ボロ平屋を、買いました(地下に夢を詰めて)
鷹司さんの一件で、俺の口座に、30億円が、振り込まれた。
……いや、桁が、おかしい。
商店街でコツコツ稼いで、ちょこちょこ散財しても、数百万は貯まってた口座。そこにいきなり、30億だ。
ゼロの数を、三回、数え直した。やっぱり、間違いじゃ、なかった。
現実感なんて、あるわけが、ない。
まず、七海への分は、すでに渡してある。
あれは、給料じゃない。ボーナスとか、義理とか、そういうのとも、少し、違う。
……まあ、いい。済んだことだ。
残りは、まだ、とんでもない桁だった。
七海が、すかさず、釘を刺してくる。
「青柳さん。これは、浮かれて使う前に、まず、ちゃんと——」
「家、買うわ」
「は?」
今、いちばん聞きたくなかった単語、って顔をされた。
「いや、聞いてください。投資とか、税金の——」
「でっかい家。城みたいなやつ」
「……人の話を、聞きましょうか」
でも、これは、ただの浪費じゃ、ない。
……いや、半分は、浪費なんだけど。
残りの半分は、ちゃんと理由があった。
黒田の一件で、思い知ったんだ。
稼げば、目立つ。目立てば、狙われる。
今は商店街の片隅でやってるから、ギリ、平気。でも、この先もっとデカく稼ぐなら——守りを、固めなきゃ、いけない。
「隠れ家が、欲しいんだよ。誰にも、手出しできない城が」
俺がそう言うと、七海は、少しだけ、黙った。
「……防衛拠点、として。それなら、まあ、わからなくも、ないです。ちゃんとした不動産なら、資産にも、なりますし」
お。意外と、乗ってきた。
「ただし、物件は、私が選びます。あなたに任せたら、絶対、ロクなことになりません」
そこから、七海は、しごくまともだった。
都心の、いい立地。資産価値の高い、マンション。セキュリティのしっかりした、タワー。
ぜんぶ、文句のつけようの、ない物件ばかり、揃えてくれた。
……なのに。
俺の心は、これっぽっちも、動かなかった。
「うーん。なんか、違うんだよな」
「どこがですか。完璧でしょう」
「目立つ。タワマンの上層階とか、いかにも『金持ってます』じゃん。黒田みたいなのにすぐ嗅ぎつけられる」
七海が、ぐっ、と、言葉に詰まった。
……それは、否定、できないらしい。
で。
物件選びに、ちょっと疲れた、ある休日。
俺は、気分転換に、ミンティーで、あてもなく、ドライブに出かけた。
都心を抜けて。郊外を抜けて。どんどん、田舎のほうへ。
田んぼと山と、たまにコンビニ。そういう景色に、なってきた、頃。
その足が——いや、ブレーキが、ふと、止まった。
道の脇に、ぽつんと建っていた。
古い平屋。
壁の塗装は、剥げてる。庭は、草ぼうぼう。どう見ても、何年も、人が住んでない。
まわりに家は、一軒もない。あるのは、だだっ広い空き地みたいな敷地だけ。
ボロい。地味。何の、変哲もない。
なのに。
その、気の抜けた佇まいを見た瞬間、俺の胸が——ぎゅっと鳴った。
「……こいつだ」
二度目の、一目惚れ、だった。
翌日。
俺が「あのボロ平屋、買った」と報告すると七海は、しばらく無言だった。
「……なぜ、そこなんですか」
「ビビッと来た」
「都心の、優良物件。あんなに揃えたんですけど」
「ビビッと、来なかった」
七海が、額に手を当てて、天を仰いだ。
「……正気ですか」
「まあ、聞けって。あそこ、実は、めちゃくちゃ、いいんだぞ」
俺は、よく回るほうの頭で、説明してやった。
一、まわりに家がない。つまり、人目が、ゼロ。何やってても、誰にも、見られない。
二、敷地が、無駄に、広い。地下を、好きなだけ、掘れる。
三、通じてる道が、一本だけ。誰か来たら、すぐ、わかる。守りやすい。
そして、四。
「いちばんデカいのが——ボロくて、地味ってこと。誰も、こんなあばら家に、大金持ちが隠れてるなんて、思わねえ。最高の、隠れ蓑だろ」
七海が、ぽかんと口を開けた。
それから、深い深いため息を、ついた。
「……理屈は、通ってますね。正直、悔しいですけど」
「だろ?」
「ただ、勘違いしないでください。今のは、あくまで“理屈の上では”です。本当に上手くいくかは、作って、動かしてみないとわかりません」
「固いなあ、お前」
「当然です。一目惚れの勢いだけで、何億も動かす人の、ブレーキ役なので」
そこからは、もう、楽しくて、しょうがなかった。
基地づくりの、はじまりだ。
まず、問題は、秘密が、漏れないこと。
工事の業者やら、セキュリティ会社やら、いろんな人間が、出入りする。その誰かが、口を割ったら、隠れ家の意味が、ない。
でも、俺には、鑑定が、ある。
打ち合わせに来た担当者を、片っ端から、鑑定。
