069.継承
「とうちゃん……」
ヤンがエルの顔をじっと見つめてぷるぷる震えている。
「こんな大事なことを今まで黙っていてすまない」
「ううん、そうじゃなくって……」
「!?」
「とうちゃん、王子様だったの!? すごいや!」
え、そっち?(笑)
当然エルも一瞬ポカンだ。
ヤンの目はワクワクが止まらない輝きを放っていた。
おい、今の状況忘れたのか。
「ヤン、おい。落ち着け」
「あ、ごめん。つい……でもボクてっきりかあさんがすごい貴族の娘でとうちゃんが駆け落ち同然で連れ出したもんだから狙われてるのかと思ってたよ」
「お前の想像力はなんというか……すごいな」
エルにはそれくらいしか言葉が思いつかなかった。
「だから追ってきてるのがかあさんの実家の人なら殺しちゃダメなのかなって、それが心配だったんだけどそうじゃないなら全然いいや」
よくはない、よくはないぞヤン。
「ヤン、簡単に殺すとか言ってはいかん」
「あ、うん。ごめんなさい」
素直にうな垂れるヤンだったが、どこかエルに叱られるのを喜んでいる節があった。
「実はもうひとつお前に言っておくことがある」
「え、まだあるの?」
またしてもワクワクした瞳に。
「かあさんのことだ」
「え、やっぱりかあさんもどこかの国のお姫様なの!?」
「ははは、その辺の話が聞きたかったらゲルハルト博士に聞くといい」
「え、なんでゲル爺? かあさんと知り合いなの?」
「とうちゃんと出会う前からかあさんはゲルハルト博士の助手をしていたんだ」
「えーーーっ!! ゲル爺そんなの一言も言わなかったよ。なんだよもう!」
「まぁそう言うな。ゲル爺もかあさんのことですごく心を痛めてる人の一人だ。今度会った時にでも聞いてみなさい」
「うん、でもなんか納得いかないなぁ」
ぶつぶつ言うヤンをよそにエルは続ける。
「それでかあさんの話だが、亡くなった原因についてだ」
「え……病気、じゃないの?」
突然不安な表情になるヤン。
「そうじゃない。かあさんは殺されたんだ」
「!!??」
絶句した後、哀しみを経て怒りへ変貌するヤン。
「かあさんもアルトミックの人だったの?」
静かに、絞り出すように尋ねるヤン。
「いや、違う」
「じゃあどうして!」
「とうちゃんの家族だからだ。お前はたまたま奥の部屋で寝ていたから助かったんだ」
ヤンは恐ろしいほどの沈黙を保っていた。
その頭で何を考えているのか、心で何を思っているのか。
「とうちゃんとかあさんは二人で食事中を襲われたんだ。相手は三人組の暗殺者風の連中だった。咄嗟のことでちゃんと【鑑定】できなかったのが本当に悔しい」
エルは当時を思い出しているかのような苦悶の表情で語った。
「まさかセインの家の中で襲撃されるなんて思っていなかったから、とうちゃんも油断してたのかもしれない。毒を塗った刃物で斬りつけられて左腕と左脚に深手を負ってしまったんだ。それでかあさんを守り切れなくて……」
言葉に詰まるエル。
声が震えていた。
「すまない、ヤン。おれのせいだ」
とうちゃんが自分をおれと言うのをヤンは初めて聞いた。
その声は、ひとりの女性を愛するただの青年が発するように響いた。
「とうちゃん……そんなの、とうちゃんのせいじゃない……」
ヤンも泣いていた。
悲しくて苦しくて、腹立たしかった。
「お前にずっとウソをついていた。親として間違ったことをした」
エルがヤンを抱き寄せる。
「とうちゃん……かあさん……」
ヤンにとっては記憶すらない母親ではあったが、だからこそ一層その思いは一途で深いものになっていたのだった。
しばらくしてエルが再び語り出した。
「ヤン。くれぐれも用心してくれ。敵が何者にしろ一筋縄ではいかない相手のはずだ。深淵の連中もおそらく繋がりがあると思う」
エルの顔を見ながら黙って頷くヤン。
「とうちゃんがいなくなった後、お前の方で何か変わったことはなかったか?」
「うーん、特にないと思うけど。双子の殺し屋がいたけど別にボクを狙ってたわけじゃなかったみたいだし」
「今はまだとうちゃんが本当に死んだかどうか様子を見ているのかもしれない」
「五年も?」
「ああ、もちろんだ。アルトミックが滅んで三十年以上も経っていたのにまだとうちゃんを追ってたくらいだからな」
「でもどうしてそんなにしつこく狙うの?」
