はじめての、おつかい
この話は、木漏れ日の森の母娘編(4)以降の夏季休暇中に起きた出来事です。
「はい。それじゃ、二人とも・・・忘れ物は無い?」
家の玄関前で、冬華は小さな二人の目の高さにあわせてしゃがみ、持ち物のチェックを行っていた。
「大丈夫なのじゃ!」
元気よく右手を挙げるルールーだが、反対の左手は空である。
荷物は全部、隣にいるカグが持っていた。
「お財布に・・・メモ・・・それに、カバン。大丈夫です!」
カバンの中に入れてある、がま口財布に”リスト”の書かれたメモ紙を、カグは一個ずつ取り出し確認。最後に、手にしていたカバンを前へ差し出した。
忘れ物が無いことを確認し、冬華は真っ直ぐ二人を見つめ、その肩に手を置いた。
「いつも私たちと一緒に行ってる所だから、心配ないと思うけど・・・・・困ったからといって、無闇に力を使っちゃ駄目だからね?」
言い聞かせるように、二人に注意を促す冬華。
「はい!」
「心配するでない、トーカ!」
大きく頷く二人に、冬華は「うん!」といって、立ち上がった。
「それじゃ、動力車に気をつけて。いってらっしゃい!」
冬華に見送られ、二柱の小さな神様は仲良く手を繋いで、”任務”へと就くのだった。
「ルーちゃんたち、行きましたか?」
冬華が家の応接室に入ると、そこには住民の玉露と金糸雀。それに、ルールーの契約者であるフェリシアと、その騎士であるフレミーが待っていた。
ちなみに家主である昊斗は、フォルトに呼ばれて外出している。
心配そうに冬華へ視線を送るフェリシアに、冬華は笑顔で答えた。
「うん。凄く張り切って出て行ったよ」
今回、神であるルールーとカグが、どれだけ成長しているかをテストする為、特にルールーに対して色々と誘惑を用意していた。
その一つが、封印の一部解除である。
姿を変えることが出来ないが、通常の十分の一ほど力が振るえるようにしていた。それでも、十分人間を殺傷しうる力なので、力の使い方が試されることになるのだ。
応接室においてあるテーブルにホロディスプレイが浮かび、そこには意気揚々と歩くルールーとカグの姿が映し出されている。
「では、始めますね・・・・・・・」
金糸雀の合図と共に、映像から冬華たち傭兵には聞き馴染のある音楽が流れ出し、手書きのタイトルが表示された。
”初Oての、お使い日♪―神様は上手にできるかな?―”と。
『さぁ、今日の主人公たちは、ルーン王国王都、ディアグラムに住んでいる、ルールーちゃんとカグ君の二人。お姉さんに頼まれたお使い。ちゃんと果たせるのかなぁ?』
「・・・・・・なんだか、手が込んでますね」
ごく自然に流れるナレーションを聞きながら、呆気に取られるフレミーに、冬華と金糸雀が「ふっふっふっ」と笑みをこぼす。
「私たちの世界には、小さな子供たちが経験する”初めてのおつかい”をかげながら見守る番組があるんだよ」
「僭越ながら、オマージュさせていただきました!」
テストを楽しく見守ろう、ということで、張り切って準備した冬華と金糸雀の二人は、実を言うと某番組のファンだったりする。
住んでいる元の世界は違えど、二人の住む国はニホンであり、同じような番組が放映されているのだ。
説明を聞き終わり、フレミーは怪訝な顔をして首をかしげた。
「・・・・・・・つまり、子供たちのお使いを隠れて観察する、ということですよね?それの何処が面白いのですか?普通だと思いますが・・・・・」
そう言って仕えている主に視線を投げかけるフレミーに、フェリシアも同意するように首を縦に振る。
「えぇ。三〜四歳ぐらい子達なら、お家の手伝いで普通にやってますよ?」
どうして、わざわざそんな映像を見るのか理解できない王女と騎士は、困惑して益々首を傾げた。
「えっとね、”初めて”てところがミソなんだけど・・・・・・」
初めOのおOかいの良さを力説する冬華だが、イマイチそのよさが伝わらず二人は腕を組んで首をかしげている。
その光景を見ながら、金糸雀は「ここでもか・・・・」とため息をついた。
「解ってはいたけど・・・・・異世界だと、反応が薄いよね」
今までも、訪れた異世界で似たようなことをやってきているのだが、風習などの違いの為か、殆ど良さを理解してもらえなかった。
落ち込む幼馴染に、玉露は呆れたように金糸雀を半眼で見つめる。
「・・・・現代ニホンのように、こんな些細なことまで娯楽にする方が少数なのよ。あっ、みんな・・・最初のお店に到着したみたいよ」
