姉と弟と
この話は、番外編「死してなお、娘の為に」でハイエルフの隠れ里を後にしたファルファッラが、本編・騒乱 ルーン王国編の「(14)騎士団長の力」でエメラーダの下に駆けつけるまでの間、何をしていたかの話です。
『あいつ・・・・・随分、殺風景な部屋に住んでるのねぇ』
張られていた結界の孔をすり抜け、ファルファッラが入った部屋は、あまりに生活感の無いものだった。
ワンルームの部屋の中には、ベッドにテーブルと椅子。キッチンには、食器などは無く、コーヒーカップが一つあるだけだった。
”気配”を頼りに訪ねた部屋の主が、一体どんな生活を送っているのか心配になり、ファルファッラはため息をついた。
すると、入り口のほうで鍵の開く音が聞こえ、ドアが開いた。
「・・・・ふぅ・・・?」
一人の男が部屋に入り、締めていたネクタイを緩め、一息ついた。
金髪金眼で、目元がファルファッラに似た男は、何気に部屋の奥へと視線を動かすと、立っていたファルファッラと目が合い、頭の上に疑問符を浮かべた。
『お帰り〜』
ファルファッラが声を掛けると、男は驚きのあまり後ずさり、壁に激突した。
「?!あ、姉貴!?」
震える指先でファルファッラを指差す男に、ファルファッラはお腹を抱えて大笑いし、一頻り笑った後、呼吸を整えて久しぶりに会う”弟”に笑みを浮かべた。
『久しぶり、アークイラ!お邪魔してるわよ〜』
ファルファッラが訪れた部屋の主。それは、ファルファッラの弟であるアークイラだった。
彼は姉母娘と隠れ里を抜け出し、彼女たちと別れた後、一人世界を放浪し、現在はクレスト連邦の首都に住んでいた。
「どっから入ったんだよ!?」
アークイラは、自室に結界を仕込み、防犯対策を万全にしていた。ただ、相手が姉なら自分の張った結界など役に立たないのは理解できるのだが、ドアや窓が開いた形跡が無いので、どう侵入したのか問いただしたくなったのだった。
『玄関からに決まってるでしょ?それより、あんた・・・・結界の張り方が相変わらず下手ねぇ・・・お姉ちゃん、心配だわ』
アークイラは、里の中でも平均より高い能力を持っており、おちこぼれと言うわけではなかった。
そんな彼に対し、まるで出来の悪い子供を窘めるようなファルファッラの言葉に、アークイラの額に青筋が浮かぶ。
「姉貴が異常なんだよ!ったく・・・・で、何の用だよ?」
会話をするだけでも体力を使う姉相手に、アークイラは早めに切り上げようと本題に入るよう促す。
そんな弟の態度にファルファッラは、少し寂しそうな笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
『うん。私さ・・・・殺されちゃったんだ』
仕事で疲れていたアークイラは、ファルファッラが言った意味が理解できず、聞き間違いだろうか?と自身の耳を疑った。
「は?」
怪訝な顔をする弟に、ファルファラは俯き加減に言葉を繰り返した。
『だから、殺されたの。パッツィーアの馬鹿に』
そう言うと、ファルファッラは壁に向って手を伸ばし、その手が壁をすり抜けてしまった。
姉の状態と、その口から有り得ない人物の名前が挙がり、アークイラは状況を拒絶するように首を振り、唇を震わせていた。
「・・・なんだよ、それ?」
彼も、パッツィーアのことはよく知っている。一体、二人の間に何があったのか想像できず、アークイラの頭は停止寸前にまで陥っていた。
『・・・・・最初から話してあげるから、落ち着きなさい』
ファルファッラは、アークイラと最後に会ってから、その後のことを話し始めた。
エメラーダを連れて、里の差し向けてくる刺客から何とか逃げ、流れ流れてルーン王国にある木漏れ日の森にたどり着き、そこを管理しているポンタに助けられ、匿ってもらっていたこと。
ある日、その森に偶然パッツィーアが現れ、森に住む亜人を連れて行く依頼を受けていた彼は、ファルファッラの代わりにエメラーダを連れて行こうし、それを阻止する為に戦闘になり、自分が命を落としたこと。
