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本当の家族へ(4)

五か月以上ぶりの更新です!


お待たせしてしまって、申し訳ありません!!

―あ・・・・シスさん、あの・・・ごめんなさいです。わたし・・・

 落ち込むエメラーダに、アレクシスは首を横に振り、エメラーダの前に膝を着くと、彼女の手を優しく握り締めた。


「エメちゃん、謝らなくていいのよ・・・・・ごめんなさい、貴女一人に、あの子を任せてしまって」

―・・・わたしも、彼女の事を放って置けないって思ってましたから。でも、どうしたらいいのか・・・分からなくて


 今回孤児院で引き取った五人の子どもの内、マリィだけが大人に対して激しい”拒絶反応”を見せていた。アレクシスは、彼女の反応を見て長い期間、大人に虐待されていたのだろうと考え、自分たち大人が声を掛けるより、子供たちから環の中へ誘えるよう、一歩後ろに引いて様子を見ることにし、今では孤児院のお姉さん的存在になっていたエメラーダに、「出来うる限り声を掛けてあげて」と頼んでいたのだ。


 エメラーダとしても、マリィを一目見た瞬間から、何故か「助けなきゃ!」という想いに駆られていた。しかし、声を掛けようにも自分は失語症で、コミュニケーションは”心の声”で行うしかないため、相手を怖がらせているのではないか?と頭の片隅に過ぎってしまい、エメラーダはもう一歩踏み込めずに居た。


「焦っては駄目。ゆっくり、時間を掛けてもいいから・・・根気強く、あの子に接してあげて」

 エメラーダの頬を優しく撫でながら、アレクシスは「今の自分には、これ位しか出来ない」と、アドバイスを行う。

 そんな優しく励ましてくれるアレクシスに、エメラーダはいつも、母ファルファッラと同じ物を感じていた。外見や性格など、ファルファッラとアレクシスは似ても似つかないが、二人に共通する事は、「子を産み育てる」という経験している点が上げられる。

 その事を、エメラーダは敏感に感じ取り、彼女に”母の影”を見ていたのだ。


 だが、エメラーダはアレクシスとの間に一線引いている。彼女を引き取る際、アレクシスはエメラーダに「色々戸惑う事もあると思うけど、困ったことがあったら、私こと”お母さん”と思って頼ってくれて良いからね。私たちはもう、家族なんだから」と伝えていた。

 その言葉を聞いたエメラーダは、父やその家族が自分を拒絶することなく受け入れてくれたことが、とただ嬉しかった。


 その一方で、そんな優しい父たちに、「自分と言う存在がこれから先、多大な迷惑をかけるのではないか?」と、自分の存在のせいで母が死んだと思っているエメラーダには、自分がこの幸せな家族を壊す原因になる可能性を感じずにはいられなかった。

―・・・はいです、シスさん


 そして、その考えのせいでエメラーダは未だに、レーヴェ家に”馴染めず”にいたのだった。



 次の日。


―マリィさん!一緒に遊びませんか?

 エメラーダは、めげることなくマリィに声を掛けていた。


「・・・・・・」

 しかし、マリィもエメラーダを無視し、逃げ回っている。

 それでも、エメラーダはアレクシスのアドバイス通りに、根気強くマリィに声を掛け続けた。

 

 そして一週間ほど経つ頃、ある変化が起きた。


―マリィさん、何してるんですか?

 一人、部屋の隅に居たマリィに、エメラーダが笑顔で声を掛ける。

 ニコニコと笑うエメラーダーに、いつものマリィなら無言で立ち去るはずが、今日の彼女は逃げることはなかった。


「・・・どうして、そんな風に笑えるの?」

―・・・え?

