068.告白
まず、みんな知っているとは思うが、あの日私は深淵という五人編成のパーティに案内人として同行していた。
深淵の依頼は階層突破だったから、第三十一階層と第三十二階層のボスエリアで一日目と二日目のキャンプをして三日目の早朝に第三十三階層に入ったんだ。
みんなも通ったからわかるだろうけど、第三十三階層は急勾配の連続な上に魔物の数が多くて立ち止まるとすぐに囲まれてしまう。
だから戦闘はなるべく避けてとにかく早く先へ進もうと、走って移動したんだ。
深淵は五人全員が上位職で結構偏った職業の変則パーティだった。
リーダーの魔剣士ゾル。
狂闘士ゴルバ。
影剣士ノルド。
アサシンのニック。
そして魔闘士リッキーと、全員がレベル40前後の精鋭だ。
ちょっと異様な構成だろう?
探索中もほとんど会話らしい会話もなく、淡々としたものだった。
あとは何となく説明はできないが不穏な気配もあった。
それで私も念には念を、ということで一応警戒はしていたんだが……結局このありさまだ。
話を戻そう。
とにかくそんなメンバーだったから接近戦には滅法強くて、魔物も近づいたものの八割方は瞬殺していた。
それに持っている武器に特殊効果がある者が多かったと思う。
毒とか会心率向上とか即死効果のような。
それで昼すぎには階層主エリアに到着して、そのまますぐにボス戦に突入した。
この階層主ってのが黒い霧を出すヤツで、最初から霧の中にいたもんだからどんな種類のどんな姿の魔物なのかまったくわからない。
それで先に霧をどうにかした方がいいとゾルには話したんだが、まるで聞く耳持たずで五人ですぐに突入してしまってな。
霧の中に入ってすぐに四人だけ吹き飛ばされて戻ってきたんだ。
戻ってこなかったひとりはゴルバという男で、私もこれはマズイと思って助けに行こうとしたんだが、いかんせん何も見えない状況で敵の懐に入るのに少し躊躇してしまっていたんだ。
そしたらまた何かがこちらに飛んできて、見るとどうやら魔物の脚だったので、中でまだ彼が戦っているのがわかったんだ。
それを見てまた四人が飛び込んで行って――。
なんとそのまま倒してしまったんだ。
霧の中から五人がゆっくり出て来た時、私も少し驚いてしまって、なにがどうなったのかと。
階層主が死んで、霧も次第に晴れていったんだが、その時にはもう死骸は消えてしまっていたから、結局どういう魔物だったのかわからず仕舞いでな。
これがまず第一の引っかかりだった。
深淵のメンバーがあの霧の中、なんの躊躇もなく突っ込んで倒してしまったことが腑に落ちなくてね。
事前に何か知っていて対策をしていたんじゃないかと思うんだ。
そうとしか思えない。
仮にも階層主相手に、初見でポッと出のパーティが楽勝なんてあるはずがないんだ。
だがその時はとにかく呆気に取られてしまってね。
まだ小一時間も経っていなかったから、キャンプにするのもどうかと思うし、かといって上の階層に行く予定でもなかったから、じゃあ戻るかと言ったらここでキャンプするって言うんだ。
もう少しこの階層でレベリングでもしたいのかな、と思って了承したんだが、まぁ結果それが間違いだったということになる。
早めの夕食をとることになって、私はいつもパーティから離れてひとりで軽食をとるようにしていたんだが、この日は階層突破を達成したということで、珍しく向こうからお呼びがかかってね。
一応警戒していたとは言ったが、そういう状況だったので私も多少は喜ばしい気持ちがあったんだと思う。
連中が作ってた鍋料理を一緒に一杯だけいただいたんだ。
それに毒が入っていた。
同じ鍋に同じ柄杓で同じようによそったものだったから、あれは椀の方に予め仕込んであったんだろうと思う。
スキルの【毒耐性】はレベル3あったから多少のことは大丈夫とタカを括っていたところがあったのかもしれない。
一口飲み干したところですぐに異変に気付いたんだが、吐き出そうとしたところを後ろから布みたいなもので口を塞がれて、同時に手足と体もおそらく全員で取り押さえられていたんだと思う。
