第十章 顔の落書きと謎の手毬
映画ノベライズ『もしも、僕の彼女が妖怪ハンターだったら。。。(おかわり)』第十章「顔の落書きと謎の手毬」をお届けします。
前章に響き渡った翔太の悲鳴の正体は、妖怪の襲撃ではなく、付喪神ロレッタによる容赦ない「顔面キャンバス化」でした。しかし、見事なヒゲと極太眉毛をあしらわれた翔太のコミカルな姿から一転、彼の自室に予期せぬ不可思議な訪問者が現れます。
クスッと笑える日常コメディと、少し不気味で不思議なファンタジーがシームレスに切り替わる、本作ならではの独特の空気感をお楽しみください。
翔太の悲鳴を聞きつけ、大和、雛、七海の三人が慌てて駆けつけた。キッチンの冷蔵庫の陰から、三人はそっと中の様子を窺う。
そこには、翔太が立っていた。彼がゆっくりとこちらへ振り向くと、その顔には極太の眉毛、鼻の下のヒゲ、さらには猫のような鼻や頬の模様まで、黒々と見事ないたずら書きが施されていた。
「ちょっとこれ、誰が書いたの?」
自分の顔に何が起きているのか気づいているのかいないのか、不満げに尋ねる翔太の顔面を見て、三人は必死に笑いをこらえて顔を見合わせた。
自室に戻ってきた翔太は、顔に落書きされたままの姿で、深いため息をついた。
「はぁ……こんな顔、市華ちゃんに見せられないよ」
そうぼやいた直後、足元にコロコロと古風な手毬が転がってきた。
「ん?」
翔太は不思議そうに腰をかがめて手毬を拾い上げる。そして、手毬が転がってきた部屋の入り口へと視線を向けた。そこには、淡い水色の着物を着た見知らぬ少年——水晶が静かに立っていた。
翔太はさりげなく手毬を軽く放って水晶に返した。
水晶は、翔太を見つめ、静かな声で言った。
「僕の手毬。ありがとう」
そう言うと、周りの風景に溶け込むように水晶は消えていった。
翔太は目を見開き、凍りついた。
「あ……あああー!」
再び、絶叫が夜の家に響き渡った。
「また?」
「今度は何?」
七海と雛の呆れたような声が響く。再び翔太の部屋へ駆けつけると、翔太は畳の上に大の字になって気絶していた。大和たち三人は、倒れた翔太を取り囲むように見下ろしている。
「ロレッタ?私の可愛いロレッタ?」
雛が部屋の空中に向かって呼びかけると、眩い光と共にロレッタがフワリと現れた。
「こんにちは、雛」
悪びれる様子もないロレッタに、雛は少し声を強めて叱りつける。
「ロレッタ、いたずらもいい加減にしないと怒るよ」
しかし、ロレッタは肩をすくめるようにして答えた。
「いたずら書きは私だけど、ここで気絶してるのは知らないわ。それは私のせいじゃないと思うけど」
そう告げると、ロレッタも空中に消えていった。
大和が首を傾げる。
「え、じゃあどうして?」
七海はしゃがみ込み、翔太の肩を揺さぶった。
「翔太!翔太、起きて!」
揺さぶられた翔太は「うぅ……」とうめき声を上げ、ゆっくりと身を起こした。目を覚ました彼は、目の前にいる二人を見て安堵の声を漏らす。
「あ、七海ちゃん。雛ちゃん」
「俺もいるけどね」
大和がすかさずツッコミを入れた。
翔太はハッとして顔を青ざめさせると、誰もいない部屋の入り口を指差して取り乱した。
「あ、あの、あそこに……着物を着た人形みたいな男の子が手毬持って……」
三人は翔太の指差す先を見るが、そこには誰もいない。
「大丈夫か、翔太」
大和が心配そうに声をかけると、翔太はポカンとして呟いた。
「あれ?夢だったのかな」
その言葉を好機とばかりに、雛が素早く同調する。
「うん。そうそうそう、夢見てたのかも」
大和も頷いて彼を宥めた。
「今日は早く寝た方がいいよ。疲れてるから」
「そうそうそう。じゃ、おやすみ」
七海が早口で締めくくり、大和も「おやすみ」と言い残して、三人はそそくさと翔太の部屋から立ち去っていった。
一人残された翔太は、顔に落書きを残したまま、ただぼんやりと見送るしかなかった。
「そう……だね。おやすみ」
第十章「顔の落書きと謎の手毬」、いかがでしたでしょうか。
顔中を真っ黒に塗られたまま気絶し、目覚めた後も大和たち三人から「夢だ」と丸め込まれてそそくさと放置される翔太の不憫さが、最高に笑えるエピソードでした。ロレッタの「いたずら書きは私だけど、気絶させたのは私じゃない」という飄々とした言い分も、人間とは少し違う付喪神らしいマイペースさが出ていて魅力的です。
一方で、翔太の前に現れては消えた水色の着物の少年・水晶。第六章で市華が呼び出した彼が、なぜ手毬と共に翔太の前に姿を現したのか。同じ家の中にいる市華と大和たちの点と点が、少しずつ繋がり始めようとしています。
翔太の顔の落書きはいつ消えるのかも含め、次章の展開もどうぞお楽しみに!




