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神様にもらった回復チートで荒稼ぎしてたら、普通に脱税で捕まりました  作者: ももの樹


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11/32

住むところがなかった

澪との“約束”から、二日後。

指定されたのは、都心の、古びた喫茶店だった。

待ち合わせ場所は、そっちで決めていい——そう言ったら、返ってきたのは、店の名前と、時間だけ。地図のリンクも、目印も、なし。

「……不親切な天才だな」

「天才は、だいたい不親切です」と、助手席の七海。

ミンティーを、コインパーキングに、停める。料金表を見て、俺は反射的に、ぐぬっとなった。

「都心、ただ停めとくだけで、こんな取んのかよ。ぼったくりだろ」

「都心ですからね」

「これ、経費になる?」

「打ち合わせの移動なら、なります」

「よっしゃ。じゃあ領収書」

「機械です。出ません」

「…………」

「メモしておきます。今度こそ」

なんか最近、七海が俺に求める基準が、地味に下がってきてる気がする。慣れって、こわい。

 

店に入ると、平日の昼間、客はまばらだった。

奥の、いちばん隅の席。

そこにひとり、座っていた。

小柄な女の子だった。だぼっとした、グレーのパーカー。フードを、半分かぶって、ノートパソコンを、気だるげに眺めている。

こっちが近づいても、顔を、上げない。

「……澪、か?」

ようやく視線が、上がった。

目の下に、うっすら、クマ。でも、その目だけは——やけに澄んで、まっすぐ、俺を射抜いてきた。

「りおん。本物だ」

「本物って」

「画面越しと、同じ顔してる。嘘つく時の顔じゃない。……ふうん」

俺は、向かいに座った。七海が、その隣に、きっちりと腰を下ろす。

念のため、鑑定を、かけておく。

 

水瀬澪みなせ みお/22歳・女】

体調:睡眠不足(自業自得)。栄養は、偏り気味

性格:マイペース、淡白、興味のあること以外は、どうでもいい。嘘は、つかない

腹の中:相変わらず、悪意ゼロ。今は「この二人、面白いか見極め中」

本当の事情:帰る場所が、ない。腕はあるが、どこにも、属していない

 

……お。なるほど。

こいつ、すげえ腕を持ってるくせに。居場所が、ないのか。

と——そこへ、店員さんが、来た。

「ご注文は」

「えーと……」

メニューを開いた瞬間、俺の目が、ぴたっと止まった。

クリームソーダ。でかい。緑。てっぺんに、アイス。さくらんぼ、付き。

「これ。この、緑のやつ」

「青柳さん」

「ん?」

「打ち合わせです」

「打ち合わせしながら飲める色だろ、これは」

七海は、こめかみを押さえて、「アイスコーヒーを」とだけ、言った。

澪が、ぼそっと言った。

「……あたしも、緑の」

「お。同じの、頼むんだ」

「うん。さくらんぼ、食べたい」

「俺は、この色に、惚れた。味は、二の次」

「あたしは、味も、どうでもいい。さくらんぼだけ」

「同じ緑頼んでんのに見てるとこ、ぜんぜん違うな俺ら」

七海は、すでに遠い目を、していた。注文した瞬間に、この打ち合わせの先行きを、悟った顔だった。

 

