言葉が違う
鷹司さんから、変わった連絡が来た。
「海外から、客が来るかもしれん。……英語しか話せんそうだ」
英語。
俺は、七海を見た。七海が、俺を見た。
「英語、話せますか」
「……少し、読めます。話すのは、あまり」
「澪は?」
「どうですか」
地下に降りて聞くと、澪が「読み書きは普通にできる、喋るのは遅い」と言った。
「普通に、というのは」
「読み書きなら、プログラムのドキュメントを毎日読んでるので」
「そうか……じゃあ、翻訳アプリを使うか」
「作る」
「作るのか」
「リアルタイムで双方向に翻訳するやつ。一日あれば」
「……お前のところでは、一日で翻訳システムが作れるのか」
「ベースはある。あとは調整だけ」
七海が、澪を見た。それから、深呼吸した。
「……お願いします」
「うん」
翌日、来たのは、四十代のマレーシア人男性だった。
リム・チョンファット、と名乗った。
穏やかな目をしていた。通訳兼秘書らしき人を一人連れていたが、専門用語は難しいので、澪のシステムも使うことになった。
俺は、まず、鑑定をかけた。
【リム・チョンファット/44歳・男】
体の状態:膵臓に腫瘍(良性)。手術を予定しているが、リスクが高い
本当の状況:三社の経営者。手術で長期離脱すると会社が傾く可能性がある
本当の願い:家族のそばにいたい。子供がまだ小さい
「膵臓に腫瘍がありますね。良性ですが」
通訳が、英語に変換した。
リムさんが、少し、目を見開いた。
通訳が、日本語で俺に言った。「なぜわかるんですか、と言っています」
「見ればわかります」
また変換。
リムさんが、何か言った。
通訳「先生の力は、本当に、どんな病気でも治せるのか、と」
「試してみないとわかりませんが、今まで、できなかったことはないです」
変換。
リムさんが、また何か言った。
通訳「……では、お願いしたい。が、信じていいのか、まだ、半信半疑だと」
「半信半疑で、ちょうどいいですよ」
変換。リムさんが、少し、笑った。
澪のシステムが、画面に文字を出し続けていた。日本語と英語が、ほぼリアルタイムで切り替わっていた。
七海が、横で澪に小声で言った。「……よくできていますね」
澪が、小さく、頷いた。
施術は、難しかった。
膵臓の腫瘍は、場所が深い。
丁寧に、丁寧に、意識を向けた。腫瘍の境界を見つけて、正常な細胞との区別をつけて、異常な部分だけを、元の状態に戻す。
時間がかかった。
光が引いた時、俺は、かなり疲れていた。
「……終わりました。念のため、病院で確認してもらってください」
通訳が、変換した。
リムさんが、通訳と何か話した。
「……体が、軽いと言っています。痛みが、消えた、と」
「そうだと思います」
リムさんが、俺の手を、両手で握った。
「Thank you」
「どういたしまして」
リムさんが、また何か言った。通訳が、少し、言葉を探した。
「……どういう仕組みなのか、という話なのですが、訳しにくくて」
「神様から貰った力なので、説明はできないです」
通訳が、変換した。
リムさんが、しばらく考えて、また笑った。
「Okay」と、言った。
それだけで、通じた。
帰り際。
リムさんが、澪に近づいた。
「This system, you made it?」
澪が、「Yes」と答えた。
リムさんが、何か言った。
澪が、珍しく、少し考えてから、答えた。
「I made it yesterday.」
リムさんが、驚いた顔をした。
通訳が笑いながら言った。「……一日で作ったのか、と」
「うん」と、澪。
リムさんが、何か言った。長い言葉だった。
通訳「……私の会社に来ないか、と。給料はいくらでも出す、と言っています」
澪が、一瞬だけ、迷ったような顔をした。
それから、首を振った。
「ここにいます」
通訳が、変換した。
リムさんが、澪を、しばらく見て、頷いた。
「Understood.」
報酬は、後日、振り込まれた。
七海が、金額を見て、帳簿を持つ手が、少し、止まった。
「……いくらでしたか」と、俺。
「七億です」
俺も、止まった。
しちおく。
今まで、30億や10億といった桁を経験してきた。でも、海外から、個人の口座に、7億が、振り込まれた。
これが、世界規模の商売か、と思った。
「矢島さんに急いで連絡します」
「そうだな」
「澪さんのデータ整理、急いでください」
「急ぎます」と、澪。
爆弾が、また一段、育った。
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