 今まで返事を返してこなかったマリィの言葉に、エメラーダは即座に返答できず、固まってしまう。

 孤児院に来てからというもの、マリィの顔に表情が生まれることはなかった。だが、エメラーダを見つめる今の彼女は、悲痛な表情を浮かべている。


「今まで、ずっと無視したのに・・・どうして、あなたはそんな風に、わたしに笑顔で声を掛けられるの?」

 初めて自分に言葉をぶつけたマリィを見て、エメラーダは嬉しさのあまり喜びが顔に出そうになるが、必死に堪えて真剣な面持ちでマリィを見つめ返した。


―・・・・それは、わたしがそうしたいと思ったからです。マリィさんは、いつも一人で苦しそうな顔をしていたです。だから、少しでも苦しみを和らげられたら、て思って・・・・

「っ・・・・」

 エメラーダの言葉に、マリィは驚きを露にし、その顔を隠すようにすぐに俯く。


―あ、あの・・・マリィさん?

 俯いたままのマリィに、エメラーダがアタフタとしていると、バッとマリィが扉へ向って歩き出した。

「おねがい・・・もうこれ以上、わたしに関わらないで」


 エメラーダとすれ違う際、マリィはその言葉だけを残し、部屋を出て行ってしまった。


―マリィさん・・・・


 残されたエメラーダは、彼女が出て行った時、扉だ閉まる瞬間にマリィの目に光るモノが見えた気がした。

 そのことに、エメラーダは自分のやっている事で、彼女を傷つけてしまったのではないか?と思い、その場から動けなくなり、マリィを追いかけることが出来なかった。


 そしてこの後、エメラーダはこの時にマリィを追いかけてでも、彼女から話しを聞いていれば良かったと、後悔することとなるのだった。

 

*********************



 エメラーダから逃げてきたマリィが気が付くと、物置などがある孤児院の裏側にいた。そこは、場所的に孤児院の建物と隣に隣接する建物との関係で、日中でもあまり日が差さないため全体的に薄暗く、孤児院で使わなくなったガラクタなどが置かれているので、幼い子供たちは怖がって近寄らない場所だった。


「ふ・・・うぅ・・・うぅぅ・・・・」

 人の気配を気にしてか、マリィは声を殺して泣き出した。自分の様な何も覚えていない(・・・・・・・・)人間を心配してくれるエメーラーダの優しさに対する嬉しさと、そんな彼女の気持ちを、何故意思に反して無碍にしてしまうのかという疑問と罪悪感がごちゃ混ぜになり、感情がコントロール出来なくなったのだ。


”おやおや・・・一体、何を泣いているのかな?”

「っ!?」


 突然、男の声が聞こえ、マリィは身体をビクッと強張らせ、恐る恐る辺りを見渡す。

 しかし、辺りに人影は見えず、何処から声が聞こえたのか分からず、マリィは涙を拭い眉を顰める。


”何処から声が聞こえるか、分からないと言った様子だね?・・・こっちだよ”


 再び聞こえた声の発生源を探して、もう一度今度は注意深く辺りを見渡すと、背中にあった孤児院の窓ガラスに映る自分の姿が目に入ったが、マリィは違和感を覚えた。


 何故、自分は瞬きをしているはずなのに、ガラスの中の自分は瞬き一つしていないのか?と。

  

 すると、窓ガラスに映るマリィの口角が、まるで引き裂けて三日月のように上がった。


「ひっ?!」

 見たことのない自分の顔に、恐怖のあまりマリィは悲鳴を上げて後ずさる。


『やはり、私を認識できるようになっていたか・・・・他の子供に比べて、君は早かったな』

 ガラスの中のマリィが、男の声で喋るが、その声には若干の失望感が滲んでいる。そんな声を聞きながら、全く状況が飲み込めないマリィは、膝を震わせ今にも地面にへたり込みそうになっていた。

 恐怖に震えるマリィに、ガラスの中のマリィが再び笑みを浮かべる。


『まぁ思えば、君は当初から無意識の内に他人から距離を置いたり、逃げ出そうとしていた。おそらく拒絶反応がそうさせていたのだろうが・・・・神の救済を理解できないとは、やはり人選ミスだったか。相性(・・)は良かったのだけどな』

