フレミーの初恋?
この話は、水の神 降臨編の第8話「異変」の中で触れられた、フレミーが昊斗に恋する下りの話です。
「ん・・・・」
身をよじり、フレミーはゆっくりと目蓋を開ける。
「あれ・・・・」
ぼやける視点が定まりだし、周りの風景が頭に入ってくる。
そこは、間違いなく自分の部屋だった。だが、どうして部屋で寝ているのかが思い出せず、仰向けのまま右手を額に当てる。
「フレミー・・・気が付いた?」
声の方に顔を向けると、そこには主であるフェリシアがフレミーの顔を覗き込んでいた。
「ひめ・・さま?・・・!?姫様!!」
ガバッと上体を起こすフレミーに、フェリシアが慌てて身体を押さえる。
「ダメだよ!気を失ってたんだから、そんなにすぐ動いたら!」
フェリシアの言うとおり、頭に血が行かなくなったのかクラッと視界が揺れ、フレミーはそのまま後ろの枕へ倒れこむ。
「ほら!だから言ったでしょ?!」
「申し訳ありません・・・・・あの、姫様」
「何?」
フレミーの枕の位置を調整するフェリシアが首を傾げる。
「決闘は・・・・あの人・・・・ソラト殿はどうなりましたか?」
「覚えていないの?」
「はい・・・・ソラト殿が倒れる所までは覚えているのですが、その後はかなりアヤフヤで最後の方は記憶もありません」
倒れた昊斗の姿を見て気が動転したフレミーが、その後の目まぐるしく変化する状況についていける訳もなかった。
「そうだったの・・・ソラトさんは無事よ、と言うか何事もなかったように元気だから、心配しなくていいわ。決闘はフォルト騎士団長の裁量で勝敗はつけないことになったわ」
「そんな!だって、あの戦いは・・」
「あなたの負けだった?」
「はい」
フェリシアの問いに、素直に肯定するフレミー。
剣の技量も、戦いに対する心構えも全てにおいて自分は、昊斗の足元にも及ばなかった。それどころか、昊斗からあの短い時間で、騎士として必要なこと、そして大切ことを数多く教えられた。
そんな彼に、大けがを負わせた後ろめたさもあり、勝敗が付かないことにフレミーは納得がいかなかった。
だがフェリシアの口を借りた昊斗の言葉は、そんなフレミーの考えを先読みしていた。
「ソラトさんが言っていたわ。もし、今回の結果が納得できないなら、またいつか戦ってやるって。それまで、相棒たちと一緒に自分を鍛え続けろ、って」
頭の上に気配を感じ、フレミーが視線を動かすと彼女が契約する精霊・・・ラファルとマリーナが心配そうに顔を除きこんでいた。
フレミーは、どこかで精霊を道具だと考えていた所があった。特に剣士系の術士は、精霊を補助の一つと考えている者が多く、フレミーもその風潮にいつの間にか呑まれていった。
だが、昊斗との決闘で、ラファルとマリーナがフレミーの意を介さず行動したことに、彼女は怒りや驚きなどより頼もしさがこみ上げた。
だからこそ、これからは精霊たちと共に強くなろう。そう、素直に思える自分がいることが、嬉しかった。
「ねぇ、二人とも・・・私と一緒に強くなってくれる?」
右手を差し出すフレミーに、ラファルとマリーナは嬉しそうにその手を握った。
そんな光景を見届け、フェリシアは立ち上がった。
「もう、大丈夫そうね。今日はゆっくり休んで、明日迷惑をかけた人たちにお礼を言わないとね」
「あ・・・・・姫様、申し訳ございませんでした。姫様に大変なご迷惑を・・・・」
深々と頭を下げるフレミーに、フェリシアはそんな頭へ手刀を落とした。
「!?!?」
チョップされた後頭部を押さえ、なぜ?と言った風にフレミーは混乱していた。
「私に謝る必要はないの!だいたい、私は迷惑だなんて思ってないんだから」
「は、はぁ」
本当にそうなんだろうかと、フレミーは半信半疑なのだが、主がそういうなら、と呑みこんだ。
「それじゃ、また明日ね」
「あ!姫様!」
「・・・・まだ何かあるの?」
呼び止められ、少し迷惑そうにするフェリシアだったが、フレミーの言葉で一転する。
「あの、私をここまで運んでくださったのって誰なのでしょうか?」
「あぁ・・・・・それね」
もしかしたら・・・ちょっと面白いかも、とフェリシアにいたずら心が芽生える。
「姫様?」
「・・・・・フレミーをね、連れてきてくれたのってソラトさんなんだよ?」
「・・・・・・え?」
どうやら彼女にとって意外な名前だったらしく、目が点になる。
「やっぱり、ソラトさんって男の人なんだなって思ったわ。あんな風に力強く抱きかかえられたら・・・」
「ままま待ってください!っそ、ソラト殿が!?ご冗談・・・ですよね?」
フレミーが驚くのも無理はない。フェリシアに説明を受けたとはいえ、彼女の中では昊斗は瀕死の重傷のイメージが焼き付いている。
それなのに、怪我を負わせた自分を昊斗が抱えてきた・・・?冗談としか思えなかった。
「冗談なんかじゃないわ。疑うなら後ろの二人に聞いてみたら?」
フェリシアに促され、フレミーはラファルとマリーナへ視線を移した。
「・・・・・・」「・・・・・・・」
何故か頬を赤くして、精霊の二人がコクコクとうなずいていた。
「ソラトさんに、ちゃんとお礼を言わないとダメだからね?」
