主人公と悪役令嬢
世の中にはこんな可愛らしい子がいるんだ……。
私の中の彼女への第一印象はそうだった。
それと同時に執事長が推す理由がわかり納得する。
だってクラリス様は主人公と呼ぶに相応しい雰囲気と姿をしていたのだ。
乙女ゲームの物語において主人公を中心に回らないものなどない。
二人はとてもお似合いに見えるのもその影響かもしれない。
私は二人を見るのが辛くて目をそらした。
「アルフィード様、今日の姿は一段と素敵ですわ」
ああ、私はこんなところで何をしているのだろう。
クラリス様の綺麗な声が胸に刺さり、急にモヤモヤした気持ちが溢れてきた。
嫌だ。そんな声でアルフィード様へ近づかないでほしい。
「アルフィード様、ダンスを踊りましょう!私すっごく練習したんですよ!」
自分のために健気にダンスの練習とはポイントが高い。
可愛い子にそんな事を言われて嬉しくない男性はいないだろう。
私は大きなため息をついた
アルフィード様が他の女性と踊る姿など見たくない。そう思ってハッとする。
いけない。このままじゃ本当に悪役令嬢に成りかねない。
昨日会ったばかりなのにこんな気持ちになるなんて、何て傲慢なんだろう。
これがゲームの力なのだとしたら恐ろしい。
よし、一度この場から離れよう。頭を冷やせば少しはマシになるかもしれない。確か近くにテラスがあったはずだ。
足を向けようとした時、誰かに腕を掴まれる。顔を上げるとアルフィード様がいた。
「一人でどこにいくつもりだ」
「テ……」
テラスにでも……と言いかけて止まる。
何でアルフィード様はそんなに悲しそうな顔をしているの?
何でそんなにつらそうなの?
その顔を見ていると胸が苦しくなってきて自然とアルフィード様の頬に手を伸ばしていた。
「ごめんなさい?」
私がそう言うとアルフィード様はクスクスと笑った。
「何で疑問系で謝るんだ?」
「さ、さあ……」
自分でもわからない。ただ、何となくそう思ったのだ。
アルフィード様をあんな顔にしたのは私だと……。
「……」
ふと、クラリス様が視界に入ってきた。彼女はプルプルと肩を震わせ、唇を小さく動かしている。
『何でベールの女がここにいるのよ……』
ベールの女?何それ……。
今まで色々と言われたことはあるけれど『ベールの女』と呼ばれたのは初めてだった。
確かに外に出るときはベールをして出てるけど今回みたいな表舞台に出るのは本当に数年振りだ。
それなのに初対面、しかも他国の人にそう言う風に言われる私って……。
「シルヴィア嬢、顔色が本当に悪いが大丈夫か?」
アルフィード様が心配そうに聞いてくれた。
いけない。アルフィード様に気を使わせてしまった。
私は何事も無いかのように慌てて頷いた。
まさかクラリス様にベールの女と言われて軽くショックを受けたとは言えない。
読唇術の話を出すのも面倒だし……。
そんな私を見てアルフィード様は何かを決心したかの様にクラウド様に声をかける。
「クラウド、俺達はもう帰ることにする」
「え?もう?」
「ジャイル国代表として舞踏会に参加したし、俺達の仕事は終わった」
「でもお前達まだ一曲しか踊ってないだろ?」
「見てたのか……」
アルフィード様が私を守るかのように肩を抱いた。それを見たクラウド様は笑みを浮かべる。
「お前は自覚はないかもしれないが、立ってるだけで目立つんだぞ?そこに見知らぬ令嬢を連れ、更にダンスを踊ってみろ。嫌でも目が行く」
そう言って私をチラリと見た。
アルフィード様はそんなクラウド様を黙って見ている。
「俺は人の物を取る趣味はないが昔から俺とお前は似てるからな。良くも悪くも」
「どういう意味だ」
クラウド様は何も答えず、意味ありげに、ふっと笑った。
「お二人とも騙されてはいけません!!」
突然間にクラリス様が割り込んできた。
クラリス様はキッと私を睨む。
「お二人とも彼女に騙されてはいけません!!彼女は悪役令嬢です!!」
「!?」
私は目眩がした。
何だろうこの感覚。
少し前に同じような衝撃を食らった気がする。
そう思って思い出したのは滞在城の執事長だった。
そうだ。
確か彼にもそう言われた……――。
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