自分を殺したパッツィーアは、ルーン王国で知り合った友人たちが成敗し、エメラーダを護ってくれたこと。
そして、エメラーダを一時その友人たちに預け、自分はかつて教えてもらった精神体となって、全ての元凶である隠れ里に復讐してきた事を伝えたのだった。
『・・・と言うわけよ』
「・・・・・・・・」
話を聞き終わり、アークイラは疲れている頭に鞭打って、ファルファッラから聞いた話を整理していた。
元から無茶しかしない姉だったが、まさか家族で旅行した際に会った、胡散臭い人物から教えてもらった”精神体となってこの世に留まる”方法を実践するとは、アークイラは夢にも思わなかった。
さらに、あれほどファルファッラに執心していたパッツィーアが、ちょっとした怒りで我を忘れて姉に手を掛けたことに、仕事で”犯人”に感じるモノを、はるかに超える憎悪を彼はパッツィーアに感じ、そしてあの時、無理にでも姉たちについていくべきだったと、アークイラは自身を責めた。
弟が何を考えていたのか察したファルファッラが、彼の手をそっと取り『あんたのせいじゃないわ・・・だから、自分を責めないの』と、優しく語りかけた。
『で、弟のあんたに頼みたいことがあるの』
アークイラが落ち着いたところで、ファルファッラは本題に入った。
「・・・なんだよ。まさか、エメラーダを引き取ってくれ、とか言わないよな?」
混乱した頭が落ち着きを取り戻し、アークイラは姉の状況と自身の経験則などを統合し、そんなことを口走った。
自分と違って、幼い頃から聡い弟にファルファッラは嬉しいながらも、バツの悪そうな笑みを浮かべる。
『まぁ・・・・そうなるのかな?娘のエメラーダを、ここに住まわせて欲しいの。父さんと母さんが居ない今、そんなこと頼める身内は弟であるあんたしか居ないの。お願い』
深々と頭を下げるファルファッラに、アークイラは頭を抱えた。
仕事上、似たような光景を何度も見てきた自分の身に、まさか訪れるとは思っても居なかったからだ。
「・・・・・エメラーダの父親は?姉貴、一時期探してたろう?」
ファルファッラと、エメラーダの父親である相手の男との間に何があったのかを、アークイラは知らされていない。ただ、エメラーダが産まれた頃、ファルファッラは相手に知らせようと、行方を捜していたことがあった。
そのときは見つからなかったが、その後も探していたのでは、とアークイラは思った。
『今、ある人たちに探してもらってるけど、生きているか判らないし。もし生きていたとしても、あの人に頼るつもりはないわ・・・あの子は、私が勝手に産んだんだから』
まるで、何があっても男に迷惑を掛けたくない、と言わんばかりの言葉に、アークイラの目が細くなる。
「・・・・・・・・・・・」
『いいでしょ?こんな状態だけど、私も一緒に暮らすから。お姉ちゃんからの最後の頼み・・・・聞いてくれない?』
そんな怪訝な顔をする弟に気が付かず、子供の頃の様に、頼みごとをするファルファッラ。
「・・・・・・・悪いが、無理だ」
だがアークイラは、姉の頼みをきっぱりと断った。
『な・・・・・・』
ここで、弟に断られるとは露ほども考えていなかったファルファッラは、絶句し固まった。
そんな姉に構わず、アークイラは断る理由を、説明し始めた。
「俺は仕事上、家に帰って来るのなんて月に一回有るか無いかなんだ。今日だって偶々着替えを取りに帰ってきただけだ。そんないつ帰ってくるか判らない俺が、エメラーダを引き取ったらどうなる?いくらそんな状態の姉貴が居るといっても、傍から見ればこの部屋に、エメラーダ一人だけで生活しているようにしか見えないだろう?この国は子供に対する保護責任者の義務を強く要求する。はっきり言って、今の俺じゃ役所は許可してはくれないぞ」
