本当の家族へ(1)
今回は、二話連続投稿です。「本当の家族へ(プロローグ)」からお読みください。
「むぅ・・・・・」
学園からの帰り道、フェリシアは終始しかめっ面で歩いていた。
原因は、今朝にまで遡る。
二ヶ月前の反乱事件以降、フェリシアは王女として地方への慰問などの公務が増えていた。昨日も夜遅く地方公務から戻り、疲れからそのまま倒れるように寝てしまっていた。
そして朝起きると、父である国王カレイドから、昨日の朝に昊斗たちが帝国に旅立った事を知らされ、「聞いてない!」と憤慨したのだ。
そして結局、そのまま一日不機嫌なままで生活していたのだった。
「仕方ありませんよ、姫様。元々、ソラトさんたちは二ヶ月前に帝国へ行く予定だったのが、先の反乱で延期になっていたんですから」
そんなフェリシアの横を、双子の妹であり騎士として仕えるフレミーがいつもの変装をして歩いており、姉を宥めていた。
「それは判ってる!・・・・でも、私たちに黙っていく事はないと思わない?」
姉同様、フレミーもその事を伝えられておらず、怒ってないの?とフェリシアが同意を求めてくる。
だが、意外に妹はクールだった。
「姫様は公務でお忙しいですから、皆さん気を使われたのですよ。それに、ソラトさんたちは大切なお仕事の関係で帝国に行かれたのですから、きっと急ぎだったのですよ」
実際は、下手に帝国へ行く事をフェリシアたちに伝えると、タイミング的にヴィルヘルミナに何かあったのでは?と勘ぐられてしまう可能性を考えた昊斗たちが、あえて何も伝えずに旅立っただけなのだが、そんな事情など知る良しもないフレミーは、良いように解釈していた。
そんな妹の言い分を聞いて、フェリシアは面白くないといった表情を浮かべた。
「むぅ〜・・・・何かフレミー、余裕だなぁ」
ここ最近、フレミーとの間で似たようなやり取りが増えた事を気にしているフェリシア。自分のほうがお姉さんなのに、とジト目で妹を睨む。
「え?そ、そんなこと無いですよ?」
ジト目でフェリシアに睨まれ、居住まいを悪くしたフレミーが目線を逸らす。
本当のところは、フレミーにも思うところがあるのだが、二人して不満を言い合えば収拾がつかなくなると考え、グッと堪えていたのだった。
「ホントかな・・・?あれ・・・」
ここぞとばかりにフレミーに追求しようとしていたフェリシアだったが、視界の端に見知った小さな背中を見つけて、そちらへと視線を動かす。
フェリシアたちが歩いていた道の先を、二人の幼い”姉弟”が仲良く手を繋いで歩いていた。
どうしたのだろうか、とフレミーも同じ方へと視線を動かし、「あぁ」と声を上げた。
「エメラーダさんに、アルト君・・・ですね」
「エメちゃん、アルト君!」
フェリシアが声を掛けながら、幼い二人へと歩いていく。
突然声を掛けられ、ホンの少し身体を震わせて振り向いたエメラーダだったが、声を掛けてきたのが知り合いだった事に気が付くと、安堵するように笑みをこぼした。
―あ!フェリシアお姉さん、フレミーお姉さん!こんにちはです!
