騎士たちの熱戦 その2(前編)
この話は、【クレスト連邦 侵攻編】第三話「婚約」の少し前の出来事です。
年が開け、アイディール学園は新学期を迎えていた。
最上級生である高等部三年は、二ヵ月後に卒業を控えてか他の学年に比べて慌しい。
大学院へ進学する者、就職する者、実家の稼業を継ぐ者、騎士団に入団する者、未だ進路が決まらず悲鳴を上げる者・・・残り少ない学園生活を、それぞれ思い思いに過ごしてる。
そんなある日、昼休みとなり騒がしくなった廊下を、ヴィルヘルミナの騎士であるペトラが一人歩いていた。
彼女が向っていたのはフレミーとフローラが在籍しているクラスで、ペトラは教室の入り口に到着すると、中を見渡し二人の姿を探す。
談笑していた二人の姿を見つけると、彼女は「失礼する」と断りを入れて入ってきた。
「・・・あら?ペトラ、どうし・・・・・・・・」
教室に入ってくるペトラを見つけ、フローラが声を掛けようとしたが、彼女の表情を見た瞬間、フローラの言葉が不意に途切れて露骨に嫌そうな表情に変わり、フレミーも表情を引き攣らせる。
何故なら、近づいてくるペトラが、無駄に笑顔を浮かべているからだ。
「・・・・いくらなんでも、いきなりそんな顔で出迎えなくてもいいじゃないか?」
明らかに歓迎されていない事に気が付いたペトラから笑顔が消え、不満そうに口を尖らせる。
「いえ、前にも似たような事があったので、つい・・・・」
「無駄に笑顔を浮かべてる時のペトラは、厄介ごとしか持ってこないんだから、自業自得よ。それで、一体何の用?まさかと思うけど、この間みたいに、また模擬戦を!なんて言い出さないわよね?」
気まずそうに言い淀むフレミーと違い、同僚として付き合いの長いフローラは一通り苦言を呈すと、訪ねてきた理由を問い質した。
フローラの問いに、ペトラの表情が”ピシッ”と音がするほど硬直する。
そんな彼女の様子に、フレミーが盛大に顔を引き攣らせた。
「ペトラ殿、まさか・・・・・」
「ま、待ってくれ!今回は、誰かに頼まれてではなく、私個人としてのお願いだ!!」
慌てふためくペトラを見ながら、予想が的中したフローラは「やっぱりか」と大きくため息をはいた。
「・・・とりあえず、場所を変えましょうか?ここじゃ、また大騒ぎになりそうだし」
そういってフローラが教室内を見渡すと、興味津々と言った様子でフレミーたちを見ていたクラスメイトたちが、一斉に明後日の方へ顔を逸らす。
騎士クラスに在籍する生徒は、留学生を除いてその殆どが卒業後、ルーン王国の各騎士団に所属することになっている。進路が決まった彼らにとって、卒業までの残された日々は、騎士団配属後の厳しい訓錬に付いて行けるよう、更に自身を高めるための期間と考えられている。
とは言え、彼らも青春の直中に身を置く若者。息抜きを欲するのは仕方のないことで、そんな彼らの前に、明らかに面白そうな案件を持ってきたペトラは、まさに鴨がネギを背負ってきた様なものだった。
前回の様な騒ぎになると、自分たちの主たちに迷惑が掛かるかもしれない、とフローラは考え、フレミーとペトラに移動するよう促す。
教室を出て行く三人の背中を見送ったクラスメイトからは、盛大にため息が漏れたのは言うまでも無い。
教室を出て三人が向ったのは、校舎の屋上。未だ春の足音が聞こえない冬季真っ只中の屋上には人影など無く、周りに聞かれたくない話をするにはうってつけの場所となっていた。
冬華たちが制服に施した術式のお陰で、三人は寒さなど殆ど感じないため、誰もいないことを確認すると近くのベンチに腰掛けた。
「それで、ペトラ殿。また模擬戦をしたいというのは、どういうことでしょうか?」