 一人勝手に喋るガラスの中のマリィに、マリィ本人の恐怖は高まりつつある。


『そんなに怖がらなくていい。準備は全て終わったからね。何も心配要らない』

「準・・備・・・・?」

『そう、この孤児院にいる者たちを、神の御許へ送る準備だ。これが済めば、君も他の子供たちと同様に、神の御許へ送ってあげよう。安心して私に身を委ねるんだ』

 そういうと、窓ガラスの中のマリィの姿が獣人と思われる男の姿へと変わり手を伸ばす。その手が窓ガラスから出てマリィへと伸びてくる。

「い。いや・・・・いやっ・・・・・」

 首を振り、必死に抵抗するマリィだが、彼女の意思に反し身体が動かず、その意識は急激に遠のいていった。

 

*************



 同じ頃。

 ルーン王国で二件目の事件が起きてから一週間が経とうとしていたが、王都ディアグラムのアルバート騎士団本部にて待機しているアークイラとティタニアの元には、未だに有力な情報は入ってきていなかった。

 

「この一週間、有力な手がかりは無しか・・・・」

 各騎士団から上がってきた報告書を見ながら、アークイラがため息をつく。


「焦っても仕方ないワ。元の世界でも、焦りから捜査に綻びが生じ、犯人を見逃すという失態を何度もやっていル・・・情報に見落としが無いか、もう一度調べてみましょウ」

 そういうとティタニアは、クレスト連邦の事件資料とルーン王国の事件資料を手に取り、情報を洗い直し始める。彼女の姿を見て、アークイラも別の資料を手に取ると、目を皿のようにして読み返し始めた。


 それから時間が流れ、窓の外が真っ暗になっている。

 アークイラたちの居る部屋のドアがノックされ、ドアが開いた。

「・・・失礼します。お二人とも、夕食まだですよね?差し入れを持ってきたので、一息入れませんか?」

 入ってきたのは、アルバート騎士団の副長であるアルフレットだった。彼の手には、街で人気になっている食べ物屋のテイクアウトの包みが握られている。


「あ、アルフレットさン。もうそんな時間だったんですネ・・・すみません、気を使ってもらっテ」

 包みを受け取りながら、ティタニアが時計に目をやると、すでに夕食と言うには遅い時間になっていた。

「いえいえ、お気になさらずに。そこのホットサンドは中々の一品で、騎士団でも人気なんです。暖めなおしているんで、温かい内に召し上がってください」

「そうなんですね!おいしそうな匂いで、お腹すいちゃった・・・・アークイラ、貴方はどれがいイ?」

 包みを開けて、中のホットサンドを品定めするティタニア。そんな相棒に、呆れてため息を漏らしながら、アークイラはアルフレットへと顔を向ける。


「それより、何か新しい情報は入ってないか?」

「・・・申し訳ありません。これといった情報は特に。各騎士団団員が全力を尽くして探索はいるのですが・・・」

「そうか・・・・」

 この一週間でアークイラは、ルーン王国騎士団の捜査能力を概ね把握していた。決して彼らの捜査能力は低くない。寧ろ、クレスト連邦よりも高いと彼は評価していた。そんな騎士団が全力を傾けてなお、犯人の影さえつかめないとなると、やはり何か重大な事を見落としているか、もしくは自分たちは根本的な考え違いをしてるのでは、とアークイラは焦りを覚える。

 そんな相棒の心の内を知ってか知らずか、ティタニアは勝手に選んだ方を頬張ると、残りが入った紙袋をアークイラの机に置いた。


「そういえば今日、フォルト団長の姿が見えなかった気がするんですが、お休みですカ?」

 フッと、今日一日フォルトと顔をあわせていなかったことをティタニアは思い出し、副官であるアルフレットに所在を聞く。

 実のところ、一度フォルトが様子を見に来ているのだが、ティタニアは書類に集中していた為、彼が来た事に気が付いていなかった―当然ながら、アークイラは気が付いている―。そのことをフォルトから聞いていたアルフレットは彼女の名誉の為に、その辺りを伏せてフォルトの事を伝えることにした。


