鬼の、頼みごと(前編)
翌々日。
基地に通じる、一本道。
その入り口の、車両センサーが、反応した。
地下2階の管制ルーム。モニターに、黒塗りの車が、二台、映る。先頭は、ぴかぴかの、高級車。
「……来ましたね」と、七海。
澪が、モニターを、覗き込んで。
「ピヨちゃん、飛ばす?」
「ピヨちゃんって」
「ドローン。上から、見る」
「……まあ、いいか。やってくれ」
ドローンの視点に、切り替わる。上空から見下ろすと車から、何人かの男が、降りてくるのが、見えた。
その真ん中に——一人の、老人。
杖を、ついている。背は、小さい。なのに。
画面越しでも、わかる。まとってる空気が、ずしっと重い。
「……うわ。なんか、こええなこの爺さん」
「鷹司さんの、紹介ですからね。ただ者じゃ、ないでしょう」
澪が、ドローン映像の老人を、しばらく眺めて、ぼそっと言った。
「……血圧、高そう」
「鑑定みたいなこと言うな。お前、できねえだろ」
「雰囲気。なんか、しょっぱそうな顔」
「それ、人相だろ」
七海が、小さく、息を吐いた。
「……二人とも。お客様、もう、玄関です」
俺は、地上の、ボロ屋の応接スペースで、その客を、迎えた。
老人は、ゆっくりと、ソファに、腰を下ろした。そして、まっすぐ、俺を、見た。
落ちくぼんだ、けど、刃みたいに鋭い目。
「御堂巌。……御堂グループの、会長を、やっとる」
七海の、肩が、わずかに跳ねた。
知ってる名前、らしい。あとで聞いたら、誰でも、一度は耳にしたことのある、デカい企業グループだった。
「鷹司の爺から、聞いた。お前さんが、“治す”そうだな」
「まあ、ぼちぼち」
「ぼちぼち、で。孫の手を、生やしたのか」
……鷹司さん、そこまで、しゃべってんのか。
とりあえず、いつものを、やる。
鑑定。
【御堂巌/78歳・男】
体調:年相応。高血圧、軽い不整脈。本人の体は、命に別状なし
性格:苛烈、合理主義、情を見せない。業界で「鬼」と呼ばれる
表向きの用件:自分の体の、若返り
本当の用件:妻・佐和子の病を、治してほしい
本当の願い:もう一度、妻と、二人で、昔の家の、縁側で、茶を飲みたい
……あー。
なるほど。出た。本命は、自分じゃ、ない。
俺は、ふう、と、息を吐いて。あえて、ぶっこんだ。
「会長さん。あんた、自分のこと治してくれ、って顔して、来てるけどさ」
御堂の、眉が、ぴくり、と動く。
「本当は、違うだろ。治したいの、奥さんだ」
部屋の、空気が、止まった。
御堂の、杖を握る手に、ぐっと力が、こもる。
「……どこで、それを」
「見抜くのも、商売のうちでね」
御堂は、しばらく俺を、睨んでいた。
それから——ふっ、と。
鬼みたいな顔が、ほんの少しだけ、ゆるんだ。
「……噂は、本物か」
御堂が、語ったのは、こうだ。
妻の佐和子さんは、進行性の、難病だという。
全身の力が、少しずつ、抜けていく。もう、自分では、起き上がれない。声も、かすれて、ほとんど、出ない。
名医という名医に、診せた。最新の治療も、試した。
だが——医者は、みんな同じことを、言った。
「打つ手は、ありません。あとは、穏やかに過ごさせて、あげてください」と。
「わしは、人生で、欲しいものは、ぜんぶ、手に入れてきた」
御堂の、声が、低く、震えた。
「金。地位。会社。敵を、潰す力。……ぜんぶ、だ。だが」
杖の先を、見つめる。
「女房の、病だけは。どうにも、ならん。生まれて初めて、金で、買えんものにぶち当たった」
俺は、黙って、聞いていた。
鬼と呼ばれた男が。
たった一人の女房の前で、何もできずに立ち尽くしている。
その絵が、なんだか、やけに胸に、残った。
「会長さん。奥さんは、今、どこに」
「屋敷で、療養しとる。……動かすのは、もう、難しい」
「なら、こっちが、出向くしかねえな」
御堂の、目が、見開かれた。
「……来て、くれるのか」
「奥さん、治せるかどうか。見てみねえとわからん。でも、見るだけなら、タダだ」
——と。
そこで、俺は、ふと、御堂の、後ろに、控えていた男に、目を、とめた。
きっちりした、スーツ。にこやかな笑み。会長の、付き添いらしい。
なんとなく嫌な予感がして。鑑定を、飛ばす。
【御堂啓介/41歳・男】
続柄:御堂巌の、甥。グループの、役員の一人
表向き:献身的に、伯父と伯母を、支える好青年
腹の中:佐和子の治療費名目で、会社の金を、抜いている
企んでること:会長の引退を待ち、グループを、乗っ取る計画
いちばん、恐れていること:佐和子が、元気になること(=抜いた金の口実が、消える)
最近の動き:会長に、偽の「名医」を斡旋し、治療費を中抜き
……うわあ。
出るわ、出るわ。
この甥っ子。伯母の病を、ダシにして。会社の金を、ちょろまかしてやがる。
しかも——伯母が、治っちまったら、困る側だ。
俺の、施術が、成功すること。それ自体が、こいつの企みを、ぶっ壊す。
「……青柳さん?」
七海が、俺の、顔色の変化に、気づいた。さすが、勘がいい。
俺は、何食わぬ顔で、にこっと笑った。
「いや。なんでも。……会長さん。日取り、決めよう」
御堂たちが、帰ったあと。
俺は、地下に、降りた。
「澪」
「ん」
「仕事だ。面白いやつ」
澪の、フードの奥の目が、すっ、と、光った。
「御堂啓介。会長の甥。こいつが、会社の金を、伯母の治療費って名目で、抜いてる。証拠、たどれるか」
澪は、エナジードリンクを、ひと口、飲んで。
ちょっとだけ、口の端を、上げた。
「……りおんが“抜いてる”って当てて、あたしが“どこに流したか”を、出す。役割、きれいに分かれてる」
「だろ?」
「やる。こういうの、いちばん、面白い」
七海が、腕を組んで、ため息を、ついた。
「……依頼は、奥様の治療。なのになぜか、横領の、調査まで」
「ついで、だよ。ついで」
「ついでの、規模じゃ、ありません」
「まあ、見てろって。奥さん治して、悪党こらしめて、報酬もガッポリ。一石、三鳥だ」
「……その“ガッポリ”の、税金は」
「…………追々で」
「でしょうね」
縁側で、茶を。
たった、それだけの願いを、抱えた、鬼みたいな爺さん。
その後ろで、銭を数えていた、笑顔の甥っ子。
——よし。
決めた。
奥さんは、ちゃんと治す。
そんで、ついでに。
あの、いけ好かない笑顔から、化けの皮、引っぺがしてやる。
「……澪。徹夜、できるか」
「時間って、なに」
「頼もしいわ」