その言葉に、全員が慌ててホロディスプレイに視線が釘付けになるのだった。
***********
「こんにちは」
「こんにちはなのじゃ!」
一件目の八百屋に到着したカグとルールーが元気よく挨拶すると、店奥から人が出てきた。
「おぉチビすけども!・・・何だ?今日は別嬪の姉ちゃんたちとは一緒じゃないのか?」
出てきたのは、この店の大将だった。気風が良い五十代の男性で、いつも冬華たちと一緒に来るルールーたちも、よく知る人物である。
「はい、僕たちだけです」
「お使いなのじゃ!」
ルールーたちがお使いに来たと聞き、大将は配達で留守にしている奥さんに、「タイミングが悪い奴だな」と苦笑いを浮かべる。
彼の奥さんは二人を子供のように可愛がり、二人がやってくると、いつもお菓子などを振舞っているのだ。
「出たばかりだから、当分帰ってこないからなぁ・・・・・仕方ない。それじゃ、今日は何を買いに来たんだ?」
待たせるのもかわいそうだと、大将は奥さんの悔しがる顔を思い浮かべながら、二人に何を買いにきたのかた尋ねた。
「えっと・・・・・・」
カグは、カバンに入れてあったメモ紙を取り出し、野菜や果物の名前を読み上げる。
大将は、カグのオーダーを聞きながら、手早く商品を集め、袋へ詰めた。
「ほら!これで全部だ!」
ずっしりと重い袋を受け取り、中を確認するカグの手がピタッと止まり、ルールーも袋の中を覗き込む。
「・・・・・・・あの、頼んでないものが沢山、入ってるみたいですけど」
ここの大将は、おまけをよく付けてくれるのだが、今回はいつも以上に”色”がついていた。
その言葉を聞き、大将は盛大に笑い声を上げる。
「そいつはおまけだ。持って帰って、姉ちゃんたちを喜ばせてやりな!」
「いいのか?!」
大将の豪快さに、ルールーの目が輝く。なんせ、彼女が好きなき果物が多めに入っていたからだ。
「当たり前よ!これからも、贔屓にしてくれって姉ちゃんに言ってくれよ!」
人の好意を無碍にしてはいけない。そう言われているカグは、突っぱねることが出来ずに、大将に本来頼んだ商品の金額だけ渡し――というか、その金額しか受け取ってもらえなかった――、深々と一礼した。
「ありがとうございます」
「ありがとうなのじゃ!!」
ブンブンと音がしそうなほど手を振るルールーに、手を振りながら八百屋の大将は見送ってくれた。
「あらあら・・・・今日は二人で来たのだねぇ」
二人が次に訪れたのは、お茶屋。
ここの女将も、ルールーとカグを孫のように可愛がっている人物の一人だ。
「こんにちは」
「こんにちはなのじゃ!」
八百屋の時同様、元気に挨拶する二人に、女将は「よう来たねぇ」と嬉しそうに出迎えた。
そんなリアルタイムで送られてくる映像に、見守っていた冬華たちの眼差しは生温かいものへと変わっていた。
「・・・・・・なんか、無難にこなしてますね。ルーちゃんとカグ君」
思っていた以上に、お使いをこなすルールーたちに、フェリシアはあることを失念していた。
「まぁ、忘れられがちだけど・・・・二人とも、世界を管理する神様だもんね」
それは、二人が紛れもなくグランバースを管理する、神だということだ。
特にフェリシアは、幼子姿のルールーと生活を共にしているので、彼女が神であることを、忘れてしまいそうになっていた。
「それに玉露ちゃんの授業。ちゃんと聞いてましたしね」
口では「メンド〜じゃ」というルールーだが、カグと一緒だと真面目に授業を受け、そんなルールーの姿を見てカグが頑張るという、相乗効果を生んでいる。
「まぁね・・・・だけど、これで終わりはしないと思うわよ?」
と、不吉なことを言う玉露が画面へと視線を戻すと、二人は最後のお店に向っているところが映し出されていた。
***********
「・・・・・・お腹すいた」
不意に、お腹をさすりながら空腹を訴えるルールーに、カグは呆れたように彼女を見つめた。
「ルドラ・・・・家を出る前に、トーカさんが作ったお菓子、沢山食べてたじゃないか」
カグの指摘どおり、ルールーはお使いに出る前に、間食用に冬華と金糸雀が焼いていたワッフルを、十枚ほど食べている。
これ以上は食べすぎ、とストップを掛けられ、ルールーとしては少々不満が残っていたのだ。
「そうなのじゃが・・・・・・こう、辺りから良い匂いが漂ってくると・・・」
