは思ってない」
――甘えるな。そういった意味の言葉だ。
優しさなんか、何もない。
だから。
リリィは、自分の瞳から涙がこぼれ落ちていたことに、しばらく気づかなかった。正面から、こちらを見ていたスティアの方が、ぎょっとする。それでようやく、自覚する。
慌てて、顔を隠すように手をあてて、瞳を拭った。焦りと羞恥とで、顔面が一気に熱くなった。
「ご、ごめん」
謝って、顔をそらすが止まらなかった。緊張の糸が切れて、涙腺が緩みきってしまったようだ。怒りでも悲しみでもないのに、ぎゅっと心臓が収縮するような感覚があった。声が、詰まる……
スティアはしばらく言葉を失っていたようだが。我に返ってすぐに、ポケットからハンカチを取り出して、掌に押し付けてきた。
荷物の全てが取り上げられてしまったリリィには、遠慮する余裕がなかった。受け取って、顔を埋める。
言葉を発する余裕もなく、無言で泣いた。ぽつりと、スティアの声が耳に届いた。
「ごめんね」
ハンカチの隙間から、視線をあげる。
彼は少し気まずそうに目を細めて、苦笑いを浮かべていた。
それが、昨日から今朝にかけて見てきたような、社交辞令の作り笑顔ではないことは分かった。もちろん証拠などはないが。そんな気がした。
「言い過ぎた。っていうか、八つ当たりだったね。言い訳になんかならないけど、こっちもちょっと、慣れないこと色々やって、イライラしてた。レイバほどじゃないけど、俺も物言いがうまくないっていうか、気が利かなくて嫌になる」
言葉を切って、いつもの明朗な口調に切り替えた。
「俺が今、君にできることなんてほとんどないけどさ、ここから出たらレイバになんかご馳走でもおごってもらえばいいよ。この事件、半分くらいあいつのせいだし、もうなんか、盛大に金使わせてやろうぜ」
悪戯を思いついた子供のような、こんな状況に似つかわしくない気楽な笑みを浮かべた。どこまでも、ふてぶてしく。
「レイバも俺も、君に嘘をついてたことには変わりないし、他にもそんな連中がいたのかもしれない。それを許すか許さないのかは君が決めればいいけど、全ての嘘が悪意から生まれたわけじゃないよ。疑心暗鬼にならなくても、意外と平気だと思うよ。今は、一番悪趣味な嘘をついてた奴が、調子付いてるだけだ」
言葉を切った。一瞬、彼の声音が低くなる。
「そいつの思い通りにされるのが癪なら、一発殴るくらいは手伝うよ」
リリィはなんとか鼻をすすって、呼吸を整えた。
ハンカチから顔を離して、最後にもう一度だけ、ぐいと目をこする。
それで気を引き締めたつもりだったが、すぐに気付いて、狼狽した。借りたハンカチを、慌ててぎゅっと握りつぶした。
「ごめん」
反射的に、何度目か分からない謝罪を口にしていた。スティアがきょとんとする。
「鼻水、ついちゃった……」
ハンカチを握ったまま、押し殺した声でそう言うと、スティアはしばらく呆然として――吹き出して笑った。
「何事かと思った」
「でも、ごめんね。洗って返すから、私が持ってるね」
「まあ、別になんでもいいけどさ。もう大丈夫?」
「……うん」
リリィは、顔をあげる。
涙が出て、弱音が出て、目が覚めた。
何がなんだか、事情や陰謀の全てが、理解できたわけではない。だが。
前だと思っていた方角が前でなかったならば、歩き出すより先に、できることは。
それは、顔を上げることだ。
スティアは安心したようだが、すぐに切り替えて、その表情を引き締めた。
「じゃあ、俺の具体的な目的を話すから、できれば協力して欲しい。君の身柄と〈イエロー〉を取り戻して、ここから連れ出すことを頼まれたんだ」
「……誰に?」
聞きたいことは他にもあったが、リリィはその中から一つだけ、質問を選んだ。
「レイバに。正式に、依頼を受けてね」
言いながら、彼は下ろしたリュックサックを床に置いたまま押し出して、リリィの方に寄せた。
「あいつから報酬をもらって、君を助ける仕事を請けた。……で、ここからは俺から君に、頼みたいことなんだけど」
リリィとスティアの間に、ぴたりと寄り添うような位置に、リュックサックが置かれた。スティアはそれを、座り込んでいたこちらの膝に押し付けるように、さらに押す。受け取れということなのだろう。
リリィは戸惑ったが、とりあえずは持ち手を握る。ずっしりとしていて、座ったままの体勢で、持ち上げるのは無理だった。そのままファスナーを開いて、中身を覗き込んでみる。
絶句した。
「レイバから貰った報酬の半分を、君に払う」
拳銃が二丁、それを包むホルスターごと、押し込まれていた。
はっきりと見覚えがあるモデルだった。学校支給のリボルバー。皮製のレッグホルスター。今は、自室に置いてあるはずの……
「その金で、未来の〈ガード〉である君を雇いたい」
リリィは顔をあげた。真剣きわまりないスティアと、目が合った。
「ここから出るまで、俺を守ってほしい」




