治せないお悩みです
御堂会長が、「毛色の違う世界の人間」と言っていた、その意味は。
数日後、すぐにわかった。
紹介されてきたのは——現職の、国会議員だった。
沢渡清成。当選、八回。党の重鎮、ってやつらしい。七海が名前を聞いて、ちょっと息を呑んでいた。
地上のボロ屋の応接で、その爺さんは、深々と、頭を下げた。
「鷹司さんからも、御堂さんからも、聞いておる。……どうか、わしを、若返らせてくれんか。次の選挙が、最後の勝負でな」
立派な頼みごとだ。
俺は、いつものを、やる。
鑑定。
【沢渡清成/71歳・男】
体調:年相応。大病なし。むしろ同年代では、かなり健康
表向きの願い:若返って、選挙を勝ち抜きたい
本当の状況:古い汚職疑惑の「証拠」が出回り、失脚寸前
本当の願い:自分を政界に導いた、亡き恩師の名誉を、守りたい
……お。
これは、めずらしいパターンだ。
「沢渡さん。あんた、体、どこも悪くねえよ」
「……は?」
「ピンピンしてる。若返らせる必要、ない。あんたが欲しいのは——回復じゃ、ないだろ」
沢渡の、顔が、こわばった。
俺は、続けた。
「あんた今、古い疑惑で、追い込まれてる。決定的な“証拠”ってやつが、出回ってんだろ。それ、なんとかしてほしい。……違うか?」
しん、と、なった。
沢渡は、しばらく俺を、見つめて。
それから、観念したように肩を、落とした。
「……噂は、本物か。なんでも、見抜くと」
沢渡が、語ったのは、こうだ。
三十年前。汚職に手を染めた、とされる、一枚の記録。そこに当時の上司——沢渡の、恩師の名が、ある。
その恩師は、潔白を訴えながら、汚名を着たまま、亡くなった。
そして今。なぜか、その古い記録が、掘り起こされ。沢渡まで、同じ穴のムジナだと、叩かれている。
「わしは、構わん。落選も、引退も。……だが、あの記録のせいで、恩師が、二度、殺されるのだけは、耐えられん」
爺さんの、声が、震えていた。
俺は、ふう、と、息を吐いた。
なるほど。
これは——“治す”話じゃ、ない。
俺の、もう片方の力の、出番だ。
「その記録、現物。見れるか?」
「……写しなら、ある」
沢渡が、震える手で、古びた書類のコピーを、差し出した。
俺は、それに意識を、向けた。
念じる。人じゃなく紙とインクと、そこに刻まれた“データ”そのものへ。
【記録/鑑定】
種別:三十年前の、内部記録
真贋:偽。少なくとも、一部が、後から改ざんされている
改ざん箇所:恩師の署名と、日付。元は、別人の名だった
作成の新しさ:紙は古いが、改ざんは、ごく最近
目的:恩師(と沢渡)に、罪を、なすりつけるため
「……これ、ニセモノだわ」
「な……っ」
「正確には、本物の記録を、いじってある。恩師の署名と、日付。そこだけ、最近、書き換えられてる。元は、別の名前だった」
沢渡が、口を、ぱくぱくさせた。
「で、でも……そんなもの、どうやって、証明……」
「うちに得意なやつが、いてな」
地下2階。
事情を聞いた澪は、その書類のスキャンを、淡々と、眺めて。
「……うん。りおんの言うとおり。署名のとこだけ、インクの“層”が、新しい。デジタルでバラせば、すぐ出る」
「お前、紙、見ただけでわかんのか」
「わかんない。でも、たどれる。これ、どこかで一回、スキャンされて、加工されて、刷り直されてる。元データの在りか、追える」
澪の、目が、すっと光った。
例の、面白いものにだけ灯る、あの光だ。
「……りおんが“ニセモノ”って当てて。あたしが“誰が作ったか”を、出す」
「役割、きれいに分かれてんな」
「うん。最近、これ、ばっかり」
七海が、横で、ため息を、ついた。
「……うちは、若返り屋では? いつのまにか、探偵業も、始めてませんか」
「人助けだよ、人助け。ついでに報酬もガッポリ」
「……その報酬の」
「わかってる。申告な」
「学習が、早くて、助かります」
ちょっとだけ、塩が、ゆるんだ。
その夜。
澪は、ひと晩、潜って。
“誰が、その記録を改ざんし、流したか”の、尻尾を、掴みかけていた。
たどった先に、いたのは——沢渡を、引きずり下ろして得をする、政界の、別の誰か。
そして、その糸は。
思っていたより、ずっと上のほうへ、伸びていた。
「……りおん」
モニターを睨んだまま、澪が、ぽつりと言った。
「これ。ちょっと、デカいかも」
俺は、にやっとした。
治せないお悩みも、ときには、引き受ける。
なんせ、こっちには——人も、モノも、データも、見抜く目が、あるんだ。
「面白いじゃねえか。やろうぜ」
恩師の、汚名を、晴らす。
たった、それだけのために政界の闇に、首を突っ込む。
……まあ、いつもの俺なら、面倒くさがるところだ。
でも、爺さんの、あの震えた声を、聞いちまった以上。
やらないって選択肢は——やっぱり、なかった。