辺りの屋台を見渡し、目を輝かせるルールー。その口からはよだれが垂れそうになっている。
ちょうど二人が通っていたのは、王都でも数多くの屋台が軒を連ねる、通称”屋台通り”と呼ばれる通りで、周辺には食べ物の匂いが充満していた。
そんな昔の彼女からは想像も出来ない姿に、カグは大きく息を吐き出した。
「はぁ・・・・・トーカさんから、残ったお金でおやつを買って良いと言われてるから、もう少し我慢して」
カグは、冬華からお金を預かった際、「残ったお金はお駄賃としてあげるから、二人で好きに使っていいよ」、と言われていた。
もちろん、残る金額は微々たる物だが、それでも屋台の商品が一つは買える金額は残るので、それで我慢してもらおうと、カグは考えていた。
「ホントか?!はわぁ〜・・・・・・・」
カグの言葉を聞き、ルールーはまるで天にも昇るような笑顔を浮かべる。
その表情も、昔の彼女からは想像も出来ず、カグはそんな笑顔のルールーが可愛く思え、笑みをこぼした。
二人は、急いでお使いを済まそうと、道をショートカットする為に横道へと入った。
「おい」
横道を少し進んだ時、後ろから声を掛けられた二人だが、全く気にすることなく、メモを見ながら歩き続けた。
「後は、肉屋に行って・・・・」
完全に無視され。声を掛けた人物から苛立ちが爆発する。
「おい!」
「「?」」
怒鳴るような声に、漸くルールーたちは振り返った。
そこには、十二〜三歳ほどの少年少女たちが八人ほど立っていた。
全員、身なりが良いとは言えず、所々破れ、顔なども垢などで汚れている。
そして、その手には角材や鉄の棒。さらにはナイフを持つものまでいた。
振り返ったルールーとカグに、リーダー格と思われるナイフを持った少年が歩み寄る。
「お前らだよ、お前ら・・・あまり、見ない顔だな」
気安く声を掛けてくる少年に、ルールーは隠す素振りも見せずに怪訝な顔をした。
「なんじゃ・・なんか用か?コゾー」
自分より年下ーに見えるーのルールーに、”小僧”呼ばわりされ、リーダの少年は顔を真っ赤にして憤慨した。
「!?ってめぇ・・・ガキの癖に、生意気な口聞きやがって!」
ルールーへ掴みかかろうとする少年。
そんな少年とルールーの間にカグが滑り込み、ルールーを掴もうとする少年の腕を掴むと、カグは目にも留まらぬ速さで、少年の身体を”回れ右”させ、がら空きになった背中をポンっと押した。
「?!な、なんだ!?」
気が付けば、”背中を突き飛ばされていた”少年は、自分の身に何が起きたのか、さっぱり理解できず、目を白黒させる。
仲間たちも、傍から見ていたが訳がわからず首を傾げる。
「彼女は君たちに、何用かと聞いたんだ。答えるのが筋じゃないかい?」
まるで大人に怒られるような威圧感を感じ、少年たちは気後れしながらも、自分たちの目的を口にしだした。
「っ!・・・・・お前ら、金持ってるんだろ?全部よこせ」
少年たちに視線が、ルールーとカグの着ている服やカバンへと注がれる。
二人が着ているのは、王妃マリアが作った子供服で、言わずもがな最高の生地を使って仕立てられている。
彼らは、培った”嗅覚”で二人が金持ちの子供であると確信し、狙いを定めていたのだ。
「・・・こやつは何を言っておるのじゃ?」
そんな少年たちの目的を聞くも、ルールーは意味が分からずにいた。
その横で、カグが思案していると、何かを思い出したのか「あ」と声を上げた。
「多分、タカりって奴だよ。ほら、ギョクロさんが言ってた」
「あぁ・・・・あれか!」
ルールーも思い出したようで、手を打った。それは玉露の授業で、お金に関する内容の際、付随情報として聞いていたものだった。
やはり、自分たちを無視するかのような二人の態度に、リーダーの少年は再び怒りで、顔を顰める。
「ゴチャゴチャうるせーんだよ!痛い目に合いたくなかったら、金と持ってる物全部置いていけって言ってんだ!」
リーダの合図と共に、少年少女たちは駆け出し。ルールーとカグを取り囲み、手にした凶器を構えた。
そんな彼らの姿に、二人は焦りの色を一つも見せずに、お互いの背後を護るかのように背中合わせになる。
そしてルールーは、スーッと目を細めた。
「下等な分際で・・・・随分、舐められたものじゃな・・妾たちも」
少年たち全員が威きり立っているが、”殺気”と呼べる代物を放っている者はいなかった。その程度の者に、足元を見られたことに、ルールーは沸々と怒りがこみ上げていた。
