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本当の家族へ(5)

大変お待たせいたしました!

 エメラーダの後方に、フォルトが契約する風の精霊「カルム」が現れ、ジョンは表情を大きく歪めた。


「精霊だと・・・?精霊と契約できるのは、成人する歳だったはずだぞ?!くっ・・・やはりエルフは見た目どおりの年齢ではないと言う事か!?」


 幽鬼のようにエメラーダへ近づいていたジョンが驚きで歩みを止め、ナイフを構えてエメラーダの動きを警戒する。

 そんなジョンとは違い、フォルトたちに驚きは無かった。それは契約する精霊が、一定の距離なら契約者から離れて行動出来ることを、ルーン王国に住むものなら誰でも知っている事だからだ。


 とはいえ、娘が仮想契約してまだ日の浅い事を知っているフォルトの心境は穏やかではなかった。仮想契約により精霊との”繋がり”があるとは言え、今はその繋がりを慣らしている段階に過ぎず、フォルト自身、娘に対して精霊術に関する訓練を何も行っていなかった。つまり、エメラーダは精霊の力があっても、それを発揮する術を持っていないのだ。


 だが、そんな父の心配を余所に、エメラーダはその場にいる誰も想像し得ない”力”を発揮する事になる。


 エメラーダは警戒感を露にするジョンを睨みつけながらも、殺人鬼を前に再び湧き上がる恐怖から目を閉じそうになる。そんなエメラーダに、カルムが声を掛けた。


――お嬢様。恐れてはなりません・・・貴女は今、独りではないのです。貴女に足りないものを私が補います・・・ともに旦那様たちを護りましょう!――

―は、はいです!


 フォルトと共に戦場を駆けてきたカルムの言葉に、エメラーダは自分が独りでない事を思い出し、勇気を奮い起こす。

 そんなエメラーダの姿に、カルムは笑みを浮かべて頷く。

――さすがはお嬢様です。では、脅威を打ち払うために現状を確認します・・・・まず、お嬢様は精霊術を教わっておりません。今の状態で、ご自身と私の霊力を振るえば際限なく霊力が放射され、敵だけでなく旦那様や奥方様・・・さらにはこの建物にいる子供たちまで巻き込み、甚大な被害が起こる恐れがあります。ですが、今すぐに精霊術を習得するのは不可能。ですからお嬢様は・・・・――


 カルムの説明を聞き、エメラーダは思案するように険しい表情を浮かべる。


 そして、何かを決めたように頷くと、エメラーダは頭の中に一つのイメージを思い浮かべた。


――っ!・・・承りました、お嬢様――


 エメラーダから受け取ったイメージにカルムは一瞬驚きを見せるも、すぐに力強く頷き、力を集中させるとその身体が光り輝く。


「なっ・・・・・・」

 その光が収まった時、エメラーダの後ろにいたカルムの姿が消えており、それと入れ替わるようにエメラーダの手にはある物が握られ、それを見てフォルトが声を上げた。


 エメラーダの手に握られていたのは、一挺の弓だった。

 

 弓全体が風を纏い、弓自体にも風の精霊を思わせる意匠が施されている。

 それは、フォルトにとって見紛うことの無いカルムのもう一つの姿・・・

「精霊武装【ライジョウドウ】か・・・・」


 フォルトの呟きに、今度は孤児院のスタッフたちが驚きを露にする。


 精霊武装は、限られた精霊術士だけが到達できると言われる”秘術”と言っていい代物であり、これもルーン王国に住むものなら誰でも知る知識である。

 そんな精霊武装を、ハーフエルフとは言え仮想契約しか結べない子供が発現させるなど前代未聞であり、目の前で起こっていることに、思考が追いつかないでいた。


 驚く大人たちを尻目に、エメラーダは手にする弓を見つめて、カルムの言葉を思い出していた。



――ですからお嬢様。お嬢様は霊力を一点に集中できる武器を思い浮かべてください。それを元に、私が自らを使って武器となります・・・ですがそれは、お嬢様の並外れた才能があって漸く出来ることで、かなり危険を伴う上に一度しか使えない手だと肝に銘じてください。失敗したからと言って、二度目を行えばお嬢様だけでなく旦那様にも影響が出かねません・・・なので、思い浮かべる武器は慎重に選んでくださいませ――


