4話:一家
ぐったりした熊が、目の前で捌かれていく。
「ベル、こっちは見なくていいぞ〜」
無事体調も回復し、村は目的地へたどり着いた。樹海付近に家を建てたあと、出かけて行ったジェラルドは熊を一頭仕留めて帰ってきた。
口調は穏やかだが、手さばきは見事。気がつけば、熊は綺麗に解体されていた。
「最近、熊の出没が増えた。恐らく、人間が魔物狩りに力を入れているからだ」
「また生態系が崩されたのか」
人間は時々、大規模な魔物狩りを行う。素材が高値で売れるから、流行に合わせて様々な魔物が狩られる。
エルフと人間は仲が悪いらしい。大昔(と言ってもエルフからすればそうでもない)には何度も争ってたみたいだし、二人が警戒するのも当然だ。
「赤ん坊だったベルが1年でこんなに大きくなるなんて…」
そうか、転生から一年経ったのか。
「べる?」
「そうだよ、べリスの愛称だ」
ほう、あだ名の上位互換みたいなやつだっけ?
ベルか、いいじゃない。可愛らしくて。
「んふ、ベル!」
「ほぁ…。アルマ、みたかい!?やはりうちの子は世界一可愛いよ!」
私が少し笑うだけでこの調子。
(愛称は嬉しいけど、ちょっとウザいんだよなぁ)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ジェラルドはよく私を外に連れ出す。おんぶにだっこ、手を繋いで歩いたり、ちょっとした斜面で滑って遊んだり。
まるで、会えなかった一年を埋めるように、私にべったり張り付いている。
ジェラルドがなぜこんな親バカなのか。
それは、彼が先遣隊として常に危険と隣り合わせだからだろう。
この一年、村のために戦っていたのだ。
「ぶぉん」
ジェラルドが舌を鳴らす。
すると、一頭のタランドゥスがこちらへ歩いてきた。
……いや。
よく見ると、他のタランドゥスとは明らかに違う。角は金色に輝き、蹄は緑色。身体も一回りどころか、二回りほど大きい。
「初めて見るだろう?」
ジェラルドが、そのタランドゥスの首を撫でる。
「ヴェロス。アルヴの鹿だ」
アルヴの鹿。月神の眷属とされる神獣。
アールヴィでは、アルヴの鹿に認められた者は英雄になると言われている。
つまり……。
(ジェラルド、英雄ってこと!?)
目の前の男を見る。
私を抱っこして、斜面を滑って遊び、娘に『ベル〜♡』とか言っている男。
…………。
(こいつ、英雄なの?)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「ベルも大きくなったら、あんなふうに手懐けるんだ」
鹿仔月。子鹿が生まれる時期、そして騎乗に慣れた若者が、相棒となるタランドゥスを選ぶ時期でもある。
ジェラルドは私を抱き上げてタランドゥスの群れに近づいた。こうして沢山のタランドゥスに囲まれるのは、未だにドキドキする。
この世界の生き物の寿命は長いようで、百年近く生きるのだとか。その中でもタランドゥスは特別長生きで、だからこそエルフはパートナーとして選んだ。
(あなたたち長生きなのね)
そんなことを考えていると、一頭がこちらへ近づいてきた。
そっと撫でる。すると、そのタランドゥスは顔を寄せ、私の手をぺろりと舐めた。
「わぁ……」
かわいい。
ふと群れの中を見る。見覚えのある角があった。
――ヴェロスだ。
アルヴの鹿であるヴェロスも、普通のタランドゥスと何ら変わらない様子で草を食んでいる。
(アルヴの鹿って、案外社交的なのね)
アルマも、いつかあんな風に輪に混ざれる日が来るのかな。
「次の移動までは一緒かな。……ベル」
「うん?」
そっか、次の移動が始まる前に先遣隊は先に行っちゃうのか。
「アルマ、ママを頼んだよ。ベルがいないと無理しちゃうんだ」
「ママは頑張り屋さんだから、ベルが時々休ませてあげてくれ」
「……」
ちょっと難しい話だったかな、なんて言いながらも、その真剣な目は私を映している。
「俺はいつ…いや、やめておこう。
そろそろご飯の時間かな。帰ろうか」
「うん」
ジェラルドの深い愛を、私は身に染みて感じた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「今年は嵐が多いな」