腹の中に、一ミリでも、よからぬ企みがある奴は、即、お断り。
口が堅くて、腕が良くて、裏表のない奴だけを、選んで、契約した。
……こういう時、ほんと便利すぎる、この力。
そうして、出来上がっていく俺の城は——控えめに言って、最高だった。
まず、守りは、ガチガチに、固めた。
敷地に通じる道は、もともと一本だけ。そこに車両センサーとカメラを仕込んで、車が一台でも通れば、すぐ、わかるようにした。
でも、それだけじゃ、足りない。
その気になれば、山や、裏手から、歩いて入ってくる奴も、いる。
だから、だだっ広い敷地の境界を、ぐるっと一周、赤外線と振動のセンサーで、囲った。
正面の道だろうが、裏の獣道だろうが。誰かが、この土地に、一歩でも踏み込んだら——その瞬間、地下に、通知が飛ぶ。
どこから来ても、必ず、わかる。それが、第一の守りだ。
……でも、俺は、まだ、満足しなかった。
「七海。センサーだけじゃ、地味じゃね? こう、もっと動くやつが、欲しいんだよ」
「動くやつ」
「ドローン。飛ばそうぜ。敷地の上、ぐるぐる」
「……はあ」
却下される、と、思った。
でも、七海は、しばらく考えて、意外にも、頷いた。
「……いいでしょう。むしろ、必要です」
「お。マジで?」
「この敷地、無駄に、広すぎるんです。人間が歩いて見回るなんて、現実的じゃない。空から巡回させるなら、合理的です」
——勝った。ロマンが、合理に、勝った。たぶん、初めてだ。
調子に乗った俺は、続けた。
「じゃあ、地上にも。警備ロボット。夜中、敷地を、のっしのっし歩くやつ。なんなら、レーザーとか——」
「却下です」
「えっ。なんで。ドローンは、いいのに」
「桁が、違います」
七海が、電卓を、すっと差し出してきた。画面に、ずらりと並んだ、ゼロ。
「自律で動く、警備ロボットを、まともなのを、何体も。……それ一式で、いくらすると思ってるんですか。地下を掘って、シェルターまで作って。この時点で、30億は、もう、ほとんど、残ってません」
「うっ……」
「ドローンは、安い。広い敷地を空から見るのに理にかなってる。でも、ロボットは、今の予算じゃ、無理。……いつか、もっと稼いだら、考えましょう」
「いつか、な」
「ええ。いつか。先立つものが、できたら」
ロマン二連勝とは、いかなかった。
でも、まあ、いい。ドローンは、もぎ取った。ロボットは——稼いで、買う。それも、また、楽しみってことにしておく。
「じゃあ、せめて、ドローンに、名前——」
「先に、進めましょうか」
そんなわけで。
俺の城は、空にドローン、境界一周にセンサー、要所にカメラ。空と地面の、二重の目で、二十四時間、にらみを利かせる、守りに、なった。
ドローンが、誰もいない田舎の敷地の上を、黙々と、旋回する画は——正直、ちょっと、シュールだった。
でも、かっこいい。それで、いい。
(地上を歩く警備ロボットは、また、今度。金が、できたら。……七海の、電卓が、忘れさせてくれなかった)
外見は、そのまま。剥げた壁の、ボロい平屋。
草も、わざとちょっと残した。センサーもカメラも、ドローンの待機場所も、外からはそうと分からないように仕込んである。完璧な、カモフラージュだ。
地上のボロ屋は、ボロ屋のまま、ちゃんと使う。
中に、ごく普通の、応接スペースを、こしらえた。
一見さんとか、軽い用件の相手は、ここで、お茶でも出して、対応する。
……地下があることなんて、おくびにも、出さない。普通の客は、そんなもの、あるとも知らずに帰っていく。
で。
秘密の話とか、表に出せない上客の、本格的な施術になったら。
そこで初めて、ボロ屋の中の、ある一室——「隠し部屋」へ、通す。
この隠し部屋に入ること自体が、最初の関門だ。
扉には、しっかり、セキュリティ。俺が認めて、登録した相手しか、入れない。
逆に言や、ここに通せる時点で、その客は、もう“こっち側”ってことだ。
そして、その隠し部屋の中に——地下へ降りる、エレベーターがある。
最初は、俺も「階段でいいだろ」って、思ってた。
でも、七海に、一発で、止められた。
「却下です。うちのお客様、どういう方々か、忘れたんですか」
……あ。
そうだ。
うちに来るのは、足腰の弱った年寄りや、車椅子の人も、多い。鷹司さんの孫の、美咲ちゃんだって、そうだった。
階段だけの隠れ家なんて、肝心の客が、降りられない。
「だろ。最初から、エレベーター付ける気だったわ、俺は」
「絶対、今、思い出しましたよね」
「…………」
そんなわけで。
隠し部屋の壁が、認証で、すっと開くと。
その奥に、地下へ続く、しっかりしたエレベーターが、現れる。
