もう一度だけ(後編)
藤堂から連絡が来たのは、一週間後だった。
『チームに連絡してみます。一度、練習に参加させてもらえないか、と』
俺は、それを読んで、にやっとした。
「七海。藤堂さんから返事来た」
「どうでしたか」
「やるって」
七海が、少しだけ目を細めた。「……よかったですね」
「だろ」
「青柳さんが無理矢理背中を押したんですけどね」
「背中を押すのも仕事のうち」
「自分で言いますか、それ」
さらに二週間後。
藤堂から、また連絡が来た。
今度は文章じゃなく動画だった。
練習中の映像らしい。グラウンドで、藤堂がボールを蹴っている。
それを見た澪が、モニターの前で固まった。
「……なにこれ」
「練習映像だろ」
「違う、そうじゃなくて」澪が画面に顔を近づけた。「この動き。三年前の試合映像と、全然違う」
「そりゃそうだろ、体ごと治したんだから」
「そういうレベルじゃない」澪が振り返った。「全盛期より、速い」
「……まじか」
「データで見ると、明らかに。反応速度も、重心移動も。引退前の映像と比べたら、別の選手みたいになってる」
七海が、こめかみを押さえた。「……青柳さん。治す、のはずでしたよね」
「まあ、ちょっと最高の状態にしたんで」
「ちょっととは」
「細胞レベルで最高の状態。ほぼ新品みたいな感じ」
「それ、治す、じゃなくて、改造ですよ」
「ニュアンスの問題だろ」
七海が、深いため息をついた。でも、口の端が、少しゆるんでいた。
その翌週。
藤堂から、今度は電話が来た。
「……正式に、オファーが来ました」
「チームから?」
「はい。練習参加した翌日に、スカウトの人から連絡が。……三十一歳の元選手に、こんなに早く話が来るとは思ってなかったんですが」
「そりゃそうですよ。あなた今、全盛期より動けるんで」
「……先生が何をしたのか、怖くて聞けてなかったんですが」
「聞きますか」
少しの間があった。
「……いいです。なんか、聞いたら、夢から覚めそうで」
「賢明な判断です」
「それともうひとつ」
藤堂の声が、少し変わった。
「澪さん、でしたっけ。あの方から、データが届いて」
「……見ましたか」
「見ました」
三年前のタックルのフレーム解析。体の重心の動き、タックルの方向。専門家が見れば故意とわかる映像データ。
「どうしますか」
「……弁護士に相談します。勝てるかどうかはわかりませんが、記録には残したい。あの人に、何もなかったことにはさせたくないので」
「そうですね」
「澪さんにお礼を伝えてください」
電話を切って、俺は澪に振り返った。
「お礼だって」
澪は、モニターを見たまま言った。「べつに面白かったからやっただけ」
「それがお前のやる理由、ぜんぶそれな」
「うん」
その週末。
藤堂から、写真が届いた。
公園の芝生の上で、小さな男の子がボールを追いかけている。
そのすぐ後ろで、藤堂が走っていた。
引きずっていたはずの右膝で、ちゃんと蹴って。笑いながら。
添えてあった一言は、「見せられました」だけだった。
俺は、その写真をしばらく眺めた。
「七海。あの一千万、安すぎたかな」
「安すぎます」七海が帳簿に書き込みながら言った。「普通なら、桁が二つは違います」
「だよな」
「でも、青柳さんが決めた額なので」
「まあ、いいか。あの人、これしか出せないって言ってたし」
「ただ」
「ただ?」
「後で復帰したら、また来るでしょうから。その時にいただければ」
「商売上手だなお前」
「私は段取りの人間です。経理はちゃんとした税理士に頼んでください、と何度も言ってますよね」
「でも」と、七海がぽつりと続けた。
「息子さんに見せられた、って。……よかったと思います、本当に」
塩対応のこいつが、そう言った。
それだけで、俺は、十分だった。