とにかくまず最初に毒を飲ませることを起点にした計画だったんだろう。
まともな状態で戦うことになっていたら何人かは倒せたと思う。
だが連中は私を抑え込んだまま毒が効くのを待った。
だんだん舌が痺れて呂律が回らなくなってきて、胃も悲鳴を上げているし、全身にものすごい汗が噴き出してきて、目は回るし体の方は抑えられたままだが、震えがくる始末でね。
そうしたらあいつらは私から離れて、じっと私の状態を観察し出した。
ものすごい用心深さだったな。
最終的に私が地面に伏して、完全に動けなくなったのを見計らってから近づいて来た。
その時私はまだ狙っていたんだ。
毒で動けなくなったフリをして相手をおびき寄せて倒そうと。
途中までは油断しているように見えた。
だが、もう少しでこちらの手が届くか届かないかのところから突然散開して囲むような配置で襲ってきたんだ。
これでは一度に相手が出来ない。
相手の間を転がって抜けてすれ違いざまに二人を殴りつけたんだが、こちらも傷を負わされた。
その獲物にもまた毒があったんだ。
そこからあいつらは見事な連携で絶え間なく攻撃してきた。
こちらに休む間を与えず、尚且つ動かして毒を完全に体に行き渡らせようということだったんだと思う。
すぐに防戦一方になって、攻撃を防ぐのも難しくなって、更に幾つか深手を負ってしまった。
ただ、その深手を負わせた相手にはきっちり相打ちで攻撃を当てたから、二人ほどは倒れて動けなくなっていた。
一応その時はまだ息はあったと思う。
三人になったところで連中、やはり直接殺すのは諦めた感じだった。
プランBという言葉が聞こえたからな。
今度は三人のうちの一人が何か取り出したかと思うといきなり黒い霧に包まれてしまった。
毒の霧だった。
霧の色があの階層主と戦った時の霧と似ていたな。
地面に伏せてとにかく霧の外へ逃げようとしたが、もう体が言うことを利かなくてな。
これは地面に穴でも掘ってやり過ごすしかないかと思った矢先に知らない場所に出た。
転移させられたんだ。
魔法を使ったような気配はなかったから、なにかの罠かアイテムか。
いきなり見た事もないクソ熱い場所に放り出されて、これまた見た事もない魔物がわんさかやってきて、こっちは毒と傷で瀕死状態だ。
本当にあの時は絶望したよ。
すぐに凄い雨が降って来て魔物が少し退散したのが幸運だった。
その雨で体の表面の毒と血が洗い流されたのも。
あとはもう必死に魔物と戦って、気が付いたら地面に倒れて気を失ってた。
よく無事だったな、と自分でも思ったよ、ははは。
* * * * *
エルの話に聞き入っていた一同は、やっと一息付けるタイミングが来てそれぞれ姿勢を崩した。
「そんな事が……なんという……」
ジーグがまず口を開いたが最後まで言葉が続かなかった。
「クソッタレな話だ、チクショウ! 許せねぇ」
マリオが自分のことのように激高する。
「我々の調査が至らぬばかりにヤツらをまんまと塔の外に出してしまった……申し訳ない」
リンが責任を感じて頭を下げる。
「やはり外に出てしまったのか……仕方がない。あまり気に病まないでくれリンくん」
エルはある程度予想の範囲内だったようで特に驚く様子もなし。
「その階層主が正体不明のままなのが気になるね」
オスカーがぼそりと呟く。
ヤンとキキもそれに反応した。
「ああ、それについては私もずっと考えていたんだが、【鑑定】も通らなかったんだ。霧のせいなのか、その魔物の能力なのかはわからないんだが」
「その後に深淵のヤツらが使ったっていう霧には毒があったんですよね。階層主の時の霧にも毒があったんですか」
キキが尋ねる。
「うーん、どうだろう。様子見をしていないで私も突っ込んでいけばよかったな」
「ボクも深淵のヤツらは階層主の情報を前から知ってたと思うな」
ヤンがエルが一番腑に落ちなかった部分に同意した。
「そこなんだが……」
エルはヤンの言葉を引き継ぐように続ける。
