挿話
お父さんの話は迂遠に過ぎる。
視界の端で、子供達の面倒も見ずに自身の思考に埋没しているであろうその姿、それに苛立ちを感じつつそう思う。
私、イーリス・ラグナルは常に苛立っている。
4年前に唐突に降って沸いた重要度の高い『任務』、『機関』の存在を知り、そこに帰属しているという意識がようやく出てきたかそうでないかといった当時の私に突然仰せつかった重すぎる任。
不安と、恐ろしさと、僅かな使命感と、未知の存在との接触に対する好奇心と、様々な感情が入り混じった現在になって振り返っても判然としない複雑な心持ちでその任についた当時の私。
唯一頼れる大人であり上司が父親である事に、滅多に家に戻ってこないその人であることに安堵と喜びを覚えながらもその任に就いた当時の私。
何が安堵か、何が喜びか、いえ、喜びは否定しないでおきますが、とにかく、まさか、まさか、まさか、あんなにも―――。
あんなにもうちのお父さんがヘッポコだったなんて。
悔しい、腹立たしい、何が困ったらお父さんがきっとなんとかしてくれる筈、だ。
何の役にも立たなかったじゃないですかあのヘッポコ。
ええ分かってますとも、お母様は最初から言ってましたものね、あの人あんまり頼りにならないわよ、って。
『機関』から同じく出向する子供達と、学園で本当に不登校になっていた気難しい子供達との橋渡しが満足に出来ず空回ってオロオロして。
見てられなくてそこら辺の取り纏めを全て私がやることになって苦労して。
いつまで経っても子供達と打ち解けられないでオロオロするのも見てられなくて私が頑張って橋渡しして。
いざ『彼』と、アンドリュー・ボース君と接触し始めればやはり接し方が分からずにヘタれてまごつき。
そんなことしている間に私を含め他の子供達が馴れて、アンディ君も馴れて一人取り残されて焦り。
そんなんだからアンディ君を授業に引き込むことに失敗して、彼が歴史関連の授業が始まるまでフリーダムに過ごす状態になり。
そのフリーダムさに唖然とするばかりで碌に行動を掣肘できずに頭を抱えるばかり。
終いにはそのフリーダムさ加減で荒稼ぎしてきたお捻りだかなんだかを押し付けられて、私たち全員が彼に養われているみたいな状況になる始末。
で、授業も授業で教師をやったことが無いと聞いてはいましたが頭はいいらしいので期待してみれば説明が下手過ぎて私と『機関』の子供達以外がついていけない状態になるし。
「イース先生の話って難しくてよくわかんない」
とか言われて顔から火が出るかと思ったこの私の気持ち、分かりますか?
『機関』の子達を巻き込み、授業が終わった後に懸命に補習みたいな真似をして学習に遅れが出ないように頑張ったあの日々・・・!
ええ、ええ、とても理解が深まる素晴らしい学習の日々でしたとも、お陰で当時から大人びた子供とか言われた私も今ではすっかり可愛げのない子供と言われるようになりましたとも。
そんなこんなで日々を過ごしてようやく彼を交えて歴史の授業を執り行うことになってみれば、案の定これです。
一々持って話が小難しい上に前後しすぎなんですよ、馬鹿なんですか。
いきなり大風呂敷を広げたかと思ったら重箱の隅を検分し始めてみたり、もう少し要約して頂けませんかね。
例えば、古代王朝の話にしたって、
頭のいい王様達と沢山の馬鹿な奴隷がいて、奴隷がいきなり良くわかんないこと喚いて王様達をぶっ飛ばしたけど、頭悪いからその後どうすれば言いかわからなくて原始時代に逆戻りしました。
最初に反乱起こした人は凄く頭がよくて良い事も一杯言ったけど、馬鹿な人達は全然理解できてなかったから意味がありませんでした。
『自由』って好き放題していいんだー、ヒャッハー。
『平等』だから働いてなくても平等に食い物くれよー、ヒャッハー。
とか皆が言い出してむしろ王様達が居る時よりも酷い事になったから、もっと頭を良くしてから反乱起こすべきでしたね、まる。
とか言っておけばいいんですよ、『盲』の事を下手に言えないからって言ってもこの程度は簡単じゃないですか一々もって言い回しが迂遠で小難しすぎるんですよぶっ飛ばしますよ。
それ以降の話だって、原始時代以外は大体同じ流れじゃないですか。
『盲』が周りに教えて回った時代に合わない、その当時の人達の頭では理解しきらない早すぎる思想やら発想やらが異常な早さで歪んで浸透したせいで大概酷い事になって国が滅んだり戦争が起きたりしました。
『盲』の事さえ言わなけりゃいいんですから、それ抜いてそこを名も知れぬ誰かに差し替えて話せば大体これだけで終わる話でしょうに。
その後の流れも、余りにも唐突に馬鹿だったはずの連中が理解しても無いお題目を念仏みたいに唱えて蜂起するものだから、王様達が馬鹿の中で突然変異で天才だか天災だから生まれるからそうなるんだって考えて。
それを究明する為に『機関』の前身とも呼べる物が各国に出来て、それとは別にその突然変異に感化されて頭が悪いまま暴走する馬鹿を無くす為に文字通り馬鹿を根絶すべく人々を教育しようと王様達が考えた。
こう言えばいいんですよ、前者は表立って言えないにしても。
それを突然事細かに熱を持って語りだしたりするものだから一向に話が進まないじゃないですか。
その『盲』の思想やら発想の危険性を自然な形で当人に分からせる為なのはわかりますが、もっとスムーズに進めていただかないと、まだ伝えないといけないものが沢山あるのでしょう?