「アルトミックの血統を完全に消したいんだろう。このドリルを」
「ドリル?」
「そうだヤン。このドリルこそがアルトミックの血筋の証なんだ。血統スキルといってな。この場合は男親から直接の息子へ必ず引き継がれるスキルなんだ」
「とうちゃんからボクってこと?」
「そうだ。とうちゃんも父である国王から受け継いだんだ。だからとうちゃんは狙われたし、ヤンも狙われる可能性が高いんだ」
「でもどうしてドリルが狙われるのか、よくわかんないよ」
「それはドリルが力そのものであり権力や名誉の象徴でもあるからだ。ドリルがある限りアルトミックの復活の可能性は消えない。それを恐れているんだろう。それに魔王国の結界を作り出し、維持しているのもドリルだからな。充分すぎる理由になる」
「それなのにどうして滅ぼされちゃったのさ」
「不意を突かれたんだ。あの日は国を挙げてのお祭りの日で、色んな国からたくさんの人が王都を訪れて賑わっていた。王宮でも祝賀会のパーティが開かれていたんだが、そこで国王含めた国の重要な役職の人たちがいきなり殺されたらしい。他国から招かれた王族や貴族の人たちもたくさん殺された。それがアルトミックの警備体制の問題にされて、戦争になってからも協力してくれる国がいなくなってしまったんだ」
「それも計画だったの?」
「ああ、それしか考えられない」
「でも王様もドリルの人だったんでしょ。強いはずなのにどうして殺されちゃったの」
「娘が、とうちゃんの妹が人質になってたからだ」
「えっ!」
「妹はエミリアといってとうちゃんの二つ下だった。とても優しくてとうちゃんとはすごく仲が良かったんだが、アリアルド王国の第二皇子との婚約が決まっていて、それでアリアルドとは同盟国になっていたはずだったんだが……」
一度言葉を切って、ひと呼吸してからエルは続けた。
「祭りの数日前に突然姿が見えなくなったと思ったら、花嫁修業のためにアリアルドへ来てもらったから安心しろと先方から連絡があったんだ」
「なにそれ、誘拐じゃん」
「そうだ。こちらも強く抗議をしたんだが、祭りの直前というのもあって、問題を大きくしたくないという気持ちが働いたんだろうな。祭りの後に話し合おうということになっていたらしい。そしてたぶん祭り当日のパーティでエミリアのことを持ち出して脅したんだと思う。パーティに参加した人は誰も生き残っていないから本当はどうだったかはわからんが」
「脅されて王様は手が出せなかったの?」
「わからない。でもそれくらいしか理由が思いつかないんだ」
そう言われるとヤンもそれ以上何も聞けなくなってしまった。
一番辛いのはとうちゃんなんだ、と。
「それで、とうちゃんの妹は今どうしてるの!?」
「消息不明だ。たぶんどこかに閉じ込められているか、あるいはもう……」
「そんな……」
ゴホゴホッ。
エルが咳き込んだ。
「とうちゃん! 大丈夫?」
ヤンがエルの肩に手を添える。
「ああ、ちょっとしゃべり過ぎたかな」
「少しお休みする?」
「いや、あまり時間もない。みんなとも少しだけ話したいんだが、ひとりずつ部屋に呼んでもらってもいいかな」
エルが時間がないといったところで急に現実に引き戻されてしまったヤン。
だが、今はとうちゃんの願いを叶えてやることの方が大事なのだった。
「……わかった。誰から呼ぶ?」
「うん、そうだな。マリオくんからにしよう」
「わかった。じゃあボクも外で待ってるね」
「ああ、頼むよ」
ヤンはもう一度エルを振り返ってじっと顔を見つめてから、ドアを開けて出て行った。
* * * * *
ヤンがドアを開けて出てくると、その場にいた全員が一斉にはっとしてヤンを見た。
「ヤン。エルさんは大丈夫なのか」
ジーグがヤンに駆け寄って尋ねるとヤンは穏やかな表情で「うん」とだけ答える。
他のみんなも自然とヤンの周りに集まってきた。
「とうちゃんがみんなとも少し話したいって。だからひとりずつ順番で。じゃあまず最初にマリオさん」
「は!? オレ? なんでオレが一番なんだよ」
そうだ、おれもびっくりだよ。
でもマリオが狼狽したようにしているのを見るのは楽しい。
「とうちゃんが決めたことだから」
ヤンが静かに言うと、マリオもそれ以上何も言うことができずに黙って奥のドアを開けて中に入っていった。
ひとりずつと話をしたい、ということの意味を残ったみんなは考えていた。
