晴らす
澪が、尻尾を掴んだのは、翌朝だった。
「出た」
管制ルームのモニターの前で、澪がぽつりと言った。エナドリが、また三本、空になっていた。
「誰だ」
「政界の人間。……名前、出していい?」
「言え」
澪が、モニターに名前を映した。
二階堂孝之。現職の大物議員。沢渡と同じ党の、三つ上の先輩にあたる。
「この人が、改ざんの元データを作って、流した。証拠、全部ある」
七海が、静かに息を吸った。「……なぜ」
「沢渡さんの恩師が、三十年前に握ってた利権。それを今も持ち続けてるのが、二階堂。恩師が生きてたら、邪魔だった。だから汚名を着せた。今回は……沢渡さんまで巻き込んで、二人まとめて潰す気だった」
「えげつないな」
「政界って、そういうとこみたい」
澪は、言い切った。興味なさそうに。
俺は、スマホを取り出した。
「沢渡さん。今日、来れますか」
その午後。
沢渡は、基地の応接スペースに、現れた。
俺は、向かいに座って、まず、鑑定を飛ばした。二階堂のことを知っているかどうか確かめるために。
鑑定の結果は、シンプルだった。
沢渡は知らなかった。三十年間、ずっと知らなかった。
恩師が、なぜ汚名を着たのか。誰が仕組んだのか。
「沢渡さん。犯人、わかりました」
沢渡の顔が、固まった。
「……誰だ」
「二階堂孝之」
しん、と、なった。
「……証拠は」
「あります。改ざん前のデータ、改ざんの経路、流した先まで。ぜんぶ」
沢渡は、しばらく、テーブルを見つめていた。
それから、目を閉じた。
「……先生は。三十年、汚名を背負って、逝った」
「ええ」
「先生が逝く前に、一度だけ。“わしは、何もしていない”と、言っていた。わしは、信じていた。……それだけだった」
震える手を、膝の上で、握り合わせた。
「これで、晴らせるか」
「晴らせます」
俺が言い切ると、沢渡は、深く、頭を下げた。
声は、出なかった。
あとのことは、沢渡が動いた。
証拠を手に、党の上層部へ。マスコミへのルートは、沢渡自身が持っていた。二階堂の件は、そこから一気に動いた。
俺たちは、何もしなかった。
証拠を渡しただけだ。
数日後。
ニュースで二階堂の名前を見た。
引責辞職。与党内の調査が入るらしい。コメントは「一身上の都合」だった。
「一身上の都合」じゃ、ないけどな。
澪が、モニターをちらっと見て言った。「コメントが嘘だ」
「そうだな」
「鑑定しなくても、わかる」
「天才か」
「そう」
七海が、横で小さく、息をついた。「……すごい自己評価ですね」
「事実を言っただけ」
「そうですね」
珍しく、七海が、否定しなかった。
翌週。
沢渡から、報酬が届いた。
七海が金額を見て、一拍置いた。
「……名誉を、晴らす値段としては」
「いくら」
「五億、です」
ごおくか。今回は、俺もむせなかった。むせる回数が、多すぎて、慣れてきた気がする。それはそれで、どうかと思うけど。
「青柳さん」七海が、帳簿から目を上げた。「今年の確定申告、また何もしませんでしたよね」
「…………」
「来年の三月は」
「追々で」
「三月は毎年来ます」
「…………追々で」
七海が、帳簿を静かに閉じた。
何も言わなかった。
ただ、その目が、雄弁だった。
夜。
澪が、モニターの前で、ぽつりと言った。
「なあ、りおん」
「ん」
「次、何する」
「稼ぐ」
「それ以外」
俺は、少し考えた。
「……まあ、来た奴を、助ける。それだけだろ」
澪は、それを聞いて、小さくうなずいた。
「あたしも、それでいい」
金は、積み上がる。
爆弾も、一緒に、積み上がっている。
でも今は、まだ。
誰も、気づいていない。