「うむ、それなんだが・・・・簡単に言えば、フレミー殿の持つ聖剣と切り結んでみたいんだ!」
開口一番、フレミーに問われたペトラは、清清しいまでの笑顔で答えた。
「え?・・・えーと・・・・」
ペトラの言っている意味が理解できなかったフレミーが、助けを請うようにフローラへと視線を送る。
そんな視線を投げかけられたフローラは、同僚の言葉に頭を抱えていた。
「そんな事を前にも言ってから、そうじゃないかと思ってたけど・・・・・フレミー殿、ペトラの妄言は聞き流してください。ご存知のとおり、彼女にそんな暇ありませんから」
「何を言っているんだ、フローラ!今の私たちと互角に戦えるのはフレミー殿しかいない、と前にお前だって言っていたじゃないか。学園を卒業すれば、我々が気軽に会う機会もなくなるのだぞ?今のうちに、実力伯仲の相手と全力で戦いたいとは思わないのか!?」
「確かにこの前そう言ったし、私も卒業までに一度はって思うけど、ペトラはそんなことやってる暇無いでしょ!?その卒業ができるかどうかの瀬戸際なのに、現実逃避しないでよ!」
とうとう現実を直視できずに、ペトラが暴走してしまったか?!、とフローラは声を張り上げる。
フローラの言うとおり、ペトラは卒業できるか否かの瀬戸際に立っていた。
つい先日行われた学年末考査において、ペトラの点数はかなり際どい物だった。それと言うのも、昨年帝国で起きた一連の事件で、二人は主であるヴィルヘルミナと共に新学期が始まるまでの間、帝国に戻っていた為、奥の手である昊斗の試験対策を受けられなかったのだ。
とは言え、帝国に残ると決めたヴィルヘルミナが悪いのではなく、帝国に戻っている間に勉強を怠っていたペトラが全面的に悪く、同じ立場にいたフローラはしっかりと勉強し、点数が取れている。
フローラがここまで焦っているのは、数日後にあると言われている追試で点数が取れなければ、ペトラは有無を言わさず留年決定となるからだ。
親友でもある同僚が留学先で留年する姿を見るのは忍びない、とフローラは怒っているのだった。
そんな怒りを露にするフローラに対し、ペトラはキョトンとした表情をしていたが、突然不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ・・・・甘いな、フローラ・・・・見よ!このとおり、私は卒業できるのだ!!」
自信満々にペトラが制服のポケットから取り出したのは、ヨレヨレになった自身の成績表だった。
そこに書かれた数字を見て、フローラとフレミーの目が大きく見開かれる。
今回の学年末考査の点数の横に、十前後の点数が加算され、見事基準をクリアしているのだ。
「なぁ?!あなた、何やったの!?」
あまりの出来事に、フローラは「まさか、人には言えないような方法を使って先生方に取り入ったのでは?!」と割りと本気で考えてしまいペトラへと詰め寄り、肩を持って大きく揺らす。
そんなフローラの手を肩に乗せたまま、ペトラが得意げに胸を張った。
「簡単なことだ。先生方が出した課題を三日と言う期限内に全て終わらせた!その課題分を学年末考査の点数に上積みしてもらい、無事、卒業が許可されたのだ!」
実は、三年生全クラスの内、卒業基準ラインに到達出来ず追試を受ける事になっていたのは、ペトラ只一人だった。
さすがの教師陣も、留学生であるペトラ一人に追試を受けさせるのは酷ではないか?と同情意見が続出し、どうにかして下駄を履かせて卒業させようと意見が纏まり、下駄を履かせるために、空前絶後と言って差し支えない量の課題をペトラに課したのだ。その量たるや、夏季休暇に出される課題量が、子供のお遊びに思えるほどである。しかもそれを、学園内に泊まり込んで三日以内に終わらせて提出しなければならないという、縛りつき。