 そう言われ、エメラーダは大いに悩んだ。生まれてからの十二年間、戦いと言うもの経験の無いエメラーダにとって、どんな武器を思い浮かべればいいか分からなかったのだ。

 そんな彼女が悩んだ末に選んだのが、弓だった―先ほどカルムが驚いたのは、エメラーダが父であるフォルトと同じく自分に弓へと変わるよう願ったからである―。


 様々な世界において【森の民】と呼ばれるエルフだが、エメラーダの母【ファルファッラ】を含むハイエルフたちも、森と共に生きる存在だった。そんな彼らにとって弓は生活するにあたり欠かせない道具であり、子供の内から使い方を仕込むもので、ファルファッラもエメラーダが物心ついた頃から結界術よりも先に弓の扱いを教えていた。 


 エメラーダは母から弓の扱いを教わってからと言うもの、一日も欠かすことなく弓の練習を欠かすことはなかった。もちろん王都に来てからも、周りの目を盗んでひっそりと練習を続けている。


 それでも、弓に絶対の自信があるわけではない。自分の肩に、みんなの命が掛かっている、というプレッシャーがエメラーダに襲いかかり、弓を握る手が震えた。

 

 弓に姿を変えたカルムが「お嬢様なら、大丈夫です」と思いを伝える中、彼女が首から下げた御守りが一瞬淡く光り、エメラーダの脳裏に母の姿が浮かんだ。


――私ね、こう見えても里の中で弓の扱いは一番上手かったのよ。エメはその血を受け継いでるんだから、もっと自信を持ちなさい・・・・


―っお母さん!・・・・・


 エメラーダは眠っているはずの母が、自分を励ましてくれた気がした。


 そう思うと、自然と手の震えが消える。


 様々な人の思いを背に、エメラーダは真っ直ぐジョンを見据えると、弓を構え弦を引いた。


「・・・・何をするのかと身構えたが、愚かだな。この距離で私に飛び道具で挑む気か?拳銃の弾でさえ避ける事が出来る私に・・・・それに、矢を番えるのを忘れているぞ?」

 矢を番えないまま弓を引くエメラーダに、ジョンが嘲笑する。だが、そんな笑い声など聞こえないかのように、エメラーダは精霊武装へと霊力を込めていく。


「・・・・もう十分だろう?さぁ、神の御許へ、旅立つがいい!!」

 自分の言葉に反応しないエメラーダにジョンは苛立ちを覚え、ナイフを構えると床を蹴って駆け出そうとした時だった。


「っ?!な、何だ!?」

 突然身体の自由が利かなくなり、ジョンは身動きが取れなったことに、自身の身体へ視線を落とすと驚愕の表情を浮かべる。


 エメラーダの持つ精霊武装が纏っていた風が伸び、彼の手足に絡みつき、その動きを封じているのだ。


 これは、カルムが精霊武装【ライジョウドウ】へと変われるようになった頃、強力な力を以って遠距離から安全に敵を攻撃できるとは言え、敵との距離が離れれば離れるほど”矢”の威力が落ちることに、どうにか出来ないだろうかと考えたフォルトが「なら、近接戦で相手の動きを封じてしまおう!敵が近ければ、拘束に割く力も少なくて済むし、最大威力を敵に撃ちこめる!」と若さ故の無茶から編み出した戦術だった。


 相手の動きが止まったことを確認したエメラーダは、弦を引く力を一層強める。すると、エメラーダとカルムの霊力が練りこまれた矢が現れ、弓に番えられる。


 そして、エメラーダはジョンに狙いを定めると、家族と仲間を護る為に引いていた弦を離した。


 その瞬間、彼女の脳裏にマリィの悲しげな顔が浮かんだ。


―っ!?ダ、ダメェ!! 


