サイン
澪が、三日で終わらせた。
「できた」
報告は、それだけだった。
七海が確認して、矢島さんに送った。
矢島さんが、三日かけて申告書を作った。
「では、青柳さんにサインをいただければ、提出できます」
書類が、送られてきた。
俺は、それを、テーブルの上に広げた。
枚数が、かなりあった。
「……全部にサインするのか」
「全部です」と、七海。
「何枚あるんだ」
「三年分ですから」
俺は、ペンを持った。
一枚目に、名前を書いた。
青柳りおん。
二枚目。
三枚目。
「……これ、ぜんぶ、俺が何もしなかった分が、数字になってるんだな」
「そうです」
「三年間」
「三年間です」
「ペンが重いな」
「気のせいです」と、七海。「ちゃんと書いてください」
「気のせいじゃないと思うけど」
「気のせいです。前を向いて書いてください」
俺は、また書いた。
全部、書き終えた頃、手首が少し疲れていた。
矢島さんが、データを受け取った。
「では、提出します。追って、連絡しますね」
「追徴の話は、いつ頃になりますか」
「しばらくかかります。ただ、自主的に申告したことは、評価されます。焦らず待ってください」
「わかりました」
電話を切った。
静かに、なった。
七海が、書類を、ていねいに片付けていた。
「七海」
「はい」
「終わったな」
「……終わりました。とりあえず」
「とりあえず、か」
「追徴は、これからです。気は抜けません」
「そうだな」
「ただ」
七海が、手を止めた。
「……三年間、ずっと気になっていました。やっと動けて、よかったです」
「……遅くなって、すまなかった」
「もっと早くしてほしかったです」
「そうだな」
「ただ、今、できたので」
七海が、また、書類を片付け始めた。
手が、少し、震えていた。
「七海、大丈夫か」
「大丈夫です」
「震えてるけど」
「……安心したので」
「そうか」
「三年間、ずっと帳簿をつけながら、いつか爆発するとわかっていて。……やっと一歩、前に進めたので」
声が、少し、違った。
俺は、何も言わなかった。
何か言うと、余計だ、という感じがした。
澪が、地下から上がってきた。
七海を見た。
何も言わなかった。
でも、七海のそばに黙って、座った。
七海が、書類を全部片付け終えた頃、澪が言った。
「おつかれ」
「ありがとうございます」
「あたし、帳簿のデータ整理、面白かった」
「……面白かったんですか」
「数字がちゃんと並んでいくのが。最初はバラバラなのに整理すると全部つながって、一個の話になる」
七海が、澪を見た。
「……そうですね。確かに、そういうものかもしれません」
「七海が三年間、つけてきたやつだから、ちゃんとしてた。整理しやすかった」
七海が、また、少し、黙った。
「……ありがとうございます」
「うん」
「追徴、いくらになると思う」と、俺は矢島さんに聞いていた。
矢島さんが、電話で言った。
「概算でいうとかなりの額になります。ただ、今の資産と今後の収入で、分割して払うことは可能なはずです」
「分割か」
「一括で払えれば、それが一番ですが。ただ、現時点の概算では、かなり厳しいかもしれません」
「……そうですか」
「金額が確定してから、改めて相談しましょう」
「わかりました」
電話を切って、俺は、天井を見た。
申告した。
三年間、「追々で」と言い続けて、やっとした。
遅い。遅すぎる。
でも、した。
間違えて、でも、また歩く。
昨日のガードくんを、なんとなく思い出した。
三時間、虫を追いかけて、澪に直してもらって、また巡回に戻ったやつ。
俺も、ちょっと似てるかもしれない。
「……次は、ちゃんとします」
「何の話ですか」と、七海。
「来年は、ちゃんと申告します」
七海が、一瞬、止まった。
それから、静かに言った。
「……はい。一緒にやりましょう」
「うん」
「矢島さんも、います」
「そうだな」
「澪さんも、います」
「そうだな」
「私も、います」
「知ってる」
七海が、帳簿を、静かに棚に戻した。
来年分の帳簿を、新しく出した。
ページが、まっさらだった。




