8話:秋事
鏡を見るより、本を読んでいる方が楽しい。
本を読むより、運動する方がずっと楽しい。
「嵐だね……」
「今日のやることは済ませたのか?」
秋の嵐、強風が締め切った家を叩く。
アルマは私に暖かい乳茶を淹れてくれた。
「まだだけど、ここじゃ狭いよ」
「すまないね。小さな天幕で」
「そうじゃないってばぁ」
毎日のノルマ。素振り千回、弓を引く練習百回。そして、基礎魔術を一つずつ発動すること。六歳になってからずーっと続けてるルーティーンだ。
せっかくだし本でも読もうかと、本棚から適当に一冊選ぶ。
魔術指導書。アルマお気に入りの本であり、私がお世話になった本でもある。
パラパラとめくると、アルマは訝しげに私を見た。
「中で魔術は使うな」
「しないよ!そもそも私の魔術じゃなんの影響もないでしょ」
そういうとアルマはほんの少し俯いた。
(失言だったか?)
「べリス、渡したいものがある」
「え?な、なんですか?」
まって、今の流れで渡したいものとかほんとに怖いんだけど!!
思わず敬語になってしまった。
「怯える必要はない。これだ」
「魔鉱石?」
綺麗な青…。
「この魔鉱石には道しるべの呪いを入れた」
「道しるべ?お呪いって魔術とは違うの?」
魔鉱石とは、宝石の中に魔力が結晶化したものだ。
行商で見かけたものは、とても小さかったけど、とても手が出せないような値段だった。
高価なのに、アルマが差し出したそれは、見ただけでも分かるほど濃密な魔力を宿していた。
「これ、凄い魔鉱石なんじゃ…」
(高価な魔鉱石に術を入れるのは高難易度…)
「いらないのか?」
「いります!」
アルマは笑って、私を抱きしめた。
ちゃらり
首にかけられた青い宝石。中には小さな光がある。
「小さい夜空みたい…」
「はっきり言うが、高かった」
「えっ!?」
「お前なら、この石の真価を発揮できると思ったんだ」
「真価…?」
道しるべの呪い。
(どんなものかよく分からないけど…)
「大事にするね」
「あぁ」
耳を真っ赤にしたアルマは、誤魔化すように私の髪を触り始めた。
(尖った耳って、こういう時に分かりやすくていいよね)
「髪、長くなったな」
そう言われて久々に鏡を見る。
綺麗な編み込みができていた。
八歳になる頃には、モチモチしていた体もすっかり細長くなってきた。あのもちふわのほっぺが恋しい。
アルマは毎朝、私の髪を整えてくれる。その表情は真剣そのもので、どこかこの時間を楽しんでいるようにも見えた。
さらさらで真っ直ぐ伸びた髪のアルマとジェラルドに対して、私の髪はゆるく波打っている。昔はストレートだったらしいけど、どうも髪質は受け継がなかったらしい。
ジェラルドは私の緩くウェーブした銀髪を『月の光』と表現した。
鏡は、あまり好きじゃない。
昔の私を忘れてしまいそうで…、そしてこの綺麗なエルフになってしまったことを思い知らされているようで、変な気分になるから。
肩にそっと手が置かれる。
「今日は珍しく鏡を見てるな」
「そぉ?」
鏡越しに目が合うと、小さく微笑まれた。
私は、アルマの手に自分の手を重ねた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「そろそろセレネー祭だな」
当然、この世界にも神様はいる。
神様がいれば宗教もある。
主に信仰されてるのは太陽神、月神そして暁神だ。
タランドゥスの民は月神セレネを信仰している。
(そういえば、あの天国の女神は何者なんだろう?
そもそも、本当に神様なのかな…)
「人間の国にも月神様を信仰してる国があるんだよね?」
「あぁ、西にあるモンデ…モンデクーレ?みたいな国」
「それを言うなら、モンディアーナじゃない?」
エルフも人も、月神を信仰しているけど、お互い敵視しあっている。
「セレネー祭かぁ。エルフが集まって、各村や部族が自慢のものを披露する日……」
剣術、弓術、魔術。
それだけじゃない。
服も、踊りも、音楽も。
きっと、私が知らないものがたくさん見られる。
「絶対、見に行きたい……!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
タン!と、矢が的の中央に当たった瞬間、遠くで誰かが叫んだ。
「先遣隊が帰ってきたぞー!」
声のするほうを見ると、人だかりができている。
駆け寄るも村人が邪魔で、ジェラルドの姿が見えない。
「べリス」
「あっ、ウキア」
輪から外れたところに、ウキアが立っている。
私を見るなり、何も言わずに手を差し出した。
「……?」
何のことか分からず、その手とウキアの顔を交互に見る。
「ほら」
もう一度、手を差し出される。
少し迷ってから、そっと手を伸ばした。
けれど、私の指先が触れるより先に、ウキアが痺れを切らしたように手を掴んだ。
「お兄ちゃん、いたの!?」
「いた。着いてこいよ」
ぐいっと引っ張られる。
「わっ、ちょっと待って!」
そのまま人混みの中を走り出した。
駆け寄ってくる村人たちを避けながら、ウキアの背中を追いかける。
繋いだ手だけが、やけに熱かった。
連れていかれた先には、ジェラルドとヴェロス、そして知らない男の人がいた。
「お父さん!」
「ベル!」
ウキアの手を離して、ジェラルドに駆け寄ると、ジェラルドは私を抱き上げて頬にキスをした。
「こんにちはべリスちゃん。いつも弟が世話になってるよ」
灰色の髪、ウキアによく似た顔。
(この人がウキアのお兄ちゃん…)
「俺はオエン。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
ジェラルドの腕から抜け出して挨拶をすると、いい子、と褒められた。悪くない。
「なにべリスにデレデレしてるんだよ」
「兄ちゃんが帰ってきたんだからもう少し嬉しそうにしてもいいのに」
ウキアのツンデレめ。
それからしばらく、四人で話した。
私とウキアは狩りについて、ジェラルドとオエンは今まであった魔物について教えてくれた。
「氷熊?」
「寒い土地に住む魔物だよ。冬眠しないんだ」
冬眠しない、三メートル級の熊…?
お、恐ろしい。引っかかれたら一溜りもないだろうな。
「氷熊は数が少ないし、滅多に出くわさないから大丈夫だよ」
「お父さんは昔対峙したことあるよ」
「えっ!?」
「それがお母さんとの出会いだったんだ」
氷熊に襲われたアルマの村を助けたのが出会い。
(思ってたよりロマンチックだな)
「そういえば、そろそろセレネー祭だろう?ベルは何を披露するんだい?」
「弓術を披露しようと思って。終わりには踊りもね。だからお母さんと毎日練習してるの」
「ベルの踊り…きっと可愛いんだろうな」
確信を持った目で見ないで欲しい。まだまだ完成とは言い難いんだから。
「もっと上手になったら見せるね」
「あぁ!楽しみにしてるよ」




