記念すべき1人目
行き当たりばったりは、得意だ。
というか、それしか取り柄がない。
俺は商店街の外れにある、小さな焼き鳥屋の暖簾をくぐった。
「焼き鳥 わたなべ」。
学生の頃から通ってる、俺の第二の実家みたいな店だ。
まだ仕込みの時間で、客は誰もいない。
カウンターの向こうで、大将がひとり、黙々と串を打っていた。
「おう、りおん。まだ昼間だぞ。飲みに来るにゃ早すぎだろ」
渡辺健三。今年で58になる、この店の主だ。
みんなからは「ナベさん」と呼ばれてる。
無口で、無愛想で、でも煮込みは町内一うまい。俺にとっちゃ、親父みたいな存在でもある。
「いや、今日は飲みに来たんじゃなくて……ちょっと、相談っつーか、頼みがあって」
「あ? 金なら貸さねえぞ」
「逆。むしろ、こっちが何かしてやろうかって話」
ナベさんは串を打つ手を止めて、胡乱な目で俺を見た。
「……お前、なんか悪いもんでも食ったか」
「真面目に聞いてくれ。実は俺、昨日から……人を若返らせる力が、使えるようになって」
言った瞬間、空気が固まった。
「……帰れ」
「待って待って早い。判断早いって」
まあ、そうなる。普通は信じない。俺だって逆の立場なら、塩撒いて追い返す。
でも、こういう時のために、俺には“営業ツール”がある。
俺はナベさんの顔を、じっと見据えた。
念じる。
——鑑定。
【渡辺健三/58歳・男】
体調:右膝の軟骨がかなり摩耗(本人は黙って我慢中)、血圧高め、慢性的な腰の張り
性格:照れ屋、面倒見がいい、頑固
最近の悩み:来年に控えた、一人娘の結婚式の費用
秘密:奥さんに内緒のへそくり、32万円(仏壇の裏)
「うっわ。出る出る。全部出るな、これ」
思わず、声が漏れた。
ナベさんが眉をひそめる。
「なんだよ、気色悪い」
よし。いっちょ、信じてもらうか。
「ナベさん。あんた、右膝、けっこう前から痛いだろ。階段降りる時、本当はかなりキてるはずだ。それを、誰にも言わずに我慢してる」
ナベさんの手が、ぴたりと止まった。
「血圧も高めだし、腰も張ってる。健康診断、去年からシレッと逃げてるだろ」
「な……なんで、それを」
よし、効いてる。畳みかけよう。
……いや、待て。
次のは、言わないほうがいい。
仏壇の裏のへそくり32万円とか、ここでバラしたら、たぶん本気で塩を撒かれる。
俺は、そっと口を閉じた。賢明な判断だ。我ながら、引き際だけは弁えてる。
「お前……どこで、それを聞いた」
「だから言ったろ。力が使えるようになったんだって。膝、治してやるよ。タダで。お試しだ」
「タダ……?」
「その代わり、もし本当に治ったら、知り合いに俺のこと、ちょっと宣伝してくれ。それでチャラ」
ナベさんは、しばらく俺の顔と自分の膝を見比べて、それから、観念したみたいに、小さく頷いた。
俺はカウンターを回り込んで、ナベさんの右膝に、そっと手を当てる。
念じる。
今度は、力を“治す”方向に。すり減った軟骨、くすぶった炎症、こわばった筋。鑑定で見えてる「悪いところ」を、ぜんぶ、元あった状態に戻していくイメージで。
手のひらが、じんわり温かくなる。
ナベさんの膝が、淡い光に包まれた。
数秒。
光が、すっと引いていく。
「……どうだ、ナベさん。立って、歩いてみ」
ナベさんは、半信半疑のまま、カウンターから出てきた。
右足に、そろそろと、体重をかける。
……かけて、固まった。
「……痛く、ねえ」
もう一歩。今度は、しっかり踏み込んだ。
「痛く、ねえぞ。何年も……階段で、いてててってなってたのが……ウソみてえに、なんともねえ」
ナベさんの声が、震えていた。
「ついでだ。顔も、ちょっと元気にしとくわ。サービス」
俺は、ナベさんの肩のあたりに手をかざして、もう一度、念じた。
くすんでた肌に、血色が戻る。
目の下のクマが、すうっと薄くなる。
深く刻まれてた眉間のシワが浅くなって、目元に、ハリが戻ってくる。
別人になった、ってわけじゃない。ナベさんは、ナベさんのままだ。
ただ、どう見ても、10歳は若返っていた。
ナベさんは、店の鏡を覗き込んで、絶句していた。
「……これ、俺か」
「あんたの顔だよ。元が、ちょっと元気になっただけ」
その時だった。
からり、と店の引き戸が開いた。
「ナベちゃん、まだやってない? あら……」
常連の、近所のおばちゃんだ。
入ってくるなり、ナベさんの顔を見て、目を丸くした。
「ナベちゃん……あんた、なんか、若くない? えっ、何したの。どこの美容外科よ、それ」
ナベさんと、俺の目が合う。
俺は、にやりと笑った。
——商売の、はじまりの音がした。