クレスト連邦では、”子は宝政策”というものを掲げ、未成年者への対策が何重にも取られている。特に、親を始めとする保護責任者の責任は厳しく取り決められ、責任者として著しく適正を欠く場合は、行政が強制的に子供を引き取ることもあるのだ。
そのことを含めても、自分は不適正だ、というアークイラに、ファルファッラは食い下がる。
『奥さん・・・はいなさそうよね。彼女は?』
姉からの質問に、アークイラは首を横に振った。
「仕事が忙しすぎて作る暇なんてない。居たとしても、一月もったこと無い」
元々、ハイエルフと言う長命の種族出の彼は、今すぐパートナーを得ようという考えを、持ち合わせていなかった。隠れ里を出てからと言うもの、同じような長命の種族の女性にあった事は、ただに一度もないと言うのも一つの理由だ。
かといって、人間を始めとする短命の種族の女性と結ばれても、早々に別れが来る事が解っているので、選択から除外していた。
『なら、仕事の量を減らしてもらうとか・・・・もしくは仕事を変えるとか』
なおも食い下がる姉に、アークイラは苛立ちを覚え、語彙が強くなる。
「そういう気軽な仕事じゃないんだ。今抱えている案件も、一つや二つじゃない・・・・”広域捜査官”として、それを放りだす事は出来ない!」
今の仕事に誇りを持ち、被害者家族に絶対に犯人を逮捕し、事件を解決すると約束しているアークイラに、例え姪のためでも仕事を放り出すという選択肢はなかった。
弟の確固たる意思に、ファルファッラは数瞬思案し、口を開いた。
『・・・まぁ、大丈夫よ。あの子、しっかりしてるし・・・・・それにほら!私だって、こんな状態だけど、その気になればどうにか誤魔化せる・・・・』
ファルファッラの言葉を全部聞くことなく、アークイラはテーブルに思いっきり拳を打ち付け、彼女の言葉を強制的に止めた。
「・・・本気で言ってるのか、姉貴?」
『っ・・・・・・・・・』
怒りを露にする弟に、ファルファッラは息を呑み押し黙ってしまう。
「大体、それなら精神体の状態でも、娘の面倒を見ることが出来るってことだろう?にも拘らず、俺に引き取ってくれって言ってくるって事は、精神体で居ることを継続して出来ないからじゃ無いのか?姉貴が楽天家なのは、弟である俺が一番知ってる・・・だけどな、本気でさっきみたいなことを考えているなら、姉貴との家族の縁・・・今日ここで切らせてもらうぞ!」
もし、エメラーダを引き取り、保護責任者となるアークイラが家に居ないと行政にバレれば、エメラーダは施設に預けられることとなる。
そのことをきちんと説明したにも拘らず、馬鹿げたことを言う姉に、アークイラは我慢の限界を超えた。
『なら・・・・どうすれば良いのよ!あんたが無理なら・・・・他に誰を頼れば・・・』
自分には他に頼る者がいない、と泣き出すファルファッラに、アークイラは声を荒げる。
「相手の男を意地でも探し出して、引き取ってもらえよ!それが無理なら、今の知り合い全員に、頭下げて頼めば良いだろ?!」
『そんな迷惑、掛けられるわけないでしょ!今でさえ、物凄く掛けてるのに!』
ファルファッラも、昊斗やポンタにエメラーダのことを任せようか、と考えたこともある。彼らなら、快く頼みを聞いてくれるだろう、と。
だが、すでに彼らには大きな借りを作っている。そのことを考えると、ファルファッラにはとても彼らにエメラーダのことを頼めなかった。
そう考えているファルファッラを、アークイラはバッサリと切り捨てた。
「エメラーダが本当に心配なら、打てる手を全部打てよ!結局姉貴は、娘よりも自分の体面が気になるんだろ?!死んでるくせに、今更取り繕うモノなんかあるのかよ!!」
アークイラからしてみれば、赤ん坊の頃に会ったきりの叔父に引き取られるより、見知った人々に引き取られた方がエメラーダの幸せに繋がると考えていた。
そんな彼には、姉の言葉が娘の心配より、自分が築き上げてきた体面の方にばかり重きが置かれているように感じられたのだった。