「団長でしたら、少し前にアルバート城から戻られて、ご自宅に帰られました。ここ数日帰れていなかったので、ご家族が心配だったみたいで」

「こんな状況で仕事ホッポリ出して帰れるとは、団長と言うのは、いい身分だな」

 アルフレットの説明に、アークイラが棘のある言葉を吐く。正直な所、何故フォルトに対してそこまで敵愾心を持つのか、アークイラ自身、自分の心が理解できなかった。だが、それでも言わずにはいられない、とアークイラは口にしていたのだ。そんな彼の言葉を聞いて、ティタニアは呆れ、アルフレットは目に見えて抗議の眼差しを向ける。


「仕方ありません。団長の奥様は、孤児院を運営されているんです。今回の犯人が孤児院を標的にしているため、ことさら心配なのですよ」

 少し怒りの混じったその言葉に、時間が止まったかのような静けさが部屋を支配し、アークイラとティタニアは驚きを露にする。

 そして、ティタニアが声を上げた。

「・・・・ちょっと待てくださイ!フォルト団長の奥様が、孤児院を運営していル?!本当なのですカ!?」

「え、えぇ・・・そうですけど、ご存知ではなかったのですか?」

 アルフレットの問いに、アークイラは「興味なかった」と首を横に振った。しかし、ティタニアはその問いに答えることなく信じられないといった面持ちで、目を見開いている。


「どうかしたのか?」

 相棒の様子に、アークイラが眉を顰めると、突然ティタニアがアルフレットに詰め寄った。

「あの!そのことを、知っている人間はどの位いますカ!?」

「え?・・・・まぁ、団長の奥様、アレクシス様のご実家は王国でも有数の名家ですから、結構有名な話ですよ。余程興味の無い人でもない限り、大概の国民は知っているはずです」

「っ!!」

 血相を変えたティタニアが、自分のカバンを開けると、かぎ付きの内ポケットを開け、銃の収まったホルスターを取り出し、ブラウスの上から手早く身につける。そしてホルスターからオートマチック式拳銃を引き抜き、マガジンを引き抜いて弾の状況を確認し始めた。この銃は、彼女が元の世界から持ち込んだもので、相棒のアークイラにも伝えていない代物だった。

 

「お、おい!ティタニア!?」

 銃を取り出した彼女の形相を目の当たりにし、アークイラが慌てて声をかける。すると、銃を見つめたままティタニアが淡々と口を開いた。

「私のいた世界で、犯行を目撃した警官が殺されたのは話したわよネ?実はその後、あの男は報復のつもりなのか、警察関係者の親族や知り合いが運営したり、ボランティアとして手伝っている孤児院を標的にしたノ」

「ま、待ってください!では、犯人は・・・」

「次のターゲットは、フォルト団長の奥様が運営する孤児院でス!」

 ティタニアの言葉に、アルフレットの表情が凍りつく。だが、ティタニアはそのことを気に留めることなく、銃をホルスターに戻しカバンを持つと部屋を飛び出してしまった。


「あの馬鹿、場所知らないくせに先走りやがって!悪いが、先に行く!何人か人手を借りるぞ!!」

「は、はい!」

 すぐに後を追い変えるために、アークイラもアルフレットに声を掛けると、部屋を飛び出していった。急な展開だが、そこは歴戦の猛者である騎士団副長。すぐさま意識を切り替え、団員たちに緊急召集をかけるため急いで部屋を出た、その時だ。


「クレストから来ていた捜査官たちが血相を変えて出て行ったが、どうかしたのか?」

「アルフレットさん、何かあったのですか?」

 

 声を掛けられアルフレットが慌てて振り返ると、そこには何故かドラグレアとフレミーが、不思議そうな顔をして立っていた。



***********


―・・・・っ?!