「で。お前が、文句つけてきた“甘い三カ所”」

俺が切り出すと、隣で、七海が、ぴくっとした。

澪は、ノートパソコンを、くるりとこちらに向けた。

画面には、見覚えのある——うちのセキュリティの、構成図みたいなものが、表示されていた。

「こことここと、ここ」

細い指が、三点を、差す。

「外からは、完璧に見える。実際、よくできてる。でも、この三つは、内側から見ると、隙間がある。あたしは、そこを、通った」

七海が、画面を、食い入るように見た。

正直、図の細かい中身までは、七海にも、俺にも、わからない。俺たちは、技術屋じゃ、ない。

ただ——この基地のセキュリティが、どういう代物かは、知っている。金に糸目をつけず、俺が鑑定で選び抜いた、一流の業者に、最高峰のものを、組ませた。

そのはずの守りを、こいつは、たった一人で、しかも、遊び半分で、抜いた。

「……うちのセキュリティ、相当な業者に、相当な金を積んで、組ませたんですけど」

七海の声に、隠しきれない悔しさが、にじむ。

「それを、こんなあっさり」

「うん。よくできてたよ。本気で。……でも、できてるからこそ、作った人間の“クセ”が、出る。そこが、隙になる」

「クセ」

「うん。たとえば——」

澪が、すっと七海を、見た。

「あなた、几帳面でしょ。手順、きっちり決めるタイプ。だから、守りも、きっちりしすぎてる。隙間が、いつも、同じ形してる。一個わかれば、全部、わかる」

七海が、ぐっ、と、黙った。

図星、らしい。

「……性格まで、構成図から、読まないでください」

「読んでない。守り方から、にじみ出てた」

「もっとたちが悪い」

俺は、思わず、噴いた。

ちょうど運ばれてきた、クリームソーダのさくらんぼを、口に放り込みながら。

「お前ら、いいコンビに、なりそうじゃん」

「「なりません」」

声が、きれいに揃った。

……お。否定だけは、息ぴったりだ。

 

「澪」

「ん」

「もう一回、言う。うちに来い」

澪は、しばらく俺を、見ていた。

それから、ぽつりと。

「……あたしが、何者か。気にならないの?」

「鑑定で、だいたい見えてる。悪い奴じゃない。腕はバケモン。嘘はつかない。それで、じゅうぶんだ」

「経歴とか、過去とか」

「いらねえよ、そんなん。うちの秘書も、そうやって採った」

七海が、ちらっとこっちを見た。が、否定は、しなかった。アイスコーヒーを、ひと口飲んで、聞かなかったことにしたらしい。

澪の、指が、止まった。

ノートパソコンを、ぱたん、と、閉じる。

「……条件、言っていい?」

——来た。

俺は、ぐっ、と、身構えた。

ここからが、本番だ。相手は、国家級の守りすら遊びで抜く、天才ハッカー。ふっかけてくる金額の、桁が、こええ。

鷹司さんで、30億を、見た。こいつなら……いくら、言ってくる? 50億か。100億か。

横を見ると、七海も、わずかに息を、詰めている。たぶん、同じことを考えてる。心の中で、電卓を、構えてやがる。

「金は」

——来る……!

「いらない」

「…………は?」

俺と七海の声が、見事に、重なった。

身構えてた肩から、すうっと力が、抜けていく。

「金には、興味ない。あっても、使い道、わかんないし」

「いや待て。使い道なんて、いくらでもあんだろ。うまいもん食うとか、緑のソーダとか」

「ソーダは、目の前に、ある」

「目の前に、あるな」

「うん」

会話が、進まねえ。

 

「……それより」

澪が、ふっと視線を、落とした。

その、淡々とした横顔に、ほんの少しだけ。何か、寂しさみたいなものが、よぎった気がした。

「あたし、住むところが、ない」

「……は?」

「いや、正確には。どこにいても、いいんだけど。どこにも、いたくないっていうか。落ち着く場所が、ずっとなかった」

俺は、黙って、続きを、待った。さくらんぼの種を、皿に置く手だけ、止めて。

「お前のサーバー、入った時。なんか……変な感じ、したんだよね」

「変な感じ」

「うん。ボロいくせに中が、すごい。隠れてるくせに堂々としてる。……なんか、あたしみたいだなって」

澪は、ちょっとだけ、口の端を、上げた。笑った、のかもしれない。わかりにくいけど。

「だから、条件。お金は、いらない。代わりに——」

まっすぐ、俺を、見た。

「あそこに住ませて。

で、あの面白いシステム、好きなだけ、いじらせて。

それが、条件」

しん、と、なった。

 

——と、思いきや。

「却下です」

七海、だった。

「えっ」

俺と澪の声が、揃う。今日、二回目だ。

「セキュリティの中枢を、外から入ってきた人間に、好きなだけ、いじらせる。正気ですか。さっき、その守りを、破られたばかりですよ」

「あ。そっか」

「破った本人を、中に入れて、もっと触らせる。……控えめに言って、地獄の発想です」

ぐうの音も、出ない。正論すぎる。

でも、澪は、動じなかった。

「逆だよ」

「逆?」

「破れる人間が、内側にいるのが、いちばん固い。あたしが守る側に回ったら、もう、誰も、入れない。……たぶん、あたし以外」

七海が、黙った。

数秒。

「……一理、あります。悔しいですけど」

今日、二回目の、「悔しいですけど」だった。

 

