住み込み天才の生態
澪が、うちに来て、三日。
地下2階は、すでに半分、澪の巣に、なっていた。
七海の、きっちり整頓された管制ルーム。その一角に、いつのまにか、モニターが、三枚、増えている。机の下からは、得体のしれないケーブルが、何本も這い出して、隣の島まで、侵食していた。
そして、その中心で。
澪が、パーカーのフードをかぶったまま、椅子の上で、体育座りをして、キーボードを、叩いていた。
足元の、エナジードリンクの空き缶は、もう、五本。
「……澪。お前、いつから、そこにいんの」
「わかんない」
「飯は」
「食べた、気がする」
「気がする、って」
「昨日か……一昨日」
「アウトだろ、それ」
七海が、無言で、コンビニのおにぎりを、澪の前に、置いた。鮭。
澪は、それを、片手で、もそもそ食べながら、もう片方の手で、キーボードを、打ち続けた。
「……青柳さん」七海が、こめかみを押さえて、言った。「この子、人間として、ギリギリです」
「天才って、だいたいそうだろ」
「天才の前に、生き物として、心配なんですけど」
ちなみに澪は、入居初日に。
俺たちが寝てる間に、例の「甘い三カ所」を、勝手に、直していた。
「直していいって、言ってないんだけど」と、七海。
「言われる前に、直したくなった」
「順番が、逆です」
「でも、もう、誰も入れない。あたし以外」
七海が、自分の組ませた守りを、検証した。そして——しばらく無言になった。
「……どうだ。七海」
「……完璧です。腹が立つくらい」
「素直に、褒めれば、いいのに」
「褒めてます。腹を立てながら」
澪が、ぼそっと言った。
「ツンデレ」
「違います」
「照れてる」
「照れてません」
「耳、赤い」
「……地下は、空調が、強いんです」
俺は、笑いをこらえるのに必死だった。こいつら、放っておいても、勝手に、漫才を、始める。
そういや、と、俺は、思い出した。
「澪。お前、初めて会った時、エレベーターの認証が0.4秒どうとか、言ってなかったか」
「直した。初日に」
「もう直したのかよ」
「0.4秒、気持ち悪かったから。今は、0.0秒」
「0.0って、なんだよ」
「気持ちいい」
説明に、なってない。でも、本人が、満足げなので、いいことにした。
問題は、その次だった。
澪は、基地の“面白いシステム”を、好きなだけいじっていい——という条件で、うちに来た。
で。三日目にして、もう、ドローンに、手を出していた。
「青柳さん。見てください」
七海が、モニターを、指差す。
そこには——夜の敷地を、巡回しているはずの、ドローンが。
なぜか、空中で、くるくると宙返りを、繰り返していた。
「……何やってんだ、あれ」
「澪に、聞いてください」
澪は、悪びれもせず、言った。
「踊らせてる」
「なんで」
「巡回ルート、最適化してたら、余った時間が、できた。暇そうだったから」
「ドローンに、暇は、ねえだろ」
「あと、名前つけた。あのドローン、ピヨちゃん」
「ピヨちゃん」
「うん。上から見てると、ヒヨコっぽい」
七海が、頭を、抱えた。
「……億単位の、防衛設備に。ピヨちゃん」
「いいじゃねえか。愛着、わくし」
「わきません。宙返り、してます。さっきから、ずっと宙返り、してます」
「曲芸は、止める」澪が、ぽちっと、キーを押した。「でも、巡回の精度、二割上がった。あたしが、組み直した」
七海が、検証して……また、無言に、なった。
「……二割。本当に、上がってます」
「でしょ」
「宙返りさせる必要、ありました?」
「ない。でも、楽しい」
「あ。それと」澪が、ぽつりと付け足した。「地上、歩くやつ、欲しい。ロボット。あたしが、組む」
「お、いいなそれ。ガードくんとか、名前——」
「却下です」
すかさず、七海。
「ドローンで、もう、お腹いっぱいです。それに——その手の警備ロボットを、一から作るとなると。先立つものが、ぜんぜん、足りません」
「えー。金、ねえの?」
「9話で、30億、地面の下に、埋めましたよね。覚えてます?」