「事前に第三十三階層を下調べしていたんだろうが、案内人なしでどうやって、というのがある。ヤツらがセイン入りしたのは出発の二日前なんだ。全く不可能ではないが、ちょっと時間が足りないと思う」
「ヤツらの仲間がそれより前に調べていた可能性は?」
キキが指摘したのはイヤな可能性だった。
「くっ、その視点では調査していなかった。セインに戻ったら私の方で再度調べてみよう」
一瞬悔しそうにしたリンだが、キキとエルを見ながら申し訳なさそうに伝えた。
「ふむ、何か痕跡があれば私に報告したまえ。外の情報もこちらで確認してみよう」
「ハッ! ありがとうございます!」
オスカーに頭を下げるリン。
「転移の件はやっぱりスクロールが有力なのか」
ジーグがみんなに同意を求めるように口を開いた。
「ああ、なるほど。スクロールか。それならわかる。そういう事だったのか」
エルが合点がいったかのように両手をポンと合わせる。
「普通その手の転移スクロールは帰還の目的のために使用されるものだ。何らかの方法で転移先を書き換えたのだろうね。おそらく帰還と逆方向の指向性を持たせれば今回のような現象もありえなくはない」
オスカーが自らの推理を披露する。
「やっぱり改造スクロールか」
キキが呟く。
「ふむ。迷宮で転移系アイテムが効果を発揮しないことはみんなも知っていると思うが、おそらくそれは我々が楽をするのを塔がよしとしないからなのだと思う」
「塔が?」
オスカーの説明にリンが怪訝そうな顔をする。
「まぁこれは私とゲルハルト博士の仮説に過ぎないのだが、塔は我々に試練を課し成長を促すために存在しているという考え方がある。ならば、それに反するような事象、我々が楽や不正をするような行為は無効になるべきだ。そうだろう」
理屈としてはわかるが、塔がどうこうのという部分で既にみんなの頭はポカーンだ。
この辺はゲル爺と交流があるかないかでだいぶ受け取り方が違って来る部分だろう。
それにしてもオスカー、割とガッツリゲル爺とつるんでて草。
「だとすると、転移を戻る方向ではなく進む方向にするのも楽をすることになるので禁止されるはずでは?」
キキが疑問を口にする。
「いや、考えてみなさい。正規のプロセスをすっ飛ばしていきなり上の階層にいったらどうなるか。突然強い敵の中に放り込まれることになる。そして何より迷宮の仕組み的に下の階層に戻る事はできない。つまり罠の役割に近い」
オスカーが言った内容を一番最初に理解したのはヤンだった。
「あ、そっか。すぐ下の階層主が倒されていないと移動エリアが出てこないから、戻れないんだ!」
「そうだ。だからより難易度の高い階層に閉じ込められる形になるんだ。それなら塔の意思に反するとは必ずしも言えないんじゃないかな」
オスカーがまとめる。
「でもじゃあヤツらはそこまでわかっていてスクロールを使ったんですか」
「いや、それはない。ないと思うんだが……」
キキが強い口調で尋ねると、エルは頭を振って否定するがその声はか弱かった。
短い沈黙。
「せっかくの機会だから塔の意思について話しておこう」
いきなりオスカーが立ち上がった。
「このバルベル迷宮は人間の成長、もっと言えば進化を促すために存在しているのだと私たちは考えている。誰が作ったのかは不明だが、おそらくもっと上の階層に辿り着ければ何かヒントがあるんじゃないかと思う。少なくともさっき言ったような法則というか独自のルールがあるのは間違いない」
みんな黙って聞いているのでオスカーは続ける。
「考えてみなさい。なぜ迷宮内では誰でもステータスが見られるのか。なぜレベルアップすると頭の中に音が鳴り響くのか。高潮や波といったものがなぜ起こるのか。魔物の死体はなぜ残らず消えてしまうのか。外の世界とは違うこうした現象は明らかにこの塔独自のルールが存在することを示している。それらをひとつずつ明らかにしていくことが出来れば、必ずや我々の生活や成長の助けになるはずだ。そのためにギルドを作り運営しているのだと言っても過言ではない」