「七海」

「……はい」

「うち、地下に、まだ部屋、余ってたよな」

七海は、小さく、ため息を、ついた。でも、その目は、もう、反対していなかった。

「……ええ。地下2階に、空いてる区画が。あの子なら、管制ルームの、すぐ近くがいいでしょう。仕事の、相性的にも」

「だってさ。澪」

澪が、ぱちりと目を、見開いた。

そして——ほんの少しだけ。今度は、はっきりと。

笑った。

「……マジ?」

「ああ。今日から、お前の家だ。歓迎するぜ」

その時の、澪の顔を。俺は、たぶん、ずっと忘れない。

ずっとどこにも、いられなかったやつが。初めて、「帰る場所」を、見つけた。

そういう、顔だった。

 

——のも、つかの間。

「あ。あのエレベーター、認証の応答、0.4秒、遅い。直していい?」

「いきなり仕事すんな。まず、荷物、運べ」

「荷物、これだけ」

澪が、ノートパソコンを、ぽん、と、叩いた。

「……それだけ?」

「あと、充電器」

「家財道具、それで、全部か」

「うん。身軽が、いちばん、速い」

七海が、早くも、こめかみを、押さえはじめた。

「……生活感が、ゼロ。布団は。歯ブラシは」

「現地調達」

「人としての、最低ラインを、調達しないでください」

 

「あ。それと澪」

席を立ちかけて、俺は、思い出したように言った。

「お前、金いらないって、言ったけどな。給料は、ちゃんと払うから」

澪が、きょとんとした。

「……いらないって、言ったけど」

「知ってる。でもな」

俺は、椅子に、もたれ直した。

「今は、いらなくてもさ。いつか、使う時が、来るんだよ。欲しいもんが、できたり。守りたいもんが、できたり。……その時に、手元に金がねえと困るだろ」

澪は、黙って、俺を、見ていた。

「居場所は、タダでくれてやる。それは、条件でいい。けど、お前の腕には、ちゃんと値段がつく。それは、別の、話だ」

「……なんで、そこまで」

「うちで働くなら、お前は、うちの仲間だ。仲間が、ちゃんと食って、いつか好きなもん買えるように。それを用意すんのは、雇った俺の、仕事だろ」

しばらく澪は、何も、言わなかった。

それから、ぽつりと。

「……変なやつ」

でも、その声は。さっきまでの、淡々としたやつとは、少しだけ、違って。ほんの少し、あたたかかった。

「変なやつで、けっこう。ま、給料の額は、そこの鬼秘書と、相談してくれ」

「鬼秘書は、余計です」

七海が、すかさず、塩を、効かせた。でも、その横顔も、どこか、やわらかかった。

「あ」

澪が、何か、思いついた顔を、した。

「給料、緑のソーダで、もらっていい?」

「現金です」七海、即答。

「毎日、一杯」

「現金です」

「……ケチ」

「ケチではなく経理です。給料は、現金で出します」

俺は、もう、笑いが、止まらなかった。

 

帰り際。

「先に、言っとくけど」

澪が、ぽつりと言った。

「あたし、寝る時間、バラバラだから。気にしないで」

「夜型ってこと?」

「ううん。昼とか、夜とか、あんまり、ない」

「ない?」

「面白いことやってる時は、何時間でも、起きてる。飽きたら、その辺で、寝る。気づいたら朝だったり、気づいたら……次の朝、だったり」

「次の朝って、なんだよ。一日、どこ行った」

「さあ」

「さあじゃ、ねえ」

「時間、数えるの、苦手」

「数えてすら、いねえのかよ」

七海が、額を、押さえて、天を仰いだ。

「……生活管理の対象が、また一人、増えましたね。しかも、過去いちばんの、強敵です」

「賑やかで、いいじゃねえか」

「賑やかと無法は、違います」

 

——金は、いらない。居場所が、欲しい。

そう言った、澪。

こいつが、このあと。俺の商売を、とんでもないところまで、押し上げてくれることも。

そして——いつか来る、あの“国税”との戦いで。俺たちの、いちばんの、武器に、なることも。

今は、まだ。誰も、知らない。

 

……あ。

そういや、こいつ。記録とか、データの管理、めちゃくちゃ、得意なんじゃ、ねえか。

帳簿とか、そういうの。

ふと、そんなことが、頭を、かすめた。

「なあ、澪。お前、数字とか、記録の整理、得意?」

「得意。世界で、いちばん」

「マジか。じゃあ、今度、うちの——」

「青柳さん」

七海が、すっと遮った。

「その話は。……追々で」

「お、おう」

追々で。

その四文字が、また、未来の俺めがけて、転がっていった。

——いちばんの武器になるはずの天才が、すぐ隣にいるのに。

それを使う発想に、誰も、たどり着かないまま。

今は、まだ。

笑って、緑のソーダを、すすっている。


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