エメラーダの元気の良い”心の声”がフェリシアたちの頭に響く。失語症である彼女の最も使うコミュニケーション方法であり、王都に来た頃は驚く人も多かったが、エメラーダの人柄と可愛さから、この二ヶ月で驚く人は減ってきている。
「こんにちは。アルト君も、こんにちは」
笑顔でエメラーダに挨拶を返したフェリシアとフレミー。フェリシアは、姉の陰に隠れようとしてるアルトに、しゃがんで目線をあわせ挨拶する。
「っ・・・・・」
だが、人見知りの激しいアルトは恥ずかしがって、そのままエメラーダの陰に隠れてしまった。
「あ〜やっぱり、駄目か・・・トーカさんたちと一緒の時は、挨拶してくれたんだけどなぁ」
残念と、肩を竦めフレミーやエメラーダに向けてフェリシアが苦笑する。
もし、アルトと一緒に居たのが母のアレクシスなら、「すみません、なかなか人見知りが直らなくて」で、終了なのだが、エメラーダは違った。
―だめですよ、アルト君。フェリシアお姉さんとフレミーお姉さんに、ちゃんと挨拶しないと
恥ずかしがって自分の影に隠れる弟を前に出し、ちゃんと挨拶するように窘めたのだ。
息子に甘いフォルトとアレクシスとは違い、意外に厳しいエメラーダ。これは、母であるファルファッラがだらしなかったため、窘めたり注意する”クセ”が身に付いた結果だった。
「う〜・・・・・・こんにちは・・」
窘めたのが両親ならへそを曲げてしまう所だが、アルトは姉の言葉を受け素直に挨拶した。これも意外なことに、アルトは姉のエメラーダの注意を素直に受け入れるのだ。
前にフェリシアは、冬華から「アルト君は、凄くお姉ちゃんが大好きなんだろうね。だから怒られても、嫌わずに一緒に居るんだよ」と聞いており、ちゃんと挨拶出来たことに「よく出来ました」と姉から褒められ、頭を撫でられるアルトの顔が嬉しそうに綻んでいたのを見て、「その通りだな」と思った。
「はい、こんにちは!う〜ん・・・・やっぱり、二人とも可愛いなぁ!!」
挨拶を返してくれたアルトとエメラーダのやり取りを見て、フェリシアの頬が終始緩みっぱなしになる中、彼女の後ろに居たフレミーは、ある事が気になってエメラーダに声を掛けた。
「それにしても、孤児院から随分離れたこんな場所にいるなんて、お出かけですか?」
今彼らがいる場所は、チェンバレン孤児院のある一般街区とは城街区を挟んで真反対側の学生区である。大人の足ならそう遠くも無い距離だが、子供にすれば結構な距離となる。
そんな所まで、何か用事なのだろうか?とフレミーは疑問に思ったのだ。
―シスさんのお使いで、お届けものをしに行く所です
エメラーダは、フレミーの質問に答えながら手にしていた包みを前に出す。
学生区の近くに住むご婦人たちが、「老後の趣味だから」と季節ごとに孤児院の子供たちにと、子供服を作ってくれるのだ。
そんなご婦人たちに子供たちも、お礼としてお菓子や絵などを作っては、子供たちだけで家まで届けており、今日はエメラーダとアルトの番だった。
「そっか。でも、大丈夫?二人で行ける?」
孤児院から今まで無事に来れたとは言え、子供だけと知ったフェリシアは心配になり、付いて行こうかと考えた。
―大丈夫です!もう何度も行ってる場所ですから
しかし、エメラーダは笑顔で「心配ないです」とフェリシアの申し出を丁寧に断った。
「姫様・・・・」
するとフレミーがフェリシアに耳打ちし、ある方向を見るように伝える。
フレミーに言われた方を見ると、完全に気配を断った男が一人立っていた。フッと、フェリシアが辺りを見渡すと、同じように気配を隠している人物があと三人いたのだ。
その全員の顔を見た事のあるフェリシアは、「そういうことか」と事情を察した。
「あぁ・・・・・なら、大丈夫だね。それじゃ、二人とも。気をつけてね」
優秀な護衛が、しかも四人も付いているなら心配ないと、フェリシアはエメラーダたちを送り出す。
―はい!失礼します
「・・・ばいばい」
フェリシアたちに一礼するエメラーダの横で、今度は姉に注意される前に、アルトが自分から手を振る。ただ、やはり恥ずかしいのか遠慮がちだったので、その動きは小さかった。
「ばいばい」
フェリシアだけでなく、フレミーもそんなアルトの仕草が可愛く見え、笑顔で手を振り返した。