 自分の中の”何か”が警告したか思えたエメラーダが力の限り叫ぶと、ジョンに向って飛翔していた矢が彼に突き刺さる直前、形を失い猛烈な風を巻き起こし、ジョンの身体へと叩きつけた。


「っ?!!」

 強烈な突風によって、ジョンの身体は真後ろに吹き飛び、窓ガラスを割って外へと飛び出した。

 

 窓の外へ消えたジョンを見送ったエメラーダは、今まで経験した事の無い霊力を消費し、その場に両膝つく。すると、その手に握られていた弓が形を失い、再びカルムが姿を現した。


――お嬢様!


 あの状況で、強引に矢の力をエメラーダが解放するとは思っていなかったカルムが心配して詰め寄る。


 少し離れた場所で成り行きを見守っていたフェルトは、エメラーダを心配しながらも胸を撫で下ろす。

 先ほどエメラーダの放った矢は、誰の目から見ても確実に相手を殺すのに十分な威力を持っていた。例え、相手が何十人―元の世界から数えれば数百人―と人を殺めたシリアルキラーであっても、幼い娘の手を血で汚す事にならずに済んだことに、安堵したからだ。

 だが、すぐに思考を切り替え、フォルトはジョンが飛び出して行った窓を見つめる。

 今までその姿を捉える事が出来なかった殺人鬼を肉薄した今、ここで見逃す選択などフォルトの中には一欠けらも無かった。

 しかし、彼にはもう一つの心配があり、横たわる妻の姿を見た。


 ジョンに不合理な暴行を受け、虫の息と言っていい状態だったアレクシス。

 貴族令嬢ながら若い頃から戦場を駆けていた経験から、回復術を中心に鍛えていた彼女は、すでに自身の回復を始めている。だが、その回復速度はいつものアレクシスからすれば精彩を欠いていた。命に関わる状態は脱しているが、このままでは顔の傷などは残る可能性がある。自分も加勢すれば、その可能性は低くなると、フォルトも理解していた。


「・・・・すぐに、戻るっ」

 それでも、フォルトはジョンを追うことを選んだ。自分が知る妻なら、「犯人を追って」と言うはずと考えたからだ。クスリの影響が残り、思うように身体の動かせないフォルトだが、ミストラルに命令して風を纏わせると強引に身体を動かし立ち上がった。

 

 その時だ。


 パァーーーン!


 外から、乾いた音が響き渡る。


「銃声か!?」

 音の正体をすぐに理解したフォルトは、身体を引きずりながら外へと向った。


***************



「まさか、こんな事になるとは・・・」


 エメラーダの攻撃によって、外へと弾き出されたジョンは、ヨロヨロと立ち上がりながら憤怒の表情を浮かべていた。今までの犯行において、ここまで邪魔をされたことなど無かったからだ。


 すぐに中へと戻って自分の顔を見た者を始末しなければ、と動こうとした時だった。


 パァーーーン!


