5話:嵐を呼ぶもの
ついてないな。
冬の移動を終えたばかりだというのに、嵐がやって来た。
渡り龍の影響なのか、それともただの嵐なのか。私には分からない。
とにかく、ジェラルドは嵐が来る前から出かけていた。
そして、なかなか帰ってこない。
アルマは天幕の外を何度も気にしながら、彼の帰りを待っていた。
その日の夕方、嵐は去った。
「ぁ……」
そして朝になって、ジェラルドが帰ってきた。
「ただいま」
ボロボロになって。
「ジェラルド!」
「ごめん。やっぱり、ただの嵐じゃなかったよ」
額からこめかみにかけての傷。足も、引きずるようにして歩いている。
ジェラルドと目が合った。
私を安心させようとしたのか、ぎこちなく笑みを浮かべる。
私はどうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くしていた。
外套を脱ぎながら、アルマから茶を受け取り、その場に座り込む。
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ジェラルドは一息ついてから話し始めた。
「…龍だった。それも、上位の」
「龍……!!」
アルマが殺気立つのを感じた。
思わず、その場に座り込んでしまう。
龍――。
アルマは私に口酸っぱく言うことがある。
ドラゴンに幻想を抱いてはいけない。
あれは巨大な生き物なんかじゃない。
自然災害そのものだ。
転生してきた私にはよく効く言葉だった。
「お、おかあさん」
「アルマ、大丈夫だ。龍は既にこの地を去った。この傷も、龍に誘われた別の魔物によるものだ」
渡り龍と言わないあたり、たまたま通過した訳ではないのだろう。
近くで獲物を狩っていた個体が嵐を作ったのか?
でも、渡り龍だってドラゴンだ。
アルマは、何をそんなに怖がっているんだろう。
「私たちは、一度龍に負けている」
……え?
「大丈夫だ。もうアールヴィに、彼らの必要なものは無いんだ」
――無くなってしまったんだ……。
何の話かは分からない。
でも、ひとつだけ分かる。
アルマもジェラルドも、龍と――ドラゴンと、何かあったのだ。
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「前々から思っていたが、べリスは常に魔力が漏れている」
「あ、やっぱり?」
「うん?」
それから何度か移動を繰り返し、いつの間にか三歳になった。
結局ドラゴンの事は気まずくて聞けないでいる。
エルフは特殊で、これくらいの歳から魔力が格段に増えるのだそうだ。
問題は…。
「この子は、生まれた時から魔力が多かった。けれど……あの日から、明らかに放出量が増えている。このままでは……」
アルマが言葉を止めた。
「魔力の制御を覚えないとね」
膝の上に置かれたアルマの手が、わずかに強く握られている。
ジェラルドはそれに気づいたのか、私を抱き上げた。
「たかいたかーい!」
「はは」
いつになく乾いた笑い声が出た。
仕方があるまい、中身は大人なんだから!!
「アルマ、この子は俺たちの子だ。順を追って教えていけば、いずれ自分でも制御できるようになる」
「……そうだな」
色々まとめると、私は常に魔力放出してるから、魔物を寄せてしまうらしい。
(そんなん災害じゃねーか!)
と、一人頭を掻きむしった。
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「ちょいと、お前さんや」
「おばあちゃん、だあれ?」
珍しく、年老いたエルフが私を呼び止めた。
……おばあちゃんと言っても、見た目は五十代くらいだけど。
エルフはほとんど老いない。
目元や口元に少し皺が増える程度なので、人間基準だと驚くほど若く見える。実際は百年以上生きているのだろう。
「こんにちは、べリス」
茶色のローブには複雑な刺繍が施されていた。
「魔術師ヴィクセンよ」
「ゔぃくせん?」
……うん、まあ予想はしてた。
たぶん、魔力の話だ。
「少し話をしよう。乳茶は好きかい?」
「はい!」
天気の良い日は、こうして外に机と椅子を出して食事をすることもある。
暖かな日差しとお茶の組み合わせは、のどかな気持ちになる。
遊牧民の家といえば、テントに近いものを想像するだろうが、当然ベッドもあればソファーや簡易的な台所もある。
台所と言っても、炉の近くの机の上に鍋や食材が置かれているだけだが。
(火が使えて調理できれば、それはもうキッチン)
独特な模様が彫られた銀製のコップ。緊張で模様が変な術に見えてきた。
「おいしいです!」
「それは良かった」
そして今、私は村の中でも凄腕の魔術師とお茶をしている。
「私はお前が生まれた時、お前を取り上げた」
「とりあげた?」
「だから、私がこの村で一番お前の魔力を知っている。……もう三つか。時が流れるのは早い」
白いパンのようなものに、樹液から作られた甘い蜜を塗って食べる。ほんのり木の香りがした。
「膨大な魔力を持っていると聞いた」
「うん。おかあさんが持ってるって言ってた」
“聞いた”と言っているけれど、私の魔力は遠くからでも感知できるらしい。
長く一緒にいるトナカイたちは慣れてきたけれど、動物によっては私から逃げる。
逆に、魔物は寄ってくる。
膨大な魔力とは、そういうものだ。
(……それに、村の人たちはちょっと私が怖いらしい)
「魔力は時に制御できなくなる。お前は、その危険性を帯びている」
「……むずかしいおはなしだね」
「だから、これをあげよう」
差し出されたのは、銀色の腕輪だった。
「その腕輪には、魔力を封じる力がある。長時間つけ続けるものではないが……多少は楽になるはずだ」
「ほんと?」
「時々外して、自分の魔力量を確かめなさい」
「はぁい」
「これも持っていきなさい」
追加でパンと樹液蜜を渡される。
(持って帰ってアルマと食べよ)
 ̄ ̄ ̄おまけ ̄ ̄ ̄
「こんなに沢山、ヴィクセン様から?」
「これ、もらったよ!」
銀色の腕輪を見て、一瞬だけアルマの目が大きく見開かれた。
「そう……」
私の腕に触れながら、腕輪をじっくりと観察している。
やっぱりお高いやつなのかな…?
受け取らない方がよかった?
「今度お礼をしに行きましょう。お茶は楽しかった?」
「うん!たのしかった!」
よかった。次は魔力について、もっと聞けるといいな。