車椅子だろうが、杖をついてようが、問題なく、地下まで、降りられる。
階段も、いちおう、横に作った。けど、そっちは、非常用と、スタッフ用。基本は、エレベーターだ。
そこを降りると——別世界。
地下は、まるごと三階建てに、掘った。
地下1階は、施術フロアと、上客を迎える、立派な応接間。本格的な、“施術室”の顔。
地下2階は、七海の城。全部のカメラとセンサー、それにドローンの管制も集約した、管制ルーム。サーバーに、生活スペースまで、ある。
そして、地下3階は——最終シェルター。
完全密閉。独立の電源と、空調。長期の備蓄つき。外で、何が起きようが、ここまで来れば、いくらでも、籠城できる。
地下の各階の境目にも、さらに認証ゲート。
俺が事前に鑑定して、登録した人間。それから、腹の中に一ミリも悪意のない相手。それ以外は、一歩も、奥に進めない。
万が一、誰かが侵入してきても、層ごとにぴしゃりと止められる。
「……すげえ。秘密基地だ。完全に、秘密基地だ」
ずらりと並んだ監視モニターの前で、俺は、ガキみたいにはしゃいだ。
モニターの一つには、上空をゆっくり旋回する、ドローンの視点。その隣の画面は——本当は、地上を巡回する警備ロボットを映すはずだった、空きスペース。今は、まだ、ただの、黒い画面だ。
「……ここにいつか、ロボットを」
「稼いだら、ですよね」
「わかってるよ」
……もう、それだけで、ご飯三杯、いける。
「青柳さん。これ、要りますか」
七海が、図面の一点を、指で、つついた。
俺が、こっそり追加で頼んでた、「本棚に見せかけた、隠し扉」の項目だった。
「要る。ロマンだろ」
「却下です。無駄に、高い」
「じゃあ、滑り棒は」
「滑り棒って、なんですか」
「地上から地下に、シュッて降りてくる、消防署の、あれ。かっこいいだろ」
「エレベーター、ありますよね。すぐ横に」
「ロマンの話をしてんだよ」
「そのロマン、おいくらですか」
「…………わりとする」
「却下です」
ぐうの音も、出なかった。
でも、俺は、めげなかった。
粘りに粘って、最終的に、「隠し扉」だけは、なんとか、通した。
七海が、最後、ちょっとだけ、笑ってたのを、俺は、見逃さなかったけど。
「……べつに。男の子だなと、思っただけです」
完成した、シェルター基地を前に、俺は、腕を組んで、ひとり、満足げに、頷いた。
「これで、誰が来ても、安心だな。鑑定で悪意は弾けるし、空からドローン、境界はセンサー、ここは難攻不落だし」
「……認めます」
「ん?」
「あのボロ平屋の見立て。理屈だけじゃなくちゃんと形になりました。悔しいですけど……正解、だったみたいです」
「だろ? 惚れたもんに、ハズレなし」
「ただし」
「ん?」
「一応、ご報告が。地下の掘削、耐久構造、電源、空調、認証ゲート、監視カメラ、ドローン、セキュリティ一式。……これで、鷹司さんからの30億。ほぼ、丸ごと、消えました。……ロボットまで、手を出さなくて、本当に、よかったです」
「……は?」
「あなた、30億を、ほぼまるまる、地面の下に、埋めたんですよ。自覚、あります?」
俺は、おそるおそる、自分の口座を、確認した。
……億の桁が、きれいさっぱり、消えていた。
残ってるのは、鷹司さんの前から、コツコツ貯めてた、商店街時代の、数百万くらい。
要するに——億万長者から、また、ただの庶民に、逆戻り、だ。
「……あれ? 俺、これ。無職だった頃と、残高、そんな変わらなくね?」
「家賃の心配をしてた頃と、ほぼ、同じですね」
第1話の俺が聞いたら、たぶん、泣くと思う。
でも、不思議と、後悔は、なかった。
「……まあ、いいか。金は、また、稼げばいい。それに忘れんなよ、七海」
「なにを、ですか」
「この基地の、最後の砦は——俺だ。何されても、死なねえし、すぐ治る。人質にも、ならねえ。世界一、コスパのいい、セキュリティだろ?」
七海が、ちょっと考えてから、言った。
「……たしかに。あなたを攻撃するのが、いちばん、無駄かもしれませんね」
ボロい平屋の下に、夢と、要塞と、30億を、詰め込んだ。
億は、ほぼまるごと地面の下。手元は、また、スッカラカン寸前。
……でも、それでこそ、俺だ。
金は、ガンガン入って、ガンガン出ていく。だったら、また、ガンガン、稼げばいい。
ここを拠点に、もっと、デカい商売を、していく。
鷹司さんが紹介してくれる、表に出せない上客たちを、ここで、こっそり、迎えるんだ。
「……あ」
ふと、思い出して、俺は、つぶやいた。
「そういや、税金とか、そういうの。まだ、ちゃんとやってねえや」
「……それ、私も、ずっと気になってたんですけど」
「まあ、追々で」
「……追々、ですね」