教師たちとしては、可哀想とは言え追試を免除してやるんだから、周りが納得させるためにはこのくらいのハードルは必要だろうと考えてのことだったが、話しを聞いたペトラにしてみれば教師たちの背後に昊斗がいるんじゃないかと疑いたくなるほどの、いっそ殺してくれと言いたくなる鬼畜な量だった。
だが、そんな課題をペトラは三日間学園に泊り込み、やり遂げたのだ。
この三日間を思い出してか、口から魂が抜けそうなほど大きなため息をつき、遠い目をするペトラの説明を聞いていたフローラは、「ん?」と首をかしげた。
「ここ最近、家で見ないから、姫様にお聞きしたら「学園に泊まり込んで追試の勉強をしている」と仰っていたからそうだとばかり・・・・?あれ?ってことは、姫様はご存知だった?」
「あぁ、もちろんご存知だぞ。私が、フローラには伝えないで欲しいと、お願いしていたんだ。後で、驚かせてやろうと考えていたからな・・・おかげで、見事成功だ!」
サプライズ報告が成功し、呵呵大笑するペトラを見て、フローラが海よりも深いため息を漏らした。
「私がどれだけ心配してたと思ってるのよ・・・全く」
「まぁ、いいじゃないか!これで後顧憂い無く、フレミー殿に戦いを挑めるのだからな!」
拗ねたようにソッポを向くフローラの背中を、ペトラがバシバシと叩く。
そんな二人のやり取りを見つめていたフレミーが、恐々と声を掛けた。
「えっと・・・・とりあえず、おめでとうございますペトラ殿。揃って卒業できるのは、嬉しいです・・・・それで、話しを最初に戻しますが、模擬戦・・・私は一向に構いませんけど、いつ何処で行うのですか?」
フレミーの問いに、ペトラが腕を組んで唸り声を上げる。
以前と違い、彼女たち三人が模擬戦を行う場合、一番の問題となるのは場所である。何故なら、それぞれの武器には常軌を逸した攻撃力が秘められているため、攻撃の余波が周囲に影響を与えないように広大かつ開けた場所か、強固な結界が張り巡らされた場所で行う必要がある。
さらに、装備の出自と彼女たちの心情から、人目は出来うる限り避ける必要があるのだ。
「ん〜・・・学園の訓練場は絶対無理だからなぁ・・・フレミー殿、騎士団の訓練場はどうだろうか?」
「無理ですよ。私が聖剣を持っている事、一般の団員には知らせていませんから、どんな混乱が起きてしまうか・・・となると、やはりソラトさんたちの訓練場をお借りするしかないでしょうか。あそこなら、人目につきませんし、何より何かあってもソラトさんたちが助けてくれますしね」
昊斗たちの訓練場は、家の地下に作られており、さらに空間拡張の術式によってその広さを任意に変えることが出来る。
更に、彼ら自身が訓練用に使っているために、結界の強度もグラン・バースに存在するどの結界よりも、強固に出来ているため、三人が求める条件として、昊斗たちの訓練場はまさに理想なのだ。
ただ、フレミーとしては自分たちの都合で、昊斗たちに迷惑を掛けるのも、と一瞬考えたが、寧ろ昊斗たちを頼らないと、自分たちだけでは大惨事になりかねないことに気がつき、二人に提案したのだった。
そんなフレミーの提案に、二人が納得するように頷いた。
「人目につかないなら、その方が良いかも」
「そうだな・・・よし!なら放課後に、ソラト殿に頼みに行こうか!」
話が纏まり、三人は一旦帰宅した後に待ち合わせして、昊斗たちの家に向かう事を確認し、屋上を後にした。
(ふっふっふっ・・・良いこと聞いちゃった〜)
自分たちの背後で、聞き耳を立てられていたことに気がつかずに。
後編に続く!