「ぐわっ?!」

 乾いた破裂音と共にジョンの右肩に衝撃が走り、鮮血が飛び散る。


 反射的に自分を撃った相手が後ろにいると察し、勢いよくジョンが振り返った。


「動くな!!」

 振り返った先には、油断なく拳銃を構えるティタニアとアークイラ、そして五人の騎士団団員が立っていた。その中でティタニア一人が鬼の形相でジョンを睨んでいた。

「ティタニア、いくらなんでもいきなり発砲する奴があるか。冷静になれ、オレたちはあいつを捕まえに来たんだぞ?」

 警告なしで発砲したティタニアに、アークイラが苦言を呈する。

 その言葉に、ティタニアはアークイラを一瞥すると、深く息を吐き出した。


『・・・・・・動かないで。少しでも逃げる素振りを見せれば、即座に射殺するわよ』

 落ち着きを取り戻したティタニアだが、無意識のうちに元の世界の言葉が口をついていた。その言葉を聞いて、ジョンの顔に驚きの表情が浮かんだ。


「その言葉、それにその姿・・・・お前、私と同じ世界の出身か?」

「えぇ、そうヨ。ジョン・マックィーン、クレスト連邦における五件の殺人と、ルーン王国における二件の殺人と一件の殺人未遂の容疑で拘束すル。大人しくしなさイ」

 ティタニアが逮捕理由を述べると、後ろに控えていた騎士団団員たちが一斉に身構える。

 だが、当のジョンは焦る素振りを見せなかった。

「ここに来て、警官か・・・・くくく」

 それどころか、楽しげに笑みを浮かべ笑い声を上げる。

 そんなジョンに、アークイラが怪訝な顔をした。

「何がおかしい?」

「いや、これも神が与えて下さった試練かと思うと、そのご期待に応えなければと思ってね・・・・っ!」

 突然、ジョンが上着を脱ぎ捨て、上半身裸になる。

 何事かと思ったティータニアたちだったが、ジョンの左胸を見て表情が凍りついた。


 ジョンの左胸に、マリィの顔が埋まっており、涙を流し恐怖に顔を引き攣らせていたのだ。


「な、何?あれ・・・・」

 あまりに現実離れした光景に、ティタニアは全身に鳥肌が立つのを感じ、発した声が震えた。

 一様に驚きと恐怖を見せる面々に、ジョンが楽しげに顔を歪める。

「ふふふ、凄いだろう?・・・・これが私が神から授かった力だ。子供の身体に入り込み、姿を自由に入れ替える事が出来る。しかも、子供はそのことに気が付かない・・・・まさに使命を果たす為の力といえる・・・そして、今この身体の中には、一人の少女を取り込んでいる。しかも、私と感覚を共有している・・・・もし、オレに危害を加えたら、どうなると思う?」

 そういうと、ジョンは隠し持っていた予備のナイフを取り出すと、肩を撃たれた左の腕を切りつける。すると、左胸のマリィが絶叫するように口を開け、泣き叫ぶようにのた打ち回るが、その口から悲鳴は上がらなかった。

 あまりの光景に、団員たちは顔を顰め、一人は耐え切れず目を逸らす。


「さぁ、偽善者たちよ・・・・分かったか?この少女を助けるためには、私を見逃すしかないことを。道を空けろ」

 ジョンの要求を聞き、ティタニアの中に怒りが込み上げる。

「なんて奴・・・・子供を利用する大人が許せないんじゃ無かったノ!?アンタは今、自分の目的の為にその女の子を利用しているじゃない!」

 言っていることとやっている事が矛盾しているジョンに、ティタニアが声を荒げる。しかし、ジョンはその指摘に首を横に振った。


「違うな・・・・全くもって違う。彼女はオレの協力者だ・・・・だから、これは利用には当たらない」

 ジョンの口から飛び出す支離滅裂で自分勝手な言動に、ティタニアの我慢が限界を振り切り、引き金に掛かっている指に力が篭る。


 そんなティタニアに、アークイラが手で制した。


「まともに取り合うな、ティタニア・・・・あんな状態になった人間をこの場で助ける事が出来ると思うか?オレたちが優先すべきは、ジョン・マックィーンの身柄確保だ。それ以外のことを考える余分はない」

「アークイラ・・・・でも・・・」

 アークイラの言い分も、ティタニアには理解できた。ジョンに取り込まれた少女を救う方法など、ティタニアは知らない。ならば、アークイラの言うとおり、ジョンの身柄を確保した後で、対応を考えるのが当然だった。だが、声を発することが出来ず、涙を流しながら無言で助けを求めるマリィを見て、ティタニアの心が揺れる。