「…………埋めたな」
「ロボットは、稼いでから。……というか、まず、ドローンの名前を、ピヨちゃんで、確定させないでください」
「ガードくんは、ロボットができた時の、予約席な」澪が、真顔で、メモに書いた。
「予約、しないでください」
——これが、澪だった。
やることは、世界最高水準。なのに動機が、ぜんぶ「面白いから」。
たちが悪いのは、その「面白いから」で動いた結果が、毎回、ちゃんと役に立っちまうことだ。
午後。
俺は、地上のボロ屋で、届いた荷物を、開けていた。
取引先……いや、最近は、いろんなとこから、付け届けが来る。果物だの、酒だの、菓子折りだの。
その中の、ひとつ。
立派な桐の箱に入った、高そうな置き時計。差出人は——見覚えのない名前だった。
なんとなく嫌な予感がして。俺は、その時計を、鑑定した。
【贈答品/鑑定】
種別:高級置き時計(市販品)
状態:内部に、小型の発信機が、一つ。後から仕込まれたもの
目的:設置場所の、音声を、外部へ送信
差出人:偽名。背後に、別の人物
「……うっわ。盗聴器、入ってるわ、これ」
声に出すと、地下から、ぬっと澪が、上がってきた。さっきまで寝てたのか、寝てなかったのか、わからない顔で。
「盗聴器? 見せて」
俺が箱を渡すと、澪は、時計を、ためつすがめつ、して。
「……ほんとだ。発信機。安物じゃない。でも、電波、出てる。出てるってことは——」
澪の目が、すっと光った。
興味のあるものにだけ、灯る、あの光だ。
「たどれる。発信先」
「お、いけんの?」
「いける。りおんが“仕込まれてる”って当てて、あたしが“どこに送ってるか”を追う。……役割、きれいに分かれてるね」
俺は、にやっとした。
人の中も、データの中も、見抜く俺の鑑定。
そして、システムの奥まで、技術で読む、澪のハッキング。
——なるほど。こいつは、確かに、噛み合う。
「七海。これ、たぶん、黒田みたいな手合いか、その残党だ。澪と追ってみるわ」
「……いいでしょう。ただし」
「ただし?」
「やりすぎ、ないこと。仕返しに、ドローンで、追い回したり、しないように」
「ピヨちゃんで?」澪が、真顔で。「いい案」
「却下です。……ロボットができる前で、本当に、よかった」
その盗聴器の件は——まあ、追々、片付けた。
たどってみりゃ、案の定、しょぼい同業者の、しょぼい嫌がらせ。鑑定で弱みを握って、二度とやらないよう、きっちり、釘を刺しておいた。
たいした話じゃ、ない。
ただ、その日。俺は、ひとつ、確信した。
うちのチームは——たぶん、もう、そうそう、崩せない。
死なない俺。守りを固める七海。すべてを技術で読む、澪。
鑑定で、悪意は弾ける。仕込みは、見抜ける。攻めてくる奴がいても、根っこまで、たどれる。
「……無敵じゃね、うち」
「フラグですよ、それ」と、七海。
「フラグって、なんだよ」
「“無敵”って言った人が、無敵だったためしが、ないんです」
「縁起でも、ねえな」
その夜。
鷹司さんから、連絡が、来た。
『例の件、整いました。一人、紹介したい。
……ただ、少し、込み入った事情の、ある御方でね。
会って、君の目で、見てやってくれると助かる』
俺は、その文面を、二度、読んだ。
込み入った事情。鷹司さんが、わざわざ、そう書くってことは——ただの金持ちの、わがままじゃ、ない。
「七海。澪。仕事だ」
「桁、いくつですか」と、七海。
「……たぶん、いつものより、ゼロが、多い」
「燃えますね」
「金に、燃えんなよ」
「燃えてません。段取りに、燃えてます」
澪が、エナジードリンクを、ぷしゅっと開けた。
「……面白いこと?」
「たぶんな」
「じゃあ、起きてる」
「お前、いつも起きてるだろ」
「じゃあ、もっと起きてる」
——鷹司ルート、上客・第一号。
それが、どんな“願い”を、抱えてやってくるのか。
この時の俺は、まだ、知らなかった。
ただ、ひとつだけ。
「込み入った事情」という言葉がなんだか、やけに引っかかっていた。




