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神様にもらった回復チートで荒稼ぎしてたら、普通に脱税で捕まりました  作者: ももの樹


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20/32

その日の客は、小柄なおばあさんだった。

七海が対応に出た瞬間、その顔が、みるみる変わった。

驚き、というより、固まった感じだった。

「……あの、立花、千鶴さんですか」

「ええ」おばあさんは、上品に微笑んだ。「鷹司さんの紹介で」

七海が地下に降りてきた時、顔色が普通じゃなかった。

「青柳さん。大変です」

「何が」

「立花千鶴さんがいらしてます」

「誰」

七海が、一瞬だけ、絶句した。

「……昭和を代表する歌手です。レコード総売上が一億枚を超えていて、NHK紅白に三十二回出場していて、国民栄誉賞も受賞されていて」

「へえ」

「知らないんですね」

「俺、演歌とか聞かないんで」

七海が、深呼吸した。

澪に目を向けると澪もきょとんとしていた。

「澪は?」

「知らない」

「……二人とも、知らないんですね」七海が天を仰いだ。「まあ、いいです。とにかくすごい方です。失礼のないように」

「いつも通りでいいだろ」

「いつも通りが心配なんです」

 

応接に通すと、立花千鶴さんは、静かにソファに腰を下ろした。

76歳。背筋は真っ直ぐで、所作がきれいだった。

ただ、一つだけ気になることがあった。

俺は鑑定をかける。

 

立花千鶴たちばな ちづる/76歳・女】

体の状態:声帯の萎縮と炎症。数年前から声が出にくくなっている。現在はほぼ歌えない状態

性格:穏やか、誇り高い我慢強い。弱みを見せない

願い:二ヶ月後、孫娘の結婚式で一曲だけ歌いたい

事情:孫娘とは長年、疎遠だった。今回の結婚式への招待が、十年ぶりの連絡だった

 

「声のことで、いらしたんですよね」

千鶴さんが、わずかに目を見開いた。「……よくわかりましたね」

「見ればわかります。どのくらい出なくなりましたか」

「三年ほど前から、だんだんと。今は……」

少し間があった。

「普通に話すのは問題ないんですが、歌おうとすると出ないんです。高い音が、まったく」

「歌の仕事は」

「もう何年も、していません。引退、という形にしていますが……本当は、声が出なくなったから、です」

「誰かに言いましたか」

「いいえ。事務所にも、言っていません」

俺は、横の七海を見た。七海が、小さく頷いた。治せる、という確認だった。違う、そういう顔じゃない。

「孫娘さんの結婚式で歌いたいというのが、本当の理由ですよね」

千鶴さんが、少しだけ、表情を崩した。

「……見えるんですね、そういうことまで」

「見えます」

「十年前に、喧嘩別れをしてしまって。先に折れるのが怖くて、ずるずると。そうしたら、十年が経っていました」

「招待状が来て」

「来たんです。……もしかしたら、もう一度、やり直せるかもしれないと思って。それで、何か、できることをしたくて」

「歌で」

「私には、それしかないので」

 

「直せます」と、俺は言った。「ただ、一個だけ聞いていいですか」

「どうぞ」

「直したら、また歌いたいですか。結婚式の一曲だけじゃなくて」

千鶴さんは、ゆっくり俺を見た。

「……それは」

「声が戻ったら、どうするかは、ご自分で決めてください。ただ、せっかく戻るんで、一回だけのためにするのは、もったいないかなとは思いますが」

「また、人に言ってますよ」七海が小声で言った。

「いいじゃないか」

千鶴さんが、ふっと笑った。

「……面白い先生ですね」

「よく言われます」

「考えておきます。まず、孫娘の顔を見てから」

 

声帯の施術は、膝や神経より、ずっと細かい作業だった。

萎縮した細胞を丁寧に起こして、炎症を取って、張りを戻す。

光が、千鶴さんの喉元で、静かに広がった。

「……少し、声を出してみてください」

千鶴さんが、ゆっくりと息を吸った。

そして、低く、短く、音を出した。

次に、少し高く。

また、高く。

部屋が、しんとなった。

七海が、声を出さずに口を押さえていた。

俺には、その声が良いのかどうか、正直わからなかった。

でも、七海の顔を見れば、十分だった。

「……出ます」千鶴さんが、自分の喉に手を当てた。「出ます、声が」

「よかったです」

「三年ぶりに……」

千鶴さんは、それ以上、言葉を続けなかった。

ただ、静かに、目を閉じていた。

 

帰り際。

七海が、丁寧に見送って戻ってきた。

その目が、少し赤かった。

「……泣いてんの」

「泣いていません。空調が」

「地下じゃないのに」

「どこでも、空調は、強いんです」

澪が、モニターの前でぽつりと言った。

「あの人の声、録音あった。さっきのと同じ声だった」

「聴き比べたのか」

「うん。……すごかった」

澪が、そう言った。

いつもの淡々とした声で。でも、それだけで、十分だった。

 

お代は、後日、五百万が振り込まれた。

「……少し、安くないですか」七海が言った。

「あの方が決めた額なので」

「そうですね」

「結婚式、うまくいくといいな」

「……そうですね」

七海が、また少しだけ、目を細めた。

塩が、ほんの少しだけ、甘かった。

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