このままのペースだと全部予定を消化できないんじゃ、という不安に苛まれます。
まあ、確かに話としては面白かったのは否定しませんが、そういうのは授業じゃないです研究発表か何かでやって下さい。
・・・そう言えば教師じゃなくて研究者でしたねお父さんは。
兎に角、授業のたびに置いてけぼりをくらって唖然とする他の子達の顔を見ると、顔から火が出るくらいに恥ずかしいです娘の私は。
もう少し噛み砕いて分かりやすく物が言えないものかとやきもきする。
こう言う所は伝え聞く『盲』の人達みたいで、お父さんもそうなんじゃないかとすら一時期思ったぐらい。
お母様にそれを言ったら、笑いながら。
「そうね、だからお父さんは『盲』の人達に入れ込んでしまうのかもね」
とか言っていた。
何かシンパシーを感じているんじゃないかと、思ったことを考えることを自身より理解力の無い人間に理解してもらえない、してもらい辛い、上手く伝えきれない、誤解されやすいその在り方に。
そう言われた時にああ成程と思ってしまった。
続くお母様の、
「お父さんの、そう言うところがかわいいのよね」
という言葉には同意できなかったけど、ええ、これっぽっちも。
それはそうと、歴史の授業が始まってすぐに今度こそ分かりやすくやってもらおうかと、この授業で一番それを理解しなければ、してもらわなければいけないアンディ君が置いていかれたらどうするつもりだと文句を言おうと思ったのですが。
注意深く見ていなくても分かりますが、彼にはお父さんの話がちゃんと理解できているんですよね。
時折呟く独り言も明らかに理解の色があり、しかも私たちとは考え方、というより切り口が違うとでも言うんでしょうか。
私が、私たちが必死に頭を捻って理解した内容を、この数年見ていただけでも全くそう言った物を学んだ様子が無い彼が、私よりも年下の彼が理解している。
それどころか、何か違う視点を持ってそれを眺めている様子すらある。
『盲』の異常性という物は予め教えられていたしこの数年接して来た中で実感としてもある。
存在のおかしさは一目見たときから否応なしに分かったし、その行動の突飛さもまあ伝え聞くほどの奇想天外さは無かったものの成程と思う物が沢山あった。
けれど改めて思う、やはり見ている物が違うんだなと。
私が必死に勉強してようやく見えている物を、より高いところで、何か違う角度から歴史を眺めている彼の姿に何故か悔しさが沸いてくる。
この悔しさは何処から沸いてくるのだろう。
私より年下なのに、なんの努力も見られないのに私よりも頭がいい事に対してだろうか。
物事を違う視点から悟ったかのように見ながら、私たちとはズレた所で可笑しな反応を示す姿に対してだろうか。
常道を外れてマイペースに生きながら、不登校とか言う通常からドロップアウトした生き方をしながら我関せずとばかりに生きている姿に対してだろうか。
我関せずと言えば、彼は誰に対してもそんな感じだ。
基本的に他人に対して我関せず、余り話に混じっても来ないし場にいてもぼさっとしているし、特に興味もなさそうな態度だ。
そう、興味が無いのだ、私たちに碌に話し掛けてもこないし、こちらから話し掛けても殆どこちらを向こうともしない。
思い出してイラッ、とした。
そして現在の状況に想いを馳せて更にイラッとした。
私が隣に居るのにまるで空気のように扱われているこの現状・・・!
ああ、そうだ、数年経っても未だにこれよ、これなのよ!
はっきり言わせて貰って、無関心すぎるでしょうが。
と言うか、お父さんやこの家の持ち主のアンドウさん以外の人の名前を呼んでいる場面を見た事がないのよ。
絶対にこれ私の名前とか他の子の名前とか覚えてないでしょ。
珍しく話し掛けてきても「あの」とか「その」とか「おーい」とか、名前呼びなさいよ。
珍しく顔を見て来たと思って身構えるたびに誰だっけ、みたいな顔して失礼極まりないのよ。
そしてすぐにどうでもよさそうに視線外してんじゃないわよ。
ひょっとしなくてもまともに顔すら覚える気がないってわけ?
なんか今更名前とか聞くのもなあとか考えてるんでしょうけど聞きなさいよ。
というかいつも見てるのにこっちに全然視線が向かないのはなんなのよ。
何で顔が向いたと思っても視線が合わずに通過していくのよ、私は背景か何かなのかしら・・・!
ああ、苛々する。
なんか自分から積極的に話し掛けて存在を認知させるのもなんだか負けたような気がするから意地になっている現状に苛々する。
なんか気が付いたらお給仕さんみたいな事をやっている自分自身にも苛々する。
私はメイドか、お茶を注ぎ足すタイミングとか彼に対してだけ絶妙の呼吸になって我ながら凄い、とか思って落ち込んで更に苛々する。
お茶のタイミング所か他の呼吸まで読めるようになって自然と道を空けたり、席を引いたり、色々と出来るように、というかするようになっている事に苛々する。
そして何の疑問も無しに息を吸うようにそれを受け入れている彼に苛々する。
何よその空いた席に自然と座った的な、お茶が自然に入ってたんで口をつけました的なそれは、私に何か言いなさいよ。
というかいい加減にこっちを、私を見ろ――――!




