塩対応、採用です
求人を出して、すぐに、思い知ったことがある。
……人、来ねえ。
まあ、考えてみりゃ、当たり前だ。
「資格なし・店舗なし・業務内容は応相談」。
そんな、どこの誰がやってるかも分からん個人の求人に、まともな人間が、ホイホイ応募してくるわけがない。
ご時世的にも、人手は、どこも取り合いだ。
町内に噂が広がってるっつっても、しょせん、商店街の井戸端レベル。世間全体から見りゃ、誰も俺なんか、知らない。
「……これ、時給、相場の倍にしてもダメか?」
ためしに、待遇欄を、思いっきり盛ってみた。
破格の時給。完全週休二日。なんなら、ボーナスもありにした。
原価ゼロのチート商売だ。人件費くらい、いくらでも出せる。
それでも——三日で、応募は、たったの、三件だった。
一人目。
やたら自信満々の、スーツの男だった。
「前職では、大手で営業成績トップを。マネジメント経験も、豊富でして」
ふんふん。立派な経歴だ。面接の作法なんか知らんから、とりあえず、いつものをやる。
鑑定。
【面接者①/32歳・男】
経歴:おおむね嘘。営業成績は、下から数えたほうが早い
性格:調子がいい、口が回る、詰めが甘い
企んでること:好条件すぎて怪しいと踏んでる。仕組みを探って、週刊誌に売るつもり
……うわ。出た、地雷。
「あー、はいはい。トップ営業。すごいっすね」
「ええ、まあ」
「で。その“週刊誌に売るネタ”、いくらで買い取ってもらう予定なんすか?」
男の顔から、すうっと、血の気が引いた。
「な……っ」
「お引き取りを」
二人目は、そもそも、来なかった。
時間になっても、現れない。連絡も、なし。
……無断欠席。求人サイトの、洗礼ってやつか。
で。
半ば諦めかけてた、夕方。
三人目が、来た。
時間きっかりに、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、女が一人、立っていた。
歳は、20代半ば。きっちりしたスーツ。背筋が、まっすぐ。
愛想笑いの、ひとつもない。
「橘七海、24歳です。本日は、お時間いただき、ありがとうございます」
……お、おう。なんか、めちゃくちゃ、ちゃんとしてる。
今までの面々とは——いや、一人は来てもいないが——まとってる空気が、まるで違った。
部屋に入るなり、彼女は、ぐるりと室内を見回した。
段ボールの山。床に放り出された施術用のタオル。テーブルの上の、空き缶。
そして、ひと言。
「……ここで、お客様を、迎えてるんですか?」
「え、あ、うん」
「正気ですか」
いきなりの、塩だった。
たじろぐ。なんだ、この圧。面接、してんの、どっちだ。
とりあえず、いつもの“鑑定”を、発動する。
【橘七海/24歳・女】
経歴:嘘、誇張、いっさいなし。段取り・スケジュール管理・運営の最適化、すべて一流
性格:合理主義、毒舌、責任感が異常に強い。ただし、根は面倒見がいい
応募の動機:金。それも、自分のためじゃない
事情:家族のために、まとまった金が、早急に要る
……お。
めずらしい。
嘘も、企みも、裏の野心も、なんにも、ない。
あるのは、ガチの有能さと、まっすぐな、金への理由だけだ。
そして、たぶん——この破格の条件に、惹かれて、来た。
まともな経歴の人間ほど、怪しい求人は避ける。逆に、こいつは、怪しさより、金の必要性が、勝った。それだけ、切羽詰まってる、ってことだ。
俺が、遊んで暮らすために、金を欲しがってるのと。
こいつが、誰かのために、金を欲しがってるのと。
同じ「金くれ」でも、ずいぶん、違うもんだな。
「……一個、聞いていい?」
「どうぞ」
「君さ。経歴的に、もっとマトモなとこ、いくらでも受かるだろ。なんで、こんな、どう見ても怪しい求人に、わざわざ応募してきたわけ?」
七海は、ほんの少しだけ、間を置いた。
「……条件が、よかったので。それだけです」
嘘じゃない。鑑定にも、そう出てる。
でも、ぜんぶは、言ってない。
まあ、いい。誰にだって、土足で踏み込まれたくない場所は、ある。
俺は、それ以上、聞かなかった。
「採用」
「は?」
今日いちばん、彼女の表情が動いた。
「まだ、私、何も、お見せして……履歴書のご説明も、まだ、なんですが」
「いらねえ。君、嘘つかないし、めちゃくちゃ仕事できそうだし、たぶん、俺より百倍しっかりしてる。それで、じゅうぶんだ」
「……ずいぶん、適当ですね」
「直感だよ。これでも、人を見る目は、あるほうでね」
……鑑定のおかげ、とは、言わないでおく。
七海は、しばらく、俺を、胡乱な目で見ていた。
が、やがて、ふっと、小さく息を吐いた。
「……わかりました。お受けします」
「おっ。これから、よろしく……」
言いかけた俺を、七海が、ぴしゃりと遮った。
「ただし」
「お、おう」
「まずは、この部屋から、です。お客様を迎えるなら、最低限、人が通れる床が、要ります」
「……ごもっとも、です」
「青柳さん。ひとつ、確認しても?」
「ん?」
「この商売、始めて、どのくらいですか」
「んー、二、三週間?」
「その間の、お金の出入り。……どこかに、記録、ありますか」
俺は、無言で、机の引き出しを、指差した。
七海が、それを、開ける。
無造作に突っ込まれた、何枚かの、一万円札。
……それだけ。
メモ書きの、一枚も、ない。
彼女は、しばらく、その引き出しの中を、見つめていた。
そして、そっと、閉じた。
「……予約も、段取りも、現場を回すのは、私の得意分野です。そこは、任せてください。すぐ、整えます」
「お、おう。頼もしい」
「ただ」
「ただ?」
「お金まわり……特に、税金とか、その辺の手続きは。正直に言うと、私も、専門じゃ、ありません」
「お、そうなんだ」
「ええ。なので、商売が大きくなってきたら、そこは、ちゃんと詳しい人に、頼んだほうが、いいと思います。税理士さん、とか」
「ふーん。まあ、追々でいいだろ。今は、こんな、ちっさい規模だしさ」
「……ですね。追々で、いいと、思います」
こうして、俺の若返りビジネスに、最強の参謀が、加わった。
散らかった1LDKは、これから、ちゃんとした“商売”に、変わっていくんだろう。
……お金の、小難しい話は。まあ、おいおい、考えるとして。
今はとにかく、めちゃくちゃ頼れる相方が、一人、できた。
それだけで、じゅうぶんだ。