オスカーは更に続けた。
「私が何故ここにこうして来られたかもそのルールのひとつを使ったからなのだ」
オスカーは立派な制服の内ポケットから手の平サイズの玉を取り出して見せた。
「これは移送宝珠と呼ばれるものだ」
顔の高さにかざして見せると、薄っすらと青白い光を放っていた。
「これを使用すると各安全層の間を瞬時に移動できる」
これにはさすがのヤンも驚きを隠せなかった様子。
他もジーグ以外初耳だったという顔でそれぞれ驚きの表情を浮かべていた。
「詳しくは省略するが、ジーグ君にこの階層の鍵を開いてもらうよう予めセインでお願いしていたのだ」
「あ、それでさっきいなくなってたんだ?」
ヤンがジーグの方を見て確認すると、ジーグがゆっくり頷く。
「このような仕組みが存在することも、塔の意思だと私は考えている。まだまだ謎だらけではあるが、これから諸君らの協力を得てひとつずつ明らかにしていきたい。そういうわけで今後ともギルドへ是非とも協力願いたい」
オスカーは移送宝珠をしまってみんなに頭を下げる。
「それは構わねぇが、そのこととエルさんのこととどんな関係があるんだよ」
マリオが鋭く切り込む。
「それについては直接の関係はない」
オスカーがあっさり白状する。
「なんだよ。じゃあなんで今そんな話をしたんだよ」
マリオが不満をぶつけているその途中で、オスカーは視線をすっと隣のエルに移した。
自然とマリオもそちらに目をやったのだが、そこでエルの異変に気付いた。
「エルさん!」
「とうちゃん!」
マリオと同時にヤンも叫ぶ。
「大丈夫だ。久しぶりにみんなと会えて嬉しくて、しゃべり過ぎてちょっと疲れただけだ」
少し白くなった顔のエルは肩で息をしていた。
「少し休んだ方がいい」
オスカーがしゃがんでエルの肩に手を置く。
「そうだな。奥の部屋で少し休ませてもらおうか。みんな、申し訳ない。ここは好きに使ってくれて構わないからな」
エルがいかにも申し訳ないといった表情で伝えて立ち上がろうとしたら、ガクッと腰が砕けた。
「とうちゃん!」
すぐにヤンとオスカーが両脇から支えて、そのまま奥の部屋へ連れていった。
「おい、大丈夫なのかアレ」
マリオがジーグに問う。
「わからん。ただこの五年間ここでたった一人で生活してたんだ。食事だってどうしてたんだか……」
「案内人用の備品やある程度の食料はあったと思うけど、さすがに五年分は……」
さすが元案内人のキキ。
案内人事情は熟知しているだけある。
「陛下がわざわざ来られたというのも気になる」
リンが呟く。
「あの、すみません。私が口を挟むことではないとは思うんですけど、ヤンくんのお父さんの具合、かなり悪いんじゃないでしょうか」
ジュノ軍曹の言葉に一瞬で場が凍る。
「そういや、なんかそんなようなことをヤンも言ってたな」
マリオも思い出したらしい。
第三十六階層でヤンが倒れた後、再び走り出す前に言ってたことを。
「オレたちは、だいぶ無理をさせてしまったのかもしれない……」
自責の念から苦渋の表情を浮かべるジーグ。
再び静寂。
「軍曹」
リンがジュノ軍曹に声をかける。
「はい」
「もしヤンが助力を求めてきた時はどうか力になってやってほしい」
エルの回復を、ということなのだとジュノ軍曹は理解した。
「もちろんです」
ただ、あの様子だと自分の回復術にどの程度効果があるのか正直自信がなかった。
「くそっ! 結局またオレたちは何もできねぇのかよ!」
マリオが一瞬暴れそうになってから自制して座り込むと自分の両膝を叩く。
重たい沈黙。
四人は自然と奥のドアの方に視線が向いてしまうのだった。
* * * * *
「とうちゃん、大丈夫? とうちゃん……」
奥の寝室に入ってエルをベッドに寝かせた途端に半ベソ状態になるヤン。
「大丈夫だ、ヤン。ほら、ギルドマスターの前でみっともないところを見せちゃダメだろう」
「うん……」
目を拭いながら堪えるヤン。