 彼女の性格を知っているアークイラは、ティタニアは決断出来ないだろうと決め付け、ジョンの身柄確保のために、行動を開始する。


 右腕の袖に隠していた折りたたみ式のショートボウを取り出し、ジョンに向けて構えた。

「ジョン・マックィーン、貴様を拘束する」

「ほぅ・・・・あくまで私を捕まえるか?この子を見殺しにするとは、酷い男だ」

 ショートボウを構えたまま距離を詰めるアークイラを牽制しようと、ジョンは手にしたナイフをマリィの顔へと近づける。近づくナイフに、マリィが声無き悲鳴を上げるが、アークイラは表情一つ変えずにいた。


「猿芝居はやめておけ・・・その少女が死ねば、貴様自身にも影響が出るはずだ。貴様は、その子を殺せない」

「ならば、試してみるか?」

 売り言葉に買い言葉。ジョンが、マリィの顔にナイフを付きたてようとした時だ。


―?!やめてください!!


 突然、その場にいた全員の頭にエメラーダの声が響き渡る。

 それと同時に、孤児院の中からエメラーダが血相を変えて飛び出してくる。その姿を見て、アークイラは目を見張った。

「!?・・・まさか、エメラーダか?」

 アークイラがエメラーダを見たのは赤ん坊の頃に一度きりだが、今のエメラーダは子供の頃のファルファッラの面影があったため、すぐに現れた少女が姪だと分かった。


 そして、それが致命的な隙になる。


「助かったよ、お嬢さん!」

 ジョンが、手にしていたナイフを、エメラーダに向けて投げつける。

―?!

「くそっ!!」

 飛んでくるナイフにエメラーダが身体を硬直させ、そのナイフをアークイラが撃ち落そうとショートボウの狙いをナイフに向けた、その時。


「これ以上、家族を傷つけさせない!!」

 エメラーダとナイフの間にフォルトが滑り込み、手にした槍でナイフを叩き落した。


―お父さん!

「っ・・・エメラーダ、怪我は無いか?」

 無理を押して出てきたフォルトが、肩で息をしながらエメラーダを庇うように立ちはだかる。

 

「っ・・・」

 エメラーダを攻撃してその隙に逃げようと画策したジョンだったが、その目論見は簡単に崩れ去り、再び窮地に立った。

 ショートボウの狙いをジョンへと戻したアークイラが、睨みつけるように見据える。


「最後の悪あがきだったようだな」

「・・・ふん!だが、お前たちが私に手が出せないのは変わらない。この娘が私の身体に居る限りな!」

 ジョンの言うとおり、マリィを助け出さなければアークイラたちは強硬な手を打つ事が出来ない。ジョンの胸に埋まるマリィが「自分のせいだ」、とさめざめと泣く姿に、エメラーダが悲痛な面持ちで見つめる。

 そんな中アークイラは、事態を打開する為に、自分を悪者にしてでもジョンを捕まえる覚悟を決め、呼吸を整え始めた。


”ほぉ〜・・・つまり、その子を如何にかすれば、解決するわけだな?”

 

