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神様にもらった回復チートで荒稼ぎしてたら、普通に脱税で捕まりました  作者: ももの樹


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14/32

鬼の、頼みごと(後編)

御堂会長の、屋敷は。

予想は、してたけど。とんでもない、デカさだった。

門から、玄関まで、ミンティーで、走れそうだった。

「……七海。うち、平屋でよかったよな」

「ええ。掃除する身に、なってください」

その日。屋敷に向かったのは、俺と、七海。

澪は、基地に、残った。理由は、ふたつ。

ひとつは——人混みと、初対面が、死ぬほど、苦手だから。

「行かない。知らない家、いや」

「まあ、お前は、そっちで、頼むわ」

もうひとつは。

例の、甥っ子の“仕事”を、裏で、追い詰めるため、だ。

「……りおんが、表で、奥さん治して。あたしが、裏で、甥っ子の尻尾、掴む」澪は、モニターの前で、エナジードリンクを、ぷしゅっと開けた。「見抜きコンビの、初仕事」

「コンビ名、それで、確定なのか」

「した。さっき」

 

通されたのは、屋敷の、奥の一室。

きれいに整えられた、和室だった。

布団に、小さなおばあさんが、横たわっている。

御堂佐和子さわこさん。会長の、奥さんだ。

枯れ枝みたいに細い。けど、その顔は、不思議と、穏やかだった。

枕元には、御堂会長が、座っていた。鬼みたいな男が、まるで、借りてきた猫みたいに小さく、なって。

「……佐和子。客人だ。お前を、診に、来てくださった」

佐和子さんが、ゆっくりと目を、開けた。

そして、かすれた、小さな声で、言った。

「……まあ。わざわざ。……うちの人が、ご迷惑を」

その状態で、まず、客への気遣いが出てくる。

……あー、これは。会長が惚れぬくのも、わかる。

 

俺は、枕元に、膝をついて。鑑定を、かけた。

 

【御堂佐和子/75歳・女】

体の状態:進行性の難病。全身の筋力が低下。自力で起き上がれない。発声も困難

病の根:神経と、筋肉の、伝達の異常(細胞レベルで進行)

余命:医師の見立てでは、長くて、あと半年

心の状態:自分のことより、残していく夫を、案じている

いちばんの願い:もう一度、二人で、昔の家の縁側で、お茶を飲みたい

 

……願い夫婦で、おそろいか。

御堂会長と、まったくおんなじ。

縁側で、茶。

たった、それだけ。

これだけの金と、力を持った夫婦が、最後に欲しがったのが——それ、かよ。

 

「会長さん」

「……どうだ」

「治る」

御堂の、息が、止まった。

「神経と、筋肉。伝達が、おかしくなってる。けど、根っこは、見えてる。……元の、状態に、戻せる」

「ほ、本当に……っ」

「ただし」俺は、佐和子さんの、手を、そっと取った。「ちょっとだけ、あったかくなる。痛くは、ないから。……婆ちゃん、力、抜いてな」

佐和子さんが、こくり、と、頷いた。

 

目を、閉じる。

念じる。

衰えた筋肉に、力を。鈍った神経に、信号を。狂った伝達を、ぜんぶ、元あった、正しい流れに。

美咲ちゃんの時みたいに、ゼロから生やすわけじゃ、ない。

これは、“戻す”仕事だ。あったものを、あった場所へ。

 

手のひらが、じわっと熱くなる。

淡い光が、佐和子さんの、体を、包んでいく。

枯れ枝みたいだった指先に、血の色が、戻る。

落ちくぼんでいた頬に、ふっくらと、ハリが、戻る。

光が、ゆっくり、引いていく。

 

しん、と、した。

 

佐和子さんが、ゆっくりと自分の手を持ち上げた。

「……あ、ら」

ひとりで、布団に手をついて、起き上がった。

半年、寝たきりだった人が、誰の手も借りずに。

「……まあ。体が、軽いこと」

声も。さっきまで、かすれていた声が。

はっきりと澄んで、響いた。

 

御堂会長は、口をぱくぱくさせて、何も言えないまま、ぼろぼろと涙をこぼした。

「さ、さわ……っ、佐和子……」

「あなた。……まあ。なんて、顔。鬼の御堂が、泣くなんて」

「うるさい……っ、黙っとれ……」

佐和子さんが、ふふっ、と、笑って。

その、戻った手で。

会長の、ごつごつした手を、握った。

 

……俺はそっと立ち上がって、二人に背を向けた。

なんか、見てるこっちが、照れる。

横を見たら、塩対応の七海が。

めずらしく目元を、指で、ぬぐっていた。

「……泣いてんのか、お前」

「……地下より、空調が、強いんです、ここ」

「使い回しだろ、それ」

 

——と、思った瞬間。その感動のど真ん中に。

すぱーん、と、襖が、開いた。

「伯父さん! 一体、何を——」

甥の、御堂啓介だった。

施術のことを、聞きつけて、慌てて、飛んできたらしい。

立ち上がった、佐和子さんを見て。

その顔が、見る間に、ひきつっていく。

「……ば、伯母、さん……? た、立って……?」

笑顔の、仮面が。

ぴしっ、と、ひび割れた。

 

そりゃ、そうだ。

こいつにとっちゃ、伯母が治るのは——いちばん、まずい展開。

抜いた金の、口実が。たった今、立ち上がって、笑ってる。

 