再び、仲良く手を繋いで目的地へと向う姉弟たち。その後ろを護衛の四人が音も無く付いていき、部隊長と思われる男性が、フェリシアとフレミーに一礼して去っていった。
「・・・あれ、アルバート騎士団の人たちだよね?」
フェリシアの問いに、フレミーは形容しがたい困った表情を浮かべて頷いた。
「フォルトさん直属の騎士たちです。偶に姿が見えなくなるとは思っていましたが・・・」
アルバート騎士団でも精鋭の騎士たちが、まさか団長の子供を影ながら護衛しているとは思いもよらず、フレミーは彼らが自主的にやっているもの、と信じつつ生温かい目で見送った。
そんな中、フェリシアは集団を追いかけるもう一つの影を見つける。先の騎士たちをは対照的に、見るからに挙動不審な人影。ただその後ろ姿に、フェリシアたちは見覚えがあった。
「シスさん?」
後ろから声を掛けられ、その人物は驚きのあまり素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「ひゃぇ!?・・・ひ、姫様?!それに、フレミーさんまで!」
スカーフをほっかむりのように巻いて変装していたフォルトの妻のアレクシスは、声を掛けてきた人物がフェリシアたちを知ると、慌ててスカーフを取り去った。
「エメラーダさんと、アルト君が心配で後をつけていたんですか?」
行動や表情の一つ一つが、とても一回り以上年上の女性とは思えないほど可愛らしく見え、二人は笑顔になる。
「え?!・・・・えぇ、まぁ」
逆にアレクシスは、一回り以上年下のフレミーに自分の行動を言い当てられ、恥ずかしさで顔を真っ赤にする。
そんなアレクシスを見て、「ホントに、この人可愛いなぁ」と思いつつフェリシアは、エメラーダとアルトが心配要らないことを教えないと、と彼女たちが歩いていった方を見つめる。
「心配しなくても、騎士団の優秀な護衛がついてるみたいですよ?」
「そ、そうなのですか?」
「夫から聞いていませんでした」と目を丸くするアレクシスの言葉を聞き、フレミーは内心、「良かった、フォルトさんが私情で騎士たちを動かしてなくて」と護衛が騎士たちの自主的な行動だった事に胸を撫で下ろした。
「まぁ、それでも心配ですよね。よかったら、私たちも付いて行って良いですか?」
エメラーダたちが安全なのは十分判っていたが、ここまで来ると最後まで見届けたいとフェリシアは思い、アレクシスに同行していいか伺いを立てる。
「私は一向に構いませんが、よろしいのですか?」
一国の王女とは思えないフェリシアの言葉に、アレクシスは別の意味で目を丸くする。
「お願いします!」
先ほどまで、昊斗たちの不満を漏らしていたとは思えない、晴れやかな笑顔を見せるフェリシアに、フレミーは「姫様の機嫌が直るなら仕方ないかな」と、横から口を挟むことはなかった。
話が纏まり、フェリシアたちは先に行ってしまったエメラーダたちを追いかけるために、早足で後を追いかけ始めたのだった。
***************
一方その頃、王城アルバート城の謁見の間は、凍りついたような静けさに包まれていた。
原因は、玉座に座るカレイドが隠す気も無いのか、謁見相手に殺気を放っていたからだ。
カレイドと謁見しているのは、ルーン王国に駐在するクレスト連邦の大使で、カレイドから”ある件”で呼び付けられた壮年の大使は、カレイドの殺気を受け冷や汗を流し、顔色を真っ青にしている。
「今回、我が国側で起きた事件。聞くに、貴国で起きている連続殺人と同じ手口だそうだな?」
カレイドの言う事件とは、王国側の国境に近い町の孤児院で起きた、殺人事件の事だ。カレイドは”独自の情報網”で、その手口がクレスト連邦内を震撼させていた連続殺人と同じものだと知り、”怒り”をもって大使を呼び出していたのだ。
「国王陛下!その件に関しまして、我がクレスト連邦も犯人逮捕に全力を尽くし、捜査をつ・・・」
そんなカレイドの殺気に晒される大使の口から出てきたのは、”謝罪”ではなく自国の体裁を取り繕うための”弁明”だった。
だが、カレイドは大使の弁明などに耳を傾ける気はなく、玉座の肘置きを力の限り殴りつけ、大使の言葉を遮った。
あまりの恐怖に、口を閉ざす大使の顔色が真っ白に変わる。