「なに、私のことは気にする必要はない。むしろ親子水入らずを邪魔して申し訳ない気分だよ」
恐縮するオスカーに力なく笑って見せるエル。
ギュルルルルルル
ヤンがまたやろうとしていた。
「ヤン!」
今度は鋭く、はっきりした声で制するエル。
上体を起こそうとするエルの両肩を抑えるオスカー。
「なんで? どうして!?」
ギュルルルルルル
「いいんだヤン。もういい」
「ダメだよそんなの! いくらとうちゃんの言うことでもそれは聞けないっ」
ギュルルルルルル……キュルルルルルル……
問答無用でエルの手を両手で握り、エネルギーを送るヤン。
「ヤン……」
ヤンを見つめるエルの力ない言葉。
仕方なく受け入れたのか、抗うほどの力も残っていないのか、やがて目を瞑る。
暫くして顔色がやや回復したように見えてきた。
二度目でもまったく効果がないというわけではないらしい。
「ふぅ……」
大きく溜息をつくヤン。
「ヤン君、大丈夫か」
「うん。平気だよこれくらい」
オスカーに強がって見せるヤン。
エルはヤンのエネルギー注入中に眠りに落ちたようで、静かに寝息を立てていた。
「君も少し休んだ方がいい」
オスカーは自分が座っていた椅子に座るよう勧める。
それまでヤンは床に跪いてエネルギーを送っていたのだった。
「ボクなら全然平気だってば。オスカーおじさんの方こそ無理しないで」
「ははは、そういうことなら遠慮なく」
一度は勧めた椅子をきまり悪そうに引き戻して座るオスカー。
「しかし、君たち親子はいつも私を驚かせてくれる」
「今のはみんなには内緒だからね」
オスカーの言葉はスルーして約束をとりつけようとするヤン。
「もちろん心得ているよ」
もともと他言するつもりもないオスカーは続けて尋ねる。
「エルさんは実際どうなんだ。ヤン君ならある程度わかるのだろう」
「わかんない。わかりたくないよ、そんなの……」
そう言うとヤンはエルの手を握りしめてその手に額を乗せた。
「すまない。酷いことを聞いてしまった……」
(相変わらず私は人の心を理解できていないようだ……)
オスカーは深く自己嫌悪の沼に沈んだ。
さすがにいたたまれない気持ちになる。
「それじゃ、私は席を外すよ。エルさんが目覚めたらゆっくり二人で話しなさい」
そう言い残してドアの向こうへ出ていった。
「とうちゃん……」
頭を上げてエルの寝顔をじっと見つめる。
ヤンにはどうしても信じられなかった。
とうちゃんがいなくなってしまう。
あの強かったとうちゃんが。
あんな汚いヤツらのせいで……。
なんでだよ!!!
* * * * *
オスカーが奥の部屋から出てくると、張り詰めた部屋の空気が少しだけ緩んだ。
「陛下、エル殿の様子は」
リンがオスカーの近くに駆け寄って尋ねる。
「今は眠っている。ヤン君が傍についているから心配ない」
「やはりエル殿は……」
言いかけてその先を言葉にするのが躊躇われ、固まってしまうリン。
オスカーはリンの肩に手をポンと置くと、そのまま歩いていって椅子に座った。
残されたリンは奥のドアに目をやったまま立ち尽くす。
「みんなも少し休みなさい」
オスカーの言葉は、これ以上詮索せずおとなしくしていろ、と聞こえた。
* * * * *
「……ヤン」
「とうちゃん?」
エルの声で起きたヤン。
いつの間にかエルの横に跪いたままベッドの端に俯して眠ってしまっていた。
「すまんな、ヤン。とうちゃんはもう大丈夫だ」
「ほんとう?」
「ああ。少なくとも暫くの間は」
その条件付きの大丈夫がヤンの心に重くのしかかる。
「ヤン、まだお前に話さなければいけないことがある」
「うん、聞くよ」
「少し長くなるが、いいか」
「ボクよりとうちゃんの方が心配だよ」
「ははは、言えてるな」
少し抑えるような低い声で二人は笑った。
何秒か、何十秒か、あるいは何分か経ってからようやくエルが話し始めた。
「とうちゃんの生まれた国はアルトミック王国――」
「え、ペクちゃんの親がいたところ?」
「そんなことを言っていたね。後でちゃんと聞いてみるといい」