『そんなわけ無いでしょ!!』
「じゃあ全員に頭下げて、エメラーダを引き取ってもらえるように頼み込めよ!それで全員に断られて、本当に打つ手が無くなったら、俺が如何にかしてやるよ!」
『何よ!結局あんたは、あの子を引き取りたくないだけじゃない!』
「姪に対して、身内として無責任なことをしたくないだけだよ!俺が引き取って、あいつが不幸になるくらいなら、少しでも幸せに暮らせる方を提示したまでだ!!」
初めて、姉弟で罵り合った二人は、怒鳴り声を上げて荒くなった息を整えながら、ハッと我に返った。
「・・・・・・ごめん、頭に血が上ってた」
言うつもりのないことまで口走ってしまい、アークイラは申し訳なさそうに頭を下げる。
『私の方こそ・・・あんたにはあんたの生活があるのに、無理言って悪かったわ』
ファルファッラの方も、気持ちに余裕が無く、弟の生活を省みないで、自身の意見を押し付けようとしたことを恥じ、頭を下げた。
「とにかく、一度戻って、エメラーダや預かってくれてる友人たちと話し合ってきなよ。どうすることが、エメラーダにとって最良なのか・・・姉貴独りで全部決めようとしても、無理があるだろう?」
ファルファッラとやり取りして、姉が娘だけでなく誰にも相談せずに、独りで決めて自分のところへやって来て居ることに、アークイラは会話の中で気が付いていた。
『・・・・・・・』
弟に指摘され、ファルファッラは自分が焦って、周りが見えなくなっていたことに気が付かされ、閉口する。
「俺も、ある程度仕事を片付けたら、一度そっちに行く。その時に、エメラーダをどうするかもう一度話そう」
いつになるか分からないけど、と付け足す弟に、ファルファッラはゆっくりと頷いた。
『分かったわ・・・・』
フッと、アークイラは部屋にある時計に目をやると、戻らなければいけない時間をとうに過ぎていることに気が付き、立ち上がった。
「・・・悪い、時間だ」
着替えの用意を始めるアークイラの背中を一時見つめると、ファルファッラは立ち上がり、窓の方へと歩いていく。
『ごめんなさいね。忙しいときに、厄介な話を持ち込んじゃって』
振り返って、弟の背中に詫びるファルファッラに、アークイラはため息をつく。
「そう思うなら、今度は事前に連絡を入れてくれ」
『そうするわ・・・・』
肩をすくめて部屋を出て行こうとするファルファッラに、アークイラは「あ!」と声を上げて振り返り、彼女を引き止めた。
「おい、姉貴!今何処に居るんだ?!」
よく考えてみれば、二人が何処に身を寄せているか聞いていないことに気がついたアークイラ。ファルファラは「言ってなかったかしら?」と笑みを浮かべた。
『今はルーン王国の王都ディアグラムに居るわ。オクゾノソラトって言う人の所に、エメラーダと一緒にいるから』
王都ディアグラムと聞き、アークイラの脳裏に先のテロ事件のことが過ぎり、表情が一瞬険しくなったが、あんな事件が早々起こるはずもないか、と頭を振った。
「ディアグラムの、オクゾノソラトだな・・・・分かった」
アークイラは懐に入れてあった手帳を取り出し、自分だけが判る字で手早く名前などを書き留めた。
『じゃーね、アークイラ。元気で』
そういうと、ファルファッラの身体が光の粒子となり、部屋を眩い光が覆ったかと思うと、次の瞬間には、姿が消えていた。
「?!おい!!」
まるで今生の別れの様な言い方をして去って行ったファルファッラに、アークイラはドッと疲れが押し寄せ、その場に座り込んだ。
「たく・・・・・・」
死んでも性格の変わらない姉に悪態をつきながら、アークイラは気持ちを切り替え、仕事へと向かう。
そんな彼が、ルーン王国で大規模なクーデターが起きたことを知るのは、これから数週間後のことである。
この後、ある事件を切っ掛けに、アークイラはルーン王国を訪れることになりますが、それはまた別の話。