「?!」

 突然、敷地内に声が響き渡り、全員が声のした正門の方を見つめる。


「ド、ドラグレア様!それに、姫様にフレミー君も!?」

 そこには、不敵な笑みを浮かべるドラグレアと、険しい表情を浮かべるフェリシアとフレミーの姿があった。

「よう、フォルト。随分苦戦しているようだな?孤児院の方は大丈夫か?」

 軽い口調のドラグレアの問いかけに、フォルトの表情が目に見えて暗くなる。


「命を落とした者はいませんが、妻が大怪我を負い、子供達も眠ったままです・・・」

「?!ドラグレア様、そっちは私に任せてください!」

 アレクシスが大怪我を負っていると聞き、フェリシアが建物に向って駆け出す。

「頼んだぞ、フェリシア!」

 その背中をドラグレアが見送る中、彼女の騎士であるフレミーはフェリシアの後を追うことなく、真っ直ぐジョンを見据えていた。


「ドラグレア様、あの男は私が・・・・」

「出来るのか?」

「はい、やります」

 ドラグレアの言葉に頷き、フレミーはゆっくりジョンへと歩いていく。


「何だ、お前は?それ以上近づけば、この娘が「黙りなさい、この外道が!」?!」

 マリィを人質に、ジョンが脅しをかけようとするが、フレミーはそれを一喝して遮る。

 その気迫にジョンはたじろぎ、マリィは涙を浮かべてフレミーを見つめると、フレミーは優しく微笑んだ。

「心配しなくていい・・・今助けるから」

 そう言うと、フレミーは表情を引き締めて、腰に下げる聖剣の柄に手を掛けた。


「行きますよ、プロウェス・カリバー」

”ハイ、フレミリア様”

 フレミーの言葉に呼応し、聖剣を納めた鞘の封印が外れ、ルーン王国の宝剣が姿を現す。


「まさか・・・この娘もろとも私を斬るつもりか!?」

 聖剣を構えるフレミーにジョンは驚きを隠せず、焦りを見せる。

 エメラーダもフレミーを止めようと声を掛けようとするが、やってきたフェリシアに「大丈夫から、フレミーのこと信じてあげて」といわれ、エメラーダは止めるのをグッと堪えた。


「・・・・聖剣プロウェス・カリバーよ。悪しき意思に囚われた無垢なる魂を解き放て!はぁぁああああああ!!」

 光り輝く聖剣を上段に構え、フレミーが気合と共に振り下ろすと、光の奔流がジョンへと襲い掛かる。


「ぐぉあぁあああああああああああああああ!??」

 光の奔流に晒されたジョンの身体が絶叫と共に形を失い、光の中へと消える。


 眩い光が収まり全員が目を開けると、そこには裸のマリィが佇んでおり、そのまま力なく地面に倒れてしまう。

―マリィさん!?

 慌ててマリィに駆け寄ったエメラーダは膝をつき、マリィの身体を抱き起こすと羽織っていた上着を彼女にかけた。


「・・・エメ・・ラーダ・さん・・・・・・わたし、たすか・・た?・・あ・・ぁあああああ!」

―っ?!・・よかったです・・本当に、よかったです・・・・・・うわぁあああああ!!

 自分が助かると思っていなかったマリィは、助かった安堵からエメラーダの身体に抱きついて泣き出し、エメラーダも感極まって一緒に泣き出してしまった。

 そんな二人を見つめながら、アークイラとティタニアは目の前で起こった現象に、目を見張っていた。


「まさか、無傷のまま少女からジョンだけを倒したのか?」

「信じられなイ・・・・?!」

 視界の端で動く物体を見つけ、ティタニアが視線を動かすと、そこには軟体動物のような肉塊と化しながらもジョンが生きていた。


「ば、ばかな・・・・こんな事がありえるはずが・・・・」

 現状が受け入れられず、ジョンは呆然としている。子供に寄生したジョンが、子供から離れる唯一の方法は彼の意思によってのみで、例え高度な外科手術を以てしても引き剥がすのは不可能である。しかも、離れる際に子供の生命エネルギー・・・・つまり命を吸い尽くして離れるため、この方法ではマリィは助からなかったのだ。


 茫然自失となるジョンに、影が落ちる。


「聖剣プロウェス・カリバーだからこそ出来る芸当だ・・・・あえて言うがお前の敗因は、この国に手を出した事だ」

 ジョンが見上げると、そこにはドラグレアが立っており、ジョンを見下していた。


「まだだ・・・まだ私は使命が・・・・?!」

 切り札を失ってなお足掻こうとするジョンだったが、言葉を詰まらせる。

 ドラグレアの紅い瞳がいつも以上に怪しい光を帯び、その背中には龍に似たオーラが漂っており、その迫力に気圧されたからだ。


 ジョンが黙った事を確認したドラグレアは、ジョンに向って手を翳し霊力を集中させる。すると、ジョンの這い蹲る地面に紋章が浮き上がり、間を置かずに術式が発動した。

 一瞬、眩い光が辺りを照らしたかと思うと、ジョンが物言わぬ銅像のように動かなくなってしまった。

 

