第25話 坑道の作戦会議と、魔法のタガネ
星霊暦五〇四年二月一日、金曜日。朝。ウィグル鉱山坑道内。
「ウワァァァァァァァッ!! 出たぁぁッ!!」
ガルドの悲鳴が、薄暗い坑道の奥深くに木霊した。
エフェス、ボルム、ガルドの三人は慌てて息を潜め、入り口の方をじっと見つめた。見張りの野盗が怒鳴り込んでくるか、あるいは他の奴隷たちが何事かと様子を見に来るか。
しかし――待てど暮らせど、入り口からは足音ひとつ、声ひとつ聞こえてこなかった。
見張りが坑道の奥まで来るのをサボっているというのもあるだろう。だが何より、他の奴隷たちはすでに、誰かの身に何が起ころうと「心配する気力すら残っていない」ほど疲弊しきっているのだ。
その底知れぬ無関心と静寂が、この鉱山の異常さを何よりも雄弁に物語っていた。
何の変化もないことを確認し、三人はようやく安堵の息を吐くと、ひそひそ声で話し始めた。
「てか、なんでお前がここにいるんだべ! 普通、こんな酷い奴隷の中にわざわざ紛れ込む真似なんてしねえべさ!」
ボルムに続き、ガルドが真っ先に湧いた疑問をぶつけた。
「いや、別に考えなしにここに来たわけやなかけん。そもそも、普通やったら昨日の夜の時点でここには来とらんばい」
「そりゃそうだべ……って、自分でも普通じゃないって分かってるんだべ!」
「なはは。まぁ、ざっくり言うと、こないだシギロア村にこのウィグルのならず者たちが人さらいに来たとさ。でも、そいつらはおいとフィンネル……まぁ、シギロア村の仲間たちでやっつけてしまったけん。ここの奴らがそれに気付く前に、どうにかして村の人たちを助けられんかと思って、こっそり入り込んだってわけばい」
エフェスのあっけらかんとした説明に、ボルムとガルドは顔を見合わせた。
この少年は間違いなく強いのだろうが、なんて無茶苦茶で、かつ一応理にかなった行動力なのだと、褒めていいのか嘆いていいのか分からないでいた。
「お前の言いたいことは分かったけど、無茶苦茶な奴だべ……」
「そもそも、明かりもない夜に、よく坑道の奥深くまで入り込めたな。普通なら、あそこに隠れ続けるのは無理だと思うのだが……」
ボルムが呆れ半分に言うと、エフェスは事も無げに答えた。
「さすがに最初は入り口付近で寝とったんやけど、太陽の光が入りだしたら、わりと奥まで見えたけん移動しただけばい」
「いや、それでも暗くて見えないだろうが……まぁ、いいか」
ボルムは深く追及するのをやめた。それより重要なことがある。
「それで、奴隷たちを助ける算段は何かあるのか?」
ボルムが期待を込めて尋ねると、エフェスは腰に巻いた布の隙間から、大切そうに一本の『植物の枝』を取り出した。
「へへ。二人には分からんと思うけど、この挿し木を外の土に植えて、水をかければ、なんとかなると思うばい」
「……いや、そん木が何の役に立つべさ! まだ、その木剣の方で野盗たちをぶっ倒すって言われた方が納得できるべさ!」
ガルドのツッコミはもっともだったが、エフェスは挿し木の凄さを自分だけが知っているという余裕の表情を崩さなかった。
「とにかく、この挿し木を外に植えることさえできればよかけん、うまくおいを奴隷の仲間って風に誤魔化してくれんか?」
ボルムは少々不安ではあった。だが、今ここで野盗たちの支配をどうにかできる可能性があるのは、情けないがこの得体の知れない少年のみだ。任せるしかなかった。
「そいよか、シギロア村の人はどこにおるか分かる?」
エフェスが状況確認のために尋ねると、ガルドがぴくりと眉をひそめた。
「なんだべ。もしかして、シギロア村の人達だけ助けて、俺たちは助けねぇって話だべか?」
「んなこと、するわけなかやろうが!」
エフェスは即座に否定したが、その瞳には子どもらしからぬシビアな光が宿っていた。
「もともとシギロア村の人らを助けるって言って来とるけん、さすがにその人たちば助けんで他の人たちを助けたってなると、やりきれなかやろうが。もちろん、みんな助けたかけど……一番の目的があるだけばい」
エフェスの脳裏には、ガラーシャ村での惨劇が焼き付いていた。
自分が村に着いた頃にはマシューをはじめ、全てを失ってしまっていて、何もできずに逃げ延びただけの過去。