「うん。ごめん話の途中で」
「続けるよ。アルトミック王国は今から三十七年前に滅ぼされた」
ヤンが息を呑むのが伝わってきたがエルはそのまま続けた。
あれはとうちゃんがまだ六歳の時のことだ。それまで友好国だった聖アリアルド王国が隣のアラゴン教国と手を組んでアルトミック王国に攻め込んだ。
表向きはアルトミック側がアリアルドの国境付近の町を攻撃したというのが理由だが、アルトミックはそんなことは決してやっていない。おそらく攻撃自体がウソであったか、自作自演だったのだろう。
そしてその二国の裏では魔王国が動いていたらしい。
なにぶんとうちゃんも六歳だったから、今話していることは半分以上は後から調べてわかったことだ。
その調査にはギルドマスターにも協力してもらっていた。
だから推測でもある程度は根拠のある情報を元にしているから、まるっきり外れというのは考えにくい、とだけ理解しておいてくれ。
アルトミックは魔王国と国境を接している。
魔王国の領土には強力な結界が張られていて、その結界の維持とたまに隙間をつくように外に出てくる魔族たちを倒すのがアルトミックという国がこの世界全体に対して負っている責任であり、役割だったんだ。
だが、アルトミックが滅んだことでその結界の維持に問題が生じてしまった。
そのせいで魔族が外に出やすくなっている部分があるらしい。
アルトミックが長年ずっと背負ってきたものが、いつの間にか他国からは忘れ去られてしまっていたのかもしれない。
そうでなければあんな馬鹿なことをするはずがないんだ!
ヤン、これだけは言っておく。
人目につかずに誰かの役に立つのは素晴らしいことだ。
だが、他人にとってそれは何もしていないのと同じことなのだ。
知らないということはそういうことだ。
わざわざ目立てというわけではない。
だが、他人は知らないのだという現実を理解しておく必要がある。
それがどういう影響を及ぼすかを考えておく必要がある。
でないとアルトミックのように後ろから刺されることになる。
アルトミックは潔癖で寡黙でお人好しすぎたのだ。
「どうしたの、とうちゃん」
いつになく激しい口調で語った後に黙り込んだエルを心配したヤンが思わず口を挟む。
「ああ、すまん。つい興奮してしまった」
すまんと言いつつまだ何か燻っているような顔。
「魔王とか魔族とかって本当にいるんだ。ボク、何かの本で読んだっきりだけどてっきり作り話だと思ってたよ」
少し話の矛先をズラしてみるヤン。
「外の世界に出ればもう少し実感が湧くかもしれないな。ヤン、お前は塔を出るつもりはあるのか?」
「うーん、まだよくわかんないや」
「ははっ、お前もウソは下手だなぁ。顔に書いてあるぞ」
「えっ!? 顔に? どこ?」
慌てて顔をまさぐるヤン。
「いいかヤン。復讐するなとは言わないが、感情に任せて動くのは危険だ。それだけは覚えておいてくれ」
「えー、ボク復讐なんてしないよ」
ヤンが引き攣った笑顔であからさまに目を反らして誤魔化す。
「そうか」
エルもそれ以上追及はしない。
「それで、とうちゃんの家族はどうなったの?」
ヤンは一番気になっていることを聞いた。
聞いてしまった――。
「死んだよ。全員殺された……らしい。とうちゃんは見ていないけど」
ヤンはあまりのことに言葉を失う。
「とうちゃんの本当の名前はドゥアデル・エルロード・フォン・アルトミック。そして父親はドゥリトル・モルロード・フォン・アルトミック。アルトミック八世として国を治めていた人だ」
ヤンは茫然としている。
「そしてヤン、お前の本当の名前はドゥリル・ヤングロード・フォン・アルトミック。長いが、忘れずに覚えておいてくれ。かあさんと二人で考えた名前だ」
「え……え?」
「いいかヤン。だからとうちゃんは狙われているんだ。いずれお前にも追手が来るかもしれない。お前には何の罪もないが、それだけは覚悟しておいてほしい。すまん」
こうしてヤンは自らの出自を知ったのである。