「お前の使命とやらはここで終わりだ。この孤児院が被害にあった以上、そのことを知ったらあいつらが黙っちゃいないからな・・・・だから、お前の刑の執行人はソラトたちに任せることにしようか。喜べよ?なんせ、ルーン王国最凶の異世界人たちが直々にお相手してくれるんだ・・・きっと生きたまま地獄へ連れて行ってくれるはずだ」


 冬華とうかから教えてもらった時間凍結術式を使い、ジョンを拘束したドラグレアは、聞こえていないと知りながらも、楽しそうに”判決”を述べた。

 呆然としていた騎士団団員たちに、ジョンを運ぶよう指示したドラグレアが、アークイラたちへと視線を向ける。


「では、約束どおり犯人の身柄はこちらが預かる。文句は無いな?」

 ドラグレアの言葉に、アークイラもティタニアも納得していないながらも頷いた。今回、ルーン王国とクレスト連邦の間において、連邦側が犯人の身柄引渡し要求をしないことが決まっており、ジョンの罪を裁く権利はルーン王国側が握っていた。

 そのことをルーン王国を訪れる前に、上司から聞かされていたが、特にティタニアは納得出来ずにいた。

 そんな彼女に、ドラグレアが笑みを浮かべる。


「身柄は引き渡せないが、こいつがどんな目に合うか気になるなら、あとで招待してやる。特に、そっちのお嬢さんは見届けたいだろう?」

 紅い瞳を怪しく光らせるドラグレアの問いに、ティタニアは言い知れぬ恐怖を感じながらも「その時は、お願いしまス」と頷く。


 こうして、クレスト連邦とルーン王国を跨いだ連続殺人事件は幕を閉じた。



******************


 

 犯人逮捕から三日後。


 事件後、フェリシアの活躍によってアレクシスの怪我は傷が残ることなく全快し、眠ったままの子供たちも事なきを得た。子供たちは何があったのか一切気が付いておらず、目覚めた後もいつもどおり元気一杯に走り回っていた。

 事件の一番の被害者であるマリィは、住んでいたクレスト連邦の孤児院が閉鎖されてしまっていたため、そのままチェンバレン孤児院で引き取られる事になった。

 壮絶な経験をしたため憔悴しきっていたマリィだが、声を掛けても前のように逃げることはなく、寄り添うように話しかけてくるエメラーダと、少しずつだが話しをしている。

 

 事件の事後処理などで騎士団が忙しい最中、アークイラとティタニアはルーン王国での仕事を終え、ディアグラムにある連邦行きの船が出る船着場にいた。

 二人は見送りは不要と言っていたのだが、フォルトとエメラーダの二人が見送りに来ていた。


 フォルトとティタニアが世間話をしている中、アークイラとエメラーダは特に言葉を交わすことなく、気まずそうにベンチに座っていた。


「・・・・・・」

―・・・・・・


 エメラーダの父親がフォルト、そしてアークイラがエメラーダの叔父だとお互いに知り、事件後アレクシスとエメラーダも交えて話し合いの場が持たれ、エメラーダはフォルトたちと一緒に暮らす事になった。この決定には、エメラーダの意思が尊重されており、彼女自身がフォルトたちと一緒に暮らしたいといったため、アークイラも了承したのだった。


 船の搭乗時間が近くなった頃、エメラーダがアークイラに声を掛けた。


―あの・・・・叔父さん

「何だ?」

―その・・・・こ、今度会う時でいいから、あの・・・お母さんが使ってた結界術を教えてくれないですか?