「啓介。喜べ。佐和子が、治ったぞ」

御堂会長が、涙を拭いて、言った。

何も、知らない会長は。素直に。

「お前も、ずっと佐和子の治療に、奔走して、くれた。……礼を、言う」

「い、いえ、そんな……っ」

啓介の、額に、汗が、にじむ。

ここで、俺は。

ポケットの、スマホを、見た。

澪から、メッセージが、一件。

『出た。全部。

治療費名目で抜いた金、ぜんぶ、別口座。

ペーパー会社、三つ経由。

証拠、まとめた。いつでも、どうぞ。』

 

……仕事、はええな。

俺は、にっこり、笑って。

啓介の、肩に、ぽん、と、手を、置いた。

「啓介さん、っつったっけ。あんた、立派だなあ。伯母さんのためにそんなに金を、動かして」

「は……?」

「治療費。総額、けっこうな額だよなあ。……でも、不思議なんだよ」

俺は、声を、少しだけ、落とした。

「その金。半分も、治療に、使われてねえ。残りは——ペーパー会社、三つ、経由して。どっか、別の口座に、消えてる」

啓介の、顔から。

すうっ、と、血の気が、引いた。

「な……っ、なん、で」

「証拠なら、ある。きれいにまとまってる。……うちの天才が、ひと晩で、揃えた」

 

御堂会長の、空気が。

ぶわっ、と、変わった。

涙で、濡れてた目が。

一瞬で、業界で「鬼」と呼ばれた、あの目に、戻る。

「……啓介。今の、話は」

「ち、違います、伯父さん、これは、誤解で——」

「わしの、女房の、病を」

御堂の、声が。

腹の底から、響いた。

「ダシに、使ったのか。貴様」

啓介は、もう、何も、言えなかった。

がたがた、震えて。腰を、抜かして。

その様子が、答えの、すべてだった。

 

——あとのことは。

俺たちが、口を出すことじゃ、ない。

ただ。屋敷を出る時に、ちらっと見えた、会長が電話で誰かに指示してる横顔は。

控えめに言って、地獄の、入り口みたいな顔だった。

啓介の、これからの人生。

たぶん、いろんな意味で、ハードモードだ。

 

帰り際。

すっかり元気になった佐和子さんが、玄関先まで、見送りに、出てきた。

自分の、足で。

「青柳さん。……主人と、わたくしの、いちばんの願いを。あなたは、二つも、叶えてくださった」

「二つ?」

「ええ。ひとつは、この体」

佐和子さんが、にっこり、笑った。

「もうひとつは——あの子の、本性を、暴いてくださったこと。……うすうす、気づいては、いたんですよ。でも、主人に、言えなくて」

……ああ。

この婆ちゃんも。

ぜんぶ、わかってて。黙って、寝てたのか。

強えなあ、ほんと。この夫婦は。

 

後日。

御堂会長から、報酬が、振り込まれた。

七海が、その金額を、見て。

めずらしくぴたっと固まった。

「……青柳さん」

「いくらだった」

「……十億、です」

じゅう、おく。

鷹司さんの三十億には、及ばない。でも——縁側でお茶を飲む願いに、十億。

「……縁側で、お茶を飲む権利にしては。少し、ゼロが、多すぎます」

額を、聞いて。俺も、むせた。

鷹司さんの時ほどじゃ、ないにせよ。これも、とんでもない桁だった。

 

「……青柳さん。一応、言っておきますけど」

「ん?」

「この額が、ぽん、と口座に入ると。……銀行も、黙ってないと思いますよ。さすがに」

「黙ってないって?」

「いえ。……なんでも、ないです。たぶん、大丈夫」

七海は、そう言って、視線を、逸らした。

たぶん、本人も、よく、わかってなかった。

何が「大丈夫」じゃ、ないのか。

——それを、思い知るのは。まだ、ずっと先の話だ。

 

そして、振込には、一筆、添えられていた。

『礼が、足りん。近いうち、また、人を、紹介する。

……今度は、わしらと少し、毛色の違う世界の、人間だ』

「毛色の、違う世界」と、七海が、つぶやく。

「政治家とか、そういうのか?」

「……かも、しれませんね」

世界が、また、一段、広がる音が、した。

 

その夜。

基地に戻ると、澪が、モニターの前で、こっくり、こっくり、舟を漕いでいた。

ひと晩、徹夜で、証拠をまとめた、その姿勢のまま。

「……お疲れさん。澪」

「ん……勝った?」

「ああ。完勝だ。お前の、おかげ」

澪は、半分、寝ぼけたまま。

ちょっとだけ、笑った。

「……見抜きコンビ、最強」

「だな」

「給料、上げて」

「お、欲が、出たな。いいぞ。何に、使うんだ」

「……わかんない。でも、もらっとく。いつか、使う時、来るって、お前が、言った」

俺は、笑った。

ちゃんと覚えてやがる。

「七海。澪の、ボーナス、よろしく」

「……はい。経理として、処理します」

「あ。それと税金——」

「追々で、ですよね」

「……お前、最近、先に言うの、覚えたな」

「学習しました。あなたの“追々”は、絶対、来ないので」

 

——縁側で、茶を。

たった、それだけの、願い。

それを、叶えるために。

俺は、また、とんでもない金を、稼いで。

とんでもない数の、ゼロを。

帳簿に、書きもせず、放り込んだ。

 

その、ゼロの山が。

いつか、俺の、首を、絞めることになるなんて。

このときは——やっぱり。まだ。

これっぽっちも、思っちゃ、いなかった。

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