 夜、エメラーダは飛び起きるように目を覚ました。理由は、王都に住む精霊たちが、異変を知らせてくれたからだ。 

 ただ、聖域にいた精霊たちと違って、王都にいる精霊たちは力が弱いためか、明確な意思は伝わらず、漠然と「こう思っているようだ」としか、エメラーダも認識できていなかったが、聖域でのあの夜と同じ胸騒ぎがして飛び起きた。

 フォルトの家にエメラーダの部屋があるのだが、彼女は先に述べた理由から、フォルトたちに遠慮して孤児院の方で寝起きをしている。

 辺りを見渡すと、子供たちがスヤスヤと眠っているのが見えて、エメラーダは取り越し苦労だったかと思ったが、ベッドが一つ蛻の殻なのに気が付いた。


 それはマリィが使っているベッドだった。あの後、戻ってきた後も何事も無かったように一人でいたマリィに、エメラーダは気を使って声を掛けられずにいた。

 そんな彼女の姿が見当たらない事に、エメラーダは不安を書き立てられる。


 すると、孤児院の広間の方から大きな物音が聞こえた。


―な、何の音ですか?


 嫌な予感が脳裏を過ぎり、エメラーダはベッドから抜け出ると、恐る恐る広間へと向った。


 子供にとっては夜遅い時間。暗い廊下を歩いていくエメラーダの目に、広間の扉が見え光が漏れている。そして中からは話し声が聞こえてきた。


 広間の扉の隙間から中を覗いたエメラーダは、そこから見える光景に心臓が押し潰させるような感覚を覚えた。


 広間の床に、アレクシスを始め、孤児院の職員やボランティアの人たちが倒れており、口々に「助けてくれ」や「身体が動かない」と叫んでる。そして、アレクシスの前には、彼女を庇うようにフォルトが膝をつき、愛用の槍で辛うじて身体を支えており、右脇腹からは出血が見えた。


―お父さん、シスさん!!

 その光景に、エメラーダは居ても立っても居られなくなり、危険を顧みず扉を勢いよく開けて飛び込んでいた。


「?!エメラーダ!?」

「ッ、エメちゃん?!どうして!?」

 現れたエメラーダに、フォルトとアレクシスが悲鳴に近い声を上げ、他の職員たちも声にならない悲鳴を上げている。


 中に入ったことで、エメラーダは広間の状況が分かり、フォルト以外怪我をしていなかった。フォルトの怪我も、契約している精霊たちのお陰か、出血は止まっている。そして、父を刺した犯人の姿も見つけることが出来た。


 エメラーダにとって見慣れた背中。だがその手には、子供が持つには長すぎる凶器が握られ、フォルトの血で濡れている。

 否応無く、目の前の人物が犯人だと判るのだが、それでもエメラーダはこの状況を拒否したいと、目の前の少女に声を掛けた。


―マリィさん・・・・・・嘘、ですよね?

 震えるエメラーダの声に、マリィがゆっくりと振り向く。そして、静かに口を開いた。


「驚いた。”薬が充満した”この中で、まさか動ける子供がいるとは・・・獣人には効いたが、やはり、エルフなどは別物と言う事か。前もって有効か試せなかったのが失敗だったな」

 可愛らしい少女の声とは程遠い、男の声を発するマリィ。これには、フォルトやアレクシスたちも驚愕の表情を浮かべる。


―あ、あなたは・・・一体誰ですか?


「ひどいな、エメラーダちゃん。わたしは、マリィだよ?」

ーっ!