「は・・はい」
決闘相手にそこまで手を煩わせてしまったことに落ち込むフレミーへ、フェリシアはだめ出しとばかりに耳打ちする。
「お姫様抱っこされたフレミーと抱えたソラトさん、まるでおとぎ話のお姫さまと王子様みたいだったよ」
それだけ言って、フレミーの部屋を後にするフェリシア。
扉が閉まり、フレミーは遅れてフェリシアの言葉を理解する。
「お姫様抱っこ・・・・・?」
気を失っていたため、どんな姿だったかはわからないが、その時のことをイメージしてしまったフレミーはベッドの上で悶絶してのた打ち回る。
「ええええええええ!?」
火が噴き出しそうな顔を押さえるフレミーは、自分の顔がにやけていることに気が付いた。
騎士を目指す際に、女の子らしいことを遠ざけてきたフレミーは、いつしか女であることを捨てる覚悟もしていた。
だが、フェリシアの話を聞き、眠っていた”女の子としての気持ち”が湧き上がってきたのだ。
「ど、どうしよう・・・どんな顔してソラト殿に会えば・・・・」
と、昊斗の顔が浮かんだ傍から、フレミーは再び悶絶を繰り返す無限ループに入り込んでしまった。
そんなフレミーを、ラファルとマリーナはどうすればいいか分からず、彼女の周りを飛び続けるのだった。
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「え?まだ、ソラトさんにお礼と謝罪を言ってないの?」
「は、はい・・・・・」
お姫様抱っこの想像以上の効果に、フェリシアは内心驚いていた。
決闘から三日、フレミーは未だに昊斗にだけ会えに行けていないとフェリシアに打ち明けた。
「・・・その、ソラト殿に何度も会いに行こうと思ったのですが、どうしても・・・」
俯くフレミーの顔は、自分の気持ちに戸惑う女の子の顔そのものだった。
「まぁ、あなたの気持ちも分からなくもないけど、さすがにこれ以上先延ばしにするのはよくないわ・・・・仕方ない!私も一緒に行ってあげるから、ソラトさんの所に行くわよ」
立ち上がり、フレミーの腕をつかむフェリシア。
「ま、待ってください!まだ心の準備が・・・」
狼狽するフレミーをよそに、フェリシアは強引に彼女を立ち上がらせる。
「何言ってるの!準備する日にちは沢山あったでしょ?ほら、行きましょう!」
強引にフレミーの腕を引き、フェリシアは城の中を歩き回ると、見慣れた背中を発見する。
「ソラトさん!!」
「ん?お、フェリシア!・・・それに、フレミー・・・久しぶりだな」
「は・・・はい・・・・」
フェリシアに手を引かれるフレミーは昊斗と目が合い、気まずい空気が流れる。
「・・・ほら!ソラトさんにいうことがあるんでしょ?」
背中を押され、昊斗の前へ出たフレミーはカチコチに固まっていた。
「あ、あの!!」
「ん?」
昊斗の顔を見ても、目線を合わせることが出来ず俯くフレミーに、フェリシアは頑張れと念を送る。
「あの!・・・あの・・・・すみませんでした!」
フレミーからの謝罪に、昊斗は首をひねった。
「君から謝られるようなこと、あったっけ?」
「決闘の際、大けがをさせてしまいました」
昊斗は、フレミーがまだ気にしていたのかと、驚いた。
「そのことか、だったら謝罪はいらないよ。決闘となれば命を落とすことだってあるんだ。それに力の限り戦った相手に、そのような謝罪は、逆に失礼だと覚えておいた方がいい」
「あ・・・・・・はい・・」
まさか、怒られるとは思っていなかったフレミーは、委縮してしまい、やはり自分のタイミングで来たかったと、泣きそうになる。
「だが、そう言った心遣いは戦いの中に身を置くと徐々に薄れて行ってしまう。他人を思いやる気持ちがなくなれば、そこには悲劇しか生まれない。これからもその気持ち、大切にするといい」
不意に頭を撫でられ、昊斗から笑顔を向けられたフレミーは目を丸くした。
「それじゃ、俺は行くよ」
「・・・・・!ソラト殿!!」
フレミーの頭から手を放し去っていく昊斗を、我に返ったフレミーは大声で呼び止める。
「ん?」
「・・・・部屋まで運んで下さり、ありがとうございました!」
フレミーからの感謝の言葉に、今度は笑顔で答える昊斗。
手を振る彼の背中を見送るフレミーに、フェリシアが並ぶ。
「一時はどうなるかと思ったけど、思い切ってみてよかったでしょ?」
「はい・・・・・・」
「?・・・・!?」
フェリシアの問いかけに、どこか上の空で答えるフレミー。彼女の顔を見たフェリシアはびっくりして目をこすった。
そこにいたのは、恋する乙女の顔をしたフレミーだった。
騎士になってから、険しい顔が多かったフレミーからは想像もつかない”女の子”の表情に、フェリシアは考え込んでしまう。
「う~ん・・・・これは、というよりこれからが大変かも」
なんせ、フレミーが恋した相手には大きな壁が二枚が立ちはだかっているのだ。その道は果てしなく、そして険しいのは目に見えていた。
「だけど、部下の恋を応援するのが主の役目よね」
姿の見えなくなった昊斗を、未だ見送り続ける一途なフレミーの恋を応援しようと、フェリシアは一人で決意するのだった。