もちろん目の前の奴隷全員を救いたい気持ちはある。だが、それには限界があるということを、彼は子どもながらに痛いほど理解していたのだ。
ガルドが不満を抱く気持ちも分かるが、ボルムはこの少年の、現実を見据えたハッキリとした決断力に舌を巻いていた。
(……ただの無鉄砲な子供じゃない。立派な覚悟だ)
ボルムは静かに答えた。
「正確な場所は分からないが、シギロア村の人たちは植物民族のエルフだから、こんな過酷な坑道で働かされていることはないはずだ。おそらく、外で土砂を捨てたり、川まで水汲みに行かせたり、野盗たちの雑用手伝いが彼らの主な仕事になっているだろう」
「昼に、外に出れる機会ってある? 木を植えるにも、シギロア村の人たちを確認するにも、何とかして外に出てみたかとやけど」
「なら、昼食時だな。見張りはいるが、奴らは所詮ただの野盗だ。ちゃんとした監獄の看守とは違って、几帳面な奴は少ない。奴らが顔を覚えているのは、目を付けた一部の女や子どもの奴隷くらいだ。一人が集団に紛れ込んだくらいで、そうそう気付くことはないかと思う。ただ……」
「ただ?」
ボルムは、エフェスの足元を指差した。
「君の格好で、『足枷』だけが無いのは、日の下では異常に目立つ。今の状態では、さすがに外へは連れていけん」
「なんなら、少し手前の横穴に、こないだ途中で亡くなった奴隷の足枷が放置されてたから、取ってくるべ」
ガルドが提案し、一人で足枷を拾いに入り口の方へと戻っていった。
◇
最奥部にたどり着いたエフェスとボルム。
エフェスが木剣や着ていた服などを岩陰に隠し終えると、ボルムが真剣な顔で言った。
「よし、エフェスくん。採掘をはじめるぞ。作業の音が鳴っていないと、見張りがサボっていると見なして鞭を打ちに来るからな。気力がなくても、音を鳴らすことだけは続けるんだ」
そのアドバイスに、エフェスは自然と「教わる側」の素直な口調になった。
「よろしくおねがいします! で、どうやったらいいとですか?」
「まずは、毛布の余った切れ端で口と鼻を覆ってくれ。これをしなきゃ、いくら若くても、粉塵を吸って私のように肺をダメにするぞ」
そう言うと、ボルムはボロ布を取り出し、口を覆うようにして頭の後ろで結んだ。エフェスも毛布を丁度いい大きさに切り裂き、同じように口元を覆った。
「よし。あとは、鉱脈にそってツルハシや、この『タガネ』の魔法機器を使うのだが……君は使ったことがあるか?」
「ううん。ちゃんと自分で使ったことはなかです」
「これは、硬い岩盤でもまるで柔らかい土を掘るように砕ける『魔法の文字』が施されている。これを使って、鉱脈を掘っていくという作業だよ」
エフェスは、そのタガネを見て、ガラーシャ村で大人たちが畑を耕す時に使っていた魔法器の『鍬』を思い出した。
「ああ! うちの村で使っとった鍬と似たようなもんやね。『土の恵みに、トーダ』って言ってから、掘ればいいとやろ?」
「トーダ? なんだそれは。いちいちそんな呪文を言わなくても、スイッチを入れてただ掘ればいいんだぞ」
「え? 言わんでも掘れると!?」
「魔法機器というのはそういうものだよ。君の村は、よっぽど古い時代の魔法器でも使っていたのかね?」
「そいは分からんけど……やっぱり魔法機器ってすごかとやね!」
エフェスは、採掘用の魔法機器の性能に目を丸くして感動していた。
その後、ボルムからドワーフにしか分からないような石や土の特徴、そして掘る時の力の入れ方などの注意を学び、エフェスはさっそく岩盤に向き直った。
『土の恵みに、トーダ! 土の恵みに、トーダ!』
グガンッ! グガァンッ!
「いや、だからなにも言わなくても掘れるから。むしろ、見張りに怪しまれるから、言っちゃだめだ」
「あっ、そうやったね。つい、思い出しながら言ってしまったばい。なはは」
「まったく」
グガンッ! グガァンッ!
無気力と絶望だけが支配するウィグル鉱山の最深部に、不似合いなほどリズミカルで、力強い音が響き始める。
エフェスは、魔法機器の感触と新しい知識を楽しむかのように、笑顔でタガネを使い続けたのだった。