 今度はマリィの声が聞こえてくるが、まるで作られた人形の様な笑みを浮かべるマリィの顔に、エメラーダは一層表情を強張らせる。

 

「なんてね。さすがに引っかからないか・・・まぁ、私にとって正体など、有って無い様なものだがな・・・・・っ!!」

 再び男の声に戻り、おどけてみせるマリィの身体が突然、ボコッ!と音を立てて膨張し始める。そして、次の瞬間には犬耳の生えた男の姿へと変わった。


「ふぅ・・・・やはり、この姿のほうがしっくり来るな」

 ゴキッと首を鳴らし、男が身体の調子を窺う。十二歳の少女が、全くの別物へと変貌したことに、その場にいた殆どの者が呆気に取られるが、只一人、フォルトだけが男の顔を見て表情を歪めていた。この一週間、探しても見つからなかった犯人が、まさか子供に姿を変えていたとは思いも寄らなかったからだ。目の前に居る男は間違いなくティタニアが持っていた写真の男、ジョン・マックイーンだが、姿を変える能力の情報はティタニアも持っていなかった。おそらく、グラン・バースに召喚されたことによる”能力の発現”で手に入れたのだろう、とフォルトは推察する。だが、ジョンの言う”薬”のせいか、フォルトの身体は殆ど言う事を聞かず、辛うじて契約精霊の一体であるミストラルの力で支えているのが精一杯だった。


 万全だと確認できたジョン・マックイーンは、手にしていた刃物を持ち替えた。


「さて、ではそろそろ儀式に移るとしよう。正直、子供には安らかな旅立ちを迎えて欲しかったが仕方ない。私の手で、神の御許へ送ろう・・・」

 ジョンの散布した薬の影響で、大人は意識はあっても動く事が出来ない。子供とは言え、動く事の出来るエメラーダに邪魔されては困ると、先に殺す事を優先したジョンが、ゆっくりとエメラーダへ歩み寄る。


「エメラーダ!僕たちのことはいい!ここから逃げて、騎士団本部のアルフレットにこのことを伝えるんだ!」

 殆ど役に立たない自分の身体を槍と精霊の力で支えながら、フォルトは娘に救援を呼んでくるように指示を出す。


―で、でも・・・

 しかし、また自分ひとりだけが逃げなけれならない状況に、エメラーダは聖域での出来事を再び思い出し、足が竦んでしまう。


「エメちゃん、お願い!子供たちを、助けてあげて!・・・・っ!?」

 明らかに迷いを見せるエメラーダに、アレクシスが懇願するように声を掛ける。だが、そんな彼女に影が落ち、アレクシスが驚いて視線だけを動かすと、無表情のジョンがアレクシスを見下していた。


「子供たちを、助けて?・・・・やはり、貴様もそうか。そうやって、子供を心配するフリ(・・)をして、偽善者振るつもりか?・・・・この悪魔が!!」

 アレクシスの言葉が気に入らなかったのか、ジョンが憤怒の表情を浮かべると、一切の手心無く、アレクシスの腹部を蹴りぬいた。


「あぐっ!」

「シス!」

―シスさん!!

 ボグッ!っと生々しい音が響き、フォルトとエメラーダが悲鳴を上げた。身体が動かない為、身を守ることの出来なかったアレクシスは、蹴られた場所を押さえる事も出来ず、苦悶の表情を浮かべ、苦しんでいる。

 だが、そんなアレクシスを見ても、ジョンお怒りは収まらなかったのか、益々顔を強張らせ、再び蹴りを彼女の身体に浴びせた。


「どうせ!貴様も!子供は!金稼ぎの!道具にしか!思って!居ないんだろうが!このアバズレが!!」

 まるで親の仇のように、ジョンは必要以上にアレクシスを蹴り続け暴行を加える。身体だけでなく、腕や脚などを踏みつけ、終いには彼女の美しい顔をボールのように蹴り、何度も踏みつけた。

 悲鳴らしい悲鳴も上げられず、されるがままに、アレクシスはその身に理不尽な暴行を受け続け、息を上げたジョンが蹴るのをやめた頃には、見るも無残な姿になり、彼女は掠れるような浅い呼吸を繰り返していた。