 エメラーダの要望に、アークイラは少し驚きを見せる。アークイラたちが育った里は、弓と同様に結界術も幼い頃から子供に教えている。

 それなのに、姉が娘に結界術を教えていなかった事が、アークイラには驚きと同時に不思議だった。

「何だ、姉貴から教えて貰って無いのか?」 

―はいです・・・お母さんは、もう少し大きくなったら教えてあげるって、前に行ってたです。でもお母さん、いつ目が醒めるか分からないから・・・・

 

 フォルトたちから、ファルファッラの魂がエメラーダの首に掛かる御守に込められ、長い眠りについている話を、アークイラも知っていた。

 ファルファッラに何か考えがあって、今まで教えていなかったとも考えられたが、これ以上結界術の習得が遅くなるとエメラーダが苦労してしまうだろう、とアークイラは持っていたカバンを開けて、何かを探し始める。


「オレのやっている仕事は、早々休みの取れる仕事じゃなくてな。今度会うとなると数年、下手をしたら十年以上後になるかもしれん。だから、お前に術を教えてやれない」

―・・・そう、ですか

 叔父の素っ気無い言葉で落ち込むエメラーダに、アークイラはカバンから古びたノートを取り出し、エメラーダの前に差し出した。


「教えてはやれないが、道しるべになる物をやる。これはオレの親父・・・つまりエメラーダの祖父さんが残した結界術に関する研究資料だ。本来なら姉貴が持っておくべき物なんだが、姉貴の奴「無くしそうだから、あんたが持ってて」と、オレに押し付けやがってな・・・・こいつをお前に渡す。これを見ながら、自分で研究し修練して物にしてみろ・・・そうしたら起きてきた姉貴に見せてやれ、絶対驚くぞ」

―本当ですか?!

「あぁ・・・」

 母を驚かせる事が出来ると聞き、エメラーダが嬉しそうに受け取ったノートのページを捲り中を見る。


「アークイラ、時間ヨ」

「分かった・・・・」

 呼びに来たティタニアに返事をしながら、アークイラは立ち上がると、目の前にフォルトが立っていた。

「お元気で」

 手を差し出し、フォルトが握手を求めるが、アークイラは手を握ることなくフォルトに近づく。


「・・・・エメラーダを悲しませたら、オレはアンタを一生許さないぞ」

 殺気を帯びたアークイラの言葉に、フォルトの顔から笑顔が消え真剣な表情へと変わった。

「分かっている。我が槍と水の神に誓って約束する」

 その言葉を聞き、アークイラが目を瞑り数瞬考え込むと、目を開き差し出されていたフォルトの手を握る。


「あんたと、あんたの家族に幸多からん事を」

「!?・・・・ありがとう」


 フォルトとエメラーダに見送られ、アークイラとティタニアは船へと乗船する。

 船のデッキから岸壁にいる父娘を降ろしながら、ティタニアがアークイラに声を掛けた。

「良かったノ?姪っ子さんのこと」

「あいつが自分で決めた事だ。それに・・・エメラーダが幸せそうにしている所に、割って入れるほどオレは人でなしのつもりはない」

「ふ〜ん、そっカ」


 アークイラの言葉に、ティタニアが笑みを浮かべる。そんな彼女の様子を訝しげな目でアークイラが見た。

「なんだよ?」

「アークイラも、そんな優しい表情するんだなって思っテ!」

「うるさい!・・・・帰ったら仕事が山積みなんだ。気持ちを切り替えろよ」

「分かってるわヨ」

 恥ずかしさを隠そうとする相棒を見て、ティタニアは笑みがこぼれる。


 そんなやり取りをしながら、船は出港する。


 出航する船を、フォルトとエメラーダは手を繋いで見送っていた。



 それから後、国境都市【ロード】にある【旧ロード国歴史博物館】のマルカス家の展示スペースに二組の家族の写真が飾られることになる。


 一枚はマルカス家最後の当主と妻と息子の写った写真。そしてもう一枚は、生き残った息子と妻、二人の子供の写った写真が飾られている。どちらも幸せそうに笑顔を浮かべ、訪れる人々を穏やかな気持ちにさせると評判になるのだった。



やっと終わった・・・・・

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