ヤンはそのまま椅子に腰掛けると、すぐ隣の椅子にジュノ軍曹が座って、ヤンの膝に置かれた手の上にそっと自分の手を重ねた。
少ししてマリオが出て来た。
完全に泣いている顔だった。
誰も何も聞けなくなった。
「次だ」
ジーグの顔を見て一言だけ言うと、一番奥の長椅子に思い切り背中を預けてぐったり座ったまま目を閉じたマリオ。
指名されたジーグが黙ってドアの奥へ入って行った。
こうして個別面談はジーグの後にリン、その後にキキ、そしてオスカーの順で続いた。
いずれも出て来た時には一様に目を赤くしていた。
「ヤンくん。終わったよ」
オスカーが出て来てヤンに声をかけると、ヤンはすっと立ち上がる。
「じゃあ行こっか。ペクちゃん」
「え!? 私?」
ジュノ軍曹はエルとは直接面識がなかったので自分は蚊帳の外だと思っていたのだった。
「最後はペクちゃんだから。ボクも一緒に行くよ」
そう言うとヤンはジュノ軍曹の手を取って、再びとうちゃんの部屋へ戻っていった。
* * * * *
「とうちゃん、ペクちゃんを連れてきたよ」
「ああ、入ってくれ。こんな狭いところで申し訳ないが」
エルがベッドに少し上体を起こした姿勢で迎える。
ヤンに続いて恐縮しながら部屋に入って来たジュノ軍曹。
「ペク・ジュノです。あのお加減どうですか」
軽く一礼してからエルの体を気遣うジュノ軍曹。
「うん、まずまずだよ。心配してくれてありがとう。優しい子じゃないか、ヤン」
言われたヤンも、当のジュノ軍曹も赤くなって照れる。
「そんなことよりとうちゃん、もう疲れてない? 本当に大丈夫?」
「ははは、お前は心配症だなぁ。仕方ないさ。気にするな」
エルは敢えて大丈夫とか心配ないとは言わなかった。
今までずっとヤンに嘘を吐き続けてきたため、もうこれ以上嘘や誤魔化しはやめようと思ったのだった。
「気にするなって……あ、ペクちゃん!」
「はい?」
「回復はたぶん効果ないだろうけど、痛みとか苦しいのとかを和らげることは出来ないかな」
「はい、聖魔法の【緩和】ならできます」
「お願いしてもいい?」
「もちろんです。あの、ヤン君のお父さん、いいですか?」
ジュノ軍曹がエルのベッドのすぐ脇まで来てお伺いを立てる。
「もちろんだ。お願いできるかい」
「はい。頑張ります」
優しく了承してくれたエルに感謝しながら、ジュノ軍曹はエルの腹に手が届く場所まで移動して、腹の上に両手を翳して詠唱を始めた。
ジュノ軍曹の手が束の間光を放った後で、その両手の周囲がぼんやりと温かく発光し始めた。
「おお、これはすごい。温かくて全身の余計な力が抜けていく……」
気持ちよさそうに目を細めながらエルが呟く。
「ペクさん、ありがとう」
ジュノ軍曹を見つめて礼を言うエル。
ジュノ軍曹も少しはにかんだ様子で頷く。
「じゃあそのままお話しよっか。とうちゃん」
「ペクさんは、いつからヤンと?」
あ、それ付き合ってる前提で聞いてないかもしかして。
「え、あの、えーっと少し前……に初めてお会いしたばかりです」
恐縮しきりのジュノ軍曹、【緩和】をやりながら伏し目がちに答える。
「とうちゃん、ペクちゃんは帝国の軍人さんで、この塔を攻略しに来た軍隊の中のひとりだったんだよ」
ああ、確か家の外でそんなことを聞いたな、とエルは思い出す。
「それで帝国の軍人がどうしてヤンと一緒に……」
「それ、全部話すと長くなっちゃうよ」
「なら要点だけ頼む」
ヤンはざっくり掻い摘んでジュノ軍曹との出会いとそれから二人でやってきた事をエルに説明した。
「――っていう感じ。ね、ペクちゃん」
「はい。そんな感じです」
そんな二人の様子を微笑ましく見守るエル。
「ペクさん、ヤンはまだまだこんな子供だから色々と迷惑をかけるかもしれないが、どうかヤンを……よろしくお願いします」
頭を下げるエルに、ジュノ軍曹は恐縮して頭を上げてください、わかりましたからとエルの両肩に手を添えて静かに姿勢を元に戻してやる。
「ヤン、ひとつ頼みがある」
「なに?」
「お前がどれくらい成長したのか、とうちゃんに見せてくれ」
「ステータスってこと?」
「そうだ」
「いいよ」
ヤンは隠蔽スキルを解除し、ドリルの【共有】スキルでステータスをエルにも可視化して見せた。
「なんと……まさかこれほどとは。ヤン、お前はいったい……」
ヤンのステータスは超ド級の衝撃以外のナニモノでもなかった。
エルの両目から涙が溢れ、あっという間に頬を濡らす。
「とうちゃんのドリルを受け継いだらもっと強くなるぞ。ヤン、この塔を攻略するんだ」
「うん、そのつもりだよ。でも強くなるってどういうこと?」
「やればわかる。それが一番大事な、やるべきことなんだ」
「やるべきこと……」
「今からとうちゃんのドリルをお前にやる」
「え、どうやって?」
「継承の儀式というのがあるんだ。一度しか出来ないから、お前もちゃんと見て覚えるんだぞ。将来必ず必要になる」
「でも、とうちゃんは今ドリルがひとつしかないんだよ。それをボクによこしたらもうとうちゃんは……」
「いいんだ、それで。そのために、とうちゃんは今まで生き延びてきたんだ」
「とうちゃん……」
「ペクさんには申し訳ないが、今からここで見ることは決して口外しないでほしい」
「は、はい。約束します」
エルの視線の真剣さに気圧されながらもしっかり返事をするジュノ軍曹。
その間もずっと【緩和】を続けていた。
「ヤン、手を出しなさい」
「うん」
エルに言われた通り、両手を前に出すとエルはそれをしっかりと自分の両手で上から握りしめた。
「何があってもこの手を解くんじゃないぞ。絶対に、だ」
「うん、わかった」
すぐにエルがドリルの回転を上げたのがわかった。
ギュルルルルル
まだこんな力が残っていたなんて、とヤンは驚愕する。
さっきまでほとんど止まりかけていたのに。
ギュルルルルル...キュルルルルル
まだ回転数が上がっていく。
エルの顔が歪むのを見て、ジュノ軍曹は【緩和】の強度を上げた。
エルとヤンにだけはわかっていた。
エルのドリルが体の中心を上に移動し、胸の上から左右二手に別れてエルの腕を伝って手の方向に移動していくのが。
ヤンの手に重ねたエルの手から温かい力がどんどん注ぎ込まれる。
ずっと長い時間そうしていたように感じられたが、実際には僅か一秒ほどの時間。
「はぁっ、はぁっ……」
ドリルの移動が終わると、エルの容態が一気に悪化したように見えた。
ヤンの手を掴んでいた両手は離れ、だらんとエルの体の両脇に落ちた。
ヤンがすかさずその両手を胸の上で合わせると、今度はヤンが上から覆うように握りしめた。
「とうちゃん、大丈夫? とうちゃん」
「ヤン……ドリルを確認してみろ」
「え、ドリル? ……あ!」
ヤンは驚いた。
それでも両手は離さなかったが、離してもおかしくないほどに驚いていた。
「ドリルが増えてる」
ヤンは今までに感じたことのない部位、頭の上に新しいドリルがあるのを発見した。
「そうだ。それがとうちゃんのドリルだ。お前と、これからもずっと一緒だ」
話すのも辛そうだが、言葉のひとつひとつに思いを込めてエルが伝える。
「とうちゃん……」
「いいか、ドリルを継承させるには相手もドリルの訓練をしっかりしておく必要がある。訓練は小さい時ほど効果がある。絶対に忘れるんじゃないぞ」
途切れ途切れにだが、強い意思で最後まで語り続けたエル。
「うん、わかったよ。でもとうちゃん……」
「ヤン」
ヤンの言葉を遮って続けるエル。
まだその目には力が宿っているように、しっかりとヤンを見つめながら。
「お前はとうちゃんの、そしてかあさんの、誇りだ。……ありがとう、ヤン……」
最後のひと呼吸まで全部使い切ったエルは、そのまま静かに眠るように息を引き取った。
「とうちゃんっ!!!!」
溢れる涙を拭おうともせず、その両手をしっかりと握ったまま最後にもう一度だけ呼びかけたヤン。
その隣でヤンの背中に手を回して優しく抱き、一緒にエルの顔を見つめるジュノ軍曹。
もうひとつの手からはまだ【緩和】を続けていた。
そこへドアがバタンと開き、ヤンの大声を聞きつけたオスカーが真っ先に入ってくるとエルのベッドの手前で足を止め、無言のまま目を閉じて頭を下げた。
その両拳は強く握り締められ、震えていた。
オスカーの後から顔を出したキキ、ジーグ、マリオ、リンたちはそこから先に進むことが出来ず、茫然とエルとヤンとジュノ軍曹三人が一つになった姿を見つめるだけだった。
アルトミック王国の第一皇子、『不死鳥』の元リーダーであり、バルベル迷宮の英雄と称えられた案内人エルは四十三年の生涯をここに閉じたのだ――。