「っ貴様ぁ!!」

 目の前で見せられた愛する妻への仕打ちに、フォルトの怒りが振り切れ、杖代わりにしていた槍の穂先をジョンへと向け、修羅の様な形相で突き出した。

 だが、精霊たちに補助してもらっているとはいえ、身体が万全でない状況で繰り出されるランスチャージは精彩を欠き、ジョンはひらりと避けて見せる。


「まだ動けたのかっ!往生際が悪いんだよ!!」

「っあ!!」

 フォルトの攻撃を避けたジョンが、踏ん張りが利かず無防備になったフォルトの背中を思いっきり切り付け、フォルトが痛みで顔を顰めた。


―お父さん!やめてくださいです!!どうして・・・・どうして、こんな酷いことをするですか?!

 床に倒れたフォルトの背中から血が流れ出し、悔しげな声を上げる父の姿を見て、エメラーダが悲痛な叫びと共に、怒りをジョンへとぶつけた。

 そんなエメラーダの叫びを聞いて、ジョンは不思議そうな顔をして首をかしげた。


「酷い?・・・・何を言っているんだ?私は、正しい行いをしているんだよ。こいつらはね、口じゃ「子供たちのために」とかほざいているが、心の中じゃ子供のことなんてこれっぽっちも考えちゃいない、子供を都合のいい道具としか思っていない、屑で最低な生き物なんだよ!」

 さも自分の行動が正しいと信じて疑わないジョンの言動に、エメラーダは自分の母を殺した母と同郷だった男、ハイエルフのパッツィーアを思い出す。


――また、わたしの大切な人達が、目の前で奪われる。


 その考えが頭を過ぎった瞬間、エメラーダの中で「カチリ」と歯車が合う様な音が鳴った。


―っこれ以上、皆さんを馬鹿にする様なことを言わないでください!!

 エメラーダの言葉に、ジョンは目を細め、床に伏す職員たちが目を丸くする。


―この孤児院にいる大人の皆さんは、みんな良い人たちです!本当に、孤児院に居る子供たちを、大切に思ってくれている・・・立派で心から尊敬できる人たちです!酷いのは、そんな人達を馬鹿にして傷つける、貴方の方です!!

 意思を秘めた力強い瞳で言い放たれるエメラーダの言葉を聞き、ジョンの顔から表情が消え、瞳から光が消える。

「あぁ・・・・君はもう、悪魔どもに毒されてしまっているのだな・・・・可哀想に。やはり、君から救済せねば」

 失望したように呟くジョンは、手にしたナイフを握りなおしエメラーダへと近づいていく。


「エメラーダ・・・にげるんだ・・・」

「お願い・・・その子には、手を出さないで・・・・」

 命の危機に瀕しているにも拘らず、フォルトとアレクシスはエメラーダの身を案じ、二人の掠れた声がエメラーダの耳に届く。

 

 もはや周りの声は聞こえていないのか、まるで幽鬼のように近づいてくるジョンに臆することなく、エメラーダは毅然とした面持ちで立っている。

 

―お父さん、シスさん・・・守るです。今度はわたしが、みんなを・・・お父さんやシスお母さん(・・・・)を!お願いです。わたしに力を・・・力を貸してくださいです!

 一瞬だけ父とそして母に向けたエメラーダが、誓いを立てるように声を上げる。


 それは、ただ「助けて」と声を上げる事しか出来なかった、無力な自分との決別するための、宣誓のようだった。

 

 

――畏まりました、お嬢様――



 そして、その宣誓を受け取った存在の”声”がエメラーダの心に届く。


 次の瞬間、フォルトの身体が淡く緑に輝くと、光が一つ飛び出し、エメラーダの元へと飛来する。


 何が起きたのか解らず、ジョンが歩を止める中、光が人の形を成していく。



――仮想契約により、これより風の精霊カルムが、お嬢様のお力となりましょう――


 エメラーダの背後に、フォルトの契約精霊カルムが姿を現し、笑みを浮かべた。


結局、一話に収まらなかった・・・・次で、終わらせたい!

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