「貴公の弁明など知った事ではない。私が問題にしているのは、その殺人犯の情報をクレスト連邦が我がルーン王国に何一つ提供しなかったことだ。もし、そのような凶悪な殺人鬼が我が国にやってくるかもしれない、と事前に情報を提供してもらえれば、今回の様な悲劇は回避できたかもしれないのだぞ?・・・・よもや、クレスト連邦は我が国との友好の契りを破棄するつもりでは無かろうな?」
そう、クレスト連邦はルーン王国に殺人鬼に関する情報を一切提供していないのだ。そのため、カレイドは独自の情報網を使って情報を集めるしかなった――内情を話せば、広域捜査官であるアークイラたちが、かなり早い段階で上司に「外交ルートを通じてルーン王国に警告を」と進言したのだが、政府にはびこる”様々な”思惑によって、その進言は握りつぶされてしまっていたのだった――。
クレスト連邦は数十年前の”変革”によって、グラン・バースにおいて唯一の”民主”国家へと変わった国である。アリエルの父である国王に主権は無く、いわば国の象徴でしかない。
とは言え、クレスト連邦の主権が国民に移ろうとも、両国の関係が変わることはなかった。
しかしここ最近、君主制を敷く国に対して過激な発言をする政治家なども増えている事もあり、カレイドはそう言った者たちの思惑が巡り巡って、今回の事件を引き起こしたのではと、考えていた。
「とんでもございません!情報提供の不備に関しましては、大統領自ら陣頭指揮を取り、原因を調査している所であります!大統領からも、ルーン王国とはこれからも変わらぬお付き合いを、と言葉を預かっております!そして、ルーン王国に犯人が潜伏している可能性を考え、最前線で捜査を行っている優秀な捜査官たちを派遣させて頂きますので!」
半ば狂乱したように声をあげ、大使は床に額を擦り付けんばかりにひれ伏した。大使である以上、国の代表なのだが、彼は一般人から努力して大使になった身。しかも、国王が偉大だと教えられて育った世代である。
そのため、王の怒りを買うことの恐怖を知っているために、この様な構図が出来上がっていたのだった。
捜査官派遣による捜査協力で、譲歩を引き出そうとクレスト連邦側は考えていたが、そんな事で許す気など、カレイドは微塵も考えていなかった。
「・・・・・捜査協力の件に関しては了承する。だが後日、大統領閣下ご本人から今回の件に対して正式な謝罪を頂こう。それで、今回の件は水に流す」
元来、国の失態は国王が謝罪するもの。民主国家となったクレスト連邦において、国家元首は大統領である。ならばその謝罪が無ければ、解決にはならないと、カレイドは暗に言ったのだ。
「以上だ」と言って謁見を切り上げ、喰い下がろうとする大使を下がらせたカレイドは、短く息を吐いた。
すると、タイミングを見計らったように、玉座の後ろから人影が現れる。
「最初に謝罪しておけば、お前の不興を買わずに済んだのにな、あの大使」
現れたのは、カレイドの友人であるドラグレアだった。
カレイド独自の情報源とは彼の事で、機工師として販路と共に構築している情報ネットワークを駆使して、様々な情報を集めてもらっている。
そんな貴重な情報を持って帰って来た友人の言葉に、カレイドは顔を顰めた。
「例え大使の謝罪を聞いても、私の態度は変わらなかったよ。殺された者たちのことを考えるとな」
クレスト連邦にいかなる思惑があったにしても、その犠牲になったのはルーン王国の民である。カレイドとしては、そんな犠牲になった者たちへの謝罪がクレスト連邦から無かった事に、最も憤りを感じていたのだ。
カレイドが何に怒っているのか手に取るように判ったドラグレアは、大使の出て行った扉を見つめ、友人の考えている疑問を代弁した。
「さて、これで連邦からやってくる捜査官が、あの大使が言うとおり本当に優秀なのかどうか、か」
「もし、約束を違えるような国に成り果てたのなら、今後の付き合いを考えさせてもらうだけだ」
ルーン王国の騎士団の捜査能力は、非常に高いものだとカレイドは自負している。もし、クレスト連邦からやってくる捜査官たちが、騎士団の足を引っ張ろうものなら、親交のあるアリエルの父、連邦の国王には悪いが、クレスト連邦との付き合いを見直させてもらう、とカレイドは本気で考え始めていた。
そして、次の日。
両国の関係を左右しかねない存在となった捜査官たちが、そうとは知らず王都を訪れるのだった。