「ルドラ・・・・力が使えるといっても、相手は子供だ。その事は理解してるよね?」
そんなルールーに、カグはすぐに釘を刺す。
「当然じゃろうが・・・・子供相手に”手”など上げたりせんわ」
カグの言葉に、ルールーは鼻で笑い、怒りを押さえ込む。
「なら良いけど・・・・」
その言葉を信じ、カグがそれ以上、ルールーに声を掛けることはなかった。
少年たちは、二人の会話の間、何度と無く飛び掛ろうとしていたのだが、足がその場に縫い付けられたように動けなくなっていた。
「さて・・・・・・・・何か、寝言をほざいておったようじゃが・・・なんじゃったかの?」
ルールーの身体から霊力が漏れ出し、髪が蠢き始める。
しかも、極微量だが殺気を織り交ぜているので、少年たちから短い悲鳴が上がり、腰を抜かす者もいた。
カグも霊力を纏い、目の前にいる少年たちを睨みつける。
「君たちは運がいいよ・・・・・これでもし武器を持っていたら、子供でも手加減は出来ないからね・・・・」
ここでカグが言っている武器とは、神である二人を傷つけることが出来る物のことだ。人間にとっては凶器になりかねない角材やナイフなど、二人にとって恐怖すべき武器にはなりえないのだ。
獲物だったはずの目の前の子供二人が、自分たちの理解を超えた存在だったことを思い知らされる少年たち。
そして、そんな二人の後ろに、封印を解いた姿ではなく、神であるルドラとカグツチの姿が浮かび上がり、全員に一瞬だけ殺気を浴びせた。
「う・・うわぁああああああああ!!」
「化け物だああああ!!」
手にしていた武器を投げ出し、我先にと逃げ出す少年たち。
彼らが逃げ去ったあと、横道に静寂が訪れた。
「情けないの・・というか、誰が化け物じゃ!妾は神じゃぞ!!」
化け物呼ばわりされ、憤慨するルールーの横で、カグはホッ、と胸を撫で下ろした。
「よかった・・・誰も傷つけずに、解決できた」
内心、子供たちを傷つけるのではないか、と恐怖していたカグは、”訓練”の成果が発揮できた、と笑みをこぼす。
「まぁ、よい。さぁ、おかし、おかし〜♪」
面倒ごとが通り過ぎ、ルールーはスキップでもしそうな軽い足取りで、もと来た道を戻ろうとする。
「ルドラ!まだ、お肉屋さんの用事が終わってないよ!!」
だが、カグがすぐさまルールーの手を握り、「用事を済ませるのが先!」と最後の目的地である肉屋へと歩き出したのだった。
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「一瞬、ヒヤッとしましたね・・・・」
もしかしたら、と言う考えが頭を過ぎったフレミーは、肺に溜まった重苦しい空気を吐き出す。
「二人とも・・・・無闇に暴力を振るわなかったのは、大きなプラス評価だね」
相手を傷つけることなく無力化し、追い払った二人に冬華は嬉しそうに頷く。
「これなら、二人だけでもお使いに行かせたり出来ますね」
画面の中では、最後の目的地に到着し、買い物を済ませるルールーとカグが映りこみ、お金を払い商品を受け取ると二人で大喜びしていた。
「良かったですね・・・ルーちゃん」
そんな中フェリシアは、嬉しそうに喜んでいる画面の中のルールーを見ながら、少し前にルールーから聞いていた「街中を自由に歩く」という目標を思い出し、彼女がその目標に近づいたことに涙を浮かべる。
「とはいえ、帰ってくるまでがお使い。帰りにミスしたら、全部パァだけどね」
感動しているフェリシアの横で、見も蓋もないことを言う玉露に、部屋の中の空気が微妙なものへと変わるが、間違ったことを言っていないので、フェリシアは「ルーちゃん!お願いですから、気を抜かずに帰ってきてください!!」と祈りだした。
結局、フェリシアの心配は杞憂に終わり、二人は無事家へと戻ってきた。
「よかった!」と抱きしめてくるフェリシアに、ルールーが彼女の腕の中で目を白黒させている姿に、冬華たちは微笑ましく見守っていた。
これ以降、二人の仕事にお使いが追加され、街では時折、可愛らしいカップルが手を繋いでお使いをしている、と人々の頬を緩ませることになるのだった。
今回は、まんまタイトル通りの話だったですが、実の所作者は番組を見たことが無く、完全に空想の産物です。
もし、番組のファンの方で「こんなの違う!」と憤慨されても、そこは手加減してやってください。