「あぁ、少し様子を見てくる」
強風がテントを叩きつける中、ジェラルドは外へ行ってしまった。
大きな音と共にテントが揺れて、もしかしたら崩れてしまうんじゃないかと怖くなる。
「ドラゴンか?」
突然の嵐は大抵ドラゴンの仕業だ。時期を見れば渡り龍と考えていいだろう。
嵐は初めてじゃない。頻繁にあるものでもないが、尋常じゃない風と音は、精神的にくるものがある。
震えているとアルマが私を優しく抱き上げた。背中をポンポンと叩かれている。
「大丈夫。簡易的な家とはいえ、ヘスティア様の付与術がある」
「へすてあ?」
以前、家の絨毯に描かれていた神様だ。
どうやら炉の神が描かれたものの多くは、家を守る術がかけられているらしい。
家具一つで家が守られるなんて、異世界はすごい。
とはいえ、雷の落ちる音が近くで響いている。倒壊の危機は免れても、音がうるさくて寝れそうにはない。
「あと数年もすればなれる」
本当に?慣れって怖いな。
しばらくすれば雷は収まった。
私はアルマに抱きしめられたまま眠ってしまった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「おはようべリス」
翌朝、目覚めるとジェラルドは帰ってきていた。
「怖かっただろう?今日は一日中そばに居るからな〜」
熱烈な頬擦りで朝ごはんが食べにくいが、愛情表現として受け取っておく。
「今日は少し散歩でもしないかい?」
「珍しいな」
「昨日は昼間から嵐で忙しかったからね、少し休みを取ろうと思って」
散歩?珍しいな。
アルマと遠くへ出かけたことはない。やることが山積みだったのもあり、たまたま近くにいる行商くらいしか見に行ったことはない。
「食べ終わったら早速出発だ」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ジェラルドの前に乗って、カツカツと進む。
今日はヴェロスはお休みだ。アルヴの鹿は貴重なので目をつけられると厄介だから、狩り以外は基本的に普通のタランドゥスたちと行動している。
赤ちゃんの時に見た景色と、今の景色では全く違う。
森はこんなに大きかったっけ?
あっちに山なんてあった?
日本では見たことないような独特な鳥が空を飛び、遠くの草原では獣が跳ねている。
おしりは痛くなるけど、移動は嫌いじゃない。こうして、たくさんのものか見られるから。
「楽しんでくれて何よりだ」
そうやって話している姿を、アルマは斜め後ろからどこか嬉しそうに眺めている。
なるほど、これが家族か。
前世で親孝行した記憶は無い。社会に出ると、私がいなくても姉がいるからと言い訳して、実家にはほとんど帰らなかった。
死んだあの日、ようやく空けた休みだったのに。
もう、会えないのか。
一時間ほど揺られて、ようやく行商を見つけた。
タランドゥスは近くに繋いでおいて、私はジェラルドに抱かれて行商に近づいた。
宝石の髪飾りを私に当てながら、ジェラルドは買うか悩んでいるようだ。腰に下げた巾着袋に手を伸ばした時、アルマが口を開いた。
「ベルにはまだ早いわ」
「で、でも似合うと思わないかい?」
「似合うかどうかと、必要かどうかは別でしょう」
今までで一番夫婦らしいことしてるな。
一方アルマは、遊牧民としてなかなか手に入れられない日用品を手にしていた。
米や小麦粉、そして塩。
移動を繰り返す私たちには嬉しいものばかり。
(でも塩って高いよな。あぁ武器まで売られてるのか)
「ん?何か気になるものでもあった?」
「あれじゃないか?」
抱き上げられている状態だと、何でも一目でバレてしまう。ちょっと恥ずかしい。
「武器はもう少し大きくなってからだな」
「流石にこの歳で弓は早いか。せめて三歳にならないと」
(いや、三歳も十分早い気がするんですけど!?)
「その時は、私が教える」
「アルマは弓を射る姿も美しいからね」
ジェラルドがそういうとアルマは目を逸らして、買い物再開した。
「くくくっ」
よくよく見ると、アルマの尖った耳が赤い。ほとんど感情を表に出さないアルマが、照れている。
ジェラルドは小